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「あれ!白龍くんじゃない、最近見かけないから心配してたんだよ!」
かわいらしい男の子の声に振り返りました。ここは裏社会の人だけが来れるお店だと聞いていたから、印象だけで言えば中学一年生くらいにも聞こえなくはない、その幼い声に違和感を覚えながら。まあ私も高校生だからあんまり変わんないと思うけど……振り返ってみると思っていたより随分と背が高くて、体つきもしっかりしていて、私よりも年上に見える男の子がそこにはいました。白龍さんのおかげでもうすっかりブランド知識の身についてしまった私だからこそ分かります。彼はセレブ御用達のコアなメンズブランドものを身につけていました。有名どころのありがちなブランドというよりは、知る人ぞ知るって感じのばかり……根っからのセレブなのでしょう。まん丸なサングラスも安物なんかじゃなくて、しかもそれがとても似合っているから、大人っぽい印象に見えたのかも。
「噂をすれば……」
「?」
白龍さんは振り返りもせずにそう言いました。噂をすればということは……さっき話題に出ていた人かな。この子は白龍さんのことを知っているみたいだし。彼を見つめながらアリババさんがいた時の会話を思い出していると、サングラス越しに……ふいに目が合ったような気がしました。そう思うのもつかの間、彼は後ろで一束にまとめた長〜い三つ編みを揺らしながら、決まりきった足取りでまっすぐ私の隣の席に座ると、カウンターの上に両肘を付きながら、私の顔を覗き込むように身を乗り出しました。サングラスを額まで押し上げた彼に、初対面とは思えないほど至近距離からじっと瞳を見つめられたので、瞬きをしながら見つめ返すと、途端に「ふふっ」と可愛らしい笑顔で笑う彼。目が大きくてくりくりしているのに、端正な顔立ちでガタイもしっかりしていて……いわゆるはんさむな部類に入るのではないかと思います。ていうかどこかで見たような。
「おねいさん、はじめまして、だよね?僕はアラジンさ。お姉さんのお名前を教えてくれないかい?」
「は、はい。氷川、赤琉です。アラジン……さん」
おねえさんってことは……年下?
「赤琉おねいさん!よろしくね。お店に入る前からとってもキラキラした美人さんがいるなぁって思ってたのさ。こうして近くで見ると想像よりずっと綺麗な人で見蕩れちゃった。僕、今とってもドキドキしてるよ。お姉さんのこと、もっとよく知りたいなぁ……」
彼の視線から逃れることができず、自然な動作で右手を取られ、またにこっと笑いかけられました。うっとり顔で、おねえさんのこと僕に教えておくれよ、なんて言うからつい緊張してドキドキしてしまいます。かっこいいのにかわいい。な、なんだか白龍さんとは違う雰囲気で女の子の心を奪いにくる人です。
「アラジン殿。出会って即ナンパするのはやめてください。彼女は俺の婚約者です」
返事に困っていたら、白龍さんに左隣から肩に手を回され、ぐぐぐと引き寄せられました。あれ、ああそうか、今のが俗に言うナンパというやつだったんですね。アラジン、さんの開口一番繰り広げられた不可解な言動に納得した私。白龍さんの言葉を聞いて、カウンターに肘をついたまま瞬きも忘れて私たちをじっと見つめるアラジンさん。次の瞬間には口を大きく開けて大きな声を上げました。
「ええっ!?白龍くんのお嫁さんかい!?」
「婚約者です。まだ婚姻は結んでいません」
「どっちでもいいよそんなことは!つまり白龍くんの未来のお嫁さんってことでしょ!?なんだい!?いつそんなこと決まったのさ!」
「さっきプロポーズしました」
「さっき!?」
なんか似たようなやりとりを……。アラジンさんは心底驚いた様子で白龍さんに立て続けに質問をしました。私を間に挟んで。
「いったいいつ知り合ったの!?」
「二ヶ月前に」
「それでもう結婚!?いくらなんでも手ぇ出すのはや過ぎない!?」
「それだけは言われたくないですね!!!あなたなんかに!!!」
「わ」
急に白龍さんらしからぬ大声を出すから、驚いて飛び上がってしまいました。なんのことを言っているんだろう?よく分からなくて瞬きをする私に「ああ、失礼」とすぐに元に戻る白龍さん。なんだか最近本性のようなものを包み隠さず見せてくれるようになった感じがして、楽しいような嬉しいような。紅玉お姉さまがおしとやかに笑っていたのを思い出し、真似をするようにくすくす笑うと、未だに目を見開いたままのアラジンさんが言います。
「ほ、本当に仲良さそうだね……二人のまわりの空気、ピンク色だ……」
「そうですか?それは恥ずかしいな」
「へえ〜?僕驚いちゃった……。だって君わりと最近までセフ……、あ、いけない、これは黙っておいた方がいいよね」
「?」せふ?
せふ?首を傾げる私に、白龍さんは至って落ち着いた様子で口を挟みました。
「アラジン殿。今言おうとしたことはどうかそのまま墓場まで持っていってください。このことに関しては……、なんでもしますから」
「ふぅ〜ん?白龍くんがそういうことを言えない関係の人ってことは、結構本気みたいだね」
「あのですね、ソレ基準で俺を判断するのはやめていただけませんか」
「判断したくもなるよ!さっきまではお姉さんのことに興味津々だったけど、今は白龍くんとの関係のほうに興味津々だよ!アリババくんや他の人からもそんな話聞いてなかったし、僕今本当に驚いているんだから!」
「アリババ殿は疎いだけでしたよ。まあ仮にも情報屋の彼が知らなかったそうですから、あなたが驚くのも無理はありませんね」
アラジンさんは、アリババさんや白龍さんとおともだちみたいです。アリババさんは裏社会の情報屋さんだから知り合いでもおかしくないと思うけれど、アラジンさんはただのお金持ちの少年って印象なのに、どうしてこのお店にいるのでしょう。それも初めての来店というわけでもなさそうです。
「まあ君って料理得意だし、それ以外の家事全般もこなしちゃうし、礼儀正しいし、家がお金持ちだし、イケメンだし……。性癖に目を瞑ればモテる要素しかないんだよねぇ」
「せいへき?」せいへき?
聞きなれない言葉に首を傾げたら、よく分からないけどそろそろ我慢ならない様子で白龍さんが「赤琉」と声をかけてきました。それと同時に私を立たせ、アラジンさんとは反対側の席に座らせ直しました。距離を……置かせたかったのかな?それでも何事も無かったように白龍さんの隣に席を詰めてくるアラジンさん。白龍さんはがっしりと彼の肩を掴んで、私から上半身だけ距離を置くようにして小さな声でお話をしています。
「ちょっと、あからさまに含ませてこないでください。死にたいんですかあなたは」
「ええ?君のソレってだって相当やばいもん。隠し通すつもりなの?だったらいっそのことバラしちゃった方が楽なんじゃない?」
「いいえ、あなたを殺す方が楽です」
「なんで僕を殺すのさ!?」
「あんたさえいなきゃバレる心配などありませんから。それにあなたとの関係は俺の黒歴史です」
「ええっ!?あんなに楽しそうに仲良くしてくれたのにかい?ひどいなぁ、ひどすぎるよ。僕はね、君には割と心許してるんだよ。もちろん心じゃないところもね♡」
「一旦黙ってください。ていうかあなた、来たばっかりなのに酔ってます?」
「今日デートした子、いいところでお父さんに呼び出されちゃってさ。禁止されてるのに無断で家を出てきちゃったんだって。僕に会いたくてそんなことしてくれるなんて可愛いよね〜♡だから夜代わりに一緒に過ごせる女の子を探しにきたんだけど、ようやく見つけたと思えば君のお嫁さんだったなんて、ちょっと残念だよ」
「あなたの女性観のほうが残念ですよ」
「あのねえ!白龍くんだって相当だろう!?今まで君が女の子を大切にしてきたことなんてあったかい!?」
「こ、声が大きいですよ!黙ってくださいと言ったのに!」
「……」
何の話でしょうか。よく分からないけど、アラジンさんは白龍さんが殺し屋だということを普通に知っている……のかな?このお店に来る人というのは、皆そういう類の人であるということは聞いていたけれど、もしかしたらアラジンさんも組織に関わる人なのかもしれません。
ていうか、今、白龍さんの女の子がなんだって言いましたか?それはとても気になるというかなんというか。聞いていい事なのかわかんないけどでも気になるというか……そうこうしていたら、アラジンさんが急に身を乗り出して白龍さんごしに目を合わせてきました。
「でもさぁ、赤琉おねえさんは……」
「……?」
「今のところは、まだ大切にされてるって感じかな?」
「大切にしてるに決まっているでしょう!俺の妻なんだから!」
「そう?ていうかさぁ、僕、人妻って思ったらもっとドキドキしちゃうなあ。それに、僕の勘だけど、白龍くんの女の子にしてはかなり……真っ白みたいだし?」
「……あ、あなたって人は……!とんだクソ野郎ですねぇ……」
「へへーん。だからそれは、白龍くんにも言われたくないなぁ」
「あ、あの……それってどういう……?」
「あーーーーー!!!!!」
とうとう気になった私が勇気をだして尋ねようとしたところ、そのタイミングでアリババさんが戻ってきたようです。お店中のワイン瓶が割れるんじゃないかというほどの大きな声を出しながら、アラジンさんに詰め寄る彼。白龍さんと私の目の前にサッとカップケーキを出すのは忘れずに、アラジンさんに掴みかかりました。
「アラジンてめぇ!!!なんでいんだよ!お前は出禁だって言っただろうがっ!」
「あ!アリババくんやっほ〜。紅玉お姉さんから聞いたよ、新作ができたんだって?僕、気になっちゃってデートをそうそうに切り上げて君に会いに来たんだよ。君のために♡ね、僕にも食べさせておくれよ」
「悪びれもなくこいつァ!!」
紅玉お姉さん……って。そうだ、そういえば紅玉お姉さま、ガキンチョがなんたらって言っていなかったっけ。あの時言っていたのってもしかしてアラジンさんのことなのでは?白龍さんに彼らのことを指さしながら視線を送ったら、すぐに意図を察したらしくコクリと頷いてくれました。そっか、共通の知り合いというのもやっぱり彼らのことで……なんか、あんまり仲良くなさそうだけど……?
アラジンさんとアリババさんがお店の中に私たちしかいないからって大戦争を始めたので、白龍さんは私の手を引いてお店の一番端っこのところに移動しようと提案してくれました。このお店は至るところに色んな形の席があって、どこにでも座りたくなっちゃいます。でも今はカップケーキがあるからと、向かい合わせに座れる鉄の丸テーブルに鉄の椅子を選びました。
私の椅子を引いて座らせてから、ちゃっかりカウンターの中にまた勝手に入ってスプーンを調達しているところを見ると、白龍さんはこのお店にはかなり慣れている様子です。アリババさん作のこれまた可愛らしいカップケーキを観察しながら言いました。
「あの、白龍さんのお友だち、楽しい方ばかりですね」
「いえ……あなたをここに連れてきたこと、既に後悔しています」
「?そうなんですか。でも、白龍さんのお友だちのことを知れて、私はとっても嬉しいです。白龍さんのこと、私ってまだあんまり分かってないので……」
白龍さんは私のことをなんでも知ってると言うけれど、その逆は全くです。さっきのアラジンさんとのやりとりでも結構イライラした感じになっていたけど、なんだか顔色を悪くしている白龍さんの左手を握り、控えめに“おねだり”をしてみました。紅玉お姉さまにも言われたことだし。
「白龍さんのこともっと知りたいです」
「……そうですね、確かに俺は聞かれたことしか話してこなかったので。しかしそれがあなたに言うべきことなのかどうか、話していいことなのか、判断に迷う場合もあるわけで」
「私は全部聞きたいです。……白龍さんがよければ、ですけど」
「ええ、そうですよね。なので、少しでも気になったことがあればあなたの方からどんどん聞いてください。俺もなるべく自分から話すようにはしますから」
白龍さんは例に漏れず私のカップケーキをひと匙すくって口に含みました。もちろん私に断りを入れるのを忘れずに。そういう決まりなら全然気にしないのに、律儀な人だと思います。白龍さんは、いい人です。そう、いい人。
……私の目の前では、すっかりいい人です。
「さっそく一つ聞いてもいいですか?」
「はい、もちろん」
「……その、」
私、今、何を聞こうとしてんだろう。考え直してやめました。こういうことってあんまり聞かない方がいいような気がしてきました。私は今のままで満足しているし、たとえ白龍さんに他の誰かがいたって、私が口出しできることではないのです。アラジンさんの言葉から推測すると、白龍さんはやっぱり私には想像もできないくらい経験豊富みたいだけど、そんなことは分かっていました。分かりきっていたことです。でも、どうしてこんなに苦しいんでしょう。でも、でも、この苦しさは、私が心の中に閉じ込めておくべきことだと思うから。
「……やっぱり大丈夫です」
「いいんですか?遠慮せず、なんでも聞いていいんですよ」
「でも、聞いたところで……」
「あなた、さっきから何か考え込んでいますけど、それと関係があるんじゃないですか」
「……」ばれてた?
「関係、ありそうですね」
私ってあんまり表情が変わらないことで私の中で有名なんだけど、確かに最近は笑うことも多くなってきたような気がするから、それ以外の表情も豊富になってしまったのかも。そのせいで、考えごとをしていたこともバレバレになってしまいました。表情とは不便なものです。
「話してください。そうあからさまに隠されると逆に気になって仕方がない」
「……怒らないですか?」
「黙ったままの方が怒ります」
真剣な顔で言われました。本当に黙ったままだと怒られそうな気配がします。白龍さんの言うことなら従わなければいけません。私は意を決して言いました。でも直接的にじゃなくて、少し回りくどい言い方で……言葉を選んで……。
「……私って、何番目、くらいなんですか?」
こんな質問をしたところで、白龍さんは私が一番って答えるに決まっているのに。私をお嫁さんとしている以上、私の前ではそう言うに決まってる。それなら、もっと踏み込んでみる?でもどんなふうに?そうやって言い方を考えているうちに、私の口は既に続きの言葉を話していました。
「こんなの、聞いていいことかわかんないですけど、白龍さんって、……その、私だけじゃないですよね?きっと」
もっと直接的に言うと、他にも女の子いますよね……って、おそるおそる口にしたところで、次の瞬間息がつまりました。

白龍さんが、これまで見たこともないような顔をするから。


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