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「ちなみに……此方が白龍皇子の思惑を聞いていたことは、シンドバッド王さまにもとっくに知られています」
「ええ?彼はそんなこと一言も言わなかったのに」

昨夜、あれだけ殺気立ったやりとりを交わしたというのに、翌朝此方らは案外普通にいつも通りの空気感で目的地へ向かっていた。結局白龍皇子には野宿させることなく、ザガンで簡易的に作られたハンモックでお眠りいただくことになったのだが、此方こそそっちで寝たかったという気持ちも無きにしも非ず。
でも此方は問答無用でふかふかの寝台に寝させられてしまった。此方が女性だからという理由で。白龍皇子、お口は悪くなってもやっぱり根は優しいようだ。

「幸い、シンドバッド王さまの雄大なお心で罰を受けることはなかったのですが。それどころかむしろ都合が良いとまで仰っていました。きっと最初から鬼倭国を仲間に引き入れるつもりだったのですよ、あの方は」
「はは、俺の知らぬところで、もうそんなやりとりが?」
「そうなのです。しかし、白龍皇子に対しては引き続き、盗み聞きした罪と今まで黙っていた罪が健在なわけですから……」

今は北天山の手前の町チーシャンへ向かう荷車の中、布を張られた荷台で此方らは仲良さげに横並びになってくつろいでいるところ。荷物が溢れているばかりで他に人は誰も乗ってはいないが、内容が内容なので声量を抑えて話をしていた。
しかし、運転手もまさか自分の車に煌帝国の皇子さまが乗車しているとは思いもせぬだろう。此方ですら隣に座っているだけでどきどきしてしまうのに……というのはまあ、昨日までの話で。今はもう殺しあった(?)仲なので、以前よりかはだいぶ気楽な気持ちで話ができている気がする。

「改めまして、盗聴していたこととそれを黙っていたこと、申し訳ございません。昨日は言いそびれてしまって……此方は謝罪のためにも二人になる機をずっと窺っていたのです」
「今更ですよ。それに、いずれ世界に知れ渡ることですから。あなたに関しては手を貸してくださるとまで言ってくださいましたし、この期に及んで責めようなどとは思いませんよ」

思った通りの反応をしてくださる。まあ実際に此方も罪悪感なんて微塵も感じていなかったけれど、形だけでも謝罪をしておいた方が良かろうと思っていたのは事実なのだ。これで言いたいことはほとんど言い切っただろうか。随分と軽い荷物だが、肩の荷がおりたような感じがしてすっきりだ。

「しかし、『アミー』を見破るとは……赤琉殿にも欺き切れぬお相手なのですね、さすが覇王といった感じですか」
「いえ……シンドバッド王さまは全く気づかなかったと仰いましたよ。ただ謙遜しただけかもしれませぬが」
「え?では、どうして」

此方の言葉に、白龍皇子は尋ねる。此方は頭から生えた二本の角をそれぞれ両手で撫でながら話を続けた。もう癖になっている。

「此方の『霧隠れ』は人の目には見えずとも、ルフの不自然な動きが魔導士の目に止まりやすいのです」
「ああ、昨日もそんなことを言っていましたっけ」
「微細な動きですので未熟な魔導士ならスルーしてくださることが多いですが、優秀な魔導士であれば、“そこに何かいる”と勘づかれてしまう可能性が大いにあります」
「そういえば、シンドリアにはヤムライハという優秀な魔導士がいましたね。シンドバッド王は彼女の手を借りて……?」
「ええ、王さま本人もその通りのことを。以上の理由から、シンドリアを出た後もアラジンさまと同行している間は『アミー』の力には極力頼らないようにしていたのです。マギはやはり此方の天敵です」

シンドリアの八人将であるヤムライハさまもそうだが、それ以上に最強の魔導士とも呼ばれるマギさまには此方も適わぬ。文字通り空気に紛れてじっとしているだけなら大丈夫だけれど、些細なことで勘づかれてしまうから配慮が必要なのだ。
時に、白龍皇子は此方の言い方が気になったのか「マギは、“やはり”?」と聞き返してきた。別に他のマギを知っているとか、そういうことを言いたいのではありませぬ。此方は素知らぬ顔をして話を変えた。

「それより……此方が皇子の眷族になったことも、今此方が皇子と共にいることも、アラジンさま方からの通話でいずれ、かの王さまの耳に届くことになるでしょう」
「そうかもしれませんね。もう既に連絡が行っているかも」
「シンドバッド王さまは人と人との関わりを大事にしていらっしゃいますし、やはり煌帝国とは隣国同士なので……白龍皇子への協力の手立てとして鬼倭に依頼がいくことは、十分可能性として大きいかと思われますよ」
「ええ……あなたの言う通り」
「煌帝国としても、いつからか交易の途絶えた小国が、今になって表舞台に出てくるだなんて思いもしないでしょう?鬼倭は戦術の中で不意をつくのに丁度いい立ち位置だと思うのです。それに我が国は鎖国体制を取っているため、戦力の実態がほとんど露見していませんから、そういう意味でも……」
「……」
「……皇子さま?」

いつの間にかじいっと見つめられている。何かおかしなことを言っただろうか。

「やけに、外交にお詳しいじゃないですか。シンドバッド王からも、赤琉殿本人からも、あなたのことはただ植物を学びに来た留学生だと聞きましたが」
「ああ……喋りすぎました」

なにやら勘ぐられているようだ。
此方はこれでも、鬼倭国内では国王をお支えする立場なのだ。氷川家当主になる前から、そしてなってからはより一層タケル様の外交の様子を近くから見てきた。他国よりかは外国との関わりが極端に少ないとはいえ、そういう知識は持っていて当たり前。

「俺は鬼倭王国の王政についてはよく知りませんが、あなた、結構上位の役柄に就いていたりしません?」
「さあ、どうでしょう」
「そもそも、盗み聞きも諜報のためだったのでは?あなたは鬼倭王の命令でシンドリアに来たのでしょう」

大当たりである。

「そんな!まさか、違いますよ。ただ此方が趣味でやったことで……だからシンドバッド王さまにはお許し頂いたのですから。もし本当にスパイ行為だったなら此方は今頃打首です」
「それもそうか。いやしかし、あなたがもし鬼倭王国の地位ある立場だったとしたら、例外があってもおかしくはない」
「地位ある?」
「たとえば、『アミー』の主たるあなたの母君が現鬼倭王と婚姻関係にある、とかね……根拠のない憶測ですが」
「まさか。此方は我が王の娘などではございませぬ。恐れ多いことを仰らないでくださいな」

シンドバッド王さまにも似たようなことを言われたっけな。タケル様本人が此方のことを娘のように可愛がってくれているのは事実だが、氷川家に属する者はあくまで従者。それ以上の関係はない。……たまーに従者から側室に選ばれることもあったりするみたいだけど。タケル様はお盛んなので(……此方も以前そんなことをほのめかされたことがあり、それを聞いた父上がタケル様に殴りかかっていた)。

「そうですか。でも、あなたが武芸に長けている上、眷族器を持っている時点で、俺は只者ではないと思っていました」
「言いましたでしょう?頭飾りは鬼倭の伝統工芸品。同じく刀は護身用ですから。武芸も少しかじっているだけです」
「そうは見えない、とその時俺も言ったのに。少しかじっているだけで簡単に俺の背後を取れますか。取れませんよ」

勘ぐりに勘ぐられている。もう皇子の前でぺらぺらとお喋りするのやめようかな。

「昨日も言いましたが、俺はあなたのことをよく知らない。まあ、お互いさまかも知れませんが。今は俺たちだけなんだし、これからは少しずつでも聞かせてくださいよ」
「……此方のことには興味がないのだと思っていました。ただ力を求められているだけで」
「ありますよ、そりゃあ。出会ったばかりの俺に力を貸そうなどという物好きのことなんて。興味ありまくりです」

そういうものなのか。此方はあまり自分のことを話さない性格でもあるから……それに、よく考えたら此方は踏み込んだ話が出来る関係の人がほぼいない。貴族家として国民から崇められ当主として称えられてきたから、対等に接してくれる人なんてそれこそ七海さまや難升米くらいしか……。
だから、新しく知り合った人とどう話を深めていけばいいのか分からず、他人行儀のまま過ごすしかなかった。アラジンさまらとはもっと仲良く出来そうな感じはしたけれど、その前にお別れしてしまったからな。
でも、白龍皇子はもう此方と仲良くするつもりなんて毛ほどもないと思っていたのに。……あるいは、情報収集のためだろうか。まだそれが理由だと言われた方が納得できる。



「あの、皇子さま。ひとつ伺っても?」
「なんです?」

白龍皇子と二人になってから、早くも二度目の夜がやってきた。今は荷車は路肩に止まっており、明け方また出発するそうだ。目的地は程遠いし周囲に人里がないこの辺りでは新しく宿を見つけるのも難しいということで、今日はこのまま荷台で眠ることになった。
運転手のお爺さまから、運賃料が割に合わないからとおすそ分け頂いた夕食を食べながら、また小声で話をする此方たち。彼は耳が遠いそうで、話は全く聞こえていないらしい。なんとも都合のいい運転手である。感謝しなければ。

「シンドバッド王さまは、どうして白龍皇子に手を貸そうなどと思ったのでしょうか。今更ですけど、かの王のお言葉は信頼できるものなのですか?」
「……珍しいお人ですね。シンドバッド王のことをそのように言うなど」
「え?」
「ああ、でも姉上もかの王のことは毛嫌いしていましたっけ。あなたもそのタイプですか?」

思ったことをそのまま言ってしまったが、思わぬ返答につい間抜けな表情をしてしまった。ああそういえば、シンドバッド王さまって本当は世界中で尊敬されている方なのだ。
ほとんどの人間が、彼がたとえば私利私欲のために嘘をつくような小さい人間だとか、そんなふうには思ってはいないのだ。タケル様がいつもギラギラした目でかの王のことをライバル視しているから、つい此方も同じ目線で話をしてしまった。

「もちろん、百パーセント信頼できるとは思っていませんよ。世間では英雄のように語られている彼だって、自国のためなら手段を選ばぬ器であるはず。でないと国王なんざ務まらないでしょう」
「それは、そうですが」
「俺とシンドバッド王の共通する敵はアル・サーメンです。かの王は、奴らを破滅させるためなら手を尽くすと仰いました。俺はその言葉が聞けただけでいいんです。あなた自身も言っていましたよね?口約束も効力を持ちうると」

確かに言った。だから昨夜はあんなに分かりにくい態度を取ってしまって、白龍皇子を勘違いさせてしまうはめに……。
頂いたパンをもぐもぐしながら彼の話を聞く此方。白龍皇子は此方よりも食べるのが早くて、もう手ぶらになった手で腕を組んでいる。そのうえいつにも増して視線を感じる。
ずっと思っていたけど、彼は此方が何かをするのをやけにじっくり観察するお人だ。いつ『アミー』を使ってもいいように警戒されているのかもしれない。そんなに見つめられると緊張してしまいます。

「シンドバッド王があの言葉の裏にどんな企みを持ち合わせていようとも、俺はそれに頷いて握手をした時点で信頼せざるを得ない。そしてそれは向こうも同じこと。外交とはそういうものですよね」

彼はそして、今は自分たちに出来る最大限のことを押し進めていくだけ、とも仰った。なるほど、シンドバッド王さまがもし白龍皇子を利用しているだけに過ぎないとしても、それも予想の範囲内であると。今回に関しては此方の想像力が及ばなかった。やはり王のそばで見守っているだけでは実践には慣れぬものだ。

「でも、俺はシンドバッド王のことは結構信頼していますけどね。バルバッドの件で彼が煌帝国にいらした時に、実際に現皇帝とのやり取りを見て感銘を受け、この話を持ちかけたまでありますから」
「そんな話もしてましたっけ。あの時」

あの時あの瞬間は話半分に聞いていたからな。そこまで重大な話をするとは思いもせず、衝撃的な文言だけが強く記憶に残っていた。白龍皇子こそ「ああ、あの時から盗み聞きしていたんでしたね」と笑う。彼はすぐに目を伏せて、どこか別の場所を見つめた。もちろん此方のことは視界の中に捉えたまま。

「しかし、出来ることならば連合の力は借りずに煌帝国の中だけで収めたいものだ」
「……?」
「矛盾していると思いました?ええ、もちろんシンドバッド王には来たる時に助力を求める心積りではありますよ」

それはプライドを語るかのように、今までで一番芯の通ったお声だった。

「でも、煌の闇を取り払うのは煌の人間でなければ。……ですから赤琉殿にも心まで煌のために尽くせとは言いません」
「……皇子さま」
「あなたは自国のために動いてください。それが俺の助けになるならば、それでいい。もし万が一にでも、煌帝国と鬼倭王国が敵対する運びとなったら……俺たちの関係もそこまでです。そのくらいの繋がりが、我々には丁度良いのでしょう」

少し驚いてしまった。昨日あれだけのことをされたから、心身ともに尽くせと言われるものと思っていた。

「……自国のために、だなんて。まさかそう言っていただけるとは思いませんでした。なんだか白龍皇子の好感度があがりました」
「大げさなことを」

未だにもぐもぐし続ける此方。白龍皇子はなんだかからかうように目を細めて口角を上げている。アリババさまと決裂する前は、こういう顔もしょっちゅう見せていたよなあ。

「眠る時も鬼倭の誇りたる『アミー』の眷族器を外さないくらいですからねえ……あなたの愛国心には恐れ入る」
「い、今となっては、皇子がいつ襲ってくるか分からないのでね!」
「襲いませんよ、もう」
「本当に?……ふふ、まあ、女性に“同意なく手を出すと”ろくなことがないってこと、あなたさまは知っていますものね」
「……いつまでイジる気ですか、あなた」

睨まれた。事実なのに。


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