此方の寝台の真横に直立し、此方を見下ろしたまま皇子は仰った。はっきりとした口調で。
「もういいです。そこまで仰るのなら、いっそのこと協力してくださいませんか」
「……」
「あなたの盗聴スキルは是非とも欲しい。今日でなくとも、さっき能力を見せてくださった時からいずれお誘いしようと思っていたのです」
そうでしたか、と独りごちる。まあ確かに彼は『アミー』の話をした時から何かを考えるような素振りをしていた。
煌帝国を割る戦争。煌に巣食うアル・サーメンとその頭領である彼自身の母親を討つという大革命。一口に言ってもそれはあまりにも大きすぎる。真に成しえたら歴史の一頁にでかでかと刻まれることになるだろう。此方はそれを企む張本人と関わりを持ってしまった。とんでもないことに足を突っ込んでしまった。これも運命と言えば聞こえはいいが……。
さすがにこの状況では体操は続けられぬから、寝台の上で正座をする此方。どこからどう見ても白龍皇子は至って真剣の表情である。
「シンドリアで出会い、眷族にもなったあなたには少なからず御縁を感じているのだ。協力、してくれますか」
その質問にはこう答えるしかなかった。余計な反感を買わぬようわざと物怖じせずに答えた。
「それは、どうでしょう。さっきはさんざん思わせぶりなことを申し上げましたが、しかし今すぐには頷けませぬ」
「なぜ?」
「此方は鬼倭の人間ですから。此方個人の独断で、煌帝国の皇子ともあろうお方に組みするなどという不良行為はとてもなし得ませぬ」
「まあ、そうでしょうね。隣国同士とはいえ、見方を変えれば敵国同士とも言えるので。関係を持つことはかなりのリスクを伴うことでしょう。それを分かっていながら強要することはできません」
予想の範疇の返答だったのか、彼はすぐに身を引いてくれた……かと思われたが、決してそんなことはなかった。
「――常識的にはね。でも俺は常軌を逸したこともしていかなければならない」
そんなことを言いながら、白龍皇子は離れるどころかシーツの上に手を置いた。そのうえさらに、膝をも乗せてくるから驚いた。此方の寝台に乗りあがって来たではないか。白龍皇子が何をしようとしているのかよく分からず、ただ呆然と彼を見上げた。そうこうしているうちに、彼の義手じゃない方の右手で肩を掴まれた。
「赤琉殿」
「あの……?」
もはや押し倒そうとしているのかと思うほどに強い力でぐぐぐと圧をかけられた。どうした、急に、様子が変わったが。
「赤琉殿。あなた、何が言いたいんですか?結局のところ」
「皇子さま、なんだか様子が変ですよ……」
「あなたの言葉は二転三転してよく分かりませんが……俺としては目的のためなら無理やり従わせることもやぶさかではないのですよ」
「え、」
「あなたの能力は素晴らしい。それだけじゃない、正直、今日話をしたことで、アラジン殿よりあなたの方が圧倒的に“利用価値”があると気づきました。ぬるい考えを持つあのマギよりも断然、あなたには悪を滅する志があるじゃあないですか。そうでしょう?ならば強制的に従ってもらう手もあるんです」
此方はぱちぱちと瞬きをした。白龍皇子が怖い顔をしていたから。もしかして、先程のなんらかの発言が怒りに触れてしまったのだろうか。
もはや隠す必要がなくなったからか、表情を取り繕うことなく言葉も選ばず直接的に、まっすぐ本心から言いたいことを言い始めた。此方はいきなり雰囲気の変わった白龍皇子の圧に対応できず、そのままぱったりと押し倒されてしまった。
しかも彼はいつの間にかザガンを発動させていたらしく、左の義手から何本もの太い枝が伸びてきた。それらは特別素早い動きではなかったけれど、戸惑いの中では抵抗する間もなくゆっくりと此方の体を縛り付けていく。
声にならない声がでた。為す術もなく寝台に縫い付けられた此方はまるで蜘蛛の巣にかかった獲物のよう。……どうしよう、皇子さま、完全に怒っているではないか。
「俺に自分から能力を打ち明けたのも、協力する気が少しでもあったからなのでは?さっきの発言はなんですか?俺を試しているんですか?そうとでも考えなきゃ、あまりにも無鉄砲過ぎますよ、あなたのこれまでの言動全て」
試すつもりなどはなかったが、でも此方の言葉足らずだったことには違いない。それは認めよう。しかし……。
白龍皇子の目を見て思った。あ、彼はもう此方とは仲良しの関係を築こうとは思っていないのだ。此方だけでなく、きっと他の誰とも。目的のためならなんでもする。なんでも利用する。既にそういう段階まできている。これも全てマドーラの魔法の影響だろうか。
「ねえ、なんとか言ってくださいよ。どうして敵国の皇子である俺にあんな話をしたんです?弄んで、掻き回して楽しいですか?煽るようなことを言うくせして、ただの興味本位とは言わせませんよ。ねえ、赤琉殿」
こうしている間にも、ザガンの植物が此方の四肢と首元を締め上げていく。かろうじて息はできるがもう足掻くことは許されない。此方が深い事情を知っているうえで意味不明な態度を取るから、余計なことをされる前にいっそ始末してしまおうという感じだろうか。
きっと、今日マドーラを処刑したばかりだから人を殺すという選択肢が簡単に生まれてしまっているのだ。昨日までは本当に温厚な皇子だったのに。少なくとも“人前では”温厚でい続けてくれたのに、このような簡単な問答だけで人を殺そうとするなんて。
ここまでされても表情があまり崩れない此方を不思議に思ったのか、白龍皇子はさらに締める力を強くし始めた。混乱している。
「不気味なお人だな、自分が今何をされているのか分かっているんですか?」
「早まら、ないで……くださいな」
それはこちらの台詞ですので。あなたの方こそ、今、ご自分が何をなさっているのか分かっているのですか?まったく……よくも此方に手を出したな、こんなことはとてもじゃないけど許されない。
物々しい雰囲気で本当にこのまま殺されるかもと思ったけれど、幸運なことに白龍皇子は『アミー』の眷族器を外そうとはしなかった。うっかり頭から抜けていたのだろうか。そろそろ声も出せなくなりそうなタイミングで、此方は遂に全身を塵に変えて皇子の拘束をいとも容易くするりと通り抜ける。その後、寝台から少し離れた壁際の棚の上に着地した。
ふぅ、と呼吸を整える。急に此方が消えたことにあまり驚いた様子もなく、こちらを見上げる白龍皇子。すぐに義手を元に戻して、今はもう純粋に『アミー』の能力に感心しているだけというふうな表情をしていた。切り替えが早いお人だ。
「ほう、この状態からでも抜けられるとは。まことに便利だ」
「ザガンも相当ですから……」
ザガンの枝が刺さっていくつもの大穴があいてしまった此方の寝台を見て苦笑した。これ、どうやって言い訳するんですか皇子さま……と思いながら床に飛び降り、かろうじて穴のあいていない場所に座り直す。
「……皇子さまも、お座りくださいな」
たった今殺されかけたのにあまりにも堂々としているからか、不満げな顔をしている。けれどひとまずは落ち着いてくれたらしく、皇子さまは此方の正面に腰を下ろして、綺麗な姿勢のまま足を組んだ。
値踏みするような視線を感じて、また苦笑いをするしかない。もうさっきまでとは別人のように見える。彼は本来はもっとこんな感じの人だったんだ。……本性を知れたみたいで、なぜだか微笑ましい。なぜだろう。
「どうして此方が能力を打ち明けたのか、でしたよね。協力する気がなければこんな話はしないだろうとも仰いましたね」
「言いました、けど」
「ええ、白龍皇子の仰る通り、此方が協力できる可能性はないこともないのですよ」
「可能性?えらくふわっとした言葉選びじゃないですか」
そりゃあ、協力しますと言ったら即座に愛する鬼倭王国を離反することになるからだ。此方はなにもきっぱりと「協力できない」と答えた訳ではない。タケル様との御相談もない今の段階ではまっすぐ頷くことはできないと言いたかっただけ。それなのに問答無用であんなことをするんだから。人の話は最後まで聞いてほしいものです。
それより、一旦話題を変えてみよう。これについてまず話をするべきだと思ったから。
「白龍皇子は、鬼倭が七海連合に加盟していることをご存知ですか?」
「……なんですって?」
「初耳ですか?」
初耳だ、という顔。さっそく食いついてくれたことに得意げに笑う。やはりこのことはご存知ないか。それもそのはず、鬼倭は鎖国体制でいることを七海連合に手厚く保証されているのだ。七海連合に加盟していること自体、関係者しか知らぬこと。煌帝国ほどの諜報活動をもってしても広まっていないとは、さすが鬼倭が小国なだけある。……あ、これは自虐です。
「鬼倭王国が、七海連合に?それは、本当ですか?一体いつから……?」
「本当です。前国王の代から」
「……はあ。そうだったんですか。まあ有り得ないことではない、か。あなたがシンドリアにいたくらいなのだから」
「そうですね。それもあって此方はシンドバッド王さまに良くしていただきました」
留学のこともそうだし、堕転したときのこともそう。あの方には大変世話になった。そして、かの王は今は白龍皇子にも手を貸そうとしている。
「シンドバッド王さまは、白龍皇子にご助力賜ってくださると仰ったそうですね」
「ええ」
「であれば、かの方からのご依頼があれば七海連合同盟国の鬼倭王国は動かざるを得ません。そういう意味で、可能性はなきにしもあらずと言いたかったのです」
「……なるほど、同盟国。これでは迂闊に手は出せませんね、あなたのことも。せっかくのシンドバッド王さまの信頼が失い兼ねません。やけに余裕でいるから何事かと思いました」
もし『アミー』を取られていたら、為す術なくあんな態度は取れなかったけれど。……これは言わないでおこう。
「しかしそれとさっきの話とでなんの関係があるのです?」
「何も難しい話ではございませぬ。七海連合のことも、能力についてもそうですが、わざとこういう話を振ったのは、その程度には白龍皇子に協力的であるということです。あなたさまの仰る通り」
「……ほう?」
「あなたさまの後を追いかけた理由も、先程申し上げた通り。でも協力してほしいという旨の“依頼”にはああやって断る他ありませぬ」
きょとんとする皇子さま。少しずつ理解してきたのだろうか。何かを考えるように口元を手で押さえた。
「“依頼”したから、断ったと?」
「はいな。白龍皇子は一国の皇子なのだから、口約束にも多大なる効力を持ちますよね。ひとえに頷いて言質でも取られては此方、同時に国を捨てることになってしまいます」
「……」
「此方は立場上まっすぐは頷けませぬ。けれど首を横に振ることも致しませぬ。お分かりですか?これ以上ははっきりと申し上げることはできません。お察しください。どうか、以降は乱暴な真似をせず」
此方には、初めから手を貸そうという気持ちはあったのだ。最初シンドバッド王さまとのお話を盗み聞きした時は、此方にはなんの関係もない話だと思っていたが、その後関わりを持ってしまったから、此方の関心も彼にたんと向いてしまった。
思えば、同情していた。可哀想だと思った。母親のことで悩んでいることに、勝手ながら仲間意識を持ったのかもしれぬ。彼だってある時までは母親のことが大事だったかもしれない。でなければ偽の母親のことを一時でも守ろうなどとは思わないだろう?あんなに必死になって母上のために戦うお人が、ある時を境に首を斬るまでの恨みを持つようになった。彼の内に秘める闇を此方はまだ理解しきれていないが、ひとりで行く彼の後を追いかけたのも、こんな話を持ちかけたのも、此方の中に少なからず御味方でいたいと思う気持ちがあったから。
……しかし、何も考えずにこのことを白龍皇子に伝えるわけにもいくまい。依頼は断らざるを得ぬ。その結果紛らわしい態度になってしまったが、紛らわしい言葉だけでなんとか皇子自身に分かってもらうしかなかったのだ。
「ああ、なんてことだ」
此方の言いたいことを一から理解してくださったのか、自分自身に呆れたように乾いた笑みとため息をこぼす皇子。
「そうか、なるほど……ええはい、よく分かりました。赤琉殿の言動の全て、今、ようやく理解しました」
「それは良かったです」
「最初から俺に手を貸すつもりで……。しかし俺は、そこまでの意図を読み取れず、先程はとんでもないことを……」
断わざるを得なかった“依頼”を断ったことでまさかさっそく脅されるとは思いもしなかったが、あの時の白龍皇子はいささか気が動転しているように見えた。正気ではなかったのだろう。シンドバッド王さま以外断られ続きで、やけになったのかもしれぬ。
彼は膝に手をついて、誠心誠意頭を下げてくださった。あ、今の彼は以前から見慣れたいつもの優しい彼だ。
「仲間に欲しい一心で、手荒な真似をしてしまい申し訳ありませんでした。つい、手が」
ついで済まされるかい。此方の寝る場所がなくなってしまったのに。
白龍皇子は思い立ったらすぐ行動、というタイプなのだろうな……だからモルジアナさまにもあのような真似をして……(これを言ったらまた怒りそう)。白龍皇子は自身の行いを猛省しているのか、うなだれて両手で顔を隠しながら続けた。
「ああ、焦りは禁物ですね。せっかく得られそうな協力者を絞め殺すところでした」
「……」言い方。
「いや、たぶん、俺の方こそマドーラの魔法でおかしくなっていたんです。言い訳にはなりませんが、今日は気分が変なんですよ。あんな変な夢を見せられて、昔のことを思い出してしまったし、勢い余ってあの女を斬り殺して……」
「失恋もしたし?」
「殺しますよ」
指の隙間から覗ける眼力が鋭くて、思わず背筋が凍った。此方はぎゅっと口を閉じた。でもお生憎さま今の優位性はこっちの方が上だった。言いたいことが出来たのですぐに口を開いた。
「失恋した腹いせに此方にあんなことをするなんて、白龍皇子は野蛮なお人なのですねえ」
「……」
「一緒のお部屋で寝るのも怖くなってしまいました。そも、此方の寝る場所が穴だらけなのですが……どうすればよいのでしょう」
許していないフリをする此方。皇子の優位に立つのは楽しいことだ。七海さまにもよくこの遊びをして父上に殴られていたっけ。
「……分かりました。俺は別の寝床を探しますから。赤琉殿は無事な方を使ってください」
「今の時間だともうどこの宿も受け付けてくれないのでは?」
「野宿でもなんでもしますよ」
「えっ。いや、そこまでしなくても……そうだ!此方にいい考えがあります」
「……いい考え?その顔、どうしてか嫌な予感がするのですが」
「ザガンでベッドって作れます?植物の上で寝るの、此方好きなんですよね」
「……」
凶器の上で寝ようとするな。という顔をしている。
「あ、でも、さっきザガンに拘束された時、此方ちょっと興奮しちゃってドキドキしたから余計に寝れなくなってしまうかも……」
「え?ちょ、あなた、赤裸々すぎません?」
「だって木の香りに包まれると、此方幸せな気持ちになりますもの」
「……」
たぶん引かれてる。
「俺は頭のイカれた人間を脅してまで仲間にしようとしていたのか……」
「そうですよ。此方のことを買いかぶり過ぎですよ。白龍皇子は」
「……いえ、赤琉殿の力を認めているのは本当ですよ。ていうかイカれてるというのには否定しないんですね」
「此方気づきました。自分を絞め殺そうとまでしてきたお方の御味方になろうとする人間は、頭のネジが外れているか、よっぽどその方に心酔しているかのどちらかだと」
「……まあ、その二択だと後者ではなさそうですね」
「そうですよ――」
此方は返事をしながら枕元に置いていた華刀を手に取って、前触れもなく『霧隠れ』を発動させた。瞬時に皇子の背後に自分の粒子を集めて元の姿に戻ると、後ろから抱きしめるように鞘に収めたままの華刀を白龍皇子の首元に押し付ける。
今、此方、皇子の首を獲りました。彼は少し背筋を伸ばしたあと、瞳だけで後ろの此方を一瞥する。刀を構えていても殺す気がないことだけは分かったらしい。皇子らしく肝の据わったお方である。
「一応忠告しておきますけれど、これからはいつ寝首をかかれてもおかしくないですよ?皇子さま」
さっき殺されかけたから、お返しです。これでおあいこにして差し上げます。
「……ほら、あなたの力量は相当ですよ。今、俺は全く反応出来ませんでした。赤琉殿をお誘いして正解だった。ていうかまだ怒ってますよね。俺を殺し返そうとするなんて」
「怒ってますよ。自分の眷族を信用してくださらなかったことに」
「……はあ?眷族になったこと、受け入れたんですか?最初はあまり嬉しそうじゃなかったくせにねえ……ザガンのこと、かなり気に入ったようで」
「気に入りましたよ?もちろん。あそうだ、白龍皇子!海賊との戦闘で、地味に魔装を習得しておりましたよね!なんか植物なのかよく分からない生き物を操っていたし!此方にも見せてくださいよ、鍛錬付き合いますから!」
「急にテンションをあげないでください。イカれてるというか、馬鹿ですよねあなた」
「馬鹿じゃないです!」
「どっちもあんまり変わんないでしょう。ていうか早く離れてください。さっきのは俺が悪かったですから、もう許してください、ね?」
「はあ、白龍皇子はお口が悪くなりました」
ギシ、と音を立てながら寝台の上に立ち上がる此方。ぴょんと飛んで床におりると、彼も立ち上がって此方のことを見下ろした。視線はじっと鬼飾りに向いている。
「今度から、あなたに手を出す時は『アミー』の眷属器を預かってから行動に移すことにします」
にこ、と笑う白龍皇子。
ああ、弱点を把握されてしまった。ていうか今後一切手を出そうとするんじゃない。
「もういいです。そこまで仰るのなら、いっそのこと協力してくださいませんか」
「……」
「あなたの盗聴スキルは是非とも欲しい。今日でなくとも、さっき能力を見せてくださった時からいずれお誘いしようと思っていたのです」
そうでしたか、と独りごちる。まあ確かに彼は『アミー』の話をした時から何かを考えるような素振りをしていた。
煌帝国を割る戦争。煌に巣食うアル・サーメンとその頭領である彼自身の母親を討つという大革命。一口に言ってもそれはあまりにも大きすぎる。真に成しえたら歴史の一頁にでかでかと刻まれることになるだろう。此方はそれを企む張本人と関わりを持ってしまった。とんでもないことに足を突っ込んでしまった。これも運命と言えば聞こえはいいが……。
さすがにこの状況では体操は続けられぬから、寝台の上で正座をする此方。どこからどう見ても白龍皇子は至って真剣の表情である。
「シンドリアで出会い、眷族にもなったあなたには少なからず御縁を感じているのだ。協力、してくれますか」
その質問にはこう答えるしかなかった。余計な反感を買わぬようわざと物怖じせずに答えた。
「それは、どうでしょう。さっきはさんざん思わせぶりなことを申し上げましたが、しかし今すぐには頷けませぬ」
「なぜ?」
「此方は鬼倭の人間ですから。此方個人の独断で、煌帝国の皇子ともあろうお方に組みするなどという不良行為はとてもなし得ませぬ」
「まあ、そうでしょうね。隣国同士とはいえ、見方を変えれば敵国同士とも言えるので。関係を持つことはかなりのリスクを伴うことでしょう。それを分かっていながら強要することはできません」
予想の範疇の返答だったのか、彼はすぐに身を引いてくれた……かと思われたが、決してそんなことはなかった。
「――常識的にはね。でも俺は常軌を逸したこともしていかなければならない」
そんなことを言いながら、白龍皇子は離れるどころかシーツの上に手を置いた。そのうえさらに、膝をも乗せてくるから驚いた。此方の寝台に乗りあがって来たではないか。白龍皇子が何をしようとしているのかよく分からず、ただ呆然と彼を見上げた。そうこうしているうちに、彼の義手じゃない方の右手で肩を掴まれた。
「赤琉殿」
「あの……?」
もはや押し倒そうとしているのかと思うほどに強い力でぐぐぐと圧をかけられた。どうした、急に、様子が変わったが。
「赤琉殿。あなた、何が言いたいんですか?結局のところ」
「皇子さま、なんだか様子が変ですよ……」
「あなたの言葉は二転三転してよく分かりませんが……俺としては目的のためなら無理やり従わせることもやぶさかではないのですよ」
「え、」
「あなたの能力は素晴らしい。それだけじゃない、正直、今日話をしたことで、アラジン殿よりあなたの方が圧倒的に“利用価値”があると気づきました。ぬるい考えを持つあのマギよりも断然、あなたには悪を滅する志があるじゃあないですか。そうでしょう?ならば強制的に従ってもらう手もあるんです」
此方はぱちぱちと瞬きをした。白龍皇子が怖い顔をしていたから。もしかして、先程のなんらかの発言が怒りに触れてしまったのだろうか。
もはや隠す必要がなくなったからか、表情を取り繕うことなく言葉も選ばず直接的に、まっすぐ本心から言いたいことを言い始めた。此方はいきなり雰囲気の変わった白龍皇子の圧に対応できず、そのままぱったりと押し倒されてしまった。
しかも彼はいつの間にかザガンを発動させていたらしく、左の義手から何本もの太い枝が伸びてきた。それらは特別素早い動きではなかったけれど、戸惑いの中では抵抗する間もなくゆっくりと此方の体を縛り付けていく。
声にならない声がでた。為す術もなく寝台に縫い付けられた此方はまるで蜘蛛の巣にかかった獲物のよう。……どうしよう、皇子さま、完全に怒っているではないか。
「俺に自分から能力を打ち明けたのも、協力する気が少しでもあったからなのでは?さっきの発言はなんですか?俺を試しているんですか?そうとでも考えなきゃ、あまりにも無鉄砲過ぎますよ、あなたのこれまでの言動全て」
試すつもりなどはなかったが、でも此方の言葉足らずだったことには違いない。それは認めよう。しかし……。
白龍皇子の目を見て思った。あ、彼はもう此方とは仲良しの関係を築こうとは思っていないのだ。此方だけでなく、きっと他の誰とも。目的のためならなんでもする。なんでも利用する。既にそういう段階まできている。これも全てマドーラの魔法の影響だろうか。
「ねえ、なんとか言ってくださいよ。どうして敵国の皇子である俺にあんな話をしたんです?弄んで、掻き回して楽しいですか?煽るようなことを言うくせして、ただの興味本位とは言わせませんよ。ねえ、赤琉殿」
こうしている間にも、ザガンの植物が此方の四肢と首元を締め上げていく。かろうじて息はできるがもう足掻くことは許されない。此方が深い事情を知っているうえで意味不明な態度を取るから、余計なことをされる前にいっそ始末してしまおうという感じだろうか。
きっと、今日マドーラを処刑したばかりだから人を殺すという選択肢が簡単に生まれてしまっているのだ。昨日までは本当に温厚な皇子だったのに。少なくとも“人前では”温厚でい続けてくれたのに、このような簡単な問答だけで人を殺そうとするなんて。
ここまでされても表情があまり崩れない此方を不思議に思ったのか、白龍皇子はさらに締める力を強くし始めた。混乱している。
「不気味なお人だな、自分が今何をされているのか分かっているんですか?」
「早まら、ないで……くださいな」
それはこちらの台詞ですので。あなたの方こそ、今、ご自分が何をなさっているのか分かっているのですか?まったく……よくも此方に手を出したな、こんなことはとてもじゃないけど許されない。
物々しい雰囲気で本当にこのまま殺されるかもと思ったけれど、幸運なことに白龍皇子は『アミー』の眷族器を外そうとはしなかった。うっかり頭から抜けていたのだろうか。そろそろ声も出せなくなりそうなタイミングで、此方は遂に全身を塵に変えて皇子の拘束をいとも容易くするりと通り抜ける。その後、寝台から少し離れた壁際の棚の上に着地した。
ふぅ、と呼吸を整える。急に此方が消えたことにあまり驚いた様子もなく、こちらを見上げる白龍皇子。すぐに義手を元に戻して、今はもう純粋に『アミー』の能力に感心しているだけというふうな表情をしていた。切り替えが早いお人だ。
「ほう、この状態からでも抜けられるとは。まことに便利だ」
「ザガンも相当ですから……」
ザガンの枝が刺さっていくつもの大穴があいてしまった此方の寝台を見て苦笑した。これ、どうやって言い訳するんですか皇子さま……と思いながら床に飛び降り、かろうじて穴のあいていない場所に座り直す。
「……皇子さまも、お座りくださいな」
たった今殺されかけたのにあまりにも堂々としているからか、不満げな顔をしている。けれどひとまずは落ち着いてくれたらしく、皇子さまは此方の正面に腰を下ろして、綺麗な姿勢のまま足を組んだ。
値踏みするような視線を感じて、また苦笑いをするしかない。もうさっきまでとは別人のように見える。彼は本来はもっとこんな感じの人だったんだ。……本性を知れたみたいで、なぜだか微笑ましい。なぜだろう。
「どうして此方が能力を打ち明けたのか、でしたよね。協力する気がなければこんな話はしないだろうとも仰いましたね」
「言いました、けど」
「ええ、白龍皇子の仰る通り、此方が協力できる可能性はないこともないのですよ」
「可能性?えらくふわっとした言葉選びじゃないですか」
そりゃあ、協力しますと言ったら即座に愛する鬼倭王国を離反することになるからだ。此方はなにもきっぱりと「協力できない」と答えた訳ではない。タケル様との御相談もない今の段階ではまっすぐ頷くことはできないと言いたかっただけ。それなのに問答無用であんなことをするんだから。人の話は最後まで聞いてほしいものです。
それより、一旦話題を変えてみよう。これについてまず話をするべきだと思ったから。
「白龍皇子は、鬼倭が七海連合に加盟していることをご存知ですか?」
「……なんですって?」
「初耳ですか?」
初耳だ、という顔。さっそく食いついてくれたことに得意げに笑う。やはりこのことはご存知ないか。それもそのはず、鬼倭は鎖国体制でいることを七海連合に手厚く保証されているのだ。七海連合に加盟していること自体、関係者しか知らぬこと。煌帝国ほどの諜報活動をもってしても広まっていないとは、さすが鬼倭が小国なだけある。……あ、これは自虐です。
「鬼倭王国が、七海連合に?それは、本当ですか?一体いつから……?」
「本当です。前国王の代から」
「……はあ。そうだったんですか。まあ有り得ないことではない、か。あなたがシンドリアにいたくらいなのだから」
「そうですね。それもあって此方はシンドバッド王さまに良くしていただきました」
留学のこともそうだし、堕転したときのこともそう。あの方には大変世話になった。そして、かの王は今は白龍皇子にも手を貸そうとしている。
「シンドバッド王さまは、白龍皇子にご助力賜ってくださると仰ったそうですね」
「ええ」
「であれば、かの方からのご依頼があれば七海連合同盟国の鬼倭王国は動かざるを得ません。そういう意味で、可能性はなきにしもあらずと言いたかったのです」
「……なるほど、同盟国。これでは迂闊に手は出せませんね、あなたのことも。せっかくのシンドバッド王さまの信頼が失い兼ねません。やけに余裕でいるから何事かと思いました」
もし『アミー』を取られていたら、為す術なくあんな態度は取れなかったけれど。……これは言わないでおこう。
「しかしそれとさっきの話とでなんの関係があるのです?」
「何も難しい話ではございませぬ。七海連合のことも、能力についてもそうですが、わざとこういう話を振ったのは、その程度には白龍皇子に協力的であるということです。あなたさまの仰る通り」
「……ほう?」
「あなたさまの後を追いかけた理由も、先程申し上げた通り。でも協力してほしいという旨の“依頼”にはああやって断る他ありませぬ」
きょとんとする皇子さま。少しずつ理解してきたのだろうか。何かを考えるように口元を手で押さえた。
「“依頼”したから、断ったと?」
「はいな。白龍皇子は一国の皇子なのだから、口約束にも多大なる効力を持ちますよね。ひとえに頷いて言質でも取られては此方、同時に国を捨てることになってしまいます」
「……」
「此方は立場上まっすぐは頷けませぬ。けれど首を横に振ることも致しませぬ。お分かりですか?これ以上ははっきりと申し上げることはできません。お察しください。どうか、以降は乱暴な真似をせず」
此方には、初めから手を貸そうという気持ちはあったのだ。最初シンドバッド王さまとのお話を盗み聞きした時は、此方にはなんの関係もない話だと思っていたが、その後関わりを持ってしまったから、此方の関心も彼にたんと向いてしまった。
思えば、同情していた。可哀想だと思った。母親のことで悩んでいることに、勝手ながら仲間意識を持ったのかもしれぬ。彼だってある時までは母親のことが大事だったかもしれない。でなければ偽の母親のことを一時でも守ろうなどとは思わないだろう?あんなに必死になって母上のために戦うお人が、ある時を境に首を斬るまでの恨みを持つようになった。彼の内に秘める闇を此方はまだ理解しきれていないが、ひとりで行く彼の後を追いかけたのも、こんな話を持ちかけたのも、此方の中に少なからず御味方でいたいと思う気持ちがあったから。
……しかし、何も考えずにこのことを白龍皇子に伝えるわけにもいくまい。依頼は断らざるを得ぬ。その結果紛らわしい態度になってしまったが、紛らわしい言葉だけでなんとか皇子自身に分かってもらうしかなかったのだ。
「ああ、なんてことだ」
此方の言いたいことを一から理解してくださったのか、自分自身に呆れたように乾いた笑みとため息をこぼす皇子。
「そうか、なるほど……ええはい、よく分かりました。赤琉殿の言動の全て、今、ようやく理解しました」
「それは良かったです」
「最初から俺に手を貸すつもりで……。しかし俺は、そこまでの意図を読み取れず、先程はとんでもないことを……」
断わざるを得なかった“依頼”を断ったことでまさかさっそく脅されるとは思いもしなかったが、あの時の白龍皇子はいささか気が動転しているように見えた。正気ではなかったのだろう。シンドバッド王さま以外断られ続きで、やけになったのかもしれぬ。
彼は膝に手をついて、誠心誠意頭を下げてくださった。あ、今の彼は以前から見慣れたいつもの優しい彼だ。
「仲間に欲しい一心で、手荒な真似をしてしまい申し訳ありませんでした。つい、手が」
ついで済まされるかい。此方の寝る場所がなくなってしまったのに。
白龍皇子は思い立ったらすぐ行動、というタイプなのだろうな……だからモルジアナさまにもあのような真似をして……(これを言ったらまた怒りそう)。白龍皇子は自身の行いを猛省しているのか、うなだれて両手で顔を隠しながら続けた。
「ああ、焦りは禁物ですね。せっかく得られそうな協力者を絞め殺すところでした」
「……」言い方。
「いや、たぶん、俺の方こそマドーラの魔法でおかしくなっていたんです。言い訳にはなりませんが、今日は気分が変なんですよ。あんな変な夢を見せられて、昔のことを思い出してしまったし、勢い余ってあの女を斬り殺して……」
「失恋もしたし?」
「殺しますよ」
指の隙間から覗ける眼力が鋭くて、思わず背筋が凍った。此方はぎゅっと口を閉じた。でもお生憎さま今の優位性はこっちの方が上だった。言いたいことが出来たのですぐに口を開いた。
「失恋した腹いせに此方にあんなことをするなんて、白龍皇子は野蛮なお人なのですねえ」
「……」
「一緒のお部屋で寝るのも怖くなってしまいました。そも、此方の寝る場所が穴だらけなのですが……どうすればよいのでしょう」
許していないフリをする此方。皇子の優位に立つのは楽しいことだ。七海さまにもよくこの遊びをして父上に殴られていたっけ。
「……分かりました。俺は別の寝床を探しますから。赤琉殿は無事な方を使ってください」
「今の時間だともうどこの宿も受け付けてくれないのでは?」
「野宿でもなんでもしますよ」
「えっ。いや、そこまでしなくても……そうだ!此方にいい考えがあります」
「……いい考え?その顔、どうしてか嫌な予感がするのですが」
「ザガンでベッドって作れます?植物の上で寝るの、此方好きなんですよね」
「……」
凶器の上で寝ようとするな。という顔をしている。
「あ、でも、さっきザガンに拘束された時、此方ちょっと興奮しちゃってドキドキしたから余計に寝れなくなってしまうかも……」
「え?ちょ、あなた、赤裸々すぎません?」
「だって木の香りに包まれると、此方幸せな気持ちになりますもの」
「……」
たぶん引かれてる。
「俺は頭のイカれた人間を脅してまで仲間にしようとしていたのか……」
「そうですよ。此方のことを買いかぶり過ぎですよ。白龍皇子は」
「……いえ、赤琉殿の力を認めているのは本当ですよ。ていうかイカれてるというのには否定しないんですね」
「此方気づきました。自分を絞め殺そうとまでしてきたお方の御味方になろうとする人間は、頭のネジが外れているか、よっぽどその方に心酔しているかのどちらかだと」
「……まあ、その二択だと後者ではなさそうですね」
「そうですよ――」
此方は返事をしながら枕元に置いていた華刀を手に取って、前触れもなく『霧隠れ』を発動させた。瞬時に皇子の背後に自分の粒子を集めて元の姿に戻ると、後ろから抱きしめるように鞘に収めたままの華刀を白龍皇子の首元に押し付ける。
今、此方、皇子の首を獲りました。彼は少し背筋を伸ばしたあと、瞳だけで後ろの此方を一瞥する。刀を構えていても殺す気がないことだけは分かったらしい。皇子らしく肝の据わったお方である。
「一応忠告しておきますけれど、これからはいつ寝首をかかれてもおかしくないですよ?皇子さま」
さっき殺されかけたから、お返しです。これでおあいこにして差し上げます。
「……ほら、あなたの力量は相当ですよ。今、俺は全く反応出来ませんでした。赤琉殿をお誘いして正解だった。ていうかまだ怒ってますよね。俺を殺し返そうとするなんて」
「怒ってますよ。自分の眷族を信用してくださらなかったことに」
「……はあ?眷族になったこと、受け入れたんですか?最初はあまり嬉しそうじゃなかったくせにねえ……ザガンのこと、かなり気に入ったようで」
「気に入りましたよ?もちろん。あそうだ、白龍皇子!海賊との戦闘で、地味に魔装を習得しておりましたよね!なんか植物なのかよく分からない生き物を操っていたし!此方にも見せてくださいよ、鍛錬付き合いますから!」
「急にテンションをあげないでください。イカれてるというか、馬鹿ですよねあなた」
「馬鹿じゃないです!」
「どっちもあんまり変わんないでしょう。ていうか早く離れてください。さっきのは俺が悪かったですから、もう許してください、ね?」
「はあ、白龍皇子はお口が悪くなりました」
ギシ、と音を立てながら寝台の上に立ち上がる此方。ぴょんと飛んで床におりると、彼も立ち上がって此方のことを見下ろした。視線はじっと鬼飾りに向いている。
「今度から、あなたに手を出す時は『アミー』の眷属器を預かってから行動に移すことにします」
にこ、と笑う白龍皇子。
ああ、弱点を把握されてしまった。ていうか今後一切手を出そうとするんじゃない。