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「あ、あなた様は、白龍殿下……!?このようなところにお一人で、いったいどのようにして参られたのですか!?」

白龍皇子と煌の小軍隊がようやくかち合ったところで、此方も一旦足を止める。相手方のトップと思しき先頭の男は、この華安平原を“たった一人で”走り抜けてきた自国の第四皇子のお姿を視界に認めると、大慌てで自軍を一時停止させた。
さすがは国境近くにいる前線の軍人たち、誰もが筋骨隆々でガタイのいい男たちばかりだ。その全員の視線がものの見事に白龍皇子に集まっている。彼らは皆予定にない皇族の来訪に心底驚いているようだが、命令も無いのに決まったような動きで頭を下げると、一斉に顔の前で拳を握り合わせた。
おお、なんだか目上の人っぽい。この場で唯一白龍皇子だけ面を上げ、背筋をぴんと伸ばして衆目を見下ろしている。シンドリアで見慣れた煌式の敬礼だ。この人数だとさすが、迫力があるな。ここ数日はただの友人のように接していたからつい忘れがちだけれど、普段はこんなふうに敬われているお方なのだった。
その後すぐ、先頭にいた男が代表して馬から降りて、いそいそと皇子さまのおそばに駆け寄ってくる。

「あなたがこの隊の隊長か?」
「はっ。我々は西征軍第七補給基地の第四班にございます。北方駐屯兵団・白瑛将軍の指揮の元、この先侵攻予定の異民族の偵察から帰還したところです」
「姉上はこの先の駐屯地におられるのか。どなたかに案内を頼みたい」
「ははっ。それでは我が隊から数名ほど遣わせます。して、白龍皇子は如何にしてこのような場所に……?あなた様は確か、シンドリアへご留学中のはずでは……」
「そのシンドリアでの留学を終え、西征軍へ合流しに来たのだ」
「左様でございましたか。では私と他護衛もお付けして、さっそくご案内させて頂きます」

貴人特有の特別多くは語らぬという雰囲気の至極簡潔な返答に、軍人たちは納得したような反応を見せすぐに行動に移した。なんとも話が早い人たちだ。隊長の指示で軍の大半はもともと向かっていた方角へ去っていき、残った四、五人程が陣形を取るように白龍皇子を取り囲みながら北東方向へ走り出した。
此方も当然後を追った。有難いことに皇子さまがいかにも“一人でここまで来ましたけど?”みたいな態度でいてくれているから、此方の存在は一切悟られていないようだ。

それから程なくして、いくつかの特徴的なテントが張ってある場所にたどり着いた。ここは煌帝国の西征軍の北方駐屯地で、この周辺地域での補給基地の建設や管轄を指揮する、言わば軍の中枢なのだそう。どうしてこんなに詳しいのかというと、いつものように周囲の会話を盗み聞きした。
普通の建物ではなく移動式のテントということは、まさしくここは前線……煌帝国が日々勢力を拡大している国境近くの拠点なのだ。戦場などを経験したことがない此方にとってはなんだか物々しく感じられるが、白龍皇子は案内役の隊長に続き堂々と中に入っていく。
つい先程と同じようにここの軍人たちにも敬礼されて仰々しく出迎えられる中……ようやくそこに、彼がずっと目指していた女性の姿があった。彼女こそが、煌帝国が第一皇女・練白瑛さまであろう。

「姉上。お久しぶりです」
「まあ、白龍!?驚いたわ!どうしてここにいるのですか?」
「お元気そうでなによりです。シンドリアでの留学を終えた後、西征基地にて姉上の元で力を尽くせと本国から任を受けました。北天山は陸路での帰路に被るので、おそらくはそれが理由で――」
「お待ちなさい。あなた……その左腕をよく見せて……?まあ、なんてことなの……」
「ああ。これも含めて、姉上にいくつかご報告があります。今からお時間を頂いても?」

わあ。お二人、随分と似ていらっしゃる。たとえ彼らが姉弟だと知らない人でも一瞬でそうだと判断できそうなくらい瓜二つだ。白龍皇子の整った容姿からもなんとなく想像できたことだが、白瑛姫もそれはそれは美しい貴人であらせられる。紅玉姫とはまた違った感じの、麗しいお人だ。思わずうっとりしてしまう。
今の此方はすっかり姿を消しているから、お二人のことを真横からでも見物し放題なのだ。ここにはどうやら魔導士が一人もいないようなので、存在を悟られる心配もない。
白瑛姫は再会して早々弟君の左腕が木製の義手になっていることに気がついて、喜びの笑顔からすぐに悲壮感溢れる表情に変わってしまった。心中お察しする……弟君が留学先で片腕を無くすなど、ご家族である彼女にとってはなによりも耐え難いことであろう。

「そう……あなた、迷宮を攻略したのね」
「はい。シンドリアの地でようやく俺にも機会が巡ってきたのです」
「本国にいた時は神官殿の誘いを頑なに拒否していたのに?てっきりあなたは金属器に興味が無いものだとばかり……」
「当時はまだ実力不足で、俺には時期尚早だと思っていただけです。しかし以前から期を伺っていたのは事実です。今まさに時が来たのだと直感し、シンドバッド王に乞うて攻略への同行の許可を得ることができました」
「だからといって片腕を無くすだなんて……攻略に至ったのはもちろん褒めるに値すべきことだけれど、姉さんはあなたの身を一番案じているのですよ。これでは普段の生活にも支障があるでしょう……」
「心配なさらず。『ザガン』はどうやら俺にすこぶる相性が良く、この義手もさっそく戦闘に活用するくらい使いこなしていますから」
「そう……でも、無理は禁物です。助けが必要になったらすぐに言うこと。よいですね」

一見何の変哲もない会話のように思えるが、話を聞きながら少々首を傾げる。敢えてかどうか分からないが、白龍皇子の方は何やら誤魔化している部分があるような気がする。
彼が煌帝国で迷宮攻略に行かなかったのは、力不足の面も多少はあったかもしれないが、彼らの神官殿……つまり、アル・サーメンに属するジュダルさまのことを毛嫌いしていたからというのに他ならない。そのことをお姉さまには隠しているのだろうか。
それに、片腕を失ったのは迷宮の試練によるものではなくて、そこで出くわしたアル・サーメンの仕業だと此方は聞いていた。それをわざわざ訂正しないのは何か訳があるのかね。

「そんなことより、以前お話頂いた小さなマギに、シンドリアでお会いしましたよ。他でもない、彼とそのご友人たちと一緒に迷宮を攻略したのです」
「まあ!アラジン殿のことですね?そうだったの……今頃元気に過ごされているか気になっていたところだったのですよ。なんせ、彼は私の命の恩人だから……」
「ええ。もちろん俺からも感謝を伝えました。それで、今日はその友人の一人を姉上に是非ともご紹介したいのですが」
「え?何を言ってるの?白龍、あなたは一人でここまで来たのでしょう?」
「いえ、実はもう一人いまして……今は姿が見えませんが」

ふよふよ漂いながら話を聞いていたが、そろそろ出番が来たようだ。白龍皇子が空中で見えないものを探すように視線を動かしている。姿を隠したのを良いことに行方を眩ませてはいまいかと疑っているのだろう、なんだか不安そうな顔をしていて面白いけれど、此方はきちんとおそばにおりますよ。
存在を知らせるために、白龍皇子のお召し物の袖をちょちょいとつついてみせた。もちろんお姉さまには気づかれないような些細な動きで。すると彼はすぐに振り返って「そこにいましたか」と呟く。『アミー』の眷属器の力を得てからもう数年が経っているのに、相手には本当に見えていないのだなと今でも感動してしまう。

「場所を変えましょう。姉上、どこか人目の無い場所はありませんか?かつ、会話も聞かれないような場所だと尚よいのですが」

その問いかけに、白瑛姫さまは戸惑いを隠せないまま考える素振りをする。ご自分の弟が幻影に惑わされおかしくなったのではないかと心配しているのかもしれない。お気持ちは分かる。

「それなら、私のテントへ。あまり大きな声を出さなければ大丈夫なはず。これから外で軍事演習が始まるところですから。さあこっちへ」
「はい」

お姉さまに連れられて、とあるひとつのテントの中に入っていく白龍皇子。さりげなくあなたも着いてきてくださいと言いたげな顔で目配せをされたので、此方も大人しく中に入る。
扉が閉まってから中に他に誰もいないことを確認すると、さっそく白龍皇子に名を呼ばれた。

「赤琉殿。今、出てこられますか?」
「はいな。皇子さま」

此方はすぐさま体の『状態』を戻し、お二人の前に姿を現した。正確には白龍皇子のやや斜め後ろの位置だ。突然この場に人間がもう一人増えたことにびっくり仰天している白瑛姫の方を向き、丁重にお辞儀をする。

「白瑛姫さま。お初にお目にかかります。驚かせてしまいまして申し訳がありませぬ」

胸の前に拳を置き、腰を曲げる。白龍皇子が腕を組んで見ているから粗相が無いように。

「此方の名は赤琉と申します。あなたさまのことは白龍皇子から事前にお話頂いております。どうぞよしなに」
「えっ、?あなた今、いったいどこから……」
「姉上。この方はシンドリアで出会った、同じく留学生の赤琉殿です。今の技はまあ、彼女の特技のようなものだと思ってください」
「あら、そう……?」

なんだその適当な解説は。まあいいですけど。『アミー』の『霧隠れ』が特技だという表現に別に嘘は無い。例外的に眷属器がダブっていることをわざわざ説明したら話がややこしくなってしまうから、しばらくはこれで乗り切るおつもりなのだろう。何にせよ能力の詳細を隠してもらえるのは有難いことだ。話を合わせることにする。

「私の目には何らかの魔法のように見えたけれど……まあ、白龍がそう言うのならそう思っておくことにします」
「ええ。魔法じみた術には違いないですね、確かに」
「それにしても凄い技ですね。どういった仕組みなのか全然分からなかったわ」

意外にも白瑛姫はあまり気にしないような素振りで頷いている。絶対説明が足りていないと思われていそうだけど、弟君の言うことに深く突っ込まないのは、二人の信頼関係がそうさせているのだろうか。
まあ彼女の柔らかい笑顔を見ていると、元から性格が良さそうな感じはありありと伝わってくる。煌帝国の皇族というとなんとなく怖い人のイメージしかなかったから、優しそうな人で一安心だ。あ、今のは白龍皇子のことを怖い人と言った訳ではないです。

「赤琉殿、と言ったかしら。私は練白瑛。煌帝国の西征将軍で、白龍の姉です」
「はい。もちろん存じております」
「そう……この子のご友人なのですね。驚いたわ。それより、一つ良いかしら?」
「はいな」
「私、その角飾りに見覚えがあります。まさか鬼倭国から参られたのですか?白龍、このお方は……」
「ええ。鬼倭国の、忍だそうです」

さっそく見破られてしまったか。予想通りなので驚きはしない。白龍皇子の今の短い説明以上に出自を語る要素もないので、頷くことで肯定した。やはり物珍しいのか、白瑛姫さまは興味深そうに此方の装いを観察している。でもその目線に嫌な感じはしない。少し恥ずかしいくらいで。

「当時、赤琉殿も『ザガン』に直前まで同行して頂いて……彼女は共に迷宮攻略をしたわけではありませんが、ここに来る途中も何度も戦闘に手を貸してくださいました。実力のある方なのですよ」
「な、なんと滅相もございませぬ……ですが、おおよそご紹介の通りです。おそれながら白龍皇子の許しを得て、シンドリアからの帰路に同行させて頂いておりました」
「この通り、彼女も自分の国へ帰る途中なのです。せっかくだからと同じ船でシンドリアを出たところ……」

そう言いながら、白龍皇子はその掌で此方が腰に差す『華風刀』を示した。そこにある八芒星に気がつくと、白瑛姫は「もしかして」と瞬きをする。彼女も迷宮攻略者だそうで、部下に眷属の一人くらい既にいらっしゃるのだろう、もう彼の言いたいことが分かったらしい。

「知り合ってすぐではありましたが、奇しくも俺の眷属と相成りまして。赤琉殿の何かが『ザガン』の気を引いたのか……こいつは癖のあるジンでしたから」
「まあ、そう……。白龍が一人で平原に現れたというから、道中危険があったのではと心配していたのですよ」

その時、白瑛姫さまと目が合った。どこからどう見ても弟君と似すぎている彼女の目元は、今は優しく此方を見つめている。初対面だからとそれまで一定の距離を保っていた白瑛姫さまは、一歩こちらに近づいてから此方の手をとった。感触だけで分かる……これはまさに、武器を持ち慣れたたくましい武人の手だ。

「でも、あなたがそばにいてくれたのですね。姉として感謝いたします、赤琉殿。ここまで来て頂いたのだから、何か礼をしなくてはね」
「いいえ……皇子さまのご紹介とはいえ、かような異国人に対してそのようなお言葉を頂くなど重畳の至りでございます」
「そんなことないですよ。あなたに会えてとっても嬉しいわ。白龍が自ら人を紹介してくれるだなんて、凄く珍しいことですもの」
「いいえ……突然の謁見にも快く応じてくださり、深く感謝申し上げます」

ぺこぺこしながら彼女の手を握り返していたら白龍皇子に苦笑された。どういう反応だ、それは。何か変なことでも言ったか?

「姉上。彼女は訳あって人前に姿を現すことができません」
「どういうことですか?」
「そういう生業にいるのです。何しろ鬼倭国の忍ですからね。申し訳ありませんが、赤琉殿のことはここの軍人にも他言無用でお願いできますか?」
「それはもちろん……わざわざこうして人目を忍んでお会い頂いたのだし、白龍の頼みなら聞くしかないですね」

生業とな。なかなか上手い言い訳を考えてくれたものだ。それ、今度此方も使っちゃおー。

「でも、寝所はどうするのですか?今日はもう直に暗くなります。急いでいないのなら一泊すべきですよ」
「そうですね、そのつもりですが」
「それだと、どこで寝てもらうべきか考える必要があるようですね……白龍が使うものなら、ちょうど今朝届いた物資の中に新しいテント用の資材があったはずだけれど……」
「その余ったテントを一つ貸してくだされば、俺と同じところで寝させます」
「えっ?」

白瑛姫が衝撃的な顔をして口元を手で覆った。

「白龍……何を言ってるの?年頃の乙女を、あなたと二人きりにさせるはずないじゃない!」
「えっと……確かにそれはそうなんですが、ここに来るまで俺たちがいったい何日昼夜を共にしたと思っているんですか」
「昼夜を共に……!?」
「そうですよ。だから今更というか、心配するようなことは何もありませんよ」
「今更……!?そんな問題ではないでしょう!白龍、あなたは女性に対してもっと紳士な子だったわよね……?私がそう育てたもの」
「もちろん弁えていますよ。ただ、赤琉殿に関しては何日にも渡る航海と旅路を経て、慣れてしまったというか」
「そ……それともなぁに?二人はもしかして既にそういったご関係なのかしら……?」
「ち、違いますから!勘違いなさらず!俺たちは潔白な友人関係です!だからこそ今日まで何も無く過ごせたんですよ!!!」

お二人の会話を傍から聞く此方。彼の言う通り
我々は何日も一緒にいて、そこが船であれ宿であれ道端であれ、ほとんどの夜を同じ空間で過ごした。でも一度も手を出されたことはない。註釈:殺されかけたことを除けば。
なにしろ、このお方は他に好意を向けているお相手がおりますからね。まあとっくにフラれているんだけど……暇つぶしに話を振ってもいつもはぐらかされるから、後悔の残るような別れ方をした彼女に対してまだ未練があるのか、それともとっくに諦めているのかは分からない。是非ともお姉さまには問いただして頂いて、聞き出してほしいものである。

「ねえ赤琉殿。あなたも、男の白龍と一緒のテントは嫌よね?」
「えっ?」
「いえ、別に構いませんよね?俺と一緒でも」
「えっと……双方とても身に余るお言葉と言いますか……此方は世話になる身ですので、いっそのことその辺の地べたでも……」
「なりません!分かったわ。白龍と寝させるくらいなら、私のところにおいでなさいな」
「えっ。それはそれで恐れ多いのですが……」
「だ、ダメですよ!同じ女性とはいえ初対面なんですよ?そんな人を姉上と二人きりにさせるなど!仮にも他国の者同士なんですから」
「まあ!なんてことを言うのですか。その言い方では赤琉殿に失礼だわ。あなたたち、何日も一緒にいたと言うじゃない。その上わざわざ私にも紹介してくれたのでしょう?裏がないことはとっくに分かっているのではなくって?」
「そ、それはそうですが、しかし」

おっ。白龍皇子が負けそう。さすがは実の姉というだけある。最近の彼は良い気になって此方には好き放題言っていたから、こうして他の誰かに気圧されているのを見ると楽しくなってしまうな。
それに、我々は既に牽制のためとはいえ殺し合い、語り合った仲だ。これ以上何を隠すことがあろう。此方が煌帝国を敵に回したくないという気持ちを抱いていることは彼もとっくに分かっているはず。決して何も企んではいない。
そんな此方が今も彼に話していないのは、『アミー』には『霧隠れ』以外にももう少しできることがあるというのと、此方がタケル様もとい鬼倭国国主直属の機動隊組織に属していることくらいかな。
この身は潔白だ。それはもう色んな意味で。だからお互いに心配しないでほしい。ただ一点だけ、此方にとって白瑛姫と二人きりになるのはすっごい気まずいという点だけを除けば、特に問題は無いと思われる。

「いいですね?そういうことだから、赤琉殿は今夜はこの、私のテントでお過ごしなさい。寝る場所はこのあときちんと用意しますから」
「はいな。承知しました、此方のためにありがとうございます」
「よいのです。気になさらないでくださいね」
「はあ、仕方がありませんね。赤琉殿。くれぐれも姉上に変なことをしないように」
「もう!白龍、いい加減になさい!そんな態度なら今夜の夕飯は無しですよ!」
「ええっ、それは勘弁ですよ!ようやく落ち着いて食事ができると思っていたのに!」

このお二人、大層仲が良いらしい。しかし此方には兄弟がいないから、その絆の程度がどれほどのものなのかよく分からない。しかし微笑ましいということだけは確実だ。
白瑛姫のご好意のおかげで此方の寝床も比較的すんなり決まった。でも実際どのようにして過ごしていればいいのだろう……借りてきた猫のようにじっとしていればいいだろうか。ちらちらと様子を伺う此方を見て、白龍皇子はなんだか意味深に目配せをしてきた。な、なにかな?

「姉上、物資に余裕は?」
「心配はご無用です。事は順調に進んでいますからね」
「ならばさっそく赤琉殿をもてなしてやってくださいますか。こう見えても長旅で、俺が無理を言ってここまで連れて来たのです」
「え?いいえ、無理を言ってお供したのは此方の方で……」
「赤琉殿。改めて、ここまで一緒に来てくださりありがとうございます」

さっきまであんな会話をしていたのに、突如面と向かってお礼を言われてしまった。やめてくださいよ〜、いきなり真面目にそんなこと。返事に困ってたじたじになっていたら、白瑛姫にもくすくすと笑われてしまう始末。なにこれ、恥ずかしいのですが。

「お、皇子さま、感謝すべきはこちらです。白瑛姫さまも……此方はすぐにここを立ちますので、どうかお気遣いなさらず」
「いいえ。赤琉殿、しばらくの間ここで休息を取ってから国へ帰ってはいかがですか。二晩で三晩でも。構いませんよね、姉上」
「ええ、それはもちろん。異国の民を受け入れるのは元より我々が普段から成していることですから。そう言わずに、お好きなだけ滞在してもいいのですよ。なにしろ他でもない白龍のお客人なのですから」
「だそうです」
「……あ、有り難きお言葉」

お姉さまの方は弟に口車に乗せられているだけなのかもしれないが、なんかやけにもてなそうとしてくるなと思ったら、もしかして無理やりにでも恩を売ろうとしているのか。此方個人だけでなく鬼倭国に対しても、かもしれない。まったく姑息な手段を取る皇子さまだ。
いやいや、邪な考えはよそう。とにかく世話になることには変わりないのだから、精一杯感謝することにしよう。実際何日滞在するにしてもだ。

白龍皇子はそれから駐屯地にいる軍の人たちに挨拶回りに出かけた。最近傘下に入った異民族の兵たちも多いらしく、皇子として顔を覚えてもらいに行ったのだ。瓜二つなのだからすぐに受け入れてもらえるのではないだろうか。
それとご自分のテントも用意しなければならないから、その準備もある。戻ってくるのにそこそこ時間がかかりそうだ。その間此方は白瑛姫とさっそく二人きりになってしまい、絶賛ドキドキしている真っ最中である。気まずい、気まずすぎる。

「赤琉殿は、白龍とはどのように知り合ったのですか?」
「は、はい。シンドバッド王さまのご厚意で、近しい国の者同士気が合うだろうと……」
「『ザガン』に入口まで同行したと言っていましたね。その時あなたはどうしていたの?」
「そもそも、此方は植物に興味があってシンドリアに留学へ参りました。『ザガン』のある島は未踏の地で、珍しい植物がたくさんあり、此方はそこで探索なりをするために……」
「そうなのですね。あら?そういえば白龍が手に入れた金属器は確か、植物を操れるのよね?眷属になったのはそのせいかしら?」
「さあ……分かりませぬ。でも、眷属というのは普通主を心からお慕いしている方がなるものだと思っていたのですが」

二人して椅子に座って会話をしているのだけれど、何故だか距離が近い気がする。彼女は煌帝国の皇女のはずなのに、此方のことについて興味津々のようだ。弟君が人を連れてきたのがそんなに珍しいのか。

「正直、此方はそれに足る忠誠心など未だ持ち合わせていないのです。姉君であるあなたさまに対してこう言うのはなんですが」
「知り合って間もなかったと言うけれど、私の見立てでは、そうね。白龍に対して少なからず好意的な部分があったのかしら?」
「それは……」
「実際、どうしてここまで一緒に来てくれたのですか?鬼倭国へ帰るだけなら、他にも道はあったのではないの?ああもちろん、お互い一人になるのを避けるためでもあったのでしょうけれど……」

どうしてここまで一緒に来たのか?さあ、どうしてだろう。
帰る方角が同じだから。一人になるより二人でいる方が安全だから。もっともらしい答えは複数個思い浮かぶけれど、此方の中には他にも理由があるような気がする。

「白龍皇子は……お優しい人です。人一倍正義感があるし、いざという時に力を振るえるように宮中でも日々鍛錬に励んでおりました。道中出会った悪党の成敗にも積極的だったし……」

でも、それだけなのだ。シンドリアでは他にもたくさん素敵なお方と出会ったというのに。それは白龍皇子にとっても同じことだろう。此方以上に眷属になるに相応しい人が誰もいなかったとは思い難い。

「しかし、たったそれだけのお姿を見て、どうしてこんなにも心惹かれるのか、此方にもよく分かりませぬ」
「心、惹かれる?」
「此方、あの方のことは割と気に入っているのです。おそばにいるだけで楽しくて、道中あまり退屈せずに済みました」
「それは、好き……ということ?」
「いえ。白龍皇子に対して友人以上の気持ちを抱いたことはありませぬ。だって彼には他に想い人が……」
「ええ!?」
「あ、失礼しました。白瑛姫さま、このことはどうかご内密に……でないと此方、白龍皇子に殺されてしまいます」

やばい。話のついでに口を滑らせてしまった。白瑛姫は良いことを聞いたとでも言うように自身の顔を両手で包んで微笑んでいる。やばい。どうかバレませんように。

「まあ、言ってしまえば白龍皇子のことが友人として気に入っているのは確かなので、実際それだけが理由なのかも知れませぬ」
「そう。でもね、私にとってあなたの存在はとっても大きく感じられるわ。言ったでしょう?白龍には昔から私以外に心を開ける人がいなかったのです。だから……」
「はい。煌帝国内で立場があまり良くないことはご本人も仰っていました。そんな彼にシンドリアで出会い、友人と認めてくださったことは此方としても嬉しい限りです」
「ふふ。今の言葉、私の台詞のつもりが先に言われてしまいましたね」

そんなこんなで短い時間話をするうちに、外は日が暮れてきたらしい。白瑛姫さまは将軍として自軍の指揮を執りに出て行かれ、入れ違いのように白龍皇子が戻ってきた。今から此方のための物資を中に入れるから、姿を隠しておけとのご命令だった。なんだか申し訳ないな。いくらでも滞在していいとのことだったが、早いところお暇せねば。タケル様も此方の帰りを待ってくれているだろうから。


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