21


すっかり夜が更け、見張り以外の全員が眠りについた時間帯。

「結局こうしてあなたのところに夜這いすることになるだなんて、お姉さまに知れたら怒られてしまうじゃないですか。此方が」
「こんな方法でしか人知れず話せなくなってしまったんだから、仕方がないですよ。だいたい夜這いという言い方をするものではありません、あなたのような人が」

うん?言葉遣いが少々野蛮だったかな?照れながらごめんなさいと言うと、どうして照れているんですかと言いたげな顔で寝台の空いているところにぽんぽんと手を置かれたので、そそくさと座った。
他でもない、白龍皇子の寝る寝台に。テントの中で二人きり。真夜中に、男女が二人きりだ。こんな光景、愛瀬以外のなにものでもないのでは?なーんて、我々にはお互いその気が無いのだから揶揄するのはここまでにしよう。
それにしても、慣れ過ぎている。お許しを得ているとはいえ、皇子さまの寝るところに当たり前のように座っている自分に苦笑する。白瑛姫さまがこんなところを見たら泡を吹いて倒れてしまうかもしれぬ。

「ご安心ください。例え姉上に知られても怒られるのはきっと俺の方です。いえ、バレる訳にはいきません。赤琉殿にはこれから少しやってもらいたいことがあります」
「それで此方にこんな細工をして呼びつけたのですか?」
「はい。しかし驚きました。『ザガン』の根も同様に空気に隠せるなんて本当に便利ですね。おかげで赤琉殿がそれをどれだけ身につけていようと、他の人には見えないという」

此方がなぜ真夜中に白龍皇子のテントにいるのかというと、単純に彼にお呼び立てされたからである。先程夕餉を頂いてから、白瑛姫さまのご提案の通り言われるがままに彼女のテントで寝に入ったのだが、久しぶりのまともな寝床にありつけたはずなのに案の定眠れなくて、お布団の中で覚醒したまま時を過ごしていた。
そうしたら、右手に何かを縛られるような感触がした。暗闇の中で目を凝らして見れば、いつの間にか種から成長したネツメグサの蔦が右手首を軽い力で縛り付けており、驚いた。いつの間にか種を仕込まれていたのだ。
白龍皇子が『ザガン』の力で此方に連絡を取ってきたのだとすぐにわかった。どうせ眠れないし、これを無視したら明日どんな文句を言われるか分からない。此方はそれに従ってこっそりとテントを抜け出し、白龍皇子のところにやってきたという訳である。

「さあ、外してあげますから右手をこちらへ」
「え、いいです」
「何が?」
「外さないで大丈夫です。此方は今支柱になった気持ちを味わっているんです」
「……」
「ああ!なんてことするのですか!……ああ、可哀想なネツメグサ……」

大丈夫と言ったのに、白龍皇子に有無を言わさず右手を掴まれ、小さな刀で容赦なく取り除かれてしまった。無惨に切り裂かれた蔦を拾い集めようとしたが、それも回収されてぽいと捨てられてしまった。ああ、可哀想に……此方を呼び出すためだけに使われる命など、勿体ないにも程がある。

「赤琉殿、俺はあなたの貴重な睡眠時間を奪うつもりはないので、手短に話します」
「は、はい」
「あなたはこれから一週間ほど、ここに留まることになります」
「え?どうして?」
「俺がここを離れられないからです。赤琉殿のことは俺が責任を持って華安平原南岸まで送り届けるつもりですが、ここを発つのに少なくとも数日は時間を要する見込みです」

責任を持って、だなんて。そんな責任を感じさせるようなことをした覚えはないが、彼はほんの少し申し訳なさそうに話をする。
ついさっきは一晩、二晩泊まっていけばと言っていたのに、どうやらそれどころではなくなってしまったようである。遠回りになるのを気にしていたくらいだし、此方の帰りが遅くなるのを案じてくれているらしい。だから、夜中に呼び出してまで、なるべく早く伝えようとしてくれたのだろうか。

「理由を伺っても?」
「西征軍がこの華安平原にいる異民族を傘下に引き入れながら、領土を西へ西へ拡大しているのはご存知の通りですが……さっそくこの近くでの軍事作戦が明日から始まるそうです」
「ああ、そういえば。最初に皇子さまが合流した軍隊の方々も、偵察からの帰りと話していましたね」
「そうです。あの時の話もしっかり聞いていたんですね。その作戦に俺も参加することにしました。だから赤琉殿には先に謝っておきます。俺の判断で帰国が遅れることになるので」

その言い方的に、白龍皇子が自分から作戦参加を志願したのだろうか。それとも話の流れで自然にそう決まったとも考えられるが、消灯前に白瑛姫さまから特にそんな話を聞かなかったことを考えると、彼女の命令ではないことは確かだと思う。初対面でもあれだけ気遣ってくれたのだから、帰り道も半ばである此方が少しでも影響を受けるようなご判断はせぬだろう。

「俺は皇子として、煌帝国の軍人に力を示す必要があります。シンドリアへの留学以前は宮中で息を潜めて暮らしていたせいで、俺を武力で評価している人などはほとんどいないに等しいのです」
「それで、さっそく金属器のお披露目をしようと仰るのですね?」
「はい。それもありますし、今後のためにも軍を率いることに慣れておく必要があります」
「なるほど」
「だから、今回の作戦参加は絶好の機会なんです。今から積める経験は積んでおかねば、いつ俺がアル・サーメンと対峙しても良いように」

アル・サーメン……おそらく彼は母親のことを名指ししているに違いない。打倒に際し反乱を起こすためには、あらかじめ十分な兵力を持った将軍となっておく必要がある。そして、そのためには肝心の兵士たちに対して威厳を見せつけねばならぬ。
軍人の中には戦うこと自体を目的とし、強者を好む武人も大勢いるだろうと思う。なんせ鬼倭国の一番の兵力である侍がだいだいそんな感じで、好戦的な奴らが多いのだ。だから彼らの前に立ち武力を示す行動をとるのは、忠誠を集めるのには直接役立つはずだ。

「そこに赤琉殿も参加して頂きたくて、今この話をしています」
「え、此方も?」

思いもよらぬことを言われて自分で自分を指差した。此方はその、今の話を聞いて、そういうことなら一週間くらい待ちぼうけを食らっても良いですよ〜なんて軽い気持ちで返事しようとしていたのだが、それでは話が変わってくる。

「いやぁ、此方は戦の経験が皆無ですので、存分に務まるか分かりませぬ……」
「いえ、あなたが普段からやっていることを同じようにやって頂ければ十分です」
「というと?」
「偵察と諜報を」

白龍皇子が欲していたのは此方の武力ではなく『アミー』の魔法か。タケル様を真似しているのではないけれど、右手で顎を触って考える振りをした。悩む必要もなく答えは決まっていたが、彼があまりに真剣な顔をしていたから、言葉に詰まってしまったのだ。
しかし、頷く訳にはいかない。真剣な彼に対して真剣に口を開く此方。

「先日お話したことをお忘れですか?」
「なんの事です?」
「つまり、此方に正式に煌帝国に組みせよと仰るのですか?」
「ああ、そのことですか」
「他国の軍事に介入するなど、此方は断るに決まっているではありませんか。もちろん異民族の味方をしている訳ではありませぬ。此方はあくまで部外者の立場を譲る気はないと言いたいのです」
「そうですね。そうだと思いました」

此方の言葉に、白龍皇子はあっさりと頷いた。数日前にこの件で此方の首に手をかけたくらいなのだから、当然忘れているはずがなかろう。けれど、その時の白龍皇子の“しつこさ”を忘れていたのはこちらの方だったのかもしれない。彼は負けじと口を開いた。

「だから煌帝国のために、とは言いません。この数日間は、ただ俺だけのために力を貸してください」
「……屁理屈?」
「どうとでも。まあ、やりたくなければこの先一週間はこの駐屯地でゆっくり過ごして頂いても構いません。赤琉殿のお力があれば、もっと早く済む可能性もありますが……」
「……」
「例え諜報不足により相手勢力が思いのほか抵抗を続け、さらに一週間や二週間余計に時間がかかることになっても、あなたには何の不満もありませんよね?なにしろ食事も寝床も無償かつ無期限で提供して差し上げるんですから」
「……」
「旅人にとってこんなに親切な宿は他にはありませんよ?きっとね」

ニコニコしているのが妙に腹立つ。さっきまでは真剣に話していたはずが、良い気になっているようだ。思わずぷくぷく頬を膨らませた。

「此方には元より選択肢がなかったのですね」
「そんなことは言っていませんよ」
「でもそういうことでしょーが!この、姑息な屁理屈皇子さま!」
「酷い言われようですね。ていうかお静かに。外の見張り番に聞こえてしまいます」

そう言われ、慌てて両手で口を閉じる。それを見るなり白龍皇子は小さく笑った。思った通りに事が進んで嬉しいのだろう。楽しそうでなによりだが、此方の顔を見て笑うな。

「では、明日以降もよろしくお願いしますね」
「……」
「そうそう、先程の姉上との会話を見て思いましたが……あなたはやはり貴人の対応に随分と慣れていらっしゃいますよね?」

いきなり話が変わったな。世間話のつもりですか?さりげなく気を逸らすことで返事を有耶無耶にさせようとしているのだ。だって此方はまだしっかりと頷いていないのに、もう決まったかのような空気感である。
……それとも、言質をとるつもりはないということかな。それならそれで有難い。どんな理由で脅されたとて、此方が煌帝国の皇子さまに軍事的に手を貸すことはどう足掻いても不可能なのだ。そこで屁理屈を持ち出してくるのは、実はなかなかに筋が通った手段だったりする。そのことは認める。

「俺と初対面の時も同じことを思いましたよ。確か『ザガン』への出発前にご挨拶した時が最初でしたね……どうなんです?」
「そう、でしょうか?此方としては普通にしているつもりなのですが」
「普通、ですか?そうですか、まあいいでしょう」
「何が言いたいんです?」
「いえいえ。赤琉殿は普段、ご自分の国ではどういった関係の人と接しているのだろうと気になっただけですよ」

おっ。今度は此方の素性について探りを入れに来たか。いいぞ、受けて立つ。やられてばかりではいられぬからな。タケル様のためにも絶対に隠し通してやる。……と意気込んだけど、今日の白龍皇子はそこまで深く突っ込んでは来なかった。残念。

「いいんです。不遜な態度をとられるよりは圧倒的に今の方がいい。現に姉上はもうあなたに対して気を許したようです。もう少し警戒してもよいものを」
「?それは単に、皇子さまのことを信頼していらっしゃるのでしょう?誇るべきことではないですか」
「いいや……そんな簡単な話で済めばいいんですが、残念ながらそうではない」

白龍皇子は耳を澄ませた。周囲に誰もいないと分かると、さっきよりもより小さな声で話を続けた。

「姉上は煌帝国の真実を未だに知りません。自分の母親の正体についても」
「はあ、それはそれは」
「アル・サーメンの力の出処も、多少勘づいてはいるかもしれませんが、その程度です。少なくとも俺の真意や目論見は分かっていない。俺は未だに打ち明けられていないんです」
「……そうなのですね」

白瑛姫との会話の中でなんとなくその話をするのは避けるようにしていたが、黙っていて正解だった。
彼ら姉弟はほとんど唯一の家族と言ってもいいのだろう。母親が悪の組織の黒幕では、子供たちだけで身を寄せ合うしかないからな。その実のお姉さまに対して、今になっても心の内をさらけ出せていない理由は……そんなに簡単な話じゃあないからだろう。実の家族だからこそ、危険に巻き込みたくないという思いもきっとあるはずだ。

「ということは、皇子さまってもしかして……本当にお味方がいない……?」
「余計なお世話です」
「だからシンドリアに来てまで……此方みたいな、得体のしれない鬼倭人にも協力を仰いだわけがわかりました」
「……あなたも物好きですよね。戦争を起こそうと企んでいる人間には近づかないのが普通でしょう」
「そんなの、煌帝国と鬼倭国が敵対する未来だけは避けたいのです。それだけのお話です」
「それだけ?俺に同情している部分もあるのではないですか?」
「それは否定できませんね、確かに。でも、そういえば別の理由もありました」

今の会話で思い出した。此方はあの時、託されたのだ。あの御三方と、そんな約束をした。

「アリババさまが仰っていました。あなたのことをよろしく頼む、とね」
「……あの人が、赤琉殿にそんなことを?」
「彼自身とっても悔しそうでしたよ。白龍皇子とあんな別れ方をしたことを、きっと永遠に後悔するのでしょうね」
「……」
「アリババさまはきっと、そういうお人のように思います。もちろん、他のお二人も――」
「……赤琉殿。もうその話は止しましょう。終わったことなんだから」

白龍皇子は本気で嫌そうに顔を伏せて呟いた。さっきの威勢はなんとやら。この人はいつもそうだ、あの三人の話を振った途端に分かりやすくしおらしくなる。あれから何日も経っているというのに未だに気まずさを感じているところは、良くも悪くも彼の真面目さを正確に表している。
でも空気が悪くなるのは御免だった。それならまだ笑われていた方が気が楽だ。だからわざと白々しく同調するように頷いた。

「ええ、終わったことです、その通り。此方の方こそきっと彼らとはもう永遠に会うことはないと思います。不用意な約束をしてしまいましたね」
「はは、あなたは本当に変わったお人だな。誰の味方にもなれるような……そんなだから、俺のような孤立した人間にすら寄り添う言葉を言えるんだ。あなたにだけは敵になってほしくはないですね」
「此方は鬼倭国の味方ですよ?それ以外の何者でもありませぬ」
「俺の味方ではないと?」

そんなことは言っていない。が、まっすぐ頷くことはできないな。友人としてお味方になりたい気持ちはもちろんあるが、大前提として此方はタケル様の忠実なる部下なのだから。

「鬼倭国が煌帝国のお味方をする時は、まっすぐに頷きますよ」
「……鬼倭国は、本当に煌帝国の味方につくのでしょうかね」
「それは、鬼倭王様のお心次第としか。でも悪いようにはならないはずですよ。あのお方はお優しい方ですから。七海連合を介するならば、煌帝国の手を取ることもありましょう」
「その時は、赤琉殿が俺のところに来て頂けますか?」

ふいに彼の手が伸びてきて、手を握られた。なんか既視感……と思ったら、さっき白瑛姫さまに握られた時もほとんど同じ光景だった。なにしろお二人はあまりにも似過ぎている。
という冗談はさておき、一応此方も反対の手を添えて握り返しておく。そんでもってすぐに離した。こんな密室で男女が二人、手を繋ぐべきではない。他意はないとしてもだ。

「ええ。お約束できるかは分かりませぬが、できる限りお力添えしたいと思っていますよ」
「良いんですか?あなた方の協力を得た上で、例えば、もし俺が負けたとしたら……」
「ええ?」
「それでもし俺が負けてしまったら、どうします?それこそ協力者であるあなたの国にも飛び火が行くやもしれない……そういうところまできちんと考えていますか?俺がこれからやろうとしているのは、そういうことなんですよ」
「お言葉ですが、皇子さま」

此方は言いながら立ち上がった。なんだか込み入った話になってきたので、今日はここまでにしておくべきだろう。さすがに夜も更けてきた頃だ。そろそろ休まないと明日からの軍事作戦に支障が出てしまう。

「我が王がお味方になった側が、負けるなどは有り得ませぬ」
「……」
「あなたさまがシンドバッド王、ひいては七海連合を敵に回さない限り、負ける未来など有り得ませぬ。我々のことなど心配ご無用、それこそ余計なお世話です」
「……赤琉殿」
「お分かりですか?皇子さま。此方をお味方につけるというのは、そういうことなのですよ」

敢えて、彼のことを見下ろしながら言った。此方には譲れないことだったのだ。白龍皇子は夜更けになるとたまに弱々しくなることがあるから、喝を入れて差し上げようとも思った。これでもお国では人の上に立つ立場なのでね。
そのままテントを後にしようとしたら、彼は何を思ったのか此方に対して頭を垂れ、顔の前で拳を突き合わせて敬礼した。それを見てギョッとして慌てふためく。え、ななな何?

「赤琉殿。あなたが俺の理解者で良かった。本当に……ここまで着いてきてくださってありがとうございます」
「や、やめてくださいよ。此方は特別感謝されるようなことは何も……」
「これは俺なりの礼儀ですから、受け取ってください」

少しは元気が出ただろうか。最近の白龍皇子は情緒不安定なところがあるから放っておけない感じがするのだ。それも彼が抱える大きな悩みが要因しているのだろうな。
此方はその後白龍皇子が横になったのを見届けてから、自分も元のテントに戻った。カーテンで区切られているから直接顔を拝むようなことはしなかったが、白瑛姫さまは静かに寝入っているようだ。よかった。
しかし、それはそれとして眠れなかった。なんでだろう……もしかして新しい環境に慣れないこと以上に、白龍皇子と同じ空間で寝ることに慣れてしまっていたのかもしれない。見張りのために交代で寝る時はもちろん、宿で寝る時も彼はいつも此方が寝るまで見守ってくれていたようだから。言いようのない安心感があった。此方もかなり絆されているな。


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