生まれつき不眠症だからか、床に入ってからしばらくするとその日眠れるか眠れないかはなんとなく分かってしまう。ああ、今日はダメだ。そんな日に限って白龍さまは秒で寝ちゃうんだから、此方の一人ぼっちの長い夜はここから始まるのでした。
眠れない夜は、実は全然嫌いじゃなくて……むしろ屋根群を飛び移りながら鬼倭の夜景を独り占めするのが、此方が幼い頃から一番心惹かれる遊戯であった。植物は真昼の太陽に照らされることでその本領を発揮するが、一転、月に照らされた城上の森は、空に浮かぶ黒き大きな影となる。此方は小さい体躯で枝々を飛び移り、それでもてっぺんの見えない大木に壮大さを感じることで笑うような子供である。父上は夜な夜な屋敷を抜け出す娘に手を焼いていたが、しかしそれでも特別気味悪がることはなく、夜間警備の任を一任することで此方の悪趣味を許してくれた。
そんな此方ももう二十歳になり、国を留守にしていた時期もあったからか、今や警備の仕事以外で屋根を駆け回ることは少なくなった。それよりも……新しい趣味が出来たのだ。隣ですやすやと眠る白龍さまの、観察というか、鑑賞。
肩下まで伸びた御髪は龍の髭のように艶があって触り心地がよくて、その下に見え隠れする大層整ったお顔がよりいっそう美しく見える。否、実際に美しいのだ。白瑛さまや玉艶さまによく似た……そしてきっと兄上さま方や父君にもよく似た、成人男性らしい端正なお顔。鬼倭のお衣からちらと覗く筋の張った細い首に、鍛え抜かれた逞しい肉体。紅炎さまに授かった手足。そして、彼が凄惨な大火から生き延びた、証。
「お綺麗ですね」
返事はなかった。もとよりそのつもりで声をかけたのもあるが、こういう時でないと素直に言葉を伝えられない間柄になったのだ。まあ白龍さまの方はバシバシものを言うようになったけれど……此方は、ただの眷族であった頃よりも変な感情が邪魔をしている気配があって、最近は目を合わせることすら少しのためらいが生まれてしまう。せっかく近くからお顔を拝見できるのに、見上げるよりももっと下の鎖骨の辺りを見ていた方が気が楽なのは、ひとえに身長差のせいだけではない。そんなこととっくに分かっているのだ。
恥ずかしいのだ!此方は、神さま鬼神さまが丁寧に作り上げた宝石のような成りをしている白龍さまを、自分の視界に入れるのが。お声を聞くのが。名前を呼ばれるのが。恥ずかしくてたまらないのだ。けれど、今ならそんな心配はいらない。なぜなら白龍さまはぐっすり夢の世界へ旅立っているからだ。これならどんな悪戯を仕掛けても気づかれることは無いであろう。さて、いったい何をして差し上げましょうか。ニヤニヤする此方。
此方は自分の寝間着がはだけかけていることは気にもとめず、寝台の上でそろりそろりと四つん這いのような姿勢になって、やや横を向いた白龍さまの体をツンと突いて倒した。仰向けになると同時に肩から滑り落ちる御髪。ん、とお口元から漏れる息。全く起きる気配はない。
あらまあ、意識のない体ではいくら押し倒されようと、帯紐を解かれようと、お衣を暴かれようと、決して抵抗できませんねえ。初めはただお衣を触れて撫でていただけだったのが、手癖の悪い此方の手によって顕になりゆく彼の白い肌。襟元を下げるようにしてぐいっと引っ張ると、既にすっかり冷めた湯上りの体にそっと唇を押し付けた。何個かキスマークを……付けたつもりだったが、すぐに消えた。仕方がないのでがぶりと噛み付いて歯型をつけた。……やはり慣れない動作なので、白龍さまがいつもするようにはいかないけれど。
そろそろ起きてもおかしくないのに、白龍さまは未だに静かに寝息を立てている。
眠れない夜は、実は全然嫌いじゃなくて……むしろ屋根群を飛び移りながら鬼倭の夜景を独り占めするのが、此方が幼い頃から一番心惹かれる遊戯であった。植物は真昼の太陽に照らされることでその本領を発揮するが、一転、月に照らされた城上の森は、空に浮かぶ黒き大きな影となる。此方は小さい体躯で枝々を飛び移り、それでもてっぺんの見えない大木に壮大さを感じることで笑うような子供である。父上は夜な夜な屋敷を抜け出す娘に手を焼いていたが、しかしそれでも特別気味悪がることはなく、夜間警備の任を一任することで此方の悪趣味を許してくれた。
そんな此方ももう二十歳になり、国を留守にしていた時期もあったからか、今や警備の仕事以外で屋根を駆け回ることは少なくなった。それよりも……新しい趣味が出来たのだ。隣ですやすやと眠る白龍さまの、観察というか、鑑賞。
肩下まで伸びた御髪は龍の髭のように艶があって触り心地がよくて、その下に見え隠れする大層整ったお顔がよりいっそう美しく見える。否、実際に美しいのだ。白瑛さまや玉艶さまによく似た……そしてきっと兄上さま方や父君にもよく似た、成人男性らしい端正なお顔。鬼倭のお衣からちらと覗く筋の張った細い首に、鍛え抜かれた逞しい肉体。紅炎さまに授かった手足。そして、彼が凄惨な大火から生き延びた、証。
「お綺麗ですね」
返事はなかった。もとよりそのつもりで声をかけたのもあるが、こういう時でないと素直に言葉を伝えられない間柄になったのだ。まあ白龍さまの方はバシバシものを言うようになったけれど……此方は、ただの眷族であった頃よりも変な感情が邪魔をしている気配があって、最近は目を合わせることすら少しのためらいが生まれてしまう。せっかく近くからお顔を拝見できるのに、見上げるよりももっと下の鎖骨の辺りを見ていた方が気が楽なのは、ひとえに身長差のせいだけではない。そんなこととっくに分かっているのだ。
恥ずかしいのだ!此方は、神さま鬼神さまが丁寧に作り上げた宝石のような成りをしている白龍さまを、自分の視界に入れるのが。お声を聞くのが。名前を呼ばれるのが。恥ずかしくてたまらないのだ。けれど、今ならそんな心配はいらない。なぜなら白龍さまはぐっすり夢の世界へ旅立っているからだ。これならどんな悪戯を仕掛けても気づかれることは無いであろう。さて、いったい何をして差し上げましょうか。ニヤニヤする此方。
此方は自分の寝間着がはだけかけていることは気にもとめず、寝台の上でそろりそろりと四つん這いのような姿勢になって、やや横を向いた白龍さまの体をツンと突いて倒した。仰向けになると同時に肩から滑り落ちる御髪。ん、とお口元から漏れる息。全く起きる気配はない。
あらまあ、意識のない体ではいくら押し倒されようと、帯紐を解かれようと、お衣を暴かれようと、決して抵抗できませんねえ。初めはただお衣を触れて撫でていただけだったのが、手癖の悪い此方の手によって顕になりゆく彼の白い肌。襟元を下げるようにしてぐいっと引っ張ると、既にすっかり冷めた湯上りの体にそっと唇を押し付けた。何個かキスマークを……付けたつもりだったが、すぐに消えた。仕方がないのでがぶりと噛み付いて歯型をつけた。……やはり慣れない動作なので、白龍さまがいつもするようにはいかないけれど。
そろそろ起きてもおかしくないのに、白龍さまは未だに静かに寝息を立てている。