「白龍さんの元カノさんってどんな人だったんですか」
「……いきなりどうしました?」
「そもそも、白龍さんって、その、どんな人にもてもてでしたか。らぶれたーとかもらいましたか。体育館裏に呼び出されましたか」
「……女性はそういう、込み入った話は毛嫌いするもんじゃないんですか?」
「いいから教えてください!」
ケーキを食べ終わったというのに、未だアラジンさんに絡んでいるアリババさんは批評を聞ける状態ではないということで、仕方ないから彼らが落ち着くまで待つことになりました。明日からまた学校が始まるけれど、それほど遅い時間でもないし、私は白龍さんと一緒ならどこでも無問題なのです。
またまた勝手にドリンクを注いできた白龍さんに言われ、私たちは場所を移動して、今度は背の低いふかふかソファーに並んで座りました。座った途端にキスを迫られました。
「あなたには積極的に愛を伝えた方がいいと分かりましたので」
なんて笑顔で言われて、心の準備をする間もなく奪われてしまいました。白龍さんってやっぱり経験豊富だよなぁ……と思い直して、質問攻め開始です。
「学生時代は……まあ家庭教師もいたし授業は聞かなくても理解できたので、ろくに通った記憶がありませんが、登校する度に男女関係なくたかられましたね。偽名を使ったわけじゃなかったし、顔に火傷があるんで相当物珍しがったのでしょう」
ふと、思ったことを言ってみました。
「それは白龍さんがいけめんだから、もてもてだったんじゃないんですか」
「ん」
キスをされました。
「……すぐ、そんな、ことするなら、もう白龍さんのこと良く言うのやめます……」
「そうですよね、ここは人目があって気になりますよね。家に帰ったらたくさん触れ合いましょう。二人きりでたっぷりと」
「……」
距離をとろうと腰を上げたら、逃がさないとばかりに掴まえられました。同じ位置に座らせられました。にしても、さっきより密着しているような……。
「でも、白龍さんってちゃんと学校に行ってたんですね。今大学に行ってないみたいだから、どうなんだろうって思ってました」
「ああ、今は休学しているだけで大学には籍を置いていますよ。このまま何事もなければ、来年度からまた復学する予定です」
「……!?」
「今日もお昼時に紅玉殿とそんな話をしましたが、今年は兄上たちが立て込んでいて……通う暇などありませんでしたし。お陰であなたに出会えたのでラッキーでしたね」
初耳でした。白龍さんって本当に自分のことは話してくれないんだから。
「ちなみに、どこの……?」
「帝国大学です。こだわりはなかったので、とりあえず学歴のためだけに小中高とその附属校にずっと通っていました」
「ああ……」
とっても有名なお金持ち学校だあ……むしろ、そうでしょうねという感じです。帝大、すなわちレーム帝国大学はとんでもない名門校で、もちろん私には縁もゆかりもありません。なにしろ世界的に活躍する有名人はたいていそこに通っているほどの、名の知れたセレブ学校だからです。高校までは制服があって、それがとっても可愛いから実は少しだけ知っています。
「じ、じゃあ白龍さんの元カノさんってみんなお金持ち……?」
「金は持っていそうでしたね。俺が払うまでもなく向こうが貢いでくるので、媚びを売られているな、と虫唾が走りました」
白龍さんは媚びを売られると虫唾が走る。頭の中でメモをします。心は探偵気分です。
「お金持ちのお嬢様……それじゃあ、白龍さんの元カノさんって、可愛かったですか?」
「……」
「?かわいかったですか?」
「はぁ……。世間一般的には美人と言われる部類だったと思います。たとえばアラジン殿が飛びつくような……でもあなたには敵いませんので安心してください」
「分かりました」
いつもなら謙遜するところだけど、さっきあんなことを言われたばかりなので、自信満々なフリをして素直に受け取ってみました。何か言いたげなくせに我慢してぎゅうっと口を閉じる私に、「かわいい」と言いながらまた顔を近づけてくる白龍さん。さっきお家に帰ってからって言ってたくせに、このままあなたの好きにはさせません!パンチではどうせ防がれてしまうから人差し指を突き出して彼の唇を押さえたら、いきなりお口が開いて、はむっとくわえられてしまいました。
「ひぇ」
急いで手を引っこめると、白龍さんはくすくすと笑っています。私、何をしても彼を出し抜ける気がしません。白龍さんは、やっぱりカニバリズムなのかも。こわすぎる。
「元カノさんは、白龍さんのこと、きっと好きだったと思います。お金を払ってまで白龍さんの気をひこうとしたんです。あんまり意味はなかったみたいでしたけど……」
「どうでしょうね。練家の名前にあてられただけかもしれませんよ。学校には他の組織の娘なんかも通っていたわけですから、……命令で、俺に取り入ることで恩恵を受けようとしたとも考えられます」
「でも、本気で好きだった人もきっといるはずです。その人たちに未練とか、あったりするんでしょうか……?白龍さんは本気じゃなくても女の子は本気のことが多いんじゃ……これって私の偏見ですか?」
「さあ?まあ、ある人に別れを切り出した時には、四肢を拘束されて薬物を盛られかけたことはありますが。……少々過激な女性だったようで。俺は劇薬の訓練は受けているので、どっちにしろ無駄でしたがね」
変わらないテンションのままとんでもないことを教えてくれたので、目をまん丸にして驚いてしまいました。白龍さんの服を柔く掴んで引っ張る私。
「そ、相当じゃないですか……。それって絶対別れたくなかったやつじゃないですか。別れるくらいなら殺してやるってやつじゃないですか違いますか」
「何をそんなに大袈裟な……」
「おおげさです!もしいきなりそんな元カノさんが目の前に現れたら、私、勝ち目ないかもしれません」
こんな運動も苦手なよわよわ女子高生が、大人の白龍とお付き合いしていた人にかなうわけがありません。でも白龍さんは否定してくれました。ちょっと思っていたのと違う方向で。
「現れる?いえ、既に全員この世にはいませんので、そんな心配はありません。全員始末しました」
「し、しまつ……?」
今度はついつい仰け反ってしまいました。そんな私を面白がるかのように、足を組んだ上側の片膝をかかえ、おしとやかに笑う白龍さん。なんだか久しぶりに身震いしました。怖さからではなく……。ぞくぞくってかんじの。
「ていうか、過激さで言えばあなたが一番でしょう?大の男を包丁一本でバラバラにしてるんだから。それと比べたら小さいもんですよ」
「そ、それほどでも……」
謙遜するようなことじゃないって?
「それに過去の女性が出てきたって、俺はあなたしか選びませんよ。赤琉。あなたに出会うまで本気で恋愛をした経験がないというのもありますが……しかし……そうですね、嫉妬で怒り狂うあなたも見てみたいという気持ちもありますね」
「……いかりくるう、わたし……?」
「もし俺があなたを怒らせるようなことがあったら、その時はどんなふうに俺を殺してくれるんだろうって……最近、そんなことを考えてはゾクゾクしてしまいます」
ぞくぞく?白龍さんは親指で唇を触り口角を上げ、歯と歯の隙間から舌の先端をペロっとチラ見せしました。目を細めて恍惚な表情をしながら、頬はほんのり紅く染まっています。お酒のせいでしょうか?肌が白いから余計に目立ちます。
「……は、白龍さんは、変態さんですか?」
「ふふ、どうでしょうねえ。そうかもしれませんね」
否定されなかった……。
「白龍くんは変態だよねぇ?僕もそう思うよ」
突然そんな声が聞こえたかと思ったら、ついさっきまでカウンター席でアリババさんとわちゃわちゃしていたアラジンさんが、すたすたとこちらにやって来ました。さっきのでさすがに遠慮をしたのか、今度は白龍さんの隣に腰掛け、ぐでーっと彼に寄りかかるように肩に腕を回しています。
あわあわ、アラジンさんのほうが圧倒的に酒酔いしているようです。さっきまでにこにこしていたのに、一気に機嫌が悪くなる白龍さん……仲がいいのか悪いのかどっちなんだろう。
「アラジン殿、邪魔です。どいてください」
「あれぇ?君ってお酒弱いハズなのにまだシラフなのかい?さっきは……なんだか随分と話し込んでいたようだけど。別れ話かい?なら赤琉お姉さんは僕におくれよ」
「余計なお世話です。あなたの方こそアリババ殿はどうしたんですか」
「アリババくんったら自分から勝負しかけて来たのにもう酔い潰れちゃったんだよ。未成年に負けちゃうなんて情けないったら……」
そうですよね、未成年ですよね。二十歳の白龍さんより絶対に年下なのに普通にお酒を飲んでいるから、変だと思っていたのです。
「はあ、早くどきなさいよ。せっかくわざわざ忠告して差し上げているのに。捻り潰しますよこの腕を。使い物にならなくなったら女性と手も繋げられなくなるでしょうね」
「ご、ごめんよ!どいてあげるからさ、その代わりお小遣いをめぐんでおくれよ。ほんの30ぽっちでいいからさ」
「はい?」
なにやら、アラジンさんの人差し指と中指の間に、一枚の紙切れが挟まっています。あれはいつも白龍さんが何か大きな買い物をする時に使っている……小切手?の用紙でしょうか。ピラピラ揺れるそれを見るなり呆れ返る白龍さん。お金ちょうだいって、なんだかとてもかわいいカツアゲです。
「今月の子、全員かなりのお洒落さんでおねだりが止まらなくて……まあそういうところも可愛いんだけどね♡僕の稼ぎだけじゃ追いつかなくてさぁ、君はたくさん稼いでるんだろ?お友だちのよしみだとおもってさ……ほら!」
「どんな交渉の仕方ですか。嫌に決まっているでしょう……ご自分のお父上か祖父方にでも頼んでください」
「だめだよ、お父さんはお母さんのためにしかお金使わないんだから!僕なんか野垂れ死にしても関係ないんだってさ。ラブラブにも程があるよね〜ほんと困っちゃうよ。おじいちゃんも堅物だしぃ」
「あなたの素行ぶりではそう言われても仕方ないと思いますけどね……そう言うのなら、その御母堂一筋のお父上を見習ってはどうです?一度に何人もの女性を誑かしていないで」
「滅多な物言いだなぁ。僕だって、毎回毎回真剣に恋愛してるんだよ?それなのにさぁ、人より多少期間が短いだけで女たらしって言われるなんてさぁ、どうかと思わない?ねぇ、赤琉おねいさん〜〜?」
「わ、私ですか。えっと……えっと」
相変わらず急に話を振られると対応できなくて焦ってしまいます。えっと、父がお酒を飲んでいた時は一切関わらずに無視することを決め込んでいたので、こういう時に酔っ払いさんに対してどんなふうに対応すればいいのか分かりません……。そもそもさっき顔を合わせたばかりなんだし、どうしてアラジンさんは元からのおともだちみたいに接してくれるのでしょう。えっと、女たらし……?アラジンさんは、女たらしなんでしょうか?愛があれば、べつに大丈夫なのではないでしょうか。えっと、えっと。
「赤琉、真剣に考えなくていいです。この者の質問などには答えなくてもいいですよ。些細な言動がナンパの材料にされるだけですから」
「もう!すぐそうやって!僕がタイミングも考えずに人の女の子に手を出すわけないだろう?安心しておくれよ。ちゃんと君の目がないところでデートに誘うんだから」
さっきは堂々と誑かされたような……。
「はぁ……あなた、もういい加減に消えてください。どうぞ、それを持って」
白龍さんはアラジンさんの手から紙切れを奪い取ると、自分のスマホをテーブル代わりにボールペンでさらさらと何かを書いて、それをアラジンさんのブラウスのポケットに押し込みました。すぐに取り出して紙面を確認する彼は、子供のように大喜びしています。
「えっ!?結局くれるのかい?こんなに?やったぁ白龍くんって本当に優しいよね!それでこそ僕のお友だち!」
「……」いくら貰ったんだろう。
「返さなくていいですよ。その代わり、俺もアリババ殿を見習ってこれを機に縁を切りましょうかね」
「……」いくらあげたんだろう。
「まったく君は、真面目な顔して面白い冗談を言うんだから〜!」
「冗談ではありませんが」
「またまた〜!じゃ、そんなことを言う白龍くんのことは放っておいて、僕は赤琉おねいさんの連絡先でも聞いちゃおっかな」
白龍さんは、アラジンさんの扱いに慣れているようです。簡単にお金をあげちゃうなんて、やっぱり二人がどんな関係なのか気になります。そんなことを思いながら、ここに来る前に紅玉お姉さまの助言で白龍さんに買ってもらったスマートフォンを取り出しました。まだお姉さまの番号しか入ってないので、もはや新品そのものです。
「番号教えて?」
「……あの、実はさっき買ってもらったばっかりで、どうやって使えばいいのか……」
「そんなの僕が教えてあげるよ!」
「じゃあ、おねがいしま」
「ちょっと赤琉」
間に座る白龍さんに止められました。
「だめです。いけません。こういうものを簡単に手渡しては。いつ情報を抜かれるか分かったものじゃ」
「白龍くぅん〜?君のお兄さんじゃないんだから!僕は僕の番号を登録してあげるだけ」
「それも必要ありませんよ」
「君って本命の子には独占欲爆発するタイプ?分かる〜〜〜!そんな顔してる」
「どんな顔ですか……」
白龍さんは一度は止めるような仕草をしたけれど、結局許してくれたみたいで、アラジンさんは白龍さん監視の元でスマホを操作し、プロの動きみたいに手先を器用に動かしてあっという間に番号を登録してくれました。
「はい!ついでにアリババくんの番号も登録しといたよ。これで僕ら、お友だちだね!」
「おともだち……?」
おともだちなんて、今まで生きてきた中で出来たためしがありません。
「赤琉おねえさん、白龍くんにDVされたらすぐ連絡するんだよ!すぐ飛んでくるから!ま、デート中じゃなければね?その時はアリババくんにお願いするといいよ。アリババくんこそ女の子のピンチには黙ってられないタイプだし」
「DV……?」
家庭内暴力のこと?たまにデコピンをされたりナイフを向けられることはあるけれど、全部私を注意するときだけだからなぁ。白龍さんが暴力を振るうところなんて想像もできません。
「白龍さんは……暴力なんてしません、よ?」
「そうかい?それはよかった。白龍くん、赤琉おねえさんの前では、そのままの君でいておくれよ」
「余計なお世話です」
アラジンさんは、屈託のない笑顔でにこっと私たちに笑いかけました。
「でさでさ、僕気になってたんだけど、君たちはどこまでいったんだい?」
「……?どこまでって?」
「……アラジン殿」
「……えっ?」
アラジンさんは白龍さんよりおしゃべりな子みたいで、次々と話題が変わります。それも私には馴染みのないことばかり。お友だちはみんなこんな話をするんでしょうか。何を言っているのかよく分からないけど……。
「あ、あの白龍くんが、二ヶ月も前に知り合った女の子と寝てな、っあぐ」
「アラジン殿。そろそろシメますよ」
「た、タンマ……っ!絞まっでる首絞まっでるってばっ……!」
アラジンさんの細い首を、片手でガッシリ掴み上げる白龍さん……利き手の右手なのでしっかり力が入っている模様。いきなりのことだったので、驚きのあまり固まってしまいました。白龍さんが暴力してる……。
「ぜえぜえはあはあ、白龍くん、つまり、そうなのかい……?僕、実を言うと心のどこかでは白龍くんのこと疑ってたんだよ、婚約者なんて嘘だって、でも、違うんだね……本気の本気で彼女のことが好き……なんだね?」
「だからどいつもこいつもその目線で俺を判断しないで頂きたい!全く、すぐ下世話な話に持っていくんですから」
「でもさ、考えてみておくれよ。僕がいきなり婚約者が出来たって言っても君、信じないだろう?そんな時、大切すぎてその子にまだ一回も手を出せていないってことが分かれば、さすがに本当の愛だって納得できちゃうだろう?今の君と全く同じじゃないか!」
「クソ、言い返せないのがムカつく……!」
「あっはははは!白龍くんって本当に面白いよねぇ。今度玉艶さんに会った時の話のネタが出来ちゃった!盛り上がりそうだなぁ、今度の練家の総会ね、僕も紅玉お姉さんに誘われてるから!その時もよろしくおねがいするよ!」
「は、はァ!?初耳ですが!?義姉上はそんなこと一言も……!ていうかあなた、なに母上の名を軽々しく!は、は、本当に殺意が湧いてきました……ははっ」
「やーい!やれるもんならこっちにおいでぇ!ぜーんぶ、君のお母さんに言いつけちゃうもんね〜!」
「待ちやがれクソガキ!やっぱりあなたはここで死んでいただきます!!!」
「……あ、あの、あの……???」
白龍さんはアラジンさんと大乱闘を始めてしまいました。男の人のけんかなんて、私には当然止められるわけがありません。仕方なく二人の邪魔をしないよう、立ち上がりました。
「あ、アリババさん……お元気ですか」
「んあ?おー、……赤琉……おれたちって、友だちだよな……?」
「え……?」
なんの脈略もなく?
「友だちだよな……?水……くれよ……」
「あ、は、はい」
カウンター席でぐったりのびているアリババさんの容態を確認すると、パシられたけどしっかりお友だち認定をしてくれたようでよかったです。おそるおそるカウンターの中に入りグラスと水を持ってきてから、アリババさんの隣に座ってぼんやりと二人の様子を眺めました。
……賑やかだなぁ。