矛盾メンタル

サブストーリー/マンガン電池にぎにぎ中/小説ネタあり





彼女との初対面は、メンバトの収録日だった。
”苗字名前”という女優は年上のあさぎりゲンよりも芸歴が遥かに上回るベテラン子役として先にデビューしていて、その才能溢れる彼女の活躍は芸能界に居れば自然と耳に入ってくる。なんでも天才ピアニストの少女役を演じることが決まって、元々弾けなかったピアノをプロレベルまでたった数か月で習得したとか――、こども英語教育番組の生徒役として出演していたはずがあまりの習得スピードに、彼女が教える側の番組が新しく始まったとか――、何件ものドラマや映画を掛け持ちしながらも全キャストの台本を覚えているだとか――、その伝説はどれも信じがたいものばかりだった。
そんな天才的女優の彼女が、あさぎりゲンが出演するバラエティ番組『メンバト〜心の強さでメンタルバトル〜』にも遂にゲストで登場することが決まった。内容は数々あるメンタルバトルゲームの中の1つである”好き嫌い当てゲーム”で、出される食事の中にゲストの苦手なものがあるのでそれを当てるという単純なルールのゲーム。このゲームにはよく役者がゲストで出ることが多く、演技力が試されるので視聴者も楽しんでよく見ていた。そしてそれを暴くのがメンタリスト”あさぎりゲン”の役目であり、彼との心理戦が目玉となっている。

「失礼します。おはようございます!本日ご一緒させて頂く苗字名前です、宜しくお願いします!」

メンバト収録当日、芸能人特有の”挨拶回り”で彼女があさぎりゲンの楽屋に来たのがファーストコンタクト。芸歴は遥かに彼女の方が上だというのに、その挨拶はあまりにフレッシュで新人の子を思い出させるようなものだった。これだけならまだ高感度の高い芸能人としての印象くらいで終わるものなのだが、あさぎりゲンは一瞬目を疑うほど彼女を見て驚いてしまう。それは、あまりにも彼女にはオーラが無かった。別にゲンは占い師でも霊媒師でもないのでそういった類のものは目には見えないのだが、やはり芸能人ともなるとある程度のオーラというものが素人ながらにもわかる。けれど彼女からは全くそういったものを感じることもできず、更には名前を言われるまで「誰だったけな、この子」と忘れるわけの無い彼女の顔にピンとこなかったのだ。今目の前にいる少女が苗字名前なのだと知ってからも半信半疑になるほど、テレビで見る彼女とはどこか違って見える。もしかして今まで化粧で誤魔化していたのかという考えも一瞬過るが、別に顔自体はそこまで変わっていないし完全に別人というわけでもない。
そしてあさぎりゲンは初めて彼女を目の当たりにした時、失礼だが――”こんなものか”――と思ってしまったのだ。



▼△▼




「それで、名前さんとゲンさんの対決はどうなったんですか?」

打って変わってここはあれから3700年とうん年という月日が経ったストーンワールド。司帝国に打ち勝つために携帯電話を作ると言い出した千空の長いロードマップを埋める作業として、ゲンとルリはマンガン電池を黙々と手作業で大量生産していた。とは言ってもさすがにずっと無言のままとはいかず、ゲンはルリに3700年前の話をしてやる。そこで名前との話になり、ルリは興味津々でゲンの話へと耳を傾けた。

「それがねぇ、悔しいことに俺の完敗だったのよ」
「さすが名前さん、ゲンさんでも見抜けない演技力をお持ちだったんですね…」
「いや、あれは演技というか最早……」
「?」

ゲンは名前のことを、自分の数少ない”尊敬する人リスト”の中に入れていた。ちなみにその中には千空も入っている。
そんな彼女とのメンバト収録でカメラが回った瞬間から、ゲンは圧倒されてしまった。バラエティ番組でよくある、司会役のテレビ局アナウンサーが彼女の紹介をしつつネームコールをしてゲートからゲストが登場する。彼女もそれに乗っ取って登場してきたのだが、それがあまりにも楽屋挨拶で出会った彼女と違いすぎていてゲンは今日何度目か分からない自身の目を疑った。衣装が違うとか髪型が違うとかそんな次元ではない。完全に女優”苗字名前”としてのオーラが大量噴出していたのだ。だがそれは、本来あさぎりゲンが思い描いていた彼女の姿と変わりなかった。あの楽屋での彼女が異常なだけで、その姿は誰もが知っている苗字名前なのだ。

「別人だよ、完全に」
「別人って…そんな、そこまで違うものなんですか?」

先ほど楽屋で会ったのは女優としてカメラの前に立たない苗字名前で、収録で目の前に居るのは女優としての彼女なのである。それ位の切り替えであれば芸能人ならばそう珍しいものでもないのだが、彼女に関しては少し異次元に感じるほどだとゲンは思った。
そしてゲームが開始され、ゲンは得意の読心術で彼女の動向を探る。役者だと言っても精密な台本の無いバラエティ番組で己の本心を隠し通せるほどの演技力を出すのは相当難しい。自身の苦手であるものを嘘を吐いて隠し通さなくてはいけないというゲームで、最早演技力だけではカバーができないのだ。

「あのバトルで名前ちゃんはね、苦手なものを好きなものにして、好きなものを苦手なものに変換し、尚且つそれを演技で隠そうとする女優の苗字名前になってみせたんだよ」
「え?えーっと……な、なるほど!」
「そうだよねぇ〜〜わけわかんないよねぇ〜〜〜」

ルリの頭には大量のハテナが飛んだ。ゲンも自分で言っていて何を言っているのか分からなくなるほど、彼女の組み立てたメンバトに勝つための台本は巧みだった。要するに名前は、好きであるはずの食べ物を苦手だという人格を作り、苦手なものを好物にした。尚且つその人格のままバトルに挑み、それを隠そうとする演技をしてみせる。普通に考えてどこかでボロが出そうな台本だが、彼女は本当にその時、人格が変わっているのだ。こうなってしまえばあさぎりゲンの観察眼もお手上げ状態となってしまう。実際に彼女が演じた別人格の苦手なものを当てることには成功するが、それは結局は彼女の演技で嫌いと決められたハッタリでしかない。ただのポーカーフェイスではなく、彼女は確実に勝ちにいく戦略で見事演じきったのだった。

「この時俺はジーマーで思ったよね、舞台の上に立つ彼女には絶対に勝てないって」
「舞台の上に…ってことは、普段なら読み取れるってことですか?」
「いやぁ、これもバイヤーな話なんだけどね………オフの名前ちゃんって、怖すぎるくらい何でも読めちゃうんだよねぇ」

彼女本来の性格なのかなんなのか、カメラが回っていない時の彼女はありえないほど分かりやすかった。メンバト収録後にお得意のペラペラトークで彼女に急接近し連絡先を交換することに成功、そこからは厭らしくない程度に話しかけたりして近しい存在となる。そもそもオフでの彼女はあまりにもフレンドリーで近寄りやすすぎて、仲良くなるのは本当に簡単だった。けれど別にゲンは彼女に対して恋愛感情を抱いていたわけではなく、ただ純粋に『この子と仲良くなりたい』と思ったのだ。このストーンワールドで目覚めて、あの記された木を目にした時に”彼”に抱いたあの衝撃と同じものを、彼女からも受けた。

「ただし、恋愛観以外は」
「恋愛って…」

ゲンの言葉を聞いて、ルリの顔が少しだが赤く染まる。ゲンはそのまま言葉を続け、彼女が如何に分かりやすく分かりにくいかを説明した。
これも3700年前に戻るのだが、仲良くなるにつれやはり恋バナ的なものは気になるもので、ゲンは名前にそういった話を持ちかける。けれど彼女の反応は至極あっさりと”NO”を示していて、これに関しては本当にそうなんだと思わせた。だが名前も女優として活動していて、恋愛ドラマや映画に出演している数も少なくはない。そうした時に相手役の人を好きになったりしないのかと尋ねたところ、「彼女は好きだと思うよ」と訳の分からない回答をしてきた。あまりに理解できなかったので更に問い詰めてみると、名前は自分が演じた役を、自分ではあるのだけど自分ではない一人の人間として見ているという。元々のストーリーがあってそれを演じる役者なのでそれは理解できないでもないが、名前のいうソレはあまりに他人事のように聞こえて不思議だった。

「ジーマーでびっくりしたのが、名前ちゃんって…好きって感覚が今いち分からないんだって」
「え?でもお芝居ではそういった感情も演じられてるんですよね…?」
「名前ちゃんに限って感情が分からないまま演じてるってのはアリエナイと思うんだけどねぇ、そこがまた難解なところで…」

彼女が言うには、殺人鬼の役をしたとして殺人鬼の気持ちを完全に理解できるかと言われたらそうではない。というのと似たような感覚らしい。けれど実際に殺人鬼の役になれば理解できなくても殺人鬼の感情になるのだという。ここまで来るともはや役者の感覚的なものになってきて、メンタリストにはどうしようもできないほど不可解なメンタルが動く。そして彼女自身もハッキリとした答えが分かっていないらしく、彼女から言えば――

「心臓が2つ…ある?」
「って感覚になるらしいんだけど、もう俺にはお手上げだよ」

多重人格となるとまた話は変わってくるが、そういうわけでもない。何にせよ、あさぎりゲンには到底役者としての彼女を理解できないと思うのだった。

「でも、今の話だと単純に名前さんには今恋愛相手がいらっしゃらないってだけなのでは…?きっと好きな方ができれば、名前さんも理解されるはず…」
「ルリちゃん、よ〜〜〜く考えてみて?名前ちゃんに、そういった相手がいないように思える?」
「え…………、あっ!」

ゲンからの問いにルリがハッと気づく。どうしてこんな簡単に分かることに自分は今の今まで気づけなかったのかと少し恥ずかしくも思った。そうだ、彼女が恋愛に縁遠いわけがない。そもそも自分は今の今までずっと、

「千空さんと名前さんは、そういった間柄なのだと…」

そう思っていたのに。
以前妹のコハクが名前に千空との間柄を聞いたみたいなのだが、アッサリと”NO”と答えられたと聞いた。最初それを聞いて意外に思ったものの、ルリ自身もハッキリと自分の好意を伝えられない立場があることに気づく。あの2人をまったく同じだとは思わないが、人にはそう思っていても明確にできない理由がそれぞれあるのだと悟った。けれどここ数か月と2人を見てきて、やはりどうしてもただの幼馴染の関係だとは思えなかった。千空の彼女を見る目も、彼女の千空を見る目も、お互い他の誰とも違う特別なものに思える。だとしたら確かに、『好きが分からない』という彼女の感情には矛盾ができていた。

「俺が思うに、名前ちゃんって単純に千空ちゃんのことを好きって気づいてないだけだと思うんだよねぇ〜」
「そ、それは……さすがに、」
「超ド級の鈍感なんだよジーマーで!そしてそれを自覚してないが故に読心術うんぬんがまったく通用しないってワケ」

だから彼女の恋愛観だけは未だに驚かされることがある。そして千空もきっとそれには気づいていて、あえてなにも言ってないのだろう。それがどうしてなのかまでは分からないが、彼なりの考えがあるのだとゲンは思っている。だから自分もわざわざ彼女には自覚させるような事は言わないし、そういう誘導もしない。あさぎりゲンは見守り人として、彼女たちを見ていたいと思ったのだ。まあ、たまにちょっかいはかけるけどね。と付け足して。

「あ、ルリちゃんゲンくん居た居た!マンガン電池工場開いてるんだって?千空から聞いて助っ人にきたよー!」
「名前さん…!」
「あ〜名前ちゃん〜!そうなのよ千空ちゃんにドイヒー作業押し付けられて泣きわめいてたとこ!助かるよ〜!」

噂をすればなんとやら、天真爛漫な笑みを見せてその場を一気に明るくさせるように話の主役が登場してきた。今まさに彼女の話をしていた所だったのでルリは少し動揺するが、ゲンはまったくその様子を見せずに助っ人の登場を喜んで見せる。名前の凄さというのも話でよく理解はしたが、ルリには十分あさぎりゲンも凄いと思わせる人物の中に入っていた。

「2人でなんのお話してたの?」
「え、ええと、それは…」
「名前ちゃんはゴイスーって話をしてたんだよ」
「えーなにそれ、照れるね!」

えへへと頬を染めて照れてみせる彼女は、やっぱりオーラも何もない純粋な少女のように見えた。先ほどの話を聞いた後なので余計に意識していたのだが、あまりの彼女の”普通”さに拍子抜けてしまう。それこそが彼女の凄いところだった。

「ちなみに名前さんの尊敬する方って、いらっしゃるんですか?」
「あ〜それ、俺もちょっと聞きたいかも」

ルリの問いにゲンも同じく興味を示した。そういえばこういった質問はまだ彼女にしたことがない。そんな問いかけに名前は「3人いるよ」と三本の指を立てて見せた。そしてその中の一人はなんとなく2人も予想がつく。

「千空に、百夜でしょ」
「そうでしたね、名前さんは創始者様をご存知なのでしたね…」
「千空ちゃんは分かってたけど、そっか、千空ちゃんパパねぇ……俺も一度会ってみたかったなぁ」
「うん、あの親子は私にとって尊敬と憧れ…とても大切な人たち」

百夜は石化した人類の生き残りであり、石神村の創始者となる存在。そしてもうこの世にはいない人となってしまった。この絶望的な世界を目の当たりにしても諦めずにこうして千空の為に子孫を残し”ミライ”へと繋げてくれた彼は、語るまでもなく素晴らしい人物だということが分かる。そしてその息子である千空もまた、彼の信じる科学でルリだけでなく石神村の皆が救われた。それは更には人類70億人も救うというのだから、名前が挙がるのは当然理解できる。

「では3人目は?」
「そりゃあもちろん――、ゲンくんだよ」
「え?」

無邪気な笑みで彼女はそう答え、ゲンへと視線を向けた。言われた本人は全く予想だにしていなかった答えに思考が一瞬停止し、ぱちぱちと目を瞬かせた。

「え、えー…なに?名前ちゃんってそんなお世辞言う子だっけ?」
「あはは、ゲンくんのがよく知ってるでしょ、私のことは」
「う〜〜〜ん、今まさに名前ちゃんの何もかもが分からなくなったかも〜〜」
「ふふ、私は分かりますよ、名前さんの仰ってること」

決して名前は世辞で言ったわけではないと、ゲンも流石に彼女をここまで見てきて分からないわけではない。けれどもなんだか素直に受け入れるには照れくさく、自分はそうまでしてもらう人間では無いと思っていた。それでも彼女の向ける瞳は真っ直ぐにゲンを見据えていて、それは演技でも何でもない純なものだ。

「ゲンくんはペラッペラで分厚い、私の尊敬できる人だよ」

その口説き文句は、彼女らしい矛盾したものだった。







 

宇宙のステージ


ALICE+