たまたまこの時期にシンドリアに滞在していたご縁があり、旧ムスタシム王国の王女、ドゥニヤ姫の葬儀に此方も参列する運びとなった。
正直彼女とはザガンの島の市場で軽くすれ違っただけで、顔すら合わせていなかったからどうして此方も招待されたのか分からなかったけれど、その答えはすぐに察した。シンドバッド王さまはきっと、此方にこれを見せたかったのだ。
「君は案外冷静だな。参列者の中で顔色一つ変えないのは君だけだったよ。鬼倭の忍とはそういうものなのか?」
「いいえ、冷静なものですか」
シンドバッド王さま。御安心くださいませ、あなたの狙い通り此方の心は大きく揺れ動かされました。このご遺体を見たら、さしもの此方だって、いや誰だってアル・サーメンやジュダルさまへの認識を改めざるを得ません。
闇の金属器に身を飲まれた後遺症として、ドゥニヤ姫の体は悪魔に蝕まれた傀儡のまま炎の中に消えていった。ジュダルさまが組みする組織の恐ろしさを身に染みて実感した瞬間だった。此方はとうに乗り越えたのだと思っていたけれど、かつてジュダルさまの手に堕ちた此方の精神が、彼に穴を開けられた胴体が、疼いて疼いて仕方がない。
「……ありがとうございます、シンドバッド王さま。此方の甘さを教えてくださって」
シンドバッド王さまは此方の帰国を承諾した。その際、必ず一人になるなとご忠告を頂いた。もはやこの世界はいつどこにアル・サーメンが現れてもおかしくない状況だからだそう。それはもう遵守しなければ、此方は再び黒いルフになど戻りたくはない。
+
「はい、それはもちろん構いませんが……赤琉殿の国ならば海から直接帰られた方が近道なのでは?」
「えっ赤琉おねえさんの家は、海の上にあるのかい?それとも海の中にあるのかい?」
「此方は別に魚人などではありません。って、アラジンさまいつの間に……」
出立を目前にしていながら時間を惜しまず鍛錬に励む白龍皇子の邪魔をせぬよう、休憩の合間にお声をかけたところ、思わぬところからアラジンさまの質問が飛んできた。此方が身分を隠している都合上、あまり国の場所について聞かれたくはなかったのだが……まあ、この少年も同じ船に乗るのだから仕方がないか。
やあ!と元気に手を挙げるアラジンさまにご挨拶を忘れずに、とことこ近づいてくる彼を会話の中に迎え入れる此方たち。
「赤琉おねえさんも、もしかしてシンドリアを出るのかい?」
「そうなのです。ですから、陸路から東方へ向かわれる白龍皇子と途中までご一緒させては頂けないかと……」
白龍皇子とアラジンさまが同じ船で出発されるという話を聞いたので、それはもう胡麻をする勢いで頼み込むことにしたのだ。殿下!どうかご一緒させてくださいませ!と。
なんせ此方の進行方向である華安平原を目的地とする人なんてほとんどいないので、此方が一人ぼっちの帰路を回避するためにはなんとか白龍皇子さまと同じ船&同じ日程で帰る他ないのである。
まあ紅玉姫も時を同じくして自国へお帰りになられるようだけど、彼女の乗る煌帝国の船に単身で乗り込むというのはかなり気が引けるし、それなら比較的関わりのある彼らと一緒の方が色々と都合が良いというか。
「それなんですけど、“あそこ”は陸路の方が近いんでしたっけ?島国なんですから、逆に遠回りなのでは?」
「いくらシンドバッド王さまが雄大なお心をお持ちとはいえ、ド田舎の小国行きの船をほいほい出してくださるとお思いで……?」
「あはは、それもそうですね。しかし具体的な帰路は決まっているんですか?俺の目的地は北天山ですので……東海岸どころか、煌までも戻りませんよ」
「いえ、北天山まで行ければ御の字です。最低限チーシャンを抜けることが出来たなら、本国の『門番』をお呼びだし出来るでしょう」
「門番って?」
白龍皇子と話し込む合間に、ちょくちょく挟まってくるアラジンさま。あまりにも純粋無垢な顔で尋ねてくるから、思わずときめいて彼の目線に合うように地面に片膝をつき微笑んだ。好奇心旺盛な可愛いお子には膝をつくのもやぶさかではない。
「此方の生まれた島国は神出“鬼”没で、一度国の外に出てしまえば此方ですら場所が分からなくなってしまうのですよ」
「ええっ?そんな国もあるのかい」
「地域柄、複雑な海流に囲まれているのでね。そのために、国の関門まで案内をしてくださる門番をお呼び出しする必要があるのです」
「それ、俺もいつか授業で聞いたことがあるような……なんでしたっけ、横笛を吹くとかなんとか」
「よくご存知ですね。さすがは白龍皇子」
「笛?ウーゴくんみたいな感じかい?」
ウーゴくん?初めて聞いた単語に白龍皇子と一緒に首を傾げると、アラジンさまは「ウーゴくんは僕の友だちさ!」と、とても嬉しそうに教えてくれた。なんでも笛を吹いたら出てくるのだとか。面白いことを言う子である。
それはさておき、鬼倭の横笛とは……鬼倭王国の独自の魔力が込められた楽器のことであり、島の半径数里以内の場所で音を鳴らすとどこからともなく鬼倭の門番が現れる便利な代物なのである。つまるところ鬼倭製の数少ない魔法道具の一つなのだが……鬼倭王国民は誰しもお国本を離れること自体が皆無に等しいので、実はこれを知るのは外交に関わることの多い王族に近しい者だけだったりする。
「笛を吹くにも、やはりある程度は近づかなければならなくて……おそらくは、まあ黄牙の辺りまで行ければ十分だと思うのですが」
「俺の進路とモロ被りじゃあないですか」
「ね、ね、此方のような若輩者が、遠路はるばるたった一人で東方の国まで帰れるわけがありませぬ。どうか同行させてくださいな」
「いやまあ、あなたほどの強さをお持ちなら心配ないと思いますけどね……」
「でも、断る理由なんてどこにもないからね。せっかく途中まで一緒にいられるのなら、その方がぼくも嬉しいな」
「きゃあ!ありがとうございます、アラジンさま。とってもお優しいお方なのですね。好きになってしまいそう!」
「そう?照れるなあ!」
アラジンさまからお許しを頂けたことにわあっと喜んだら、隣から「俺は最初から頷いていたのに……」とぼそっと呟くのが聞こえてきた。白龍皇子って意外と繊細。
なんか、平和だ。先日こそアル・サーメンの襲撃で色々あったし、ドゥニヤ姫の件でアラジンさまたちはかなり落ち込んでいると聞いていたけれど。さすがは南国の楽園シンドリア、このお天道様の光をひとたび浴びれば元気を取り戻すのも容易い。それに、旅立ちを前にしていながらいつまでも下を向いてはいられない。
照れるアラジンさまに微笑みながらそんなことを考えていると、突然彼が「僕もおねえさんのこと好きだよ!おねいさ〜ん!」と楽しそうに言いながら、目の前で跪く此方に元気いっぱいに飛び込んできた。
「な〜んだ!実は僕、今まで遠慮しちゃってたけど、赤琉おねえさんは着痩せするタイプなんだね!」
「!?」
「ちょっと!?アラジン殿!」
胸に顔を埋めてぐりぐりする少年。この子、意外とやるよのう……心の中のタケル様が呟くのと同時に、慌てて白龍皇子がひっぺがしてくださった。そんな昼下がりでした。〜完〜
正直彼女とはザガンの島の市場で軽くすれ違っただけで、顔すら合わせていなかったからどうして此方も招待されたのか分からなかったけれど、その答えはすぐに察した。シンドバッド王さまはきっと、此方にこれを見せたかったのだ。
「君は案外冷静だな。参列者の中で顔色一つ変えないのは君だけだったよ。鬼倭の忍とはそういうものなのか?」
「いいえ、冷静なものですか」
シンドバッド王さま。御安心くださいませ、あなたの狙い通り此方の心は大きく揺れ動かされました。このご遺体を見たら、さしもの此方だって、いや誰だってアル・サーメンやジュダルさまへの認識を改めざるを得ません。
闇の金属器に身を飲まれた後遺症として、ドゥニヤ姫の体は悪魔に蝕まれた傀儡のまま炎の中に消えていった。ジュダルさまが組みする組織の恐ろしさを身に染みて実感した瞬間だった。此方はとうに乗り越えたのだと思っていたけれど、かつてジュダルさまの手に堕ちた此方の精神が、彼に穴を開けられた胴体が、疼いて疼いて仕方がない。
「……ありがとうございます、シンドバッド王さま。此方の甘さを教えてくださって」
シンドバッド王さまは此方の帰国を承諾した。その際、必ず一人になるなとご忠告を頂いた。もはやこの世界はいつどこにアル・サーメンが現れてもおかしくない状況だからだそう。それはもう遵守しなければ、此方は再び黒いルフになど戻りたくはない。
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「はい、それはもちろん構いませんが……赤琉殿の国ならば海から直接帰られた方が近道なのでは?」
「えっ赤琉おねえさんの家は、海の上にあるのかい?それとも海の中にあるのかい?」
「此方は別に魚人などではありません。って、アラジンさまいつの間に……」
出立を目前にしていながら時間を惜しまず鍛錬に励む白龍皇子の邪魔をせぬよう、休憩の合間にお声をかけたところ、思わぬところからアラジンさまの質問が飛んできた。此方が身分を隠している都合上、あまり国の場所について聞かれたくはなかったのだが……まあ、この少年も同じ船に乗るのだから仕方がないか。
やあ!と元気に手を挙げるアラジンさまにご挨拶を忘れずに、とことこ近づいてくる彼を会話の中に迎え入れる此方たち。
「赤琉おねえさんも、もしかしてシンドリアを出るのかい?」
「そうなのです。ですから、陸路から東方へ向かわれる白龍皇子と途中までご一緒させては頂けないかと……」
白龍皇子とアラジンさまが同じ船で出発されるという話を聞いたので、それはもう胡麻をする勢いで頼み込むことにしたのだ。殿下!どうかご一緒させてくださいませ!と。
なんせ此方の進行方向である華安平原を目的地とする人なんてほとんどいないので、此方が一人ぼっちの帰路を回避するためにはなんとか白龍皇子さまと同じ船&同じ日程で帰る他ないのである。
まあ紅玉姫も時を同じくして自国へお帰りになられるようだけど、彼女の乗る煌帝国の船に単身で乗り込むというのはかなり気が引けるし、それなら比較的関わりのある彼らと一緒の方が色々と都合が良いというか。
「それなんですけど、“あそこ”は陸路の方が近いんでしたっけ?島国なんですから、逆に遠回りなのでは?」
「いくらシンドバッド王さまが雄大なお心をお持ちとはいえ、ド田舎の小国行きの船をほいほい出してくださるとお思いで……?」
「あはは、それもそうですね。しかし具体的な帰路は決まっているんですか?俺の目的地は北天山ですので……東海岸どころか、煌までも戻りませんよ」
「いえ、北天山まで行ければ御の字です。最低限チーシャンを抜けることが出来たなら、本国の『門番』をお呼びだし出来るでしょう」
「門番って?」
白龍皇子と話し込む合間に、ちょくちょく挟まってくるアラジンさま。あまりにも純粋無垢な顔で尋ねてくるから、思わずときめいて彼の目線に合うように地面に片膝をつき微笑んだ。好奇心旺盛な可愛いお子には膝をつくのもやぶさかではない。
「此方の生まれた島国は神出“鬼”没で、一度国の外に出てしまえば此方ですら場所が分からなくなってしまうのですよ」
「ええっ?そんな国もあるのかい」
「地域柄、複雑な海流に囲まれているのでね。そのために、国の関門まで案内をしてくださる門番をお呼び出しする必要があるのです」
「それ、俺もいつか授業で聞いたことがあるような……なんでしたっけ、横笛を吹くとかなんとか」
「よくご存知ですね。さすがは白龍皇子」
「笛?ウーゴくんみたいな感じかい?」
ウーゴくん?初めて聞いた単語に白龍皇子と一緒に首を傾げると、アラジンさまは「ウーゴくんは僕の友だちさ!」と、とても嬉しそうに教えてくれた。なんでも笛を吹いたら出てくるのだとか。面白いことを言う子である。
それはさておき、鬼倭の横笛とは……鬼倭王国の独自の魔力が込められた楽器のことであり、島の半径数里以内の場所で音を鳴らすとどこからともなく鬼倭の門番が現れる便利な代物なのである。つまるところ鬼倭製の数少ない魔法道具の一つなのだが……鬼倭王国民は誰しもお国本を離れること自体が皆無に等しいので、実はこれを知るのは外交に関わることの多い王族に近しい者だけだったりする。
「笛を吹くにも、やはりある程度は近づかなければならなくて……おそらくは、まあ黄牙の辺りまで行ければ十分だと思うのですが」
「俺の進路とモロ被りじゃあないですか」
「ね、ね、此方のような若輩者が、遠路はるばるたった一人で東方の国まで帰れるわけがありませぬ。どうか同行させてくださいな」
「いやまあ、あなたほどの強さをお持ちなら心配ないと思いますけどね……」
「でも、断る理由なんてどこにもないからね。せっかく途中まで一緒にいられるのなら、その方がぼくも嬉しいな」
「きゃあ!ありがとうございます、アラジンさま。とってもお優しいお方なのですね。好きになってしまいそう!」
「そう?照れるなあ!」
アラジンさまからお許しを頂けたことにわあっと喜んだら、隣から「俺は最初から頷いていたのに……」とぼそっと呟くのが聞こえてきた。白龍皇子って意外と繊細。
なんか、平和だ。先日こそアル・サーメンの襲撃で色々あったし、ドゥニヤ姫の件でアラジンさまたちはかなり落ち込んでいると聞いていたけれど。さすがは南国の楽園シンドリア、このお天道様の光をひとたび浴びれば元気を取り戻すのも容易い。それに、旅立ちを前にしていながらいつまでも下を向いてはいられない。
照れるアラジンさまに微笑みながらそんなことを考えていると、突然彼が「僕もおねえさんのこと好きだよ!おねいさ〜ん!」と楽しそうに言いながら、目の前で跪く此方に元気いっぱいに飛び込んできた。
「な〜んだ!実は僕、今まで遠慮しちゃってたけど、赤琉おねえさんは着痩せするタイプなんだね!」
「!?」
「ちょっと!?アラジン殿!」
胸に顔を埋めてぐりぐりする少年。この子、意外とやるよのう……心の中のタケル様が呟くのと同時に、慌てて白龍皇子がひっぺがしてくださった。そんな昼下がりでした。〜完〜