| メインストーリー第4話/天文台が出来てすぐの頃 「ねぇ千空、今から天文台借りていい?」 「おー、別に許可なんていらねぇよ」 「一応千空へのプレゼントだし」 1月4日は千空の誕生日だ。とある会話だけでゲンくんがその日程を導きだしていて、あえて私に聞かないところが彼らしいなぁと思う。千空とクロムくんとマグマくんの3人で三日前ほどに洞窟に鉱石を取りに行き、その間に村の皆総出で造った。たった一人の、千空という少年の誕生日を祝いたいが為のプレゼント――天文台を。 私はその天文台が、コハクちゃんの言葉を借りるならめっぽう気に入ってしまい、こうやってたまに上っては星空を眺めた。石化前の世界――私の住んでた東京では星なんてほとんど見ることができなかったから、このストーンワールドで初めてみた星空は本当に衝撃的だったのだ。たまに映画の撮影で田舎に行くことはあったけど、どんな田舎にだって灯りはある。だから密かな夢だったのだ…もし、世界中の灯りが消えたら――空はどんな色を見せるのだろうと。 「パパとママにまた、会えるかな…」 この世界で目覚めて数か月、1日1日を生き抜くのに必死であまり考えてこなかったけれど、そのほんの少しの時間ができた。だからどんどんと身に染みていく現実に、本当に世界の文明は終わってしまったのだと実感する。 「人類全員復活させんだからまた会えんだろ、まあ運悪く粉々になってなけりゃだがな」 「そもそも3700年経った今でも生きる道があるってだけ、人類は強運だと思うよ」 「ああ、違いねぇ」 それでも絶望感に打ちひしがれることが無いのは、千空がいるからだろう。彼こそまさに人類の希望、救世主なのだ。最初はたった私一人だけの支えだった千空は今や、70億人の命を背負っている。それがどんなに重いプレッシャーなのかも想像つかないというのに、千空はただ真っ直ぐに科学を信じ突き進んでいた。 「もう作業はいいの?」 「ああ、今日はもう終わりだ」 「ごめんね、静かにしてるから寝てていいよ」 「あ"ー…まあ、まだ寝付くには目が冴えてっから付き合えや」 天文台の窓に寄り添って佇んでいた私の横に千空が静かに腰を下ろした。もう時間的には就寝する頃なのだけど、千空はまだやることがあるからとラボに籠っていた。クロムくんは先に寝ると言って下の階にある就寝スペースで既に寝ているので静かにしなくては。 「つーかそれじゃ寒いだろ、真冬なんだからもう少し着込めよな」 「んー、火鉢あるから大丈夫かなーって思ったんだけど、結構寒いね」 「ったく、しょうがねぇな…これ使え」 1月といえば冬の間で一番寒くなる時期なわけで、そんな夜に窓全開でいればさすがに寒かった。冬服に着替えてもこもこだし天文台には親切に火鉢もあるのでそれで温まっていたわけだけど、ストーンワールドの冬舐めてた。若干震える私を見て千空がふわりと手に持っていた布団をかけてくれる。案外普通にこういうことできちゃうんだから、千空ってなんだかんだ… 「でもこれじゃあ千空が凍えちゃうよ、ヒョロガリなんだから無理しないで」 「テメーは一言余計なんだよ…」 「いひゃいいひゃい」 ありがたく受け取りたかったけれど完全にブルブルに凍える千空を目の当たりにしては、さすがに二つ返事で受け取れなかった。天才的な頭脳を持っている代わりにちゃんと肉体は劣っているのだから、本当無理しなくていいのに。頬をつねる手も優しかった。 「じゃあ一緒に入ろう、その方が温かいよ」 「………あ"ーーまあ、合理的だな」 わりと人肌で体を温め合うというのは理にかなっているらしく、私は自分だけにかぶせられていた布団を千空にも掛けて距離も縮めた。さっきまでラボの中にいた千空の体は、外気で冷えてしまった私の体よりも断然温かかくて思わず体を寄せてしまう。ピクリと千空の体が反応したけど、避けられるようなことは無かった。 「私と千空、同い年になっちゃったね」 「ああそういえばそうだな、でもこのストーンワールドでは年齢なんて関係ねぇだろ」 「たしかに、そもそも千空は私を年上だなんて思ったことなかったでしょ」 「ああ、一ミリもねぇな」 千空は私よりも1年半ほど先に目覚めていて、目覚めてから成長が進んでいるのだとしたら千空と同い年ということになる。とは言っても昔から千空は私のことを年上だと思ってもなければ、私も彼を年下だと思って接していなかった。彼の父親である白夜と同じように、一人の人間として接していたのだ。 「3700年前、千空といなかったあいだ…色々経験したんだよ。体術もアクションドラマの役のお陰だし、駆け引きができるようになったのも業界で過ごしてたお陰、番宣でバラエティ出たりもしたからトークも勉強したし、あとはキャバ嬢役とかもやったことあるからハニートラップとかだっていけちゃうよ」 「オイオイなんでもありだな、役者ってのは」 「だから私にできることあったら何でも言って、可能な限り頑張るから」 「何のアピールだそりゃあ?まあおありがてぇこって、んなアピールしなくても出番が来たらちゃあんと全力で働いてもらうからよぉ、待っとけ…」 ククク…と笑う千空の顔はたまに見習いたいくらいの悪役顔で不安になるが、千空の言う通りに動けば本当に世界は救われるのだ。例え自分になんの取柄が無くても、千空は必ず役割を見つけてくれる。このストーンワールドで目覚めてどれほど千空のような化学の知識を持っていたら良かったかと後悔するが、でもそれだけでは乗り越えられない。大樹くんのような体力も必要で、杠ちゃんのような器用な手も必要で、そして私みたいなのも必要だと言うのだ。それがどれだけ救われることなのか、千空は分かっているのだろうか。 「そろそろ寝なきゃ、寝不足は作業効率悪くなるもんね」 「おー、そうだな」 「よいしょっ…とぉ!?」 「は?」 ドスッ! 鈍い音と共に少しだけ建物が揺れた。立ち上がろうとして思い切りかぶっていた布団を踏んでしまい、そして私はそのまま転倒してしまう。けれどそこまで衝撃がこなかったのは、私が千空の上に倒れたからである。 「――ってぇ…」 「ごめん千空…!てか、今のでクロムくん起きちゃったかな…?」 「……………」 「グガァーーーー」 「……………」 「問題なさそうだな」 「そうだね」 すぐに離れようとしたけれど慌てて動いてまた物音立ててしまったらクロムくんを起こしてしまいそうだったので、私たちは一旦固まって息をひそめた。そして下から微かに聞こえるクロムくんのいびきに2人して胸をなでおろす。というか改めて自分たちの状況を見てみると、千空の顔が物凄く近い。こんな近くで千空の顔を見たのは……と、私は3700年前のあの時を思い出した。 「ねぇ千空、私あれから……あの先を知らない」 「っ………」 「ううん、知ってはいるんだけど…本物を知らない」 「おい、名前…」 「千空、おえて……くれる?」 お互いの息がかかるほどの距離だった。まるで中学のあの時のような、一瞬だけタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。それでも違うのは、私の中は既にもうファーストがないということ。そしてそれは、次のステップに進もうとしている。 「ああ、いいぜ……教えてやる」 千空の手が私の頬に触れた。中学の時とは違う、大きくてゴツゴツとした手だ。この科学王国を築き上げた大切な手。それが今私に触れて、そしてそっと引き寄せられる。 「ん……っ」 「くち、開けろ」 「んぅ…ぁ…はぁ…」 これまでに何度か経験した感触から、未知のものへと広がる。唇を恐る恐る開くと、そこから生暖かいヌメリとしたものが入ってきた。どうしていいか分からず引っ込めていた私の舌を千空のものが見つけ、なぞるように一度すり抜けていった。そして数ミリの距離を置いて唇が離れ、「もっとだ」と言われて再び角度を変えて唇が合わさる。もっと、ということはこれ以上に口を開けろということだろうかと思い、私は先ほどよりも大きく開いた。すると頬に回っていた千空の手が後頭部に移動され、ぐっと優しく押される。密着していた唇が更に密着し、開けた唇から無防備な私の舌を絡めとった。千空のものが何度も、何度も私を捕らえる。どろどろに溶かされてしまうのではないかと思ってしまうほどに。 「ふぅ…んんっ…ん…」 「鼻で息しやがれ、窒息死すんぞ」 「あぅ…」 息の仕方も忘れてしまって必死に藻掻いていると、少しの隙間を開けて唇が触れたまま千空がそう言う。なるほど鼻か!なんてあまり冷静ではないけれど納得した私は、今度は上手く苦しくならないで唇を合わせることができた。するとより感触が脳に伝わってきて、不思議な感覚に陥る。 「せん…く……ぅっ…」 「あ?」 「だめ…これいじょ…はぁ…っ…溶けちゃう…」 「テメー…なぁ、そーゆーとこだぞマジで…ッ」 「?」 どれだけの時間唇を合わせていたのかももう分からなくて、やっと離れたと思えばいいのか、もう離れてしまったと思えばいいのかさえも考えていられなかった。上に乗っているはずの自分が完全に押されていて、唇を離した今も薄い糸がお互いの唇を繋いでいる。 「せんくう…はじめてじゃ、ないの…?」 「バカ、んなの初めてに決まってんだろーが…」 「う、うそぉ……」 よく見ると千空の胸も上下に呼吸をしていて、微かにだが伝わってくる右手からは心臓の音がトクトクと通常よりも早く聴こえる。あまりにも千空が余裕そうに見えるから誰かと経験があるのかと思ったのだけれど、そんなことは無かったらしい。だとしたら、これも彼の好奇心故の知識で身に着けたものなのだろうか。 「…とにかく、もう寝んぞ」 「う、うん……おやすみ」 「おー……気を付けて帰れよ」 お互い身を起こして少しだけ乱れた衣服を整え、そして出口へと向かう。梯子に足をかけたところで、私はもう一度千空へと視線を向けた。 「やっぱり、私こーゆーのは千空とがいい」 正直言ってどうして千空がいいのかは分からなかった。でも今まで、役としてだけど何人かの異性と唇を合わせてきて、そして3700年経った今でも私の中に存在し続けているのは千空だけだ。そしてこの先も、千空とだけだったらどれだけ幸せなことかと――そう思ってしまった。 「あ"ー……そいつは、おありがてぇこって」 梯子を下りて寝床へ向かった私には、そんな呟きは聞こえることはなかった。 |