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「白龍さんは殺人衝動があった時はどうやってやり過ごしてますか?」
「やり過ごしません。その場で殺します」
「……そういうところ、すきです。でもためになりませんでした。おやすみなさい」
「待って、今のもう一回お願いします」
「うぇ」
首根っこを掴まれました。息が詰まって怯んだ私を連れ戻し、膝の上に座らせました。じっと見つめられています。まつ毛がゆらゆらと揺れています。おねがい、もう一回、なんて子どもみたいにおねだりされたので、さっきの言葉を思い出して口にしました。
「白龍さん、おやすみなさい」
「わざとやってます?」
ふてくされるかわいい白龍さん。
「……すき」
正面から抱きついたら、同じように手を回されてぎゅうぎゅう抱きしめられました。唇を合わせ、しばらく触れ合ったあとに「うれしい」なんて言いながらいたずらっぽく笑う白龍さん。そんなこと言ったら私もです。恥ずかしいから言わないけど。


白龍さんの膝にまたがるようにしながら、胸板に寄りかかってお話をしました。
「最近むかむかすることがあった時に、すぐに手元に何か手頃な凶器がないかを探してしまうんです。たぶん殺しが日常の一部になってしまったから、このままだと私はいつか学校で人を殺します」
「学校で、何か嫌なことでもあったんですか?」
「クラスメイトの一人に目をつけられているみたいなんです。……この間の校外学習で私が白龍さんに買ってもらったかばんを持っていったから、それをきっかけに話しかけられるようになって」
「それがどうしてきっかけに?」
「彼女の好きなブランドらしいです。でも、とても手が届かなくて本物は一つも持っていないって。それなのに、私が持っているから」
「はい、はい」
「どんな手を使ったのって言われて、おうちの人に買ってもらいましたって言ったら、おうちに遊びに行きたいって言われて、おうちはダメなのって言ったら、赤琉ちゃんのいじわるって言われて、いじわるじゃありませんって、しばらくそんなやりとりをしてたら泣いちゃいました」

「……クラスメイトの子をいじめちゃいけませんよ」
「いじめてません」
「あなたは元から並々ならぬオーラを纏っているので、少しはっきりと物を言うだけで気圧されてしまうんです。貧乏な家庭で育ち、俯きがちな性格をしていたあなたが、これまで虐待もいじめも経験して来なかったのは……そのおかげだと思っています。俺は」
「……私にはそんな能力があるんですか」
「能力というか、魅力?」
最近の白龍さんはすぐに私を褒めてくれます。慰めているつもりなのでしょうか。おだてているつもりなのでしょうか。嬉しいからなんでもいいです。


「でも、私、その子となんだかお友だちになれるような気がするんです」
「ほう?」
「その子は私のことが嫌いじゃないみたいだから。私も本当は嫌いじゃないし。実は他のクラスにも同じような子がいて……私と仲良くしたいって」
「それはいいことじゃないですか」
「……いいことなんですか?」
「友人ができることを悪いという人はいませんよ。本人がいらないと言うのならまだしも」
「私って、お友だち作ってもいいんですか」
「いいですよ、そりゃあ。今あなたがどう思っているかはともかくとして、アリババ殿やアラジン殿らは既にあなたのことを友人だと思っていると思いますけど」
「あ、いや……その二人はもうお友だちです。私が言いたいのは、学校でのことで……」
「?学校でも変わりません。作りたいなら作ればいいでしょう?」

「でも……私は、私と一緒にいたら、危ない目に遭うと思って今までずっと避けてきました。他人のことは興味ないって思っていたし……」
「それは、あなたに殺意があるからですか?」
「分かりません。私が自分の中の殺意に気づいたのはお父さんを殺した時が最初です。でも、もしかしたらずっと前から似たような感情を抱いていたかもしれないです。それが爆発してついうっかり手を出さないように、無意識のうちに自衛というか他衛をしていたのかもしれないです。そうやって行動してたら、結果的に一人ぼっちです」


「あなたは人と関わることを無意識のうちに避けていたんですね。そう、他人に興味がないような振りをして」
「……たぶん」
「まず、あなたは一人ではありません。それは前提として」
「……ん」
「あなたは俺が紹介したどの人とも仲良くやっているじゃないですか。彼らは学校の人とは違う……というのはおそらく組織に関係のある者なら自分は特に危険な存在ではない、だから普通に話しても大丈夫、とか、そんなことを考えているのでは?」
「そうかも……です」


「人と関わることは、あまり苦手ではないように見えますけどね。初対面では人見知りするようですが、……ご自身ではどう思います?人と関わることについて、何を思うかという話です」
「……よく分かりません。良い時も悪い時もあるし、……でも、ふと気づいたら殺意に変わりそうな予感がする時もあって、落ち着いて話せる人以外はあんまり考えないようにしてて」
「赤琉、あなたは殺意をネガティブな感情だと思い込んでいませんか?」
白龍さんの言うことが今度こそ分からなくなりました。全く理解していないけど理解しているふうな表情を演出しようとして微妙な顔になったのを、白龍さんは面白がるように頬をつついたり、つまんだり、

「俺の話をすると、俺はよく嬉しさからくる感情を殺意と取り違えることがあります。なので、人を殺す時も笑う癖があるようで」
「……サイコパスですか?」
「まあ否定はしませんが」
否定されなかった。
「嬉しさ以外にも、まあどんな感情でもいいんですが、それと殺意がごっちゃになるんです。たとえば嬉しい時、人を殺したくなる……と思う。それもたまにじゃなくて、割と頻頻に」
「……へんなの」
「実はあなたもそうなのかもしれませんよ。そもそも人を殺したくなる理由なんて怒りや恨みだけじゃあないでしょう?あなたはどんな時に人を殺したくなりますか?」
「なんか、感情が、ごちゃごちゃしたときとか」
「そうですか。これは単なる俺の推測ですが」

「クラスメイトと仲良くなれそう。仲良くなりたい気持ちはある。でも自分は関わっちゃいけない。その者に危険が及ぶかもしれないから。そのせいで緊張して上手く言葉にすることもできない。どうやってこの場を乗り切ろう。考えもまとまらない。頭の中がごちゃごちゃする。じゃあ殺そう……って、感じですか?」
「……」
白龍さんの言葉は、傍から聞くと意味不明でロジカルじゃなくて馬鹿馬鹿しい感じでしたが、なんだか不思議と腑に落ちるような気がしました。今の言葉を頭の中で反芻させながら、目の前の鎖骨に指を滑らせてみます。

「俺が幼い頃、母上は庭に生えた桃の木から、実が落ちた数だけ人を殺したことがあります。動機は“桃の実が落ちたから”です」
「……桃?」
「もちろん母上は桃になんの恨みもありません。殺された者たちは組織には差程関係のない人物でした。けれど、母上は実が落ちたから殺した、と当時の俺にはっきりと言いました」

「つまり実際に動機などなんでもいいんですよ。逆に言えば、どんな種類の感情でも殺意に結び付けられるということです。母上のみならず、俺らはそういう側の人間なんです」




「そう言えば部下がそんなことを報告していたような。」
「部下さんは、学校の中にも入ってきているんですか?」
「警護には色々な方法があるんです。例えば、監視カメラがある場所は全て俺の視界に入ります」
「……女子トイレを覗いていたんですか?」
「……」
「ふふ。へんなかお」



「あなたはそのクラスメイトをどうしたいですか?こうして色々と悩むのも癪でしょう。ご希望とあらばこちらで消すこともできますよ」
「そ、そんな……白龍さんに介入してもらうほどじゃないです」
「でも俺にわざわざ相談するということは、結構真面目に悩んでいるのでは?」


「俺からひとつ言えることは、本当に人を殺したくなった時は、殺そうと思う前に勝手に体が動いているものです。あなたもそういう経験があるでしょう?」
「……うん」
「あなた自身の自制心のみならず、その場の環境や周囲の人間の存在によって、殺意は簡単に揺らぎます。そうやって、まだ凶器を探す余裕があるのなら大丈夫ですよ」
白龍さんは、私の手をそれぞれ正面から握って指の間をぎゅうと握り締めました。
「知っていました?あなたのこの細くて柔い両手も、十分凶器になり得るということを」
いざその気になったら素手で殺せという教えを頂きました。



「学校の人で、ひとりだけ普段通りお話できる人がいるんです」
「そうなんですか。それは、誰?」
「ジャーファル先生です」
「先生……ね」
白龍さんは変わらず私の手を握り続けています。彼のまとう空気に微妙な変化が訪れたこと、私は気づくことができませんでした。
「ジャーファル先生は優しくて、よく私を気にかけてくれるんです。教室にいられなくなった時、保健室でよく話を聞いてくれたりして、一緒にいるとなんだか居心地がよくて……」
ここまで言ったところで、すぐにハッとします。
「ち、違うんです。変な意味じゃなくて、いいひとってことを言いたいだけで……信じてください」
「疑ってなんかいませんよ。担任なら生徒の話を聞くのも世話をするのも仕事のうちでしょう。しかし、居心地がいい……ですか。そうでしょうねえ、彼は」
「……?」


三者面談です。私には両親がいないから、白龍さんが手配してくれたという組織の人を保護者代わりにすることになりました。ていうか、たぶんそれは白龍さんの部下のことなんだと思うけど。いつも覆面をしている彼らはもちろん顔が割れている心配もなく、私がひたすら寡黙で居続ければ、勝手に遠い親戚のフリをしてくれるらしいです。私の面談は今日の一番最後に割り振られたので、それまで私は図書室で過ごしていました。時間に合わせて教室に来てくれるとのことだったので、一応お待たせすることがないように、十分前には到着する予定でいたのだけれど……教室のある階についた時、なにやら様子がおかしいことに気づきました。放課されてからかなり時間が立っているのに、生徒の数が多いのです。各々部活動のユニフォームを着ていたり、私と同じように制服のままだったりと格好は人それぞれでしたが、彼らは皆一様にある一つの方向を見つめていました。
そこには人がいました。生徒じゃありません。先生でもありません。この時間だからすぐに誰かの保護者とわかったけれど、それがまさか私のとは最初は思いませんでした。だって、そこにいたのは明らかに普通と雰囲気が違う人で、まるで有名人が間違って校舎に入ってきちゃったみたいな空気をまとっていて、……ていうかそれは他の誰でもなく白龍さんその人でした。サングラスをかけているけど、私には分かってしまいました。廊下の壁に寄りかかって、どこか一点を見つめながら腕を組んでいます。生徒より一回り背が高いので、モデルさんか何かがカメラの前でポーズを決めているのかと思いました。息をするように女の子たちの心を奪っていくの、やめてください。でも、そんなのも仕方ないと思えるほど、白龍さんはかっこよかったです。いつもは比較対象がいないから分からなかったけれど、彼ははたから見たらこんなにオーラが半端ないひとだった……。
じゃなくて。このままだと面談の時間が始まってしまいます。意を決して生徒たちを避けて教室の方に向かっていきます。図書室で借りてきた本を顔の横に

両目を見開いてぽかーんとお口を開く私が面白おかしく写ったのか、彼はけたけたと笑いました。
「なんでここにいるんですか」
「何って、三者面談ですよ」
「で、でもこんなに人がいっぱいいるのに。影武者のひとは……」
「変装しているので」
火傷痕を隠してサングラスする以外はいつもの白龍さんなのに変装もくそもありません。オーラとか、存在感とかはまるっきりいつもの白龍さんです。おかげでこんなに視線を集めています。たぶん校門に入った時から注目を集めて、スターが後ろにファンを引き連れるみたいに、生徒をいっぱい連れてきたに違いありません。いつか話していた、学校に登校する度に集られていたというのはきっとこのことだったのです。白龍さんのオーラにはたぶん引力が含まれてます。ブラックホールの簡易版です。
「さっき生徒の一人に聞きましたが、あなたの担任は一旦教員室に戻っているそうです。教室の中で待ちましょうか」
「は、はい。そうします」
彼が教室のドアに手を伸ばした拍子に、キラリと何かが光るのが見えてしまいました。白龍さん、左手の薬指に、指輪をはめたままだ。初めて来るだろうにそんな素振りも感じられないほど堂々と、それでいておしとやかに音が立たないようにドアを開け、教室の中に入っていく白龍さん。私も続いて中に入ったのを確認すると、これまた静かにドアを閉めました。三者面談用に向かい合わせになった席に向かうでもなく、窓に近づいていきます。窓枠に対して腰の位置が高くて……なんか、この教室が幼く見えます。サイズ感が中学生用に見えるというか、そんな感じ。私はとりあえず自分の席に座りました。真ん中の、後ろらへんの席です。

「白龍さんも変装までして表に出てくることがあるんですね」
「直接話したいことがありましてね」
「……?」
私の担任の先生と?
そんな、何を話すんだろう。まさか本当に彼本人が保護者を演じてくれるの?

「お待たせ致しました。おふたりとも」
急に、声がしました。あれ、と思います。今、教室のドア、開いたかな。そんな音はしなかったのに、いつの間にかジャーファル先生が教室の中にいて、黒板の前、教卓の横に立っています。こんなふうに人が急に現れるのと同じ感覚をどこかで……そう、この、忍者みたいに出現をする人を私は他にも知っています。いきなりだったから、とっても驚きました。でも白龍さんは驚く様子もなく「おや」とわざとらしく声をあげ、窓から離れ、私のそばまでやって来て、隣の机に寄りかかりました。長い足を組んで。
「“お久しぶりです”。ジャーファル殿。先日はうちのジュダルがお世話になりました」
だんだんと、少しづつ頭が傾いていきました。何を言っているの、白龍さん。


「驚きましたよ……ばっちり見ていました。あなたが校門から入ってくるところ」
「隠れるつもりはなかったのでね。……そう警戒なさらないで。どうぞ、体の隅々までお調べください」
「ええ、そうさせていただきます」
ジャーファル先生はいつも通りにこやかに微笑んでいます。なんとなく殺気立っているような気がしないでもありません。でも……思えば彼はいつもそうなのです。白龍さんが両腕を少し体から離したところで、先生はまるで警察官が取り調べをするみたいに彼の体をぺたぺた触り始めました。とても三者面談で行われるような行為ではありません。でも私には何となくわかりました。白龍さんは自分が武器の類を持っていないことを調べさせているようです。
「私のことは調べなくていいんですか?」
「先生、あなた学校に危ないものを持ち込んでいるんですか?そうなったら教育委員会にご報告せねばなりませんが……」
「まさか。持ち込んでなどおりませんよ、ご安心ください。しかし余程信頼しているようですね。私のことを」
「今日はやり合いに来たんじゃないんですよ。面談をするんでしょう?そのために参りました」
知り合いなのかな。よくわかんないです。



「死人の依頼を引きずってまで、情けをかけずとも結構です。彼女は既に我々の保護対象だ。『シンドリア』の出る幕はございません。手をお引き下さい」
「……」

どこかで聞いたことがあるような。

「彼があなたの担任になったのは偶然ではありません」

「あなたの母親……つまり氷川町は、あなたが何かよからぬ事に巻き込まれぬよう、『シンドリア』、すなわちジャーファル殿の属するマフィアに影から見守るように依頼したそうです」
「……」マフィア。
「貴殿ら『シンドリア』は大変懐が広く、一般人には手を出さないどころか他組織の危険からの保護も取り組みの一つとして掲げている。『煌』から逃れた者も少なからず存在していることは当然把握済みです。その件は単に見逃しているだけに過ぎませんが……あなた方の手腕は素晴らしいものだ。認めざるを得ません。しかし」

「氷川家の狂気は初めからあなた方の手に負えるものではありませんでした。はるか昔から家臣としてそばに従えさせていた練家のみが扱える血族です。たかが彼女が幼少期から特別な訓練を受けていたわけでもない、ただのか弱い子供だからと侮るなかれ。そんなこと、貴殿らは重々承知しているでしょうに、何故教師という差程強力でもない立場から彼女を見守ることを選んだのです?」
白龍さんは私の肩に腕を回し、引き寄せるついでになで上げるように手を首筋に移動させ、そのままの流れで頬をもみもみ揉み始めました。ねこちゃんみたいに可愛がる人。
「俺はもうこんなに懐柔しているというのに」
耳元で囁くように、けれどジャーファル先生にもはっきり聞こえるように、彼はそう言いました。

「町さんのことは?」
「とっくにお話致しました」
「そうですか」

「そうですね。白龍くんの言う通り、我々の読みが外れました。彼女が最初に誰かを暴くとしたら、その場所は学生の居場所である学校の可能性が高いと、判断したまでのことです。町さん本人もそう予想して主に赤琉さんの学内での監視を依頼し、我々に組みしました」
「まさか肉親を最初に手にかけるとは思わなかったと。お気持ちはよく分かります。それについては俺もかなり驚かされました」


「町さんは自らの死期を悟っていました。故に、初めからそれを前提とした上で私と契約を交わしています。契約内容は依頼主の生死に関わらず、赤琉さんがきっかり学生生活を終えるまで。私は決して情が移ったわけでも情けをかけているわけでもない。頂いた報酬分、契約を遂行しているだけに過ぎません」

「なんか、腑に落ちました」

「『煌』はお金持ちだから、下っ端とはいえきっと報酬もそれなりに貰っていたはずなんです。それなのに私の家があんなに貧乏だったのって、ジャーファルさんのところにたくさん貢納していたからなんですね。私を守るために」

「でも私がお父さんを殺したから、全部パーになりました」
変わらないテンションで話す私に、ジャーファル先生はただ口を閉じています。
「親不孝な娘ですね。母と地獄で再会したら、謝っておきたいと思います」
目の前のジャーファル先生にぺこりとお辞儀をします。
「今日までずっと見守ってくださりありがとうございました。さすがにもう……ここまでですよね」
「いえ。町さんは、もしも赤琉さんがこのことを知った時のことも話していました」
「……?」


「たとえ知られようが、拒絶されようが、あなたのご意思に関わらず我々の監視は続行せよとのことです」
そうなの?

「それって、白龍さんに……つまり『煌』にも知られている場合についてはどうなるんですか」
「『煌』のご意思に関わらず、続行せよとのことです。契約内容に守秘義務は課せられておりませんので今こうしてお話していますが、契約自体は書面を通じて行われた正式なものです。たとえ『煌』の介入があっても途中破棄は叶いません」
白龍さんに目をやると、彼は「……なるほど」と言いながら机にトントントン、三回くらい中指を落として考えごとをしています。
「学校を変えた場合も変わらずですよね、それは」
「通う高校、あるいは大学に関わらず、学生生活を終えるまでです。逆に言えば、今すぐ退学すれば我々の監視も今日までです。もちろん推奨はしませんが」


「でもあなた、学校には通いたいでしょう?」
「……あの。白龍さん」

「ジャーファル先生に監視されてたら、だめなんですか。私、ぜんぜん不自由とか感じてないです」
「そりゃあもちろん、避けたい状況ではありますね。なにしろ『シンドリア』の人間ですから、彼は」

「今はこうしてお茶でも交わすみたいに落ち着いて会話していますが、本来我々は一触即発の関係性なんですよ。先日も……ね」
さっきジュダルさんがお世話に……とか言ってたっけ。……あ、他でもない私のお母さんを殺すよう仕向けた人だ。その人とジャーファル先生に関わりがあるなんて思いもしなかった。まあ直接的にお母さんが関係している感じではないと思うけど。
「他組織との関わりは一切断ち切っておかなければのちのち面倒事にも巻き込まれやすくなります。それに……あなたが他の男に監視されているという状況が既に俺としては、……いえ、なんでもありません」
嫌なんですね。よく分かりました。



「ジャーファル先生は、どの範囲まで監視することになっているんですか?学校の中だけですか?」
「ご自宅以外です」
「……おうちいがい?」
「文字通り、ご自宅以外です。町さんとの契約ですので。あの日、ご自宅の中で起きた諸々はもちろん気がついていました。しかしご自宅の中に入ることはできませんでした。そういう、契約ですので」
「もしかして、じゃあその日白龍さんがお家に来たことも全部知ってたんですか」
「もちろん」
「私が白龍さんのお家に住まわせてもらっていたことも知っていたんですか」
「もちろん」

「あなた方が婚約関係にあるということも、知っています」

「……このこと、白龍さんは知ってましたか?」
「ええ。もちろん。なので影武者を用意する必要など初めからなかったのですよ。面倒ですし。直接話したいこともあったので、俺が出てくる方がスムーズにことが運ぶと思いまして」
「こういう場でないと、ゆっくりお話できませんからね。しかも私は校内ではろくに動くこともできない。いいお考えだと思いましたよ」

「ひとつ確認しておきたいんですが、もし赤琉が人に害を加えようとした場合、どのような措置を取ることになっているんですか?」
「基本は見守るだけですね。多少の害を加える程度なら干渉には至りません。たとえば、それが退学処分になるような害であれば止めが入ります。これには凶器の持ち歩きなども含まれます。表向きには生徒指導の一環として行われていますので、言うなれば他の生徒より多少監視の目が広く、なおかつ厳しい、という感じですかね。監視は校内だけに留まりませんので」
私って白龍さんの部下にもつけられているし、ジャーファルさんにも監視されているし、ぜんぜんひとりぼっちじゃなかったんだな、と思いました。じゃあねこちゃんに話しかけているところも、花びらの数を数えているところも、同じように見られていたということ……?事前に言ってくれればいいのに。恥ずかしいです。
「……」
白龍さんはとても考え込んでいます。無理やりにでも契約を破棄させるか、多少の監視は見逃してやるのか。どちらにするつもりなのでしょうか。私は正直どっちでも……。そういえば。
「あの、ジャーファル先生。お母さんと契約を交わしたのは『シンドリア』ですか?それともジャーファル先生ですか?」
「私です。『シンドリア』は関係ありません。ちなみに、あなたの母君と私がどのような関係にあったのかは言えません」
「へえ……」
だったらまだ可能性がみえてきます。

「それなら、契約相手であるジャーファル先生が死んだらどうなるんですか」

空気が張り詰めるような感じがしました。そう思ったのは私だけだったのでしょうか。ジャーファルさんも、白龍さんも、私の発言の意図をすぐに察したみたいな様子で、各々が慎ましやかに笑い始めました。先生は口元に手を当てて、白龍さんは私の頭を撫でながら。ひどいです。子供の言うことを笑うなんて。
「なるほど、赤琉さん。あなたが白龍くんに気に入られるわけが垣間見えましたよ。面白い子ですね、本当に」
そんなに面白いことを言ったかな。
「ジャーファル先生がいなくなれば、さすがに契約はなかったことになりますよね」
「なりますね」
「契約がなくなれば、白龍さんが色々悩むこともなくなります。それなら私は先生を殺したいです。……殺してもいいですか?」
「できるものならね。お好きになさってください」
もちろんそんなに簡単にできることではないけど。私は家以外で凶器を持ち歩くことはできないらしいから、素手か、凶器っぽくないもので殺さなければいけません。いや、結局契約をなかったことにするのだから、契約内容に縛られなくてもいいのか。いいんだっけ?

「あなた、可愛いことを言いますね。俺のためにってことでしょ?今の」
「……べ、べつに白龍さんのためじゃ」
「いいでしょう。ジャーファル殿、赤琉がこう言っているのだから、俺はこれに関しては手を引きます。ぜひお早いうちに殺されて差し上げてください」
「気が向いたら、考えてあげてもいいですよ」
「ただし」

「もしあなたの方から赤琉に何かしようものなら、その時は容赦しませんので。そのおつもりで」
おもむろに宣戦布告をする白龍さん。私がぽろっと発言した言葉でここまで話が進んでしまうなんて。

波乱の三者面談を終え、私たちは廊下を出ました。すっかり暗くなっているというのに、後ろからパタパタとかけよる音がしました。白龍さんが目線だけそっちにやるので、私は後ろを振り返りました。私が泣かせた子でした。
「赤琉ちゃん!も、も、も、もしかしてその人がおうちの、ひと?」
「……。はい、そうです。おうちの人です」
「こ、こんにちは」
彼女の言葉にあっさり振り返る白龍さん。
「いつも赤琉がお世話になっています」
「い、いえ。えっと、同じクラスの日向夏です」
少しだけぼうっと見蕩れる彼女。すぐにはっと切り替えて私の方に向き直りました。

「せ、赤琉ちゃん。ごめんね、あたし、こないだトイレで押しかけるみたいにいきなり話しかけて、びっくりしたよね。で、でもね、あたし口実とかじゃなくて、あのブランドが本当に好きなの!将来はその会社で働くって決めてるの!だから、今まで話したことなかったけど、仲良くなりたいなって、話が合うかもって思って、……そしたら赤琉ちゃんのことびっくりさせちゃったみたいで、それであたしの方もびっくりして」
「……」
「赤琉ちゃんは、きっと人と話すのがあんまり好きじゃ、ないんだよね。先生以外と話してるとこ、あんまり見ないし……今までそのことを考えてて、ずるずる引き伸ばしちゃってごめんね。今日はこの前のこと謝るために待ってたの。あ、あのね?あたしはまだ、赤琉ちゃんと仲良くしたいって思ってるよ!でも、それが嫌だったら、もうあたしの方から話しかけたりしないから、う、ううん、そんなのあたしはいやだけど、仲良くしたいけど、でも赤琉ちゃんは、…………ご、ごめ……あたしって本当に泣き虫なの……」
今日はまだ何も言っていないのに、彼女はまた泣き出してしまいました。白龍さんも眉を下げて困ったように笑う始末です。事情は話してあるからなんのことか分かっているようだけど、こんなにすぐ泣いちゃう子とは思ってなかったみたい。私はガサゴソとかばんの中を引っ掻き回してとあるラッピング袋を取り出しました。
「あの、謝るのは私の方、です」
「……え?」
「私は人と話すのは得意じゃないけど、べつに嫌いでもないです」
「……そうなの?」
「だから、ものを言う時、無意識に強い言い方をすることがあるのも……あんまり自覚してなくて、それでこの間は、その、泣かせてしまってごめんなさい」
せっかく丁寧に包んだけれど、もう既に役目を果たすときがきたので、その場でラッピングをといて中身を取り出す準備をしました。
「夏さんと仲良くなりたくないわけじゃ、ないの。それに、泣かせたいわけでもないし、お友だちになりたくないわけでもないの。私は……ひとみしりだから、上手く話せなくて、お友だちがいないだけ」
「そ、そうなの」
「これ、お詫びの気持ちです。この一週間、アルバイトして買いました。少し足りなくてこの人にお手伝いしてもらったけど。泣いたら、腫れちゃうので、……拭いてください」
「……えっ?このハンカチ」
中身を差し出すと、角のところにブランドロゴが刺繍されていることにすぐに気が付きました。
「今季新しく出たばかりのニューアイテムじゃない!カラー展開はいつも通り二色だけだけどオーダーを通せば周りのレースの色と刺繍糸の色が選べるからまさにプレゼントにぴったりのアイテムなのよ!それをまさか私がもらっちゃっていいの!?」
「お詳しいですね」
白龍さんは唐突に話に割り込んではにこっと笑いかけました。あ、これは外用の笑顔だ。だけど彼女の目を奪うのはそれで十分でした。
「赤琉、あなたと仲直りをするために自分でお小遣いを稼いで、日向色の刺繍糸を選んで、自分でラッピングまで用意していました。ぜひ受け取ってあげてください」
「は、はい。……うぇっ、……こ、こんなの、こんなの、うれしいに決まってるよっ!……赤琉ちゃん、なんていい子なの……?うわぁん」
私が彼女を泣かせた時より大号泣してしまいました。白龍さんが女の子いじめた。あーあ。

「赤琉ちゃん、また明日話そうね!」


「学校で、初めてお友だちができました」
「よかったですね。しかしこれでますます退学の道が遠のきました。あなた、本当に担任を殺る気があるのなら、……特訓でも致しましょうか」
「特訓?暗殺の?」
「ええ、紅覇殿ともそんな話をしたでしょう?しかも来週はいよいよ総会ですので……練家に嫁入りするための心構えを磨かねば」



白龍さんが後ろに視線をやっていることには当然気づかず。はるか廊下の先の物陰から様子を伺う女子生徒の姿にも、気づくことはありませんでした。


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