05
教室に入った瞬間、何やらいつもと空気が違うような感じがして一瞬足を止めた私でしたが、原因はすぐに分かりました。二年次に上がってからのこの半年間……まあ、私は六月くらいから休んでいたけれど、この半年間今まで一度も話したことの無い、たまたま扉の近くにいた男子の集団が、一斉にこちらに視線を寄越して大声をあげたからです。いわゆるカースト上位の彼らが「えっお前氷川?」という言葉を皮切りに別人じゃんとか、可愛い、とか、各々が自由に好きな言葉をまくし立てるから、それにつられた他のクラスメイトもじわじわと歩み寄ってきたせいで、いつの間にか若干の人だかりができていました。
「家が燃えたってのは聞いたけど、どっか金持ちの養子にでも入ったの?先週からさ、雰囲気違ぇなとは思ってたんだ、おれ」
埃がちだった制服は綺麗にクリーニングされ、中学の時から使い古した学生カバンやローファーは新しく革製の物を与えられ、ボサボサの髪や手付かずだった爪は美容室並の施術で手入れされ、校則に引っかからない程度の薄いメイクで様変わりした私を見れば、そう予想するのは無理もありません。むしろおおよそ正解です。養子ではなく、ただ養われているだけなんですが。
なんて、何かしら誤魔化しの言葉だけでも言えたら良かったんだけど、一度に多くの視線を浴びたことに耐えきれなくなり、私は愛想笑いもそこそこに、一言も発せぬまま一歩二歩と後ずさりました。そこに担任のジャーファル先生が現れて、背中からぶつかりそうになるところをなんとかギリギリ回避したのを、彼はさりげなく支えてくれました。
「ああ、赤琉さん。おはようございます。先週は夏休み明けであまり時間が取れませんでしたが、昼休みに面談の続きしましょうね」
家のことで色々あったでしょうから。先生の言葉に頷き、同時に良いタイミングで現れてくれたことに感謝をしながら、私はクラスメイトからの拘束を抜けて自分の席に向かいました。
優しい笑顔が人気のジャーファル先生は、一年生の時からの担任の先生です。先生は私の家があんなだから、入学当初から親身になって相談に乗ってくれていたので、今回の件も彼はよく知っています。……ただし、一部嘘を交えて伝わっているよう。
どんな方法を使ったのかも分からないけれど、白龍さんは父の死を完璧に偽装し、アレを何の変哲もないただの焼死体に仕上げました。私が住んでいたアパートは放火犯によって焚き火にされ、たまたま出払っていた私は助かり、身寄りのなくなったところを遠い親戚の元にお世話になることになった、という感じで通っているらしいです。が、本当のところは『煌樂白苑』というお金持ちのマフィアに拾われただけ。人生とは何があるのか分からないですね。白龍さんは、今後学校の行事で保護者の来校が必要になった時は組織の人間を使わせるのでご心配なく、とか言ってたっけ。マフィアに不可能はないんだな、と思いました。

「赤琉さん、授業の方はどうですか」
これである会社の持ち主が動いたというのも納得の、出来たてほやほやみたいな白龍さんお手製のお弁当を美味しく平らげてから、いつもと同じようにジャーファル先生の待つ職員室へ足を運びました。なんてことはありません、この一週間のうちに先生が他教科の先生に頭を下げて時間を作ってもらったお陰で、今まで休んでいた分を総取りすることができました。そもそも数学と理系科目に限っていえば、高校の範囲は家にいる間にあらかた触ってあったし、今週からは以前と同じように授業が受けられると思います。
「そう。それは良かった。何かあればすぐに教えてくださいね。特に新しく共に暮らすことになった親戚の方とのトラブルなんかは、なかなか言い出し辛いでしょうし、何も無いのが一番ですが……」
「先生。大丈夫です。ありがとうございます」
「赤琉さん。この一年間のうちにご両親を両方亡くされて、大丈夫なわけが、ないんですよ」
「……」
そういえばそんなイベントもあったかな。
「あなたはすぐにそうやって塞ぎ込もうとするから、私は心配なのです。何か悪いことに巻き込まれるんじゃないかと気が気でなく、そんな矢先に……お父様も」
先生の言葉で思い出したけれど、母が死んだのはちょうど一年前の、父と同じ夏休みの出来事でした。ただの交通事故だったと聞いていますが、今となっては『煌樂白苑』と同じようなそっち系の組織が関わっていたりするのかも、なーんて思ったりもしています。何故なら、母親の方こそ収入源が怪しかったからです。両親共にろくな働き口もないのに私が高校にまで進学できたのは、なにも奨学金のお陰だけではありません。母が、どうやら一定の間隔で多額のお金を仕入れていたようだから、制服や教科書も漏らさず一式買えたし、毎年課外学習や修学旅行にも行かせてもらうことができました(正直ぼっちには楽しめなかったけど、ジャーファル先生がお話し相手になってくれたので思い出には残ってる)。母は強く優しかったから、私のために体を売っているのかもと思い、詳細を聞くことはありませんでしたが……教養もなく、愚図で愚鈍な父が『煌樂白苑』ほどのマフィアと関わりを持てるとは到底思えず……可能性としては、母からなんらかの繋がりで……。
「放火犯も未だに捕まっていないそうですし、とにかく今私から言えることは、登校時や下校時は気をつけてくださいね。近頃は不審者の目撃情報も多発しているようで……」
白龍さんは、私から話を振らない限りはあの日のことを話そうとしません。まあ全ての話題においてそうだから、答えたくないもの以外は聞けば答えてくれると思うけれど。わざわざ一年前の話を掘り出すのも気が引けますし、私自身割とどうでもいい話題だと思っているのもあるので、機会があったらでいいか、と一人で頷いているうちに昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り始めました。
「しばらくは教員も周辺地域を巡回することになりそうです。まったく、世知辛い世の中になりましたね……」
それは同意見です。お金持ちの家に突然放り込まれると、毎日奇想天外な出来事が起こるんですから。頭の中でそんなふうに相槌を打ちながら、私はジャーファル先生が私のために隣から勝手に引きずってきた椅子を元の位置に戻し、挨拶をして職員室を後にしました。

私が視線を集めていたのはどうやら教室内だけではなかったみたいです。というのも、階段を上がり廊下を進む最中、すれ違う人々のほとんどがこちらを振り向いているような気配がするから。外見に気を使うだけで、ここまで反応が変わるなんて……なんだか面白くなってしまいます。これも白龍さんと、白龍さんのお姉さんのお陰でしょう。
あと少しで教室にたどり着きそうなそんな時、とある女子生徒に道を阻まれました。たしか、一年の時に同じクラスだった、今は違うクラスの子。私が興味のない人の顔をここまで覚えていることは珍しいので、逆に今この場において興味を持ちました。
「赤琉ちゃん。今日、一緒に帰らない?」
「……ごめんなさい。一緒には帰れません」
「どうして?なんか用ある?」
ジャーファル先生からもらった、授業で使うプリント類を抱き締める私。用なんて、ありません。でも、一緒には帰れません。
「同じクラスだった時は、わりと一緒だったでしょ?私たち。クラスが変わって、そうじゃなくなっちゃったけど……」
「……」
「でもね、あのね、私部活やめたの。だからこれからは帰る時間も一緒だよ。赤琉ちゃんのこと、みんな噂してる。可愛くなったって、そんなの私はずっと前から気づいてたのに。一緒にいたいの、ほら、私、赤琉ちゃんのこと、」
「……」
私と一緒にいると、危ないよ。


- 05 -
[ backtop ]