海賊が現れた。シンドリア海域から離れ、じきにアクティア王国の港に到着するかと思われたそんな場面で、やけに年端のいかない子供ばかりで構成された自称海賊の襲来を受けた此方たち。南海生物の分布地区を外れたおかげで、今度は別の面倒な集団が現れるようになるとは。悪党とはどこにでもお姿を見せるのだな。鬼倭では刑吏の仕事を任されていたため盗っ人の対応などは慣れたものだ。
して、国が違ってもやることは何も変わらぬ。早速彼らに向けて武器を構えるアラジンさま方に加勢するべく、華刀の柄に手を添えた。
「姉ちゃんも大人しくしてくれる?」
「それは生憎、こちらの台詞でございます」
「てかさぁ、アンタが頭に付けてるそれ、オレらのと似てね?実は仲間かぁ?ウケる」
「いけませぬ!喚かれても困ります。お前たちのような賊の一派が、此方の『誇り』を語らないでくださいな。虫唾が走りますので」
子供の言うことながら少々気に障ったので少し強めにお返事をすると、お相手はむっとしながらすぐに武器を構え始めた。煽り耐性の低いこと。
しかしやはりこの子供が言った通り、海賊の子らが皆同様に二本の角を生やした面をかぶっている事実は変わらないので、御味方のはずのアリババさま方にもどうしても不自然に映ってしまったらしい。彼らと此方を交互に見比べて、あれっ?あれっ?という顔をしている。
ふざけなさんな、あんなものは鬼倭の鬼飾りとは似ても似つかぬ代物だ。その点白龍皇子だけは白々しい顔をして海賊共の方を見ている。事情を知っているのが彼だけとはいえ、少し好感度があがる此方であった。
「なんか皆さま酷くないですか。……もういいです。参りましょう、白龍皇子」
「あはは、まあ見慣れぬ者ならそう勘違いするのも仕方がないかと」
「笑いごとじゃあございませんのに……」
白龍皇子は同じく東方の武芸を扱う者同士であるからか、戦闘になった時は意外と息が合うらしい。迷宮『ザガン』の島でアル・サーメンの金属器使いとやり合った時も、それが初めての共闘だったにも関わらず自然と背中合わせになって戦ったものだ。
迷宮内ですでにかなりの怪我を追っていた彼が敵に遅れをとった時、おそらくは此方がとっさに助太刀をしたために武芸のお眼鏡にかない、光栄なことに手合わせのお誘いなども頻繁に受けるようになった。(白龍皇子はモルジアナさまとやりたそうにしてたけれど、)武芸には武芸を……此方は良いお相手になっただろうか。なったのだろうな。出発間際まで寝る間を惜しんで鍛錬を続ける彼のおかげで、此方も少し寝不足になったのだから。あ、これは別に文句を言っているわけではないです。お力になれて嬉しかったということが言いたいのです。
「赤琉殿、おそれながら護衛を頼みます」
「此方が?ええ、はいな。頼まれました」
ふいに、思いもよらぬ白龍皇子からの要請。なんとも恐れ多い頼みであるが、そんなことも言ってられない。此方らが今応戦している海賊はただの海賊ではなかったのだ。船長曰く、近年この辺りを根城に活動する大聖母とやらの使いたちで、子供らは全員が全員片手に魔法道具を装着していた。
おかげで此方らは一度海に投げ出されるし、まるで魔法使いのように不思議な技で船を攻撃されるから、白龍さまも金属器の使いどころと判断なされたらしい。『ザガン』で伸びた木に助けられたことに大興奮しながらも、已然として油断を許さない状況であることに変わりはないので、気を引き締めて白龍皇子の背後に着いた。
彼は未だに未熟の範疇だと自己を分析しているようなので、能力を発動する間は周辺の警護を人に頼るしかないのだ。そういうことなのだろう。我ながら察しが良いのですぐに分かった。やはり息が合う……しかし息が合いすぎた。
「は……?」
「大丈夫ですか?赤琉殿、まさかどこか怪我でも……!」
「ち、ちが、ちがくて」
子供だからと手加減するのは此方の性にあわないが、しかしやはり子供(アラジンさま)が見ている手前、問答無用で切り付けるのは此方でも気が引けたためなるべく峰で対応していた。しかし途中で船長らを人質にとられ、まんまと荷物を持っていかれるという大失態を犯してしまった。
……やはり一人でも切りつけておくべきだったかな。海中へ潜りゆく海賊の船を見送りながら、鞘に収めようとした刀剣の付け根に、ふと気がつけば……八芒星がキラリ輝くのが見えた。
+
一大事である。
「マジで?」とアリババさま。
「本当だ……」とモルジアナさま。
「えっ、あの、アラジンさま、眷族がダブることなんてあるんですか……?」
「さあ……僕はあまり詳しくないけど、ザガンに直接聞いてみるかい?」
「あ、あ、ぜひ、お願いします」
アクティア海軍の助けを経て全員無事に陸地にあがることができた我々だが、王国の港にこそ海賊による悪質な放火の被害が広がっており、到着したところで海上と同じくてんやわんやであった。
しかし此方はそれどころではなかった。先の海賊との戦闘中、いつの間にか此方が命より大事にしている『華刀』にジンの八芒星が刻まれていたのである。何が起こったのか分からなかったが、アラジンさまが言うには此方は白龍皇子が持つ『ザガン』の……つまり、白龍皇子さまの眷族になったということらしい。
理解が追いつかぬ。小声ながらも、仮にも皇子の目の前でつい失礼なことを申し上げた。
「白龍皇子のこと、我が王以上にお慕いしているつもりなどございませんけど!?」
「赤琉殿。百歩譲ってそれについては致し方ないとして、あからさまに不服そうな顔をしないで頂けますか?傷つくので」
アクティア国民に託されたのもあり、此方らは海賊の根城へ向かうことになったのだが、その船上で、柄にもなく取り乱す此方にアリババさまやモルジアナさまにも一歩引かれる始末である。
皇子が見せてくれと言うから、鞘から抜いた華刀を両手に持っておそるおそる差し出すと、皆が一様に刀身の八芒星に興味深そうに顔を近づけてくる。そこには確かに八芒星があり、アラジンさまによるとこれは確かに『ザガン』と同じ色のルフを帯びているらしい。何から何までおかしい。
「だ、だ、だって、こんなのなにかの手違いでは!?なにかの……!」
「こんなこともあるものなんですね。まあ、俺の眷族になったからには、ええっと、よろしくお願いします?」
「……どうしてそんなに軽いのですか?」
「いや……俺も驚いてますよ。そりゃ」
白龍皇子があまりにも冷静だから此方、恥ずかしくなってしまった。さすが皇子さまであられる。これしきのことでは動じぬか……。きゅっと口を紡いで華刀を握りしめた。
それに呼応するように、ネツメグサを通して海賊の根城と繋がっている『ザガン』の槍を見やる白龍さま。今我々はこれを追って目的地に向かっているのだが、今に限っては別の話題で視線を集める的であった。
「俺もまさか、この面子の中から最初の眷族が選ばれるとは思いもしませんでした」
「そうだよな?アラジンは魔法使いだし、俺はもう『アモン』を持ってるし、モルジアナは俺の眷族だし……ってあれ?でも赤琉もとっくに他のやつの眷族で……あれ?」
「二つの眷属器を持つことが可能なのだとすれば、もしかしたら、私も白龍さんの眷属になっていたかもしれないということですか……?」
「も、モルジアナ殿が!?俺の眷族に!?」
今度はしっかりテンパる皇子。おい。さっき此方が感心したのはなんだったのだ。彼は好きな子の発言なら軽ーく翻弄されるような皇子だったか。そうかそうか。ちょっと面白い。なんでだろ……。
「それはどうかなあ?モルさんは魔力の量が少ないから、二つも持つのは大変そうな気がするよ」
「それはつまり……此方は、魔力が多い方だということですか?」
「赤琉お姉さんは、多いと思うよ。この前確認したもんね」
「……」ああ、胸の大きさと一緒にね。
「とりあえず本人に聞くのが早いよね。みんなさがって!おいで『ザガン』のお兄さん!」
アラジンさまはついに白龍皇子の槍の八芒星に触れて、『ザガン』たるジンを呼び出した。たちまち眩しい光に包まれて、「はぁ〜い、お呼びかな?」というどこか甘ったるい男性の声が聞こえると共に、青い肌を持つ魔人が目の前に降臨する。
そこにいたのは、此方が唯一姿を知るジンである『アミー』に比べて随分と背の小さい子供のようなジンだった。これが『ザガン』……此方は迷宮の中に入っていないからお目にかかるのは初めてだ。
「あ。その姿で出てきたんだね」
「ボクは例に漏れず分身体さ。本体が出でくるのを嫌がってボクを送り出したのさ」
「……分身体?本体?」
「赤琉お姉さんは、直接会うのは初めてだもんね。彼も『ザガン』さ!偽物とかじゃないからあんまり心配しなくていいよ」
「そゆこと。で、何の用だい?……まあ見りゃ分かるけどね」
ほう、分身体を作るジンもいるようだ。ザガンは生命を操る魔法を司るから、それに付随しているのだろうか。白龍皇子も植物という名の生命を操っているわけなのだから。
『ザガン』は自らの王の器である白龍皇子を一瞥してから、今度はこちらに視線を寄越し、此方の近くまでまっすぐとことこ歩いてきた。どう見ても子供サイズだ。あまり威厳のようなものを感じないが……許可もなく華刀に触れようとするから、思わず身を引こうとしたのを「少し触るだけ」と断りを入れてくれたので、そろそろと華刀を差し出した。
しかし彼はどちらかと言えば此方が頭に付けている鬼飾りの方が気になるらしく、なにやら意味深な顔で見上げている。
「『アミー』の眷族か。へぇ、ふぅん。なんなんだろうねぇ、この巡り合わせは」
「ああ、そういえば……君たちって」
「どうした?アラジン」
「ううん。なんでもないや」
こちらも意味深に言葉を濁すアラジンさま。なにか思い出すことでもあるのだろうか。彼はマギなのだから、凡人には分からぬ事情に詳しくてもなんら不思議ではない。とりわけジンに関することなら尚更。
「それより……ザガンのお兄さん。赤琉お姉さんは、ザガンの眷族になった理由について気になっているみたいなんだ。既に他のジンの眷属なのに、こんなことって……」
「有り得ないよ。本来はね」
「本来は、ってどういうことだい?」
やはり有り得ないことだよな。予想外でもなんでもない台詞に、むしろ益々疑問が募る。シンドバッド王さまのように、七つもの迷宮を攻略している偉人の前例はあるが、あれはあくまで金属器。眷族となると話は別だろう。
「だって普通嫌だろう?自分の眷属が、別の主にも仕えているって考えたら。それって浮気ってことじゃん?」
「こ、此方を浮気者扱いするのですか!」
「あ、マギ以外がボクに話しかけないでね」
「……」
思わぬ返答である。ここは文句を言うべきところか?従うところか?彼は元からこんなジンだったのか?白龍皇子に視線を向けると、困ったような笑みを返された。どうやら迷宮内でも同じようなやり取りがあったらしい。大人しく黙る。しかし浮気者と言われるのは心外の極みである。
此方は他でもないタケル様に絶対的な忠誠を誓っており、同時に眷族としての主である母上とついでに父上のことも同等に慕っている身だ。間違っても知り合ったばかりの白龍皇子に現を抜かすなど有り得ぬ。もちろん、仲良くしたいという気持ちはあったけれども、眷族になるほど強い気持ちがあったかは……とても。
「まぁ〜?ボクは、ジン同士による王の取り合いならまだしも、眷族ごときの浮気事情なんかまったく気にもならないけどね。お前、どうやら白龍に劣らないくらいの魔力を持ってるようだし、従属を掛け持ちするに足る器だってことは教えておいてあげるよ」
「……」
この流れで褒められるとは思わなかった。
「それに、ボクは元々自分の身代わりを自由に遊ばせて来た身だからね、いつの間にか同じテンションで眷族が生まれてたってことじゃないかな?ボクの関知するとこじゃないね〜」
「たしかに君の迷宮はそう、だったけど。な、なんかジンってそんなに適当な感じでいいのかい?」
「ザガン殿。それは、あなたの意思ではないということか?正直、未だ親交の深いとは言えない赤琉殿をこの中からわざわざ選んで眷族にしたのは、別の思惑があったからではないのか?さっきの反応からしても、赤琉殿がもともと持っていた眷族器に関する何がしか――」
「さぁ〜〜?どうだろうね〜〜」
一応自分の王だからか、白龍皇子には返事をしてくれるようだ。途中で話を遮ったりと、嫌味な態度ではあるが。白龍皇子もそれを承知で話しかけたらしく、呆れながらもザガンに答えを求めている。
「てかさあ、そう思うんだったら、僕なんかよりそのもうひとつのジンの方に聞きなよ。『アミー』の眷族器を持つそっちの人間の主が、どこか別の場所にいるんだろう?」
下からびっと指をさされた。話しかけるなと言う割りには自分の方から話しかけてくるジンである。そんなことは言うまでもなく、居るにいまっている。本国にいる母上は、今も生きて金属器を通して此方に力を授けてくれているのだから。
『アミー』に話を聞け、というのはなるほど確かにという感じではあるが、しかし……それは難しいことのように思えた。
「この件に関しては、僕が何かしたというよりそっちの眷族の主である『アミー』が、もう一つの眷族器を持つことを許したってことなんだからさ。僕が言えるのはそれだけ。じゃ」
ザガンはそれだけ言い残し、さっさと白龍皇子の槍の中に消えていった。疑問は残るばかりであるが、眷族金の二つ持ちは別に不可能ではなかったということだけは証明されたようだ。しかも何かの間違いでもない、らしい。
言葉では適当なことを言っていたが、ザガン本人がどういうわけか納得気味の反応であった。それに、アラジンさまも何か思うことがあったみたいだし……。わけがわからぬ。
「『アミー』に聞けって言ってたな、あいつ。まあ答えるのがめんどくせぇって感じだったけど」
「やっぱりアリババさんの『アモン』の方が親切でしたよね……あ、白龍さんのジンのことを悪く言うつもりはないのですが」
「すみませんね……あんな性格のやつを俺が従えることになって。はは」
「いや、モルジアナは別にそのつもりで言ったんじゃねえだろ。ははは」
なんだか変な空気が流れている。
「ちなみに、赤琉おねえさんの主って一体誰なんだい?」
「此方の主は……此方の母上です」
今度はちゃんと言えた。先日の白龍皇子との会話では少し言い淀んでしまったが。海の向こうにようやく見えてきた海賊の根城を見据えながら、アラジンさまの質問に答える此方。自身の頭飾りの角の部分を優しく指でなぞると、中に収まる『アミー』の眷族が反応したような気がした。
「そっか。赤琉お姉さんのお母さん。じゃあ、今すぐにってわけにはいかなそうだね」
「母上は本国に居るので、今すぐには会えませんよ……もちろん」
「うん、そうだよね」
「……もし、アラジンさまを我が国へ招待することがあったら、ご紹介致しますね。もちろん他の皆さまも」
そんな未来はきっと訪れないけれど。とはいえそんな未来が本当に実現したら、嬉しいことに変わりはない。だって、それはつまり我々の再会を意味しているのだから。
少ししんみりしかけた空気を誤魔化そうとにっこり笑ってそんなご提案をすると、それぞれ嬉しそうに頷いてくれたので、ほっと胸を撫で下ろした。
「うん。会えるといいなあ、赤琉おねえさんのお母さんに」
……鬼倭が鎖国体制を築いているということは先日白龍皇子にお話した通り。今のはこれ以上深入りされてしまわないようについた嘘のご提案である。そのことにただ一人気づいている白龍皇子はやはり人の顔色を読むのがお上手なようで、話を終えたタイミングで何か言いたげに真横に立った。
腕組みをしたまま少し体を横に傾けて頭を近づけてくるから何かと思えば、やや小さめの声でこんなことを仰る。
「『ザガン』の件、ジン本人があのような態度なのだから、あまり心配せずとも良いのでしょう」
「それは、そうかもしれませんね」
「それに……ザガンに話を聞くまでもなく、この中で一番眷族になる可能性があったのはきっとあなただけでしたよね」
「え?」
思わず隣を見上げる。白龍皇子は地味にかかとの高いお履き物を召しているから、身長差もそこそこにあるのである。下から見てもたんと整った彼のご尊顔を眺めながら、首を傾げる此方。なんか、この人もう受け入れてない?
「逆に言えば、他の者が眷族になる可能性など俺には全く感じられませんね。煌の人間ならばともかく」
「なぜ此方が……?」
「一応、近しい国の者同士ですから個人的に親近感のようなものはありましたし、迷宮から帰還してからこの数週間、金属器を使った鍛錬にも相当お付き合い頂きましたよね。その成果が実戦でとうとう証明されたのでしょう。何も、悪いことではないと思っていますよ」
「とても嬉しいお言葉ですが、それは白龍皇子からみた話ではないですか。此方が皇子を慕う理由にはなりませぬ」
「……。やっぱりあなた、眷族になるの嫌だったんでしょう!そもそも俺のこと嫌いですか?もしかして」
「ち、ちがっ、ちがいます!そんなつもりは、なくてですね」
しまった、つい言葉選びを間違えた。此方も白龍皇子には親近感もございましたし、なんとなく話しやすい感じもありました!けれども、それとお慕いする気持ちというのは全く別の話でございます。
気を使ってくださるのは本当に本当に有難いけれど、国に帰ったらどう説明しよう。此方の一番の不安はそれなのだ。国宝である華刀を眷族器にしてしまうなんて……それに『ザガン』の眷族器をどのように扱えばいいのだろうか?白龍皇子とはこの先天山山脈まではお供する予定だが、別れたらきっともう会うことはないのだ……たぶん。
それに、さっきジンから放たれた“浮気してるようなもん”という言葉がどうしようもなく頭に引っかかっている。よりにもよって国外の人間の眷属になるだなんて、そ、そんなことある!?タケル様に失望されたらどうしよう。不安に不安が募る。
「あと考えられるとしたら、植物を操るところに惹かれたんじゃあないんですか?『ザガン』の眷族になった原因は……俺はてっきりその説も濃厚かと思っていたのですが」
「ああ!それはあるかもです。なるほど確かにそう考えたらラッキーかもです」
「やっぱりチョロいですねぇ……あなた」
う、うるさいです。
して、国が違ってもやることは何も変わらぬ。早速彼らに向けて武器を構えるアラジンさま方に加勢するべく、華刀の柄に手を添えた。
「姉ちゃんも大人しくしてくれる?」
「それは生憎、こちらの台詞でございます」
「てかさぁ、アンタが頭に付けてるそれ、オレらのと似てね?実は仲間かぁ?ウケる」
「いけませぬ!喚かれても困ります。お前たちのような賊の一派が、此方の『誇り』を語らないでくださいな。虫唾が走りますので」
子供の言うことながら少々気に障ったので少し強めにお返事をすると、お相手はむっとしながらすぐに武器を構え始めた。煽り耐性の低いこと。
しかしやはりこの子供が言った通り、海賊の子らが皆同様に二本の角を生やした面をかぶっている事実は変わらないので、御味方のはずのアリババさま方にもどうしても不自然に映ってしまったらしい。彼らと此方を交互に見比べて、あれっ?あれっ?という顔をしている。
ふざけなさんな、あんなものは鬼倭の鬼飾りとは似ても似つかぬ代物だ。その点白龍皇子だけは白々しい顔をして海賊共の方を見ている。事情を知っているのが彼だけとはいえ、少し好感度があがる此方であった。
「なんか皆さま酷くないですか。……もういいです。参りましょう、白龍皇子」
「あはは、まあ見慣れぬ者ならそう勘違いするのも仕方がないかと」
「笑いごとじゃあございませんのに……」
白龍皇子は同じく東方の武芸を扱う者同士であるからか、戦闘になった時は意外と息が合うらしい。迷宮『ザガン』の島でアル・サーメンの金属器使いとやり合った時も、それが初めての共闘だったにも関わらず自然と背中合わせになって戦ったものだ。
迷宮内ですでにかなりの怪我を追っていた彼が敵に遅れをとった時、おそらくは此方がとっさに助太刀をしたために武芸のお眼鏡にかない、光栄なことに手合わせのお誘いなども頻繁に受けるようになった。(白龍皇子はモルジアナさまとやりたそうにしてたけれど、)武芸には武芸を……此方は良いお相手になっただろうか。なったのだろうな。出発間際まで寝る間を惜しんで鍛錬を続ける彼のおかげで、此方も少し寝不足になったのだから。あ、これは別に文句を言っているわけではないです。お力になれて嬉しかったということが言いたいのです。
「赤琉殿、おそれながら護衛を頼みます」
「此方が?ええ、はいな。頼まれました」
ふいに、思いもよらぬ白龍皇子からの要請。なんとも恐れ多い頼みであるが、そんなことも言ってられない。此方らが今応戦している海賊はただの海賊ではなかったのだ。船長曰く、近年この辺りを根城に活動する大聖母とやらの使いたちで、子供らは全員が全員片手に魔法道具を装着していた。
おかげで此方らは一度海に投げ出されるし、まるで魔法使いのように不思議な技で船を攻撃されるから、白龍さまも金属器の使いどころと判断なされたらしい。『ザガン』で伸びた木に助けられたことに大興奮しながらも、已然として油断を許さない状況であることに変わりはないので、気を引き締めて白龍皇子の背後に着いた。
彼は未だに未熟の範疇だと自己を分析しているようなので、能力を発動する間は周辺の警護を人に頼るしかないのだ。そういうことなのだろう。我ながら察しが良いのですぐに分かった。やはり息が合う……しかし息が合いすぎた。
「は……?」
「大丈夫ですか?赤琉殿、まさかどこか怪我でも……!」
「ち、ちが、ちがくて」
子供だからと手加減するのは此方の性にあわないが、しかしやはり子供(アラジンさま)が見ている手前、問答無用で切り付けるのは此方でも気が引けたためなるべく峰で対応していた。しかし途中で船長らを人質にとられ、まんまと荷物を持っていかれるという大失態を犯してしまった。
……やはり一人でも切りつけておくべきだったかな。海中へ潜りゆく海賊の船を見送りながら、鞘に収めようとした刀剣の付け根に、ふと気がつけば……八芒星がキラリ輝くのが見えた。
+
一大事である。
「マジで?」とアリババさま。
「本当だ……」とモルジアナさま。
「えっ、あの、アラジンさま、眷族がダブることなんてあるんですか……?」
「さあ……僕はあまり詳しくないけど、ザガンに直接聞いてみるかい?」
「あ、あ、ぜひ、お願いします」
アクティア海軍の助けを経て全員無事に陸地にあがることができた我々だが、王国の港にこそ海賊による悪質な放火の被害が広がっており、到着したところで海上と同じくてんやわんやであった。
しかし此方はそれどころではなかった。先の海賊との戦闘中、いつの間にか此方が命より大事にしている『華刀』にジンの八芒星が刻まれていたのである。何が起こったのか分からなかったが、アラジンさまが言うには此方は白龍皇子が持つ『ザガン』の……つまり、白龍皇子さまの眷族になったということらしい。
理解が追いつかぬ。小声ながらも、仮にも皇子の目の前でつい失礼なことを申し上げた。
「白龍皇子のこと、我が王以上にお慕いしているつもりなどございませんけど!?」
「赤琉殿。百歩譲ってそれについては致し方ないとして、あからさまに不服そうな顔をしないで頂けますか?傷つくので」
アクティア国民に託されたのもあり、此方らは海賊の根城へ向かうことになったのだが、その船上で、柄にもなく取り乱す此方にアリババさまやモルジアナさまにも一歩引かれる始末である。
皇子が見せてくれと言うから、鞘から抜いた華刀を両手に持っておそるおそる差し出すと、皆が一様に刀身の八芒星に興味深そうに顔を近づけてくる。そこには確かに八芒星があり、アラジンさまによるとこれは確かに『ザガン』と同じ色のルフを帯びているらしい。何から何までおかしい。
「だ、だ、だって、こんなのなにかの手違いでは!?なにかの……!」
「こんなこともあるものなんですね。まあ、俺の眷族になったからには、ええっと、よろしくお願いします?」
「……どうしてそんなに軽いのですか?」
「いや……俺も驚いてますよ。そりゃ」
白龍皇子があまりにも冷静だから此方、恥ずかしくなってしまった。さすが皇子さまであられる。これしきのことでは動じぬか……。きゅっと口を紡いで華刀を握りしめた。
それに呼応するように、ネツメグサを通して海賊の根城と繋がっている『ザガン』の槍を見やる白龍さま。今我々はこれを追って目的地に向かっているのだが、今に限っては別の話題で視線を集める的であった。
「俺もまさか、この面子の中から最初の眷族が選ばれるとは思いもしませんでした」
「そうだよな?アラジンは魔法使いだし、俺はもう『アモン』を持ってるし、モルジアナは俺の眷族だし……ってあれ?でも赤琉もとっくに他のやつの眷族で……あれ?」
「二つの眷属器を持つことが可能なのだとすれば、もしかしたら、私も白龍さんの眷属になっていたかもしれないということですか……?」
「も、モルジアナ殿が!?俺の眷族に!?」
今度はしっかりテンパる皇子。おい。さっき此方が感心したのはなんだったのだ。彼は好きな子の発言なら軽ーく翻弄されるような皇子だったか。そうかそうか。ちょっと面白い。なんでだろ……。
「それはどうかなあ?モルさんは魔力の量が少ないから、二つも持つのは大変そうな気がするよ」
「それはつまり……此方は、魔力が多い方だということですか?」
「赤琉お姉さんは、多いと思うよ。この前確認したもんね」
「……」ああ、胸の大きさと一緒にね。
「とりあえず本人に聞くのが早いよね。みんなさがって!おいで『ザガン』のお兄さん!」
アラジンさまはついに白龍皇子の槍の八芒星に触れて、『ザガン』たるジンを呼び出した。たちまち眩しい光に包まれて、「はぁ〜い、お呼びかな?」というどこか甘ったるい男性の声が聞こえると共に、青い肌を持つ魔人が目の前に降臨する。
そこにいたのは、此方が唯一姿を知るジンである『アミー』に比べて随分と背の小さい子供のようなジンだった。これが『ザガン』……此方は迷宮の中に入っていないからお目にかかるのは初めてだ。
「あ。その姿で出てきたんだね」
「ボクは例に漏れず分身体さ。本体が出でくるのを嫌がってボクを送り出したのさ」
「……分身体?本体?」
「赤琉お姉さんは、直接会うのは初めてだもんね。彼も『ザガン』さ!偽物とかじゃないからあんまり心配しなくていいよ」
「そゆこと。で、何の用だい?……まあ見りゃ分かるけどね」
ほう、分身体を作るジンもいるようだ。ザガンは生命を操る魔法を司るから、それに付随しているのだろうか。白龍皇子も植物という名の生命を操っているわけなのだから。
『ザガン』は自らの王の器である白龍皇子を一瞥してから、今度はこちらに視線を寄越し、此方の近くまでまっすぐとことこ歩いてきた。どう見ても子供サイズだ。あまり威厳のようなものを感じないが……許可もなく華刀に触れようとするから、思わず身を引こうとしたのを「少し触るだけ」と断りを入れてくれたので、そろそろと華刀を差し出した。
しかし彼はどちらかと言えば此方が頭に付けている鬼飾りの方が気になるらしく、なにやら意味深な顔で見上げている。
「『アミー』の眷族か。へぇ、ふぅん。なんなんだろうねぇ、この巡り合わせは」
「ああ、そういえば……君たちって」
「どうした?アラジン」
「ううん。なんでもないや」
こちらも意味深に言葉を濁すアラジンさま。なにか思い出すことでもあるのだろうか。彼はマギなのだから、凡人には分からぬ事情に詳しくてもなんら不思議ではない。とりわけジンに関することなら尚更。
「それより……ザガンのお兄さん。赤琉お姉さんは、ザガンの眷族になった理由について気になっているみたいなんだ。既に他のジンの眷属なのに、こんなことって……」
「有り得ないよ。本来はね」
「本来は、ってどういうことだい?」
やはり有り得ないことだよな。予想外でもなんでもない台詞に、むしろ益々疑問が募る。シンドバッド王さまのように、七つもの迷宮を攻略している偉人の前例はあるが、あれはあくまで金属器。眷族となると話は別だろう。
「だって普通嫌だろう?自分の眷属が、別の主にも仕えているって考えたら。それって浮気ってことじゃん?」
「こ、此方を浮気者扱いするのですか!」
「あ、マギ以外がボクに話しかけないでね」
「……」
思わぬ返答である。ここは文句を言うべきところか?従うところか?彼は元からこんなジンだったのか?白龍皇子に視線を向けると、困ったような笑みを返された。どうやら迷宮内でも同じようなやり取りがあったらしい。大人しく黙る。しかし浮気者と言われるのは心外の極みである。
此方は他でもないタケル様に絶対的な忠誠を誓っており、同時に眷族としての主である母上とついでに父上のことも同等に慕っている身だ。間違っても知り合ったばかりの白龍皇子に現を抜かすなど有り得ぬ。もちろん、仲良くしたいという気持ちはあったけれども、眷族になるほど強い気持ちがあったかは……とても。
「まぁ〜?ボクは、ジン同士による王の取り合いならまだしも、眷族ごときの浮気事情なんかまったく気にもならないけどね。お前、どうやら白龍に劣らないくらいの魔力を持ってるようだし、従属を掛け持ちするに足る器だってことは教えておいてあげるよ」
「……」
この流れで褒められるとは思わなかった。
「それに、ボクは元々自分の身代わりを自由に遊ばせて来た身だからね、いつの間にか同じテンションで眷族が生まれてたってことじゃないかな?ボクの関知するとこじゃないね〜」
「たしかに君の迷宮はそう、だったけど。な、なんかジンってそんなに適当な感じでいいのかい?」
「ザガン殿。それは、あなたの意思ではないということか?正直、未だ親交の深いとは言えない赤琉殿をこの中からわざわざ選んで眷族にしたのは、別の思惑があったからではないのか?さっきの反応からしても、赤琉殿がもともと持っていた眷族器に関する何がしか――」
「さぁ〜〜?どうだろうね〜〜」
一応自分の王だからか、白龍皇子には返事をしてくれるようだ。途中で話を遮ったりと、嫌味な態度ではあるが。白龍皇子もそれを承知で話しかけたらしく、呆れながらもザガンに答えを求めている。
「てかさあ、そう思うんだったら、僕なんかよりそのもうひとつのジンの方に聞きなよ。『アミー』の眷族器を持つそっちの人間の主が、どこか別の場所にいるんだろう?」
下からびっと指をさされた。話しかけるなと言う割りには自分の方から話しかけてくるジンである。そんなことは言うまでもなく、居るにいまっている。本国にいる母上は、今も生きて金属器を通して此方に力を授けてくれているのだから。
『アミー』に話を聞け、というのはなるほど確かにという感じではあるが、しかし……それは難しいことのように思えた。
「この件に関しては、僕が何かしたというよりそっちの眷族の主である『アミー』が、もう一つの眷族器を持つことを許したってことなんだからさ。僕が言えるのはそれだけ。じゃ」
ザガンはそれだけ言い残し、さっさと白龍皇子の槍の中に消えていった。疑問は残るばかりであるが、眷族金の二つ持ちは別に不可能ではなかったということだけは証明されたようだ。しかも何かの間違いでもない、らしい。
言葉では適当なことを言っていたが、ザガン本人がどういうわけか納得気味の反応であった。それに、アラジンさまも何か思うことがあったみたいだし……。わけがわからぬ。
「『アミー』に聞けって言ってたな、あいつ。まあ答えるのがめんどくせぇって感じだったけど」
「やっぱりアリババさんの『アモン』の方が親切でしたよね……あ、白龍さんのジンのことを悪く言うつもりはないのですが」
「すみませんね……あんな性格のやつを俺が従えることになって。はは」
「いや、モルジアナは別にそのつもりで言ったんじゃねえだろ。ははは」
なんだか変な空気が流れている。
「ちなみに、赤琉おねえさんの主って一体誰なんだい?」
「此方の主は……此方の母上です」
今度はちゃんと言えた。先日の白龍皇子との会話では少し言い淀んでしまったが。海の向こうにようやく見えてきた海賊の根城を見据えながら、アラジンさまの質問に答える此方。自身の頭飾りの角の部分を優しく指でなぞると、中に収まる『アミー』の眷族が反応したような気がした。
「そっか。赤琉お姉さんのお母さん。じゃあ、今すぐにってわけにはいかなそうだね」
「母上は本国に居るので、今すぐには会えませんよ……もちろん」
「うん、そうだよね」
「……もし、アラジンさまを我が国へ招待することがあったら、ご紹介致しますね。もちろん他の皆さまも」
そんな未来はきっと訪れないけれど。とはいえそんな未来が本当に実現したら、嬉しいことに変わりはない。だって、それはつまり我々の再会を意味しているのだから。
少ししんみりしかけた空気を誤魔化そうとにっこり笑ってそんなご提案をすると、それぞれ嬉しそうに頷いてくれたので、ほっと胸を撫で下ろした。
「うん。会えるといいなあ、赤琉おねえさんのお母さんに」
……鬼倭が鎖国体制を築いているということは先日白龍皇子にお話した通り。今のはこれ以上深入りされてしまわないようについた嘘のご提案である。そのことにただ一人気づいている白龍皇子はやはり人の顔色を読むのがお上手なようで、話を終えたタイミングで何か言いたげに真横に立った。
腕組みをしたまま少し体を横に傾けて頭を近づけてくるから何かと思えば、やや小さめの声でこんなことを仰る。
「『ザガン』の件、ジン本人があのような態度なのだから、あまり心配せずとも良いのでしょう」
「それは、そうかもしれませんね」
「それに……ザガンに話を聞くまでもなく、この中で一番眷族になる可能性があったのはきっとあなただけでしたよね」
「え?」
思わず隣を見上げる。白龍皇子は地味にかかとの高いお履き物を召しているから、身長差もそこそこにあるのである。下から見てもたんと整った彼のご尊顔を眺めながら、首を傾げる此方。なんか、この人もう受け入れてない?
「逆に言えば、他の者が眷族になる可能性など俺には全く感じられませんね。煌の人間ならばともかく」
「なぜ此方が……?」
「一応、近しい国の者同士ですから個人的に親近感のようなものはありましたし、迷宮から帰還してからこの数週間、金属器を使った鍛錬にも相当お付き合い頂きましたよね。その成果が実戦でとうとう証明されたのでしょう。何も、悪いことではないと思っていますよ」
「とても嬉しいお言葉ですが、それは白龍皇子からみた話ではないですか。此方が皇子を慕う理由にはなりませぬ」
「……。やっぱりあなた、眷族になるの嫌だったんでしょう!そもそも俺のこと嫌いですか?もしかして」
「ち、ちがっ、ちがいます!そんなつもりは、なくてですね」
しまった、つい言葉選びを間違えた。此方も白龍皇子には親近感もございましたし、なんとなく話しやすい感じもありました!けれども、それとお慕いする気持ちというのは全く別の話でございます。
気を使ってくださるのは本当に本当に有難いけれど、国に帰ったらどう説明しよう。此方の一番の不安はそれなのだ。国宝である華刀を眷族器にしてしまうなんて……それに『ザガン』の眷族器をどのように扱えばいいのだろうか?白龍皇子とはこの先天山山脈まではお供する予定だが、別れたらきっともう会うことはないのだ……たぶん。
それに、さっきジンから放たれた“浮気してるようなもん”という言葉がどうしようもなく頭に引っかかっている。よりにもよって国外の人間の眷属になるだなんて、そ、そんなことある!?タケル様に失望されたらどうしよう。不安に不安が募る。
「あと考えられるとしたら、植物を操るところに惹かれたんじゃあないんですか?『ザガン』の眷族になった原因は……俺はてっきりその説も濃厚かと思っていたのですが」
「ああ!それはあるかもです。なるほど確かにそう考えたらラッキーかもです」
「やっぱりチョロいですねぇ……あなた」
う、うるさいです。