「は、白龍殿下」
「……」
部屋の清掃のため入った殿下の部屋に、見慣れぬ格好をした少女がすやすやと眠っていた。それも殿下の寝台に。やや衣服をはだけさせて。皇子のお衣に横顔を埋めて。
「あ、申し訳ありませっ、わ、私は、その、物音がしたので、賊が侵入したのかと、てっきり、……」
「今、何か見ましたか?」
「え、と」
「この部屋で、何か見ましたか?」
下賤な使用人の自分に対して敬語を使い、圧をかけてくる。私が部屋の様子を目撃したのは分かりきっていることなのに、あえてそう尋ねてくるということは、口にできる言葉はただ一つだった。
「い、いいえ!私めは決して何も見ておりません……あなた様に誓って……!」
「そうですか。それは良かったです」
「……」
「もう行ってどうぞ」
「は、はいっ」
一番素早い動きで部屋を後にした。殺されるかと思った。実際それだけのやらかしなのに、見逃された?でも私の知るあの方は本来優しいお人だ。
白龍殿下には愛人がいらっしゃったのか。そんなふうには見えなかった……とは言いきれないが。あの方も列記とした皇族なのだ。ほんの少し気が向けば、女など選び放題なのだ。これまで一切そういう影がなくともだ。
にしても後宮から呼び寄せるのなら専属の使用人にまで隠す必要などは全くないのに、どころか殿下がこれまで女性をご所望になったことはないはずだよな。そもそも彼女の存在は我々には一切知らされていない。あの女は何者で、どこかは来たのだ……い、いやいや。余計なことは考えないでおこう。見逃された以上は今日のことは忘れるのだ。
「頼みたいことがあります」
「へ」
「この塔の上階に今は放置された調理場があります。元は俺が使っていたものですが、最近は手入れする時間がなく埃被っているはずです。それを明日までに使えるようにしてください」
「それと、こっちが本題なんですが……これから毎日余分に多く食材を確保してください。料理人に混じって俺が動くと目立つでしょう。元々どうにかせねばと思っていたんですよ」
「……そ、それは」
あの愛人のための食事ということか?これから毎日?もしかして一夜限りのあれではなく、何日にも渡って匿っているのか?殿下が料理を趣味としていることはもちろん既知の事実だが、最近また精力を上げて調理場に入り浸っていたのはこのためだったという訳か……?
「できますか?できますよね。あなたならきっとね」
「は、はい。もちろんでございますっ」
私に頼んできたのは他でもなく私が女の存在を知ってしまったからだ。そうでなくともご命令とあらば私はそれを黙って遂行するしかない。そういう立場なのだから、断れるわけがなかった。
「もし食材の用途を聞かれたら俺の“飼い犬”の分とでも答えてください」
「はい……」
「確保できたら上の調理場へ運んでください。なんなら手隙の時は調理を手伝ってください。その方が時短になるので」
「はい……」
「食材は全て俺が調理して味見もします。品質には気を配ってください。俺が口にするということは……言っている意味が分かりますね?」
何が混ざっていようとすぐに分かると。
「……あ」
作り終えた食事を持っておそるおそるといった感じで殿下のあとに続いて部屋に入る。今日は愛人は起きてソファに座っていて、私の存在に気がつくと大慌てで立ち上がった。
「は、はく、白龍さま……?そのお方は……」
「大丈夫です。彼女の前では隠れなくても」
「“俺の失態で”、少し前からあなたのことは知られていました」
「……そうなのですか?」
私の失態の間違いでは。気まずい空気に耐えきれず下を向く。
「でも大丈夫です。こうなったらもう逆に手を貸してもらうことにしました。一人で赤琉殿を匿うのは限界を感じて来たのでね。この者は“口が固いので”ご安心ください」
自分から口が固いなどと申し上げたことは無いが、その言葉を遵守すれば真実になることは違いない。殿下のお言葉は絶対だ。
「一応紹介しておきましょうか。赤琉殿は俺の眷属です。ですがそれ以上のことには何一つ興味を持たず、探ろうとしないで下さい。それと、必要な時には女性のあなたが助けになって下さい。これは命令です」
「はい。承知いたしました」
眷属だったのか。白龍殿下はシンドリアで金属器を得たと聞いていたが、そこで知り合ったということか?だってあの女性は煌帝国の人間ではない。
あの角の頭飾り……見覚えがあるけどどこの国の装飾品だったか。煌帝国が統合する前の民族のものか?興味持つなと言われても、考えるだけなら許してくださいませ。
「……」
白龍殿下の料理のお手前は見事なものだ。いつも今日の分の食材を一通り目を通したかと思えば、あっという間に頭の中で献立を決め、考える動作もなく包丁を握っている。彼が幼少の頃から鍛錬や学術の合間に調理場に入り浸っては料理人に手とり足とり学んでいたというのは有名な話だ。火を克服する目的もあったとかなんとか……。
今となっては新人の料理人が殿下に師事されるのを望むほどだ。そんな貴重な調理場面に私のような料理人でもなんでもないただの使用人が近くからお目にかかれるとは、もったいないにも程がある。
だいたい……殿下の料理を食べられるのは煌帝国の中でも希少だ。大抵は一部の皇族や彼に近しい従者のみが味わえる代物。実際に召し上がられた人に話を聞いたことがあるが、それはもう絶品だったという。
それをこの女は毎日毎食振る舞われている。私でさえ食べたことがないのに。自分がどれほど幸福な立場にいるのか自覚してもらいたいものだ。
部屋に食事を運び、食べ終わるまで外で待機、しばらくして食器を下げる毎日。
ある日、珍しく話しかけられた。
「……あの、こちらの惣菜ですが、此方は食べられないもののようで、あなたが食べて頂けませぬか。他に頼める人がいませんので……」
何を言っているのかと思った。
「頂けません。あなた様のお食事にございます」
「分かっています。でも……せっかくのお料理を残す訳にも参りませぬ。どうか頂いてはもらえませぬか」
「殿下の用意したものが食べられないと?自惚れはほどほどにして、無理やりにでも口にお入れください」
「此方だって食べたいですよ!でも、でも!」
「……?」
「どうやら体に合わないようなのです。これを食べた日には目眩と動悸が止まらなく、吐き気まで催すこともありました。それが二、三度あって……」
「とっても美味しいのに、此方の体にとっては毒なのです、おそらく……祖国にはない食材なので、今まで知る由もなく……申し訳ありませぬ」
「食材を用意しているのは私です。この中のどれが合わないのですか?以降は除外しますので」
「あ、ありがとうございます!それが、此方にも分からなくて……」
「当たるのがこの惣菜だけならば、唯一この一品のみに使用されているものを除けばよいはずですね。殿下にもその旨を説明いたしますので。今回はこのままお下げいたします。よろしいですか?」
「はい。……ありがとうございます」
その後食事を重ねるごとに体調が悪くなっていくせきる。手が荒れて蕁麻疹のようなものが出て、日中息苦しくなったり熱が出たり
原因は食材ではなく皿だった
「……」
部屋の清掃のため入った殿下の部屋に、見慣れぬ格好をした少女がすやすやと眠っていた。それも殿下の寝台に。やや衣服をはだけさせて。皇子のお衣に横顔を埋めて。
「あ、申し訳ありませっ、わ、私は、その、物音がしたので、賊が侵入したのかと、てっきり、……」
「今、何か見ましたか?」
「え、と」
「この部屋で、何か見ましたか?」
下賤な使用人の自分に対して敬語を使い、圧をかけてくる。私が部屋の様子を目撃したのは分かりきっていることなのに、あえてそう尋ねてくるということは、口にできる言葉はただ一つだった。
「い、いいえ!私めは決して何も見ておりません……あなた様に誓って……!」
「そうですか。それは良かったです」
「……」
「もう行ってどうぞ」
「は、はいっ」
一番素早い動きで部屋を後にした。殺されるかと思った。実際それだけのやらかしなのに、見逃された?でも私の知るあの方は本来優しいお人だ。
白龍殿下には愛人がいらっしゃったのか。そんなふうには見えなかった……とは言いきれないが。あの方も列記とした皇族なのだ。ほんの少し気が向けば、女など選び放題なのだ。これまで一切そういう影がなくともだ。
にしても後宮から呼び寄せるのなら専属の使用人にまで隠す必要などは全くないのに、どころか殿下がこれまで女性をご所望になったことはないはずだよな。そもそも彼女の存在は我々には一切知らされていない。あの女は何者で、どこかは来たのだ……い、いやいや。余計なことは考えないでおこう。見逃された以上は今日のことは忘れるのだ。
「頼みたいことがあります」
「へ」
「この塔の上階に今は放置された調理場があります。元は俺が使っていたものですが、最近は手入れする時間がなく埃被っているはずです。それを明日までに使えるようにしてください」
「それと、こっちが本題なんですが……これから毎日余分に多く食材を確保してください。料理人に混じって俺が動くと目立つでしょう。元々どうにかせねばと思っていたんですよ」
「……そ、それは」
あの愛人のための食事ということか?これから毎日?もしかして一夜限りのあれではなく、何日にも渡って匿っているのか?殿下が料理を趣味としていることはもちろん既知の事実だが、最近また精力を上げて調理場に入り浸っていたのはこのためだったという訳か……?
「できますか?できますよね。あなたならきっとね」
「は、はい。もちろんでございますっ」
私に頼んできたのは他でもなく私が女の存在を知ってしまったからだ。そうでなくともご命令とあらば私はそれを黙って遂行するしかない。そういう立場なのだから、断れるわけがなかった。
「もし食材の用途を聞かれたら俺の“飼い犬”の分とでも答えてください」
「はい……」
「確保できたら上の調理場へ運んでください。なんなら手隙の時は調理を手伝ってください。その方が時短になるので」
「はい……」
「食材は全て俺が調理して味見もします。品質には気を配ってください。俺が口にするということは……言っている意味が分かりますね?」
何が混ざっていようとすぐに分かると。
「……あ」
作り終えた食事を持っておそるおそるといった感じで殿下のあとに続いて部屋に入る。今日は愛人は起きてソファに座っていて、私の存在に気がつくと大慌てで立ち上がった。
「は、はく、白龍さま……?そのお方は……」
「大丈夫です。彼女の前では隠れなくても」
「“俺の失態で”、少し前からあなたのことは知られていました」
「……そうなのですか?」
私の失態の間違いでは。気まずい空気に耐えきれず下を向く。
「でも大丈夫です。こうなったらもう逆に手を貸してもらうことにしました。一人で赤琉殿を匿うのは限界を感じて来たのでね。この者は“口が固いので”ご安心ください」
自分から口が固いなどと申し上げたことは無いが、その言葉を遵守すれば真実になることは違いない。殿下のお言葉は絶対だ。
「一応紹介しておきましょうか。赤琉殿は俺の眷属です。ですがそれ以上のことには何一つ興味を持たず、探ろうとしないで下さい。それと、必要な時には女性のあなたが助けになって下さい。これは命令です」
「はい。承知いたしました」
眷属だったのか。白龍殿下はシンドリアで金属器を得たと聞いていたが、そこで知り合ったということか?だってあの女性は煌帝国の人間ではない。
あの角の頭飾り……見覚えがあるけどどこの国の装飾品だったか。煌帝国が統合する前の民族のものか?興味持つなと言われても、考えるだけなら許してくださいませ。
「……」
白龍殿下の料理のお手前は見事なものだ。いつも今日の分の食材を一通り目を通したかと思えば、あっという間に頭の中で献立を決め、考える動作もなく包丁を握っている。彼が幼少の頃から鍛錬や学術の合間に調理場に入り浸っては料理人に手とり足とり学んでいたというのは有名な話だ。火を克服する目的もあったとかなんとか……。
今となっては新人の料理人が殿下に師事されるのを望むほどだ。そんな貴重な調理場面に私のような料理人でもなんでもないただの使用人が近くからお目にかかれるとは、もったいないにも程がある。
だいたい……殿下の料理を食べられるのは煌帝国の中でも希少だ。大抵は一部の皇族や彼に近しい従者のみが味わえる代物。実際に召し上がられた人に話を聞いたことがあるが、それはもう絶品だったという。
それをこの女は毎日毎食振る舞われている。私でさえ食べたことがないのに。自分がどれほど幸福な立場にいるのか自覚してもらいたいものだ。
部屋に食事を運び、食べ終わるまで外で待機、しばらくして食器を下げる毎日。
ある日、珍しく話しかけられた。
「……あの、こちらの惣菜ですが、此方は食べられないもののようで、あなたが食べて頂けませぬか。他に頼める人がいませんので……」
何を言っているのかと思った。
「頂けません。あなた様のお食事にございます」
「分かっています。でも……せっかくのお料理を残す訳にも参りませぬ。どうか頂いてはもらえませぬか」
「殿下の用意したものが食べられないと?自惚れはほどほどにして、無理やりにでも口にお入れください」
「此方だって食べたいですよ!でも、でも!」
「……?」
「どうやら体に合わないようなのです。これを食べた日には目眩と動悸が止まらなく、吐き気まで催すこともありました。それが二、三度あって……」
「とっても美味しいのに、此方の体にとっては毒なのです、おそらく……祖国にはない食材なので、今まで知る由もなく……申し訳ありませぬ」
「食材を用意しているのは私です。この中のどれが合わないのですか?以降は除外しますので」
「あ、ありがとうございます!それが、此方にも分からなくて……」
「当たるのがこの惣菜だけならば、唯一この一品のみに使用されているものを除けばよいはずですね。殿下にもその旨を説明いたしますので。今回はこのままお下げいたします。よろしいですか?」
「はい。……ありがとうございます」
その後食事を重ねるごとに体調が悪くなっていくせきる。手が荒れて蕁麻疹のようなものが出て、日中息苦しくなったり熱が出たり
原因は食材ではなく皿だった