18*
こんなふうにやっていたっけ、あの子は。
「……はぁ、……はは」
こんなに想っているのに、こんなに愛しているのに、嘘偽りなく言葉にしているというのに、行動に示しているというのに、彼女には最初から半分も伝わっていなかった……かもしれないということに気づかされた。
「……私って何番目くらいなんですか?」
頭が痛い。
「こんなの聞いていいことかわかんないですけど、白龍さんって、……その、私だけじゃないですよね?きっと。もっと直接的に言うと、他にも女の子いますよね……?」
頭が痛い。
「でも、だからどうというわけじゃ……ないんです。本当に、気になったから聞いてみただけなんです。私は別に白龍さんの一番になんてならなくてもいいし……白龍さんにはもっと相応しい人がいると思うし……」
「私のこともあんまり優先しないで大丈夫ですから……もっと他の人やことに時間を使ってください。私も白龍さんにあんまり依存し過ぎないようにしなきゃ、ってずっと思って、」
「白龍さんのこと、信じてるのに信じられないんです」

……先日の会話の後から一人でいるのが本当に怖い。考えたくないことを考えてしまう。被害妄想か?これは。しかし、そう思ってしまうくらい、彼女の吐露はとてもじゃないけど受け入れがたく、それはもう視界が真っ白になるほどの衝撃を受けた。頭をぶん殴られたような鈍痛が視神経を眩ませた。おかげで癇癪を起こしたくなるほどだ。俺がこの想いに気づいてからは誠心誠意向き合って接していたはずだった。他の女も一切合切切り捨てた(物理的に)。というか、思えば俺は彼女を拾ったあの日から、ほとんどの時間を彼女のために当てるようになっていた。そうだ、最初から、愛着が湧いていたのだ。そうでなきゃ自分の家に匿うなんて真似はしない。愛着が愛情に変わるのも時間の問題だったろう。でもこれだけは誓う。今の俺はもう潔白だ。浮気などもってのほか。他の女は全部(物理的に)切ったんだから、赤琉のことしか頭にないのに。あの子はどうして、そうやって、疑いにかかるのだ。
俺ってそんなに浮気性っぽいか?いやまあ同時に何人も関係を持っていたこともあるからその点については認めるが、なにも、なにも、プロポーズした日に言わなくてもいいじゃないか。いやまあ、早いうちに言ってくれたお陰で迅速な対応ができるからいいんだが。いくらなんでも心の殻が硬すぎだ。そんなもの俺がとっくに破っていたと思っていたが、さらに奥にはもっと頑丈なものが待ち受けていたと。人間不信というのも違う。赤琉はあの家から連れ出した俺を一応は信頼しているようだ。信頼しとっくに慕っているからこそ、俺の褒め言葉も愛の言葉も真に受けられない、らしい。たとえ嘘であった場合、耐えられないからとでも言うのか?俺の愛情は決して嘘なんかじゃあないのに。嘘であった場合を想定して逃げ道を作っている、とでも?真に受けなければ余計に傷つかないからな。そうやって自分を守ってきたのだろうか。今までずっと。だからこそ「信じてるけど信じられない」らしいが。
毎食作って、毎朝起こして、毎日面倒を見ている俺のどこに他の女を作る余裕がある?もはや今の俺は赤琉のためだけに生きていると言っても過言ではないのに。いっそのこと俺の首に首輪をつけてあの小さな手に手綱を握らせたい。俺が監視部屋に入って四六時中見張らせておけばさすがに信じてくれるだろう。過去の黒歴史はひとつ残らず全部首を掻き切って葬ってきたというのに、それだけでは足りなかったか。彼女の目の前で殺れば良かったのだ。そうだ、今までの言動で伝わらないのなら、もっと踏み込むまでだ。多少彼女の心をこじ開けてでも。幼い子供のように純粋な瞳で俺を見上げる、愛おしい健気なあの子にはまずはひたすら想いを伝えなければ。本気だということが分かるまで。
「おまえヤバ。成人しても情緒不安定かよ、ババアがほっとけない理由がわかるぜ」
「……」
「それよりさぁ、おまえが作った寒天ゼリー食いたい。桃のやつ。だから作れ」
「……」
「白龍クン?」
「……」
「溜まってんなら抜いてやろうか?」
「死ね」
既に剥き出しになって本体から切り離された温かい心臓にナイフを突き立てた。さっきまでここで気持ちよさそうにくつろいでいた男だったものは、今や調理用の豚のように骨と肉に捌かれそれぞれが床に整列させられている。刃渡りたった10cmのナイフ一本でこれをやりきるのは相当の労力がかかった。ここから彼女はさらにミンチ状に叩き潰しているんだから、徹底的な殺意だったことだろう。血溜まりはもう広がりきって、その中央で座り込む俺の手は子供が水場で遊ぶように血を優しく撫でている。同じ赤なのに何も感じない。これと何が違うのか全く分からない。けれど俺はもう赤琉のにしか心が動かなくなってしまった。……次の生理が待ち遠しい。いや、どちらかと言えば来るのが怖い。俺は正気を保っていられるだろうか。
「なぁ〜お前がやるはずだった仕事、何個か頼まれてやっただろ!ゼリー食いたいの俺は!」
「……」
「しょうがねぇなあ、何して欲しいんだよ白龍サマ♡今ならなんでもお願い聞いてやるぜ」
「……肩が凝った」
「無駄に解体してっからじゃん。紅覇よりかは丁寧だけど。なに?こいつに嫌なことでも言われちゃったの?お〜よしよし、可哀想に。肩だけと言わず俺が全身マッサージしてやるよ」
「……」
床一面の血など視界に入っていないかのようにぺちゃぺちゃとブーツの音を立てて俺の背後に回り込む口うるさい男。ジュダルは己の好みそうな銀の金具の付いた純黒のタイトなジャケットをジャラジャラと音を立てながらその辺に脱ぎ捨てると、俺の両肩に手を置いて乱雑に揉み始めた。全身に力が入らず、全く身構えていなかったこともあり、その刺激についぞ虫唾が走って、丸めていた背中が思わずピンと伸びた。すぐに奴の手を振り払うと「お前が言ったのにぃ」と文句を言いながらも今度は両手の拳で軽くトントンと叩き始める。さっきのよりはマシだ。それにしても、いつにも増して従順に動く男だな。そんなに俺の気を惹きたいのか?なんでもいいが。血溜まりを見つめながらしばらく人形のように黙って肩を打たれ続けた。そうしていると、何故か正気に戻ることができたので立ち上がった。こんなことをしている場合ではない。任務は終わった。早く帰らねば。
「シャワー浴びんの?」
「……着いてくるな」
「背中流すぜ」
「必要ない。そもそもお前、どうしてここにいる?」
ジュダルは、一応は『白苑』の人間だが最近は特に母上の厄介から逃れるために『紅苑』の人間にちょっかいをかけている様子だった。だから今日も俺の任務に加わる予定にはなかったはずだが。……ああいや、そもそもこいつに予定通りの行動を期待するものではなかったな。
「今回のさ、白龍には人数が多くて大変かもって雄にぃが言ってたから来たんだ。最近お前の顔見てなかったし?けどお前、全部やっちゃうから俺の出る幕なかったじゃーんって文句言うために一応合流したら、おもれぇことになっててウケるって感じ?敵ボスはバラバラだし白龍は魂抜けてるし……」
ダラダラとした口調で懇切丁寧に説明をしてくれる。思った通り気まぐれか。来るなと言ったのに当たり前のように全裸で浴室にまで入ってくるから、もう拒絶するのも面倒になって全部こいつにまかせるか……と服を脱ぎ捨てながら思った。やはり、ジュダルは俺が何かを言う前に俺を猫足バスタブの中に入れさせシャワーの前まで誘導し遠慮なくぬるま湯をぶっかけ始めた。下を向いていたおかげで初手で目に水が入ることはなかったが、すぐに頭上がら水が伝ってきたので目蓋を下ろした。暗闇の中、頭や体を洗われていく感覚にただ棒立ちするだけの俺に、飽きもせずひたすら話しかけ続けるやつ。
「にしてもさあ、お前、結婚するからもう遊べねぇと思ってたけど案外暇そうだな」
「……」暇なものか。
「お前の雄兄ぃや蓮兄ぃが結婚した時もそうだったけどさ、寂しくなっちゃうなぁ。なのになんだよその陰気くせぇ面はよォ。痴話喧嘩でもしたのかよ?おおっ!?なんだその手は!図星かぁ?後先心配なってくんだけど」
「……」
「てか白龍がこんなに沈んでんのって、ババアとやり合って家出した時以来じゃね?マジでなんかあったの?俺は別に興味ねぇけど。なぁ、いい機会だから悪いやつ全部出しちまおうぜ」
「……っ、おい」
ジュダルの手がいきなり俺の両手を拘束したかと思えば、慣れた手つきで後ろ手にタオルできつく縛られた。すぐさま目を開けるとあからさまに下半身に手を伸ばすのが見え、抵抗しようとするも膝裏を蹴られたことで真下に座り込んでしまい、その衝撃で上体のバランスが崩れてしまった。ジュダルの長い手足が、器用に浴槽の中に俺の体を固定して、泡のついた手でここぞとばかりにそれを掴みあげた。ああ、完全に気を抜いていた。こいつならやりかねないのに無防備になるわけにはいかなかった。
「ん、はぁ、っあ、……ジュ、ダル、何して」
「なにって。だってお前俺の話ぜんぜん聞いてくんねぇし、反応なくてつまんねぇし」
「やめ、ろ、!っはぁ、っん、ん、」
上から覆い被さるように、背中にぴったりとくっついて体重をかけてくるから、こんな抵抗などものともしない。湯の流れ続ける浴槽の中ではまともに踏ん張ることも出来ず、目の前の壁に額を押し付けながらひたすら行為が終わるのを待つ。不満をぶつけるように乱暴に手を動かしているにも関わらず、気持ちのいいところを完全に把握されているみたいに片手だけで良がる俺のなんと無様なことか。
「ぁ、っあ、……ん、ジュダ、ル……!」
「なあ俺ゼリー食いたい、食わせて」
「わかっ、た、わかった、から……っ〜〜!」
耳元でこの期に及んでそんなことを呟く奴の声に必死に返事をしながら、徐々に迫り上がる感覚にぎゅうと目を閉じて、……思いっきり射精した。はあ、はあと肩で息をする俺を見て、満足したかのように嬉しそうに顔を覗かせるジュダル。さっきまでとは打って変わって、子供のような無邪気な笑顔だ。
「すっきりした?」
最悪だが。

「ジュダル……責任とれ」
「仰せのままに〜♡」
「……はぁ」
浴室から出ると、さっきまでこのホテルの一室に転がっていた肉や骨や血は跡形もなく姿を消していて、元の人が入る前の清潔なスイートルームに早変わりしていた。このホテルが組織の管轄下ということもあるのだろうが……ジュダルが初めから掃除屋を連れて来ていたらしい。仕事が早すぎる。それならもう少しだけ長居できるかと考えてしまう俺は、どうしようもなくこの男に感化されている。そのことに心底腹が立つ。
「ははは。欲求不満ってツラしてる」
「お前がそう仕向けたんだろうが」
「ええ?違うだろ?そりゃ」
自分から後ろ向きにベッドに倒れ込んだ様子を見て、最初からこのつもりだったのかと気付かされ、深いため息が零れた。寝ながらバスタオルをとっぱらって、俺が指示するまでもなくさっき清潔にした後ろの穴に自前のローションを塗りたくり、子供のように両手を広げて俺を待ち受けるジュダル。歩き出した拍子にはらりと落ちたバスローブはそのままに、膝からベッドに乗り上がると、ジュダルは咄嗟に起き上がって、さっきは乱雑に扱いたそれを口の中にぱくりと含んだ。「ん、あむ」とわざとらしい声を出しながら、丁寧に、徐々に舌を絡ませ、一気に喉の奥まで飲み込んで、熱を持った唾液をたっぷりと塗りつけていく。相変わらず手馴れたものだな、忌々しい。ほどよく硬くなったところでジュダルは再度寝転がって足を開くと、俺の手を臀まで誘導させた。数度往復させただけでもうヒクつかせる。欲求不満はお前じゃないか。指を一本二本と侵入させて、既に開発されつくした奴の穴をほじくり返す。
「んっ……もぉ、いいよ、白龍」
「……」
「なぁ、はやくぅ」
指を抜く時も、棒を挿れる時も、ジュダルはいちいち甘い声を出して俺を煽るような真似をする。はぁ、はぁ、と仔犬のように舌を出して、口呼吸でリズムをとる。玩具を相手にするかのように遠慮なく打ち付ける俺に対して、痛がる様子もなく顔を紅くして嬉しそうに良がる。なんだこいつ。久しく生の内臓に挿れずにいたことで迫り来る気持ちよさに抗えず、ぐ、ぐと奥に擦り付けるように無心で動いているうちに、どういうわけか……俺の両目から得体の知れない液体がぽつりぽつりと落ちていく。今の俺はまるで感情の制御が効かないようだ。完全に無意識に出たそれは、真下の割れた腹に次々に着地した。計画通り、とでも言うような……俺に組み敷かれていながら相変わらず人を小馬鹿にするような笑顔をしているのに、俺を見上げる目は優しい。発する言葉は甘い。俺をいい子いい子と慰めて、なんの得になるんだか。
「……ん、いっぱい、んぁ、泣けよ、白龍……おまえの泣き顔って、かわいいからぁ、ん、見てて飽きねぇんだよなぁ、あはっ!……へへ、兄貴じゃねえけど〜?っうお」
「……もう、いい加減だまれ」
頭を押え付けるように髪を掴んで、片脚を抱えて律動のスピードをあげる。でもコイツには全部効果しかなかった。
「ぁあっそこそこ!そこ……っん、あ、っや、きもちぃ〜……♡白龍、愛してるっ!」
「……おまえ、マジで、なんなんだ……」

二度目の射精を奴の腹の中で終えた後、スッキリするどころか盛大に押し寄せる後悔の念に押し潰されそうになりながら、未だ呆然と座り込んでいた。もうあの子としか寝ないと決めていたのに最悪だ。最悪すぎる。死にたい。マジで死にたい。そんな俺を後ろから抱きしめるように腹部をすりすり触る男。いやらしい手つきである。
「白龍も、ここトントンしてほしい?俺にバックで掘られるの好きだろ?」
「やめろ。触るな。好きじゃない」
「ええ?前回もさぁ、てかいつもそうだけど、枕に真っ赤な顔押し付けてさぁ、ん♡ん♡ってえっちな声出してたもんな」
「出してない。消えてくれ」
「ええ〜なんで。キス我慢してるだけ偉くね?だって、それはもう嫁のもんだかんな。俺って良識ある〜!ってことでさぁ」
「……もうお前とは寝ない。二度と」
「なんで!なんで!」
当たり前だろうが。駄々を捏ねても無駄だ。お前のことは前々から嫌いだと思っていたが、今はもう大嫌いだ。早く帰れと言いたい。
「もう俺と遊んでくれるの紅覇くらいだぜ?雄兄ぃたちはたまに構ってくれるけどよ、でも俺は白龍が一番だったのになぁ」
「他を当たれ」
「ま、いいか。最近アラジンのやつも金貢ぐだけで簡単に言うこと聞くようになったし。あいつさ、女にしか興味ないふうにしてるけど、結構そっちの才能もあるって気づいちゃったからな〜俺」
「要らんことを喋るな」
「って思ってこの前抱いてきたんだけど、あいつ白龍クンのほうが優しかったって言い出しやがって俺マジで白目剥いたからな!俺だって嫉妬くらいするんだぜ?お前らヤッたことあんのかよ!てかなんでアイツなんかに優しくしてんだよ白龍!ってことで余計にイジメてやった」
あのクソガキも要らんことを喋りやがって。袖に腕を通しながら舌打ちをした。
「……にしても白龍が初恋か〜。お前そいつのどこ気に入ったの?」
「……」
「嫁と一緒にいる時のお前、まんま犯したくてたまんねぇって顔してんぜ。ほんとに好きなんだな。だってセフレにも俺にもあんな顔しねぇもんお前。でも上手くいってねぇんだろ?だから俺が慰めてやったんだけど」
「……は?」
いつ、どこで、見られていた?
「白瑛も紅玉もみんなかわいいかわいい言うから気になっちゃってさぁ。確かにかわいいかもな?俺には適わねぇけど。でも白龍が好きそうってのはなんとなく分かったぜ」
「……」
「白龍、アレが大事なんだろ?そんなら俺が手ぇ出しちゃおうかな〜って、なんつって……」
なんてガキっぽくて分かりやすい誘導だ。俺をわざと怒らせようとしている。ならばと思い、手頃なコードをひっ掴んでふざけたことを抜かす奴の首を締め上げると、やっぱり嬉しそうに「怒った怒った!」とはしゃぐ馬鹿。しかもさっきより恍惚な顔をして、首を締められたまま自分で自分を扱き始めた。弩級の変態だ。
「おまえ、最高♡ぎもちぃ……っイグ、イク」
「……気持ち、悪いな」
「ん、ぁあ゛もっと、言って♡」
「そろそろ死ね」
「ん゛!っ〜♡……ぁっ、っ〜〜……♡」
ジュダルは俺の手の中で息絶えた。


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