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「皇子さま。なにやら賊がこちらを狙っているようなのですが」
「はい?」

車での移動で三日ほど経過。それぞれ自分の荷物を整理したり、武器の手入れをしたり、はたまた運転手のお爺さまのお手伝いをしたりと、適当に時間を潰しながら日中を過ごしていた。そんなある時、外から騒がしい気配がすることに気がついてすぐさま『華風刀』を手に立ち上がる此方であったが、まだ白龍皇子はこの騒音に気づいていないらしい。
騒音といっても……今はまだ小鳥が囀る程度の音量で複数の足音や武具のぶつかり合う音がかすかに聞こえるだけだから、此方が適当なことを言っているのではと疑いの目を向けられるのも仕方があるまい。
しかしその音がだんだん大きくなって、さらには運転手のお爺さまに向かって大声で喧嘩を売るような文言が飛び交い始めたから、さすがの白龍皇子も武器を手に取って立ち上がろうとした。しかし此方はそれを片手で制止した。

「皇子さま。あなたさまが動くまでもありませぬ。眷族器の鍛錬に丁度いいので、ここは此方にお任せくださいな」
「そうですか?それにしてもあなた……危険予知の能力でもお持ちなんですか?賊の声が聞こえる前に立ち上がって」
「いえいえ。此方、耳がいいのです。生まれつき人よりもね。だから盗み聞きも得意なのですよ」
「ああ……なるほど」

あっという間に荷車を取り囲んだのは、仰々しい武器を誇らしげに構えた盗賊たち。運転席に出て怯えるお爺さまに中で身を隠すように伝えると、白龍さまが彼の手を取りがてら外の様子を伺っている。

「後方だけでも支援しましょうか?」
「白龍皇子は此方の眷族器の使い方でも見ていてください。あとで感想を伺いたいので」
「余裕そうですね」
「余裕ですから」

刀を抜きながら賊を見下ろす。ひとつ懸念しなければならないことと言えば、彼らも先日の海賊と同じように魔法道具をいくつも持ち合わせているということ。
我々非魔導士にとっては大変貴重な道具だが、同時に大変危険な代物でもある。なぜこうも悪党どもを中心に流行っているのだろうか。それらの出処とは一体どこなのか。思うことは数あれど、まずはこの場をなんとかしなければ。
……なんて考えごとをしているうちに『華刀』から伸びたいくつもの植物たちが賊を一人残らず縛り上げた。おやまあ、呆気のないこと。此方はまだまだ本気を出していないのに。
一人くらい痛めつけても問題なかろうか。いやいや、今回はそこまでの悪事ではないのだから我慢我慢。魔力にも限度があるのでせっせと賊をお縄にかけていると、車に身を隠していたはずの白龍皇子がいつの間にか背後に立っていた。「お見事ですね」なんて、滅相もない。



「赤琉殿が眷族になってから、俺の知らぬ間に鍛錬をする暇などありましたっけ」
「此方の才能ですかね」
「ふぅん」

わざとらしい笑顔を向けてくる。もう眷族器をそこそこ使いこなしていることに思うところがあるようだ。まったく。普通に喜んでくれたらいいのに、あなたの眷族なんだから。
賊はたまたま近くを通りかかった国の刑吏に全員明け渡した。何の変哲もない、ただの普通の賊だったので謝礼などは特になかったが、既に散々世話になっているのに、運転手のお爺さまは助けてもらったからとさらにお礼をしたいと聞かなくて、乗り心地が少しでも良くなるように貴重な商品の布まで貸してくださった。
このお方、良い人が過ぎる。道中適当に乗せてもらっただけなのだが、我々はヒッチハイクの才能があるのかもしれない。

「なんてね。俺が気づいていないとでも思いました?あなた、寝る間を惜しんで刀を振るっているでしょう。こそこそと抜け出すところを毎夜目撃していましたよ」
「あらま。驚かせようと思って寝静まった頃に抜け出していたのに」
「俺は幼い頃から安眠体質ではないのでね。ほんの少しの“風”を感じただけで、気づくには十分です」

風。このことはわざと説明に加えていなかったのに、とっくに気づかれていたか。
此方の『アミー』の眷族器は自分の体を状態変化させる能力であるから、個体から気体に変化する時もその逆も、“自然”と空気に流れが生じて“不自然”な風を生み出すのだ。魔導士ではない人間に気づかれるとしたら、この点が一番分かりやすい。
皇子さまが目を閉じてすっかり寝静まった頃に『霧隠れ』で外に抜け出していたのだが、実は気づかれていたなんて、お恥ずかしい。今日まで黙っていることなかったのに。だって、せっかく回避特化の『アミー』の他に、攻撃もできる『ザガン』の眷属器を手に入れたのだ。早いところ習得してしまった方が自分のためにもなるだろう。そんなことより……。

「夜、眠れないのですか?此方も夜は眠れない体質で……昼ならぐっすりなのに。だから、寝る間を惜しんでというよりは、眠れない時間を活用して鍛錬に当てているという感じですね」
「だから、赤琉殿は寝坊がちなんですよ。今日も起きるまで起きなかったし」
「……寝坊は此方の得意技です」
「誇ることじゃありませんから」

夜も近いことだから、眠気など一切ないけれど借りた布を敷いてとりあえず横になる。皇子さまこそ、まだ眠気のねの字もないようで、壁にもたれかかってぼんやりと此方のことを見下ろしている。此方だけこうして寝そべっているのは一瞬不敬かもと思ったけれど、今更そういう遠慮は要らない気がしてきたので気にしない。

「まあ、ここは布一枚の固い寝床ですが、ふかふかの寝台ならばぐっすりお休みできるでしょう。そろそろチーシャンに到着する頃ですし、それまでの辛抱ですね」
「お気楽なことを。俺はいつでもどこでもぐっすりなんて……出来ません。だから、正直に言って寝る場所にこだわりなんてありませんね」
「……」
「……なんですか?その目は」

いつでもどこでもぐっすり出来ない?それは不眠症である此方にとって、とても共感できる言葉だった。此方は起き上がって皇子さまの正面で正座をした。

「皇子さま、今夜は此方が子守唄でも唄いましょうか」
「はあ?」
「此方が眠れない時、よく唄ってもらった鬼倭の童謡があるんです。魔法にかけられたみたいに不思議と安眠できるんですよ」

此方の世話係だった侍女たちの時ももちろんそうだけれど、それよりも此方は母上がお腹をぽんぽんしながら寝かしつけてくれるあの時間が好きだった。幼いながらに夜行性だった此方に両親は苦労したそうだが、此方だって寝る時は寝るのだ。夜に屋敷を抜け出すのも同じくらい好きだったけれど。

「それは本当に魔法をかけられていたのでは?医療でもよく使われている催眠術を……」
「冷たいことを仰らないでください!此方はその子守唄が大好きなんです!皇子さまだって小さい頃はそんなご経験が……」

言いかけて、すぐに気づいた。彼には母親の話は禁忌だった。直接的にでなくても、幼い頃の寝かしつけなんて母親のことを連想させてしまう。
言いかけた口を開けたまま間抜けな表情で瞬きをする此方。どう誤魔化そうか考えていたところ、皇子さまはむすっとした顔をした。やばい。

「いいですよ。気遣ってくださらなくても。言い淀んだのは母上のことで、でしょう?そんなこと今更気にしません」
「そ、その、でも」
「そうですねえ、幼い頃は女官に世話をされた覚えしかありませんが、特別寝かしつけられることもなかったような気もします。幼少期はよく眠る子供だったようで」
「……」幼少期は。
「煌帝が叔父に代替わりしてからは宮中での立場も落ちぶれたもので、周囲の態度も急変しました。当時火傷で全身爛れていたこともあってそのままの意味で腫れ物扱いしていたんでしょうね。夜は眠る時間ではなく痛みに耐える時間になりました」

とんでもないことをサラッと語るお方である。もしかして、お互いのことをあまり知らないという話をしていたからか、積極的に自分の話を聞かせてくれようとしているのだろうか。
とんでもない、気遣いをするどころかさせてしまった。わざわざ辛い過去を思い出させてしまうだなんて。その不甲斐なさと皇子さまのお心遣いに、此方は黙って聞き入るしかなかった。白龍皇子は自身の顔の火傷痕を手で触りながら切なそうに笑う。

「そんな時に姉上だけはできる限り付き添ってくださって。……そういえば、子守唄を唄ってもらったこともあったかもしれません。俺には痛みでそれどころじゃなくて、よく思い出せませんが」
「……それなら、やっぱり此方、唄います」
「……どうしてそうなるんですか。別に必要ありませんよ。あなたに気遣われるために話をしたんじゃありません」
「此方は、そんな話を聞かされて、少しも心が動かぬ薄情者ではございませぬ」

よくいる。自分から可哀想な身の上話をしておいて、それでいて「あなたには関係のないことだから気にするな」とか言う人。同情がいらないのなら打ち明けずに墓場まで持っていけばいいものを、わざわざ此方にお話してくださった時点で、此方は皇子のことを気遣わねばならぬという義務感に襲われた。
あなたのせいだ。此方のせいではない。視線だけでそんなことを訴えると、白龍皇子は困ったように自身の膝で頬杖をついた。

「赤琉殿は……淡白なようでいて、お優しい方ですね」
「大抵の人間であればこの程度の情緒は持ち合わせているかと……」
「ふふ、そうでもありませんよ。俺の周囲の人間は大抵欲に塗れた屑でした」

皇子のお口の悪さに拍車がかかっている。これは……気を許してくれていると思っていいのだろうか。煌の皇族とは、そんなにも血みどろでどろどろしたものなのだろうか。皇子は笑っているけれど、此方なんかより圧倒的な闇を抱えていそうで笑えない。
ここで、ようやく眠る気になったのか、皇子はさっきの此方のように布の上に横になった。此方はおそばで正座をしているままだから、立場がさっきと逆転している。

「本当に、唄うおつもりですか?」
「お望みとあらば」
「……なら、目を閉じてみて眠れないと分かったら、お願いするかもしれません」
「はいな。かしこまりました」

此方の申し出を最初はきっぱり断っても、最後には表面上でも受け入れてくださる。白龍皇子もなんだかんだお優しいお方なのだ。
結局、その日は珍しく此方の方が早く眠りについたようで子守唄を唄うことはなかった。それなのに、翌日は二人して目覚めが良かった。安眠できた此方は分かるけれど、皇子さまは、どうして?



「数日間、大変お世話になりました。何かと大変なご時世ではありますが、どうかお達者で」

長らく乗せていただいた運転手のお爺さまにお別れを告げ、我々は中央砂漠に位置するオアシス都市チーシャンに到着した。
旅路の途中にお爺さまから聞いた話によると、ここは十年前に出現した迷宮により人が集まり栄えた街で、かつては攻略を目指す者が多く集結していたそうなのだが、半年ほど前にある金髪の青年が呆気なく攻略してしまい、金銀財宝と引き換えにシンボルの塔は消えてしまったらしい。
あまり詳しい話は聞けなかったが、彼は財宝のほとんどを奴隷解放や街発展のために注ぎ込んで、その後すぐ姿をくらませたのだとか。英雄のような大盤振る舞い、そして立ち振る舞いをする青年だ。
街の中央にはここに塔があったと見える大きな窪みも確認できた。飾り付けて祭り上げているから観光名所として確立していくのだろう。現地の人から聞いた話もお爺さまのと相違なく、おおよそ本当の話なのであろうが……金髪の少年とは、果たして。心当たりのある人物がいなくもないが。

「ここで一休みしたあと、北天山まではしばらく歩いて向かいましょう。山越えをするなら馬での移動が圧倒的に楽なので……今のうちにどこかで手に入れたいところなのですが」
「馬?」

市場で食糧調達をしながら今後の計画を立てる皇子さま。此方は世間知らずだから、こういった諸外国の土地勘なんて皆無だし、移動手段なんて船かヒッチハイクしか知らない。
それも、これまでアラジンさまらと共にしてきたから最低限知っているというだけ。鬼倭では人力車や駕籠などの移動手段が存在するが、国内だけで言えば此方は自分の足だけで事足りるからな……氷川の隠密起動は国内最速と言われるほどだ。

「馬は荷車を運ぶだけではないのですか?」
「ここから東はほとんど平坦ですし、馬での移動がもっとも速いんです」
「その、馬での移動というのは、馬に乗るということですか?」

此方の問いに、皇子さまが振り返る。

「……もしや、乗馬のご経験がない?」
「だって、鬼倭国は島国ですから、馬で移動するほどの国土はないし……そも馬なんてほとんどいないのです」
「……なるほど」

此方の弁解を聞くなり、なにやら考え込む皇子さま。鬼倭には馬がいない。少なくとも、人が乗って移動するための馬は存在しない。タケル様は趣味で乗馬をすることがあるが、島国らしい偏った知識のせいで単に変わった趣味だと思い込んでいた。しかし外の世界では乗馬は基本的な移動手段となるらしい。

「あなたはなんでもそつなくこなすから、乗馬なんて当たり前にできるものだと思っていました」
「此方を買いかぶらないほうがいいですよ」
「いえ……しかし、あなたなら練習すればすぐに乗れるようになるでしょう。とりあえず今は物資の調達と、宿を探さなくてはね」

人混みを抜けるようにさっさと歩き出す皇子さまの後ろについて、はいなと返事をする。はてさて、馬に乗れないとなにかまずいことでもあるのだろうか。いざとなればこの足で駆け抜ければ良いだけなのに。それはこの後、地平線いっぱいに広がる広大な平原を目にすることで考えを改めることになる。
今回の旅路、シンドリアに向かう時は天候が良かったのもありほとんど船での移動だったから陸路の実態がどんなものか想像できなかったのだ。皇子さまと一緒でなければ無知のまま野垂れ死んでいたかもしれない。

チーシャンで一泊し、翌日。市場で諸々の買い物を済ませてから再び北東へ移動を始めた。歩いては野宿をして、その後も何度かヒッチハイクを繰り返しながら着々と進んでいくと、それまで砂だらけだった道に草花が増えてきた。ようやく中央砂漠を抜けたのだ。
そんな時にすれ違ったキャラバンが気の良い人たちばかりで、彼らから運良く乗馬用の馬を買わせてもらえることになった。全ての交渉を白龍皇子に任せてしまったが、こちらには大金があるはずなのに引き渡されたのは一頭だけ。節約のためだろうか?
手慣れたように手綱を設置する皇子の邪魔をしないよう、少し離れたところから馬の様子を観察してみる。元は黄牙の騎馬民族のところで暮らしていた迷い馬らしく、あまり詳しくない此方でもなんとなく走るのが得意そうだと分かる。

「一頭でよいのですか?」
「本音を言えば、俺は早く目的地に向かいたいんです。そんな中で初心者のあなたに無理をさせては怪我を誘発するかもしれません。なので相乗りをする方が合理的だと思いまして」
「相乗り」

準備を終えた皇子さまに手を差し出された。年齢はひとつしか変わらないのに此方より大きくて角張った手。握手でもするのかな?なんて冗談交じりに首を傾げると、「赤琉殿」と名前を呼ばれ向こうから手を取られた。
すると突然引き寄せられ、後ろから腰を鷲掴みにされ、そのまま軽々と馬の背中に乗せられてしまった。……び、びっくりした。慌ててお馬さまに触れてバランスをとる。皇子さまは今ので反応した馬を下からなだめ、すぐに自身も此方の後ろに跨った。
こんな乗り方をするのか。確かに小さな体躯の此方では一人で乗るのも苦労する。それにしても白龍さまのお体が此方の背中に密着していて意識が持ってかれてしまう。さらには此方を抱きしめるような体勢で手綱を握るから、思わずぎゅっと身を縮こませた。

「……こ、此方はよく分かりませぬが、二人乗りは危険ではないのですか?」
「あなたは子供体型なので問題ありません」
「……」
「冗談ですよ」

冗談には聞こえなかったが……。振り返れば、皇子さまは此方を見下ろし、口元を緩ませながらくすくすと微笑んでいる。楽しそうでなによりだが、殴られるとは思わなかったのだろうか。しかしそんなことを企むよりも前に馬が動き出すから、反論も出来ず前を向かざるを得なかった。
続けざまに舌を噛まないように歯を食いしばれと言われて、素直に言うことを聞く此方。馬はすぐに速度を上げて山を越え、谷を越え、平原を突っ走っていく。陽射しはかなりの暑さで堪えたが、絶えず吹く風が気持ちよかった。


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