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「白龍皇子〜〜〜!姫様が心配していらっしゃいますよ〜?白龍皇子〜〜〜!いい歳して家出とかやめた方がいいですよ〜?」

探しに来た軍人たちの中で一番乗りで駆けて来たのは、此方とは年齢もほど近い青年だった。あれはそう、聞いた話によると白瑛姫さまの最も古い眷属でいらっしゃる李青舜さまだ。
此方は身を隠したけれど、このお二人の会話はなんとなく気になるのでそのまま場に残ることにした。此方にこんなふうに堂々と盗み聞きができる胆力があって良かった〜。

「よせ、青舜。俺はここだ」
「うわっ皇子!こんなとこで寝転がって、つい踏んづけちゃうところでしたよ!ああっ!お召し物に土汚れが!も〜、それ洗濯するの私なんですからね!?勘弁して下さいよ〜〜」
「色んな意味でうるさいな」

青舜さまはどうやら白龍皇子とはかなり親交が深いらしく、お二人は周りに人がいないところではまるで親友のように接している。親友というか……悪友みたいな雰囲気まで感じる。
軍人たちと接する時など、白龍皇子が敬語を外して話すのはこの西征駐屯地では珍しいことではないのだが、それでも青舜さまと話をする時だけは他とは全く違う対応をしているように思える。それがなんだか微笑ましい。

「こんなところで黄昏て、何してるんですか?綺麗な星空を見るためにわざわざここまで?それにしたって護衛すら付けずお一人で……」
「別に何も。お前に話すことは特に無い」
「はぁ、そうですか。でも姫様はあなた様のことを心底気にしていらっしゃいますよ」
「……」
「あ、もちろん私もですが」
「取ってつけたように言うな」

青舜さまは乗って来た馬を休ませ、持ち前の明るい笑顔を見せながら未だ寝転がっている白龍皇子の隣に腰を下ろした。さっきまでは此方が座っていた場所だ。皇子さまを迎えに来たはずなのに、このお方も居座るつもりかな?

「『ザガン』の力は素晴らしいですね。驚きましたよ。それを使いこなす皇子の腕も見事なものです。まるで見違えましたね」
「……」
「かのシンドリアでは相当の御苦労があったようで。その左手のこともそうですし。闇の組織のあれやこれや。言伝に耳にしていますよ」
「……」
「あなた様が抱える全てを私は癒すことはできませぬが、姫様と同じくらい心配しているということは、どうか分かっていて下さいませ」

その語りはとっても深い気遣いに溢れた慈愛に満ちたお言葉だった。それに対して白龍皇子は無言を貫き、ただ空に輝く星を見ている。きっと白瑛姫さまだけでなく、その眷属の青舜さまにも彼は心の内をさらけ出していないのであろう。けれど悩み事があることにはとっくに気づかれているようだ。
青舜さまはあくまで独り言を呟いただけといった様子で白龍皇子に笑いかけ、その後しばらく続いた静寂にも文句を言わなかった。おーい、味方がいないだなんて嘘じゃないか。よっぽど慕われているではないか。このお方が皇子さまの眷属でないことが不思議なくらいだ。
白龍皇子はその言葉に何を思い、この時間で何を考えたのだろうか。少ししてからおもむろに起き上がった。

「青舜。姉上のことは頼んだぞ」
「えっ?なんのことです?私は今皇子の話をしているのですよ?」
「分かっている。だが俺を探すために自分の主から目を離すなど何事だ。まだ残存兵が近くに潜んでいるやもしれないのに、お前それでも姉上の眷属か?」
「なにをー!そんなこと言ったら今は皇子の方が危ういでしょう!ここ最近はあなた様の金属器の力で進んで来たのだから、きっともう顔も覚えられていますよ!」
「なに?」
「だって皇子の顔は、インパクトが。わー!!殴らないでください!!」

突然取っ組み合いの喧嘩が始まった。ええ……と困惑しながら見守ることしかできない此方。お二人は幼少期からの仲という話だったので、まさに数少ない幼馴染の関係なのだろう。此方で言うと七海や難升米と同じような関係ということだ。

「あーあ。私がもう一人いたら、皇子の眷属にもなって差し上げるのに」
「……お前」
「だって白龍皇子って、他に親しい人が一人もいらっしゃらないではないですか!だから今日だってあんな変な化け物みたいなやつを眷属呼ばわりしちゃって、なんか可哀想です」
「お前みたいなやつこちらから願い下げだ!いいからさっさと姉上のところに戻れ!」

シンドリアで出会った仲間たちとの日の浅い関係とは比べ物にならない。それはもちろん此方についても言えるが。白龍皇子が皇子らしくなく、ありのままでいられる姿を見られるのはなんだか貴重な体験だった。



此方たちが北天山に到着し、白瑛姫さま率いる西征軍と合流をしてから今日でちょうど一週間ほど。周辺の異民族制圧が完了し、新たに傘下となった領地の管理やら怪我人の処置等が一通り落ち着いたのが今朝のこと。
白龍皇子が言っていた通りの日数で物事が完了し、いよいよ此方もやることがなくなった。人前で姿を消していては盗み聞きをすることしかできないから、他のどの作業を手伝うこともできないのだ。それなのに白瑛姫さまはいつまでも軍の拠点に人知れず此方が居座っていることに文句の一つも言わずに、毎朝毎晩少しの間だけとはいえ話し相手になってくれる。
いえ、あのですね。申し訳ないとは思っておりますよ?無償で無期限の温かいお食事と寝床をいつまでも享受して。だからいい加減此方もお暇したいところなのですが、働き者の白龍皇子がまだ何かしらのお仕事をしていらっしゃるようだから、いつになったら帰れるのかな〜なんて尋ねるのは気が引けると言いますか。
そんなこんなで今唯一できる盗み聞きを無意味に続けていたら、外の軍人たちに混じって姉弟さま方が話し込んでいるのが聞こえてきた。

「ところで姉上。急ぎの用で平原南部への使いが必要と聞きました。俺は“見送りのため”もともと南下する予定だったので、俺に行かせてください」
「そうですね。ちょうど私からもその提案するつもりだったのです。目的地については私からもあらかじめ聞いていましたから」
「ありがとうございます。では準備を終え次第さっそく出発します」

もしかして、此方の話をしているのだろうか。ようやくお国に帰れるようになる?

「ここからなら第五基地を経由することになるでしょうけれど、最低でも一、二週間程度は見積もっておいた方がよいでしょう。従者を選んで連れて行きなさいね」
「いえ、俺だけで向かいますよ。もっと速く移動できる方法がありますから」
「あら。もしかして、とっくに『習得』していたのですか?私はまだ武器化魔装しか見ていませんよ?」
「これでも鍛錬を怠った日はありません。ですから、戻って来たら是非とも姉上直々に稽古をつけて頂けますか。ここでは金属器使いが他にはいないので」
「ええ、構いません。そのためには必ず安全に気をつけて帰って来ること。もちろんあなたのことだけではなくて……」
「はい。俺が責任をもって送り届けます。本来の目的である各南方拠点への伝令通達も滞りなく」

白龍皇子は話を終えるといつものようにきちっと敬礼し、ご自分のテントに戻っていった。入る前にまるで天気を気にするような素振りで一度振り返ったので、此方もすぐに後を追いかけた。今のは入ってこいと暗に伝えてきたのだ。ここ数日はずっとこういう身振りでのやり取りを繰り返していたおかげで、無言の指示も分かるようになってきた。

「赤琉殿、話は聞いていましたか?」
「はいな。ようやくここを出発するのですね」

中に入ってすぐに尋ねられたので、ドロンと見参して応答する此方。この忍者仕草を結構楽しんでいたりする。

「ええ。お待たせして申し訳ありません。その上で急ですが、物資の準備ができたらすぐに発ちます。その前に姉上にもご挨拶をお忘れなきように」
「それはもちろん……でも、今は難しいのではないですか?相も変わらずお忙しそうですし」
「ふふ。ご心配には及びませんよ、赤琉殿」
「あ、白瑛姫さま」

突然第三者の声がしたので入口を見やると、白瑛姫さまも我々に続いて中に入って来た。このお方はこの地で一番お偉い将軍その人だ、普段はテントの外で眷属を始めとする従者たちに囲まれながら過ごしているから、こちらからは伺いにくいと思っていたところだった。それを自ら顔を出して頂けるなんて、有り難き気遣いである。
一人だけまるで場違いだが、かの姉弟と此方が三人で集結するのは初日以来か。この一週間ほどは軍事作戦のためにそれぞれ別で動いていたから、集う時間がなかったのだ。当たり前だ、このお二人が此方のために使う時間などは無くて当然なのだ。

「赤琉殿。あなたはここ数日間、ずっと白龍のために手を貸して下さっていましたよね?」
「……」

突然そう質問され、少し押し黙る。密かにやれと言われていたのに、もしや此方の諜報に気づかれていた?白瑛姫にそんな様子は無かったように思われたが……返答に困り、白龍皇子にさりげなく視線をやる。彼はさして驚いてはいなかったが、やや意外そうな顔をしていた。

「姉上、それについては」
「隠さなくてよいのですよ。私にはなぜだか確信があるのです。しかし、実際どのように動いておられたのかは分かりませんでした」
「そうでしたか。さすがは姉上、隠し事はできませんね」
「赤琉殿がまさに近年の鬼倭国本島のように神出鬼没だから、いつもどこで何をなさっているのか気にかけていただけですよ」

その表現はある意味鬼倭人冥利に尽きる。此方が特別ヘマした訳ではなさそうということが分かって、ひとまずは安心。でも警戒されていたことには違いないな。警戒というか、心配りと言った方が近いかもしれぬ。

「まあ、そうですよね。日中どこにも姿が見えないのは変な話だ。ただ、赤琉殿の行動は全て俺の判断によるもので、彼女に非が無いことだけは分かってもらえますか?」
「あら?私は何も、非難するつもりで話したのではないのですよ」
「……姉上。姉上はもう少し弟の知人にも厳しくなさった方がいいのでは?」
「ふふ、それをあなたが言うの?」

姿を隠した此方がどこで何をしているのかまでは分からなかったようだけれど、弟の眷属だからという理由一つで今日まで見逃されていたのだ、おそらくは。白龍皇子と同じく前皇帝の娘として立場を追われたお人のはずだ、疑うことを知らぬ人ではないだろうに、信じられないほど透き通った心の持ち主と見受けられる。とうの弟はその点を心配しているようだけど。

「きっと私に遠慮をして多くは語らなかったのでしょうけど……眷属器を二つも持っているだなんて、珍しいお方なのですね。ああ、変な意味ではなくて」

なんだ、眷属器についても悟られていた。まあちょうど彼女の目線の高さにある頭にぴょこっと生えている金属の角を見れば、そう考察するのも容易い。
やっぱり目立つのかな……と失礼にもいつものように両手で角をいじくり始めたら、白瑛姫が此方に対して頭を下げた。美しい所作で拳を突き合わせながら。

「赤琉殿。今一度感謝申し上げます。この異国の地で弟の眷属となったことを、否定せずに受け入れて下さって……ありがとうございます。最後にこれを伝えたかったのです」

敬礼。第一皇女直々に、感謝を告げられた。その誠心誠意、心からのお言葉を噛み砕くのに此方は少しの時間を必要とした。

「ちょっと、姉上。何をそんな……」
「白龍。あなたも同じ気持ちなのでしょう?」
「はい……それは、その通りです」
「赤琉殿は鬼倭国の方で、もとは他のどなたかの眷属だったのに……はるか遠い南方の国で白龍と出会って、二つ目の眷属器を。最初にお会いした時、白龍が“奇しくも”と言った理由をより理解できた気がします」



「その上煌帝国の軍事にも関わらせてしまうなど、本来なら私が止めるべきだったのに……あなたの存在が白龍に力を与えたのは事実です。そうよね、白龍」

「先日の白龍のやり方には……未だ思うところがあるのは事実だけど」
「……」目を閉じる白龍皇子。
「短期決戦で済ませたことで、出来うる限りで最低限の被害に収めてくれたと思います。これもきっと赤琉殿のお力あってのこと」
「此方は大したことはしておりませぬ。全ては彼自身のお力で……」
「赤琉殿。これだけ言わせてほしいのだけど、ここに数日留まったのは本当にあなた自身の意思なのですよね?」

これはたぶん、人知れず軍事作戦に参加したのも此方の意思なのか、ということも同時に尋ねられている。

「自分の心に嘘をついてまで白龍に従う必要はないの。嫌なことは拒絶していいのよ。あなたはあくまでも煌帝国の者ではないのですから」
「はい、よく存じております。此方の立場については」
「……」

隣から視線を感じる。なんかちょっとだけ気まずそうにするのをやめてほしい。あなたはここでは開き直るべきだ。
つまるところ本当は、今ここでちょっと気まずそうにしている白龍皇子に脅迫まがいの脅しをかけられたからなんだけど、これをそのまま言ったらあとでドヤされるに決まっているので、良い感じに誤魔化さなければ。

「しかし、此方がこうして白龍皇子の願いに応じるのは、帰国前の今だからこそ力になれることを探して出した答えなのです。ご心配には及びませぬ」

此方の諜報で相手方が相応の被害を被ったのは事実だ。ただし此方は白龍皇子の手となり足となり武器となっただけ。言うなれば、我が身を貸し出しただけに過ぎない。此方は煌帝国のためにではなく、ただの白龍さまのために動いたのだ。
知り合いの一人もいない相手民族よりも、友だち贔屓をするのは特におかしな話でもないであろう。自分の中ではとっくにそう結論付けたので、そのためにどれだけ血が流れようと、さほど後悔などはしていない。本心では戦に多少心踊った面もあるし……ここだけの話。

「赤琉殿はこれから祖国に戻られますが、その時『ザガン』の眷属器がどのような影響を及ぼすのかは、私としても気になるところだわ」
「……確かに、鬼倭国に戻ったその後、白龍皇子のために再びこの刀を振るえるかどうかは、此方にも分かりませぬ」

なにしろ『華風刀』は国宝だから。大きく言えば鬼倭国が所有している代物なのだ。あるいはタケル様の持ち物とも言える。決して此方の私物ではない。タケル様の一声で、この眷属器の処遇が決まるだろう。

「しかし、おそれながら申しますと……白龍皇子は既に此方のかけがえのないご友人と相成りました」
「……赤琉殿」
「許されるならばこれからも、皇子さまのお困り事には可能な範囲でご助力いたします。その際、眷属かどうかは関係ありませぬ」




「あなたが煌帝国の人間でなくて良かった」
「……?どういう意味です?」
「もしそうなら、俺はきっと赤琉殿のことを心から信頼できていなかったと思います。それは俺にとっては受け入れ難いことです」

煌帝国の全てを疑わないと気が済まないのだろうな。実の母親がアル・サーメンの親玉なのだから。

「ということは、此方のことを心から信頼して下さっていると?」
「はい。そうです」
「……断言するにはまだお早いですよ。此方にはまだ隠し事がたくさんありますから」
「それでも」


「かけがえのない友人であることは確かなんですよ。俺はあなたの口からその言葉が聞けて、本当に嬉しかったんです」

海賊討伐の一件がなければ、あの御三方も同じように表現していただろうに。ただ着いてきただけの此方を特別視されてしまうと、むず痒くなるというか。
白龍皇子の手が此方の手を握った。

「俺はどうしてあの時、あなたではなく……」
「皇子さま?」
「……いえ、なんでもありません」

なんでもない空気ではなかったが。



「赤琉殿。試したいことがあります」
「はいな。なんでしょうか」

白龍皇子は突然『ザガン』を発動させた。魔装状態だ。こんなところで何と戦おうとしているのだろう、と呆然としていたら、手馴れたように化け物を出して大きく成長させた。

「魔装状態だと魔力は使いますがより速く移動できることに気づきまして」
「へえ〜……」
「なのでここからは空を移動しましょう。一度魔力が尽きるまでどれほど飛べるかも試してみたいんです」
「……。こ、此方を置いていかないでくださいまし」
「置いていきませんよ。だからこの者たちを出したんですから」

化け物は徐々に形を成していき、乗れるくらいの大きさにまでなった。さながら筋斗雲のように中を漂っている。

「では、これに乗ってください」
「ええっ。それはちょっと……」
「どうして?赤琉殿がお好きなザガンの生物なのに」
「何を仰いますか!此方はこんな、おばけみたいなやつ全然好きじゃありません!だってこんなの、意思がある動物にしか見えないですもの……」
「そうですか?まあ確かに、この見た目で植物とは言えないか。実際植物ではないし」


「俺が操っているに過ぎない単純思考の生き物です。見た目ほど怖くはありませんよ。ほら、触ってみてください」
「……」
「ね?」


「あなたと馬一頭を乗せて実際に運べるのか実験もしたいので、頼まれてくださいよ」
「わ、わかりました。でも怖くなったらすぐにおりますからね!」






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