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「あ、赤琉……ども……」

ゆらゆらと波に揺られながらシンドリアの北方に位置するアクティア王国へ向かうこの船は、おなじみ此方の乗り慣れたシンドリア商船だ。ザガンの島へ向かうのに何度も使わせて頂いていた。
そんな此方が、今になって入る部屋をうっかり間違えてしまうとは。しかもそこにまさか、シンドリアに置いてきたはずのアリババ王子がおわすとは。(実際にはシンドバッド王さまからことの真相は聞いているが、)アラジンさまらが集う真隣の部屋で、たった一人で何をやっているのだろう。
扉を開けてしまったが最後、目が合ってしまったが最後、此方は引くにも引けずご挨拶を賜り申し上げた。

「アリババさま。お久しぶりでございます。ザガン以降、あまりゆっくりとお話できませんでしたね」
「お、おう……」
「此方、生憎部屋を間違えてしまったようなのですが……アリババさまはなにゆえここに?本来ならば空き部屋だったはずですが」
「……聞くんじゃねえ」

部屋の隅で膝を抱えながら、まるで怯えた仔犬のようにガタガタと震えている。今後の旅程について些細なことでアラジンさまとすれ違い、今もまだ仲直り出来ていないらしいということは知っているが、ここまで追い込まれていたなんて。
なんだか可哀想になり、部屋の中に一歩入って開け放していた扉を閉めた。貴人に対して気遣いをしてしまうのは此方の性質というか、慣れたものだ。

「仕方ありませんね、此方もこの部屋にお邪魔させてくださいな」
「えっ!?……いいのかよ、お前はあいつらと仲良くやってんだろ」
「皆さま、アリババさまのことを心底心配していらっしゃいましたよ」
「嘘つけ!あいつら、俺がいないのをいいことに散々バカにしやがって!」

え?あの方々は本当にあなたのことを心配されておりましたのに。ついさっきまで一人で甲板に出ていた此方には何のことだかさっぱり分からず、首を傾げるとすかさず教えてくれた。寂しさのあまり隣の部屋に聞き耳を立てていたら、まさかまさかの悪口を言われ放題だったみたいだ。
アリババさま、この世の全てが信じられなくなったと言わんばかりに意気消沈している。面白くなって彼の隣に腰をおろす此方。明らかに年上なのに、今は年下に見えてしまうな……。

「アリババさま。此方は彼らに比べたらあなたのことをよく知りませんけれど、誰にも負けないくらい逞しいお方だと思いますよ」
「なぐさめなんていらねえよ……」
「ではどうしてほしいのですか?」
「それは……だから……、その……なぐさめてほしいです」
「ふふ」
「笑うんじゃねえよ」

此方がザガンの島にお邪魔した時に、アブマドさまやサブマドさまにはたいへん良くして頂いた。その時にぽろっと末っ子の話をしていたのを聞いたことがある。
色々あってバルバッドは煌帝国に占領されてしまったという話だけれど……このお方はせっせと自身の鍛錬を続けているのだとか。今自分ができる精一杯のことを、ご兄弟それぞれが取り組んでいらっしゃる。王族というものはつくづく大変そうだなあ、まあ自由奔放な七海さまはともかく。

「なあ……赤琉。ひとつ聞いてもいいか」
「はいな。此方にお答えできることならば、なんなりと」

中身は酒じゃないんだろうけど、まるで酒飲みのように水筒を手に持ちながら膝を抱える彼。気を許してくれたのか、自身の片腕に頭を預けるように此方の方をじっと見つめてくるから、なんですか?と首を傾げた。

「赤琉って眷族器使いだったよな」
「そうですよ。それが何か?」
「いや、シンドバッドさんがお前のこと褒めててさあ。どんなもんかなって思ってたんだよ」
「褒め……?」
「なんでも、自分が見た中でトップレベルに眷族器を使いこなしてるって。そもそも眷族に収まる器じゃない、とかなんとか」

いかにも言われたことをそのまま口にしているだけ、みたいな感じで恥ずかしげもなくつらつらと褒め言葉を並べていくアリババさま。まさか、シンドバッド王さまがそんなことを?大変恐れ多くて有難い……此方も本人から同じようなことを言われたけど、まさか他人にまでお話されているなんて思うまい。

「シンドバッドさんが俺やモルジアナに眷族器のことを説明してくれた時に言ってたんだ。今この王宮には、俺らと同年代なのにすげえ眷族器使いがいるって聞いて……」
「いや、持ち上げすぎでは……?」
「だから俺、ザガンに行く前に初めて王室でお前に会った時からずっと気になってたんだぜ。その時はまさか島まで同行するだけとは思わなかったけど」
「まあ、此方の目的は周辺の森の探索でしたからね……」
「だから、今こうしてお前と話できるの、結構嬉しいよ。俺はまだ魔装すら出来ないから、素直に尊敬するっつーか……」

彼が金属器を使いこなせない側の人間だとは思わないけどなあ……しかし、あくまで此方は別の主の眷族なのだ。相談には乗れそうにない。アリババさまも別に相談するつもりでこんな話をしたのではなく、愚痴的なものを聞いて欲しかっただけのようだ。

「てか、お前とこうして二人で話すのってマジで初めてだよな。赤琉って結局どこ出身なんだっけ?」
「煌帝国ですよ」
「やっぱり?雰囲気そんな感じだし、白龍と何気に仲良いからそう思ってたぜ。お前ら何度も手合わせしてるらしいじゃん?」
「仲がいいだなんて恐れ多い……煌帝国の、端の端にある小さな村の生まれですから。此方の家はお金があったので留学することも叶いましたが、さすがに先日の騒動で家の者が心配なさって……」
「へえ〜〜」
「まあ全部嘘なんですけどね」
「嘘かよ」

この少しのやり取りでわかったけど、アリババさまの前ではなんだか嘘をつきたくなってしまう。なんでだろ。騙しがいがあるから?
だからこそ、アラジンさまたちも未だに気づかないフリをしているのだ。アリババさまが同乗していることは、とっくに皆さまご承知の事実なのに。

「ええ?じゃあ本当はどこなんだよ」
「バルバッドですよ」
「嘘つけ!俺に対してその言い分はさすがに無理があるだろ!」
「ふふ」
「何がしたいんだお前は?そんなに俺をからかうのが楽しいかよ……ったく」

思った通りの反応をしてくれるから、楽しいというのは否定できない。
だが二度も誤魔化したことで此方が自分の出身地を答える気がないと分かったのか、もうその質問を投げかけてくることはなかった。……やはり王族だからだろうか?白龍皇子と同じように、人の顔色を伺うのが得意らしい。
そんなことより「俺がバルバッドの人間って知ってんなら、よくも俺に煌帝国出身だなんて嘘を付けたなコノヤロウ……」という顔をしている。そういえば意図せず両国の関係を煽るようなことを言ってしまった。慌ててごめんなさいと頭を下げると、意外にも彼は笑った。別にそんなことは気にならないとでも言うように。

「なんか、ありがとうな。お前なりになぐさめてくれたんだよな。優しいな、お前は」
「いいえ……とんでもごさいません。お力になれたのなら幸いです」
「なあ赤琉。俺たちさ、全然違うところ目指してるし、あともうちょっとの間しか一緒にいられないけど……よろしくな!」

シンドリアは太陽が輝く国だけど、彼こそがまさに太陽みたいに笑う人だと思った。此方にはとても眩しくて……ま、タケル様には劣るけれど!



「は、白龍皇子お手製のお弁当ですか!?食べます!此方が!」

此方とお話している間にすっかり元気を取り戻したのか、アリババさまは様子を見に来たご友人らとすぐに和解なさって、もう今朝まで彼らの間を流れていた不穏な空気など跡形もなくなってしまった。
仲良しな彼らのお仲間に加えてくださって、有難い限りである。……国に戻ったら、もうこんなことも出来なくなるのだし。今をめいいっぱい楽しまなければ。それは白龍皇子のお料理についても言えることである!!!

「赤琉おねえさん、なんか今日はテンション高くない?白龍おにいさんのお弁当がそんなに嬉しいのかい?」
「当たり前でしょう!此方、すっかり白龍皇子に胃袋を掴まれてしまいました……。だってこんなに美味しいんですもの」

偽の涙を流しながら両手を合わせてありがたやと感謝申し上げると、彼は困ったように笑うばかりであった。しかし左手を無くされてばかりなのに、此方らの分までお弁当を用意して下さるとはなんとおいたわしい……貴殿が神様、鬼神様でありましたか!

「でも俺も結構好きだぜ!すっげぇよなあ、料理できるのとか尊敬するし」
「あはは、ありがとうございます」
「ね、モルジアナさまも美味しいですよね!」
「?はい、とっても美味しいです」
「ばっ!赤琉殿!わざわざそんなこと聞かなくて大丈夫ですから!」

そんな白龍皇子、最近はモルジアナさまに夢うつつのようである。まだ幼いアラジンさまや鈍感なアリババさまは、ただの仲良しな二人〜程度にしか見えてなさそうだが、此方にはお見通しである。故に恋のキューピット役を買って出るのもやぶさかではないのだが、当の本人(モルジアナさま)はいつもアリババ王子にそれとなく目線を向けていて……はあ〜あ、青い春はあけぼの。

「モルジアナさまは、どんな殿方がお好みなのですか?タイプというか」
「あっ!あなた、な、なんてことを聞くんですか!」
「ふふ。白龍おにいさん、すんごい慌ててるじゃないか」
「まあまあ、いいから。此方がちょっと、気になっただけですから。どうなのですか?」
「……た、タイプ?私はあまりそういうのはよく分からなくて……」
「ん?モルジアナにも好きなやつがいるのか?」
「その、ですから……」
「え〜?僕も気になるなぁ」

男どもの視線を浴びてあたふたするモルジアナさま、なんて可愛いのかしら。しかしどうにも答えづらい質問をしてしまったようだ。気を取り直して改めて問いかけてみる。

「では可愛らしい年下の方と、お料理が得意な方と、明るい笑顔が素敵な方、どなたが一番気になりますか?」
「ふふふっ赤琉おねえさん、その例えはさすがの僕でも分かるよ。もうそのまんまじゃないか」
「うん?それって誰のことだよ?」
「アリババくんは察しが悪いね!そんなだから君っていつもさ〜〜」
「おい、何が言いたい」
「ちょっと、殿方は一度お黙りになって。此方は今モルジアナさまと恋バナしようとしてるんです」
「そういうのは普通女性だけでするもんでしょう!?ていうかあなたが他人の色恋沙汰に興味があるなんて思いもしませんでしたよ」
「此方もお年頃ですから。皆さまだってそうでしょう?それで、答えは決まりましたか?」
「え、えっと……私は、どれも素敵な方だと思います、けど」

あまりにも完璧な答えに崩れ落ちる一同。

「白龍皇子。されども此方は応援していますよ」
「やかましいですよあなたは!」


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