| サブストーリー/「z=45」の話 「百物語、其之100――題名は『石神千空』――」 千空はどんな不思議も不思議で終わらすことのない少年だった。なぜ空は青いのか、なぜ朝が来て夜が来るのか、なぜ四季があるのか、どうして――月はずっと自分についてくるのか。当たり前のことを当たり前と思わず、どんなことにも科学という理由があるのだと彼は分厚い本を片手に私に熱弁する。私はそんな千空の科学話をいつも楽しみに聞いていた。科学が面白いというのも勿論あったけれど、なにより、彼のキラキラとした瞳を見るのが好きだったのだ。 そして彼の父もまた――少年のようなキラキラした瞳を持つ人だった。”少年”なんて言ったら失礼かもだけど、百夜は本当に周りを明るくする素敵なおじさん。おじさんって言うとちょっと悲しそうな顔するところもまた好き。少年の千空よりも元気でうるさくて、とてもロマンチスト。千空の夢を誰よりも全力で応援していた。百夜は千空にも、私に対しても絶対に”子供の戯言”だなんてバカにはしなかった。どんなことも一緒に真剣に考えてくれる。だから私は彼のことを好きなだけではなく、尊敬していた。こんな大人になりたいなって、今でもずっと思っている。 「そっか、百夜はもう……」 千空が仲間を集める為に訪れた村の名は――”石神村”。かつて全世界に起きた謎の石化現象を回避し、生き残った人間の一人に百夜はいた。そしてその村の子孫たちがルリちゃんやコハクちゃん、クロムくんたち石神村の皆だという。確かに私たちは3700年ものあいだ石化してはいたが、その様をずっと見ていたわけではない。本当は1年しか経ってないんだよって言われても、そうなのかなって思ってしまうほど、その年月はあまりに異世界であった。だから百夜がもうこの世にいないだなんて―――。 「あ、ルリちゃんおかえり、……千空は?」 「名前さん……ええ少し、調べることがあるとのことで、私は先に…」 「……そっか」 石神村の人たち総出で大宴会がなされる中、千空とルリちゃんは2人で村を静かに出て行った。2人は夫婦なのだからそういった感じの何かかな〜とか若干過ったけど、そこまで私も察しが悪いわけではない。きっと千空だけに伝える話があるのだろう。だからそっとしておいた。けれどルリちゃん一人だけが帰ってきて、尋ねた時の彼女の表情に私は悟る。自分は千空という少年の幼馴染で、彼のことはよく知っているつもりだ。 「金狼くんに銀狼くん、見張りおつかれさま」 「あ、えっと名前ちゃん?どうかしたの?」 「うん、村の墓地ってどう行くのかな?」 「ああ、それならここからあの小道に入って真っ直ぐだ。暗いから気を付けろ」 「ありがとう金狼くん」 村の外へと繋がるつり橋を渡って入口まで来ると、金狼くんと銀狼くんが見張りをしていた。せっかくの宴会なのだから2人も参加すればいいのに…と思うけど、金狼くんの真面目な性格からしてサボることは絶対しないだろう。銀狼くんは物凄く参加したそうな顔をして宴会場の方を見ていた。 金狼くんの案内に従って小道を歩いていると、月明かりに照らされた開けた空間へと到着する。山のように盛り上がった地面には数々の墓標が立てられていて、その頂きに千空の後ろ姿が見えた。声をかけようか迷ってそれでも口を開いたその時、先に千空が私へと視線を向ける。少しだけ驚いて、けれどいつもの彼の表情へと戻って。 「おー、お前も墓参りか?」 「……うん、そう、お墓参り」 千空は変わらぬいつもの笑みを見せる。百夜の墓標であるとされるその場所へと向かい、そして千空の隣へと立った。 「すごいね、百夜のお土産」 「ああ、あのオヤジにしてはなかなかの科学土産だな、まったくよぉ…」 人類が石化しても百夜は諦めなかった。必ず千空が目覚めて、この石化の謎を解くんだって信じていたんだ。そんなの、普通じゃありえない考えなのに。それでも百夜は信じていた。血のつながりは無くても、百夜は千空の父親で、千空は百夜の息子だ。 「千空……、寂しくない?」 「クク、寂しがってる暇なんてねえだろ」 「……そっか」 こんな質問は意味ないって分かってる。千空は変わらぬ笑みで答えて、静かに月を見上げた。眩く光る月は、3700年前と変わらぬ姿で私たちを見下ろしている。 「ねえ覚えてる?私が子役デビューする時、百夜が演技の練習に付き合ってくれたの」 「あー…、そんなこともあったか?」 「うん、”一流の女優は涙も自在に操れるんだぜ”って言って、泣き演技の猛特訓されたんだぁ」 「ああ、そういやそうだったな、ド素人のクセによ」 まだ子役としてデビューして間もない時、私は泣きの演技に苦戦していた。いきなり泣けと言われても泣けないよ…って言葉通り泣き言を言っていたら、百夜が私にこう言った。 『名前ちゃんの大切な人は誰だ?』 『んーと、ママにパパに、せんくう、びゃくやもだよ!』 『ク〜〜!嬉しいこと言ってくれるねぇ…!んじゃあ、他のヤツだと縁起わりぃから俺でいいや』 『?』 『名前ちゃん、俺が死んじまったら悲しいか?』 『うん、すっごくかなしいよ』 『じゃあそれを想像して、その気持ちを涙にのせてみな』 でも私は本当にそのことを想像して、結果ガチで大泣きしてしまったのだ。百夜は大慌てで「俺は死んでないぞ〜!生きてるぞ〜!!」って変顔して泣き止ませようとしてくれたんだけど、私はなかなか泣き止まなかったんだっけ。だって、本当に悲しくなってしまったのだ。百夜のいない世界なんて、そんなの悲しいに決まってる。私はこの時、悲しさという感情を理解した気でいた。今までの演技だってその気持ちを思い出して、悲しみを演じていた。けど、 「今やっとわかったよ、百夜……」 これが大切な人を失う悲しさなんだね。 もうこの世に百夜はいない。けれど彼はずっと私たちを、千空を支えてくれていた。いいや今も支えてくれている。彼が生きていたという証が今ここにある。 「ねえ千空、私は今から演技をします!」 「は?いきなりなに言ってやがんだテメー…」 「千空も出演してね」 「いやだから、」 「百夜が教えてくれた気持ち、全力で披露するから!」 私は大粒の涙を流した。 ありがとう、ありがとう……だいすきだよって。私はめいいっぱい泣く。彼の分まで、沢山泣くのだ。 「千空は、泣いてる私を慰める役だよ…っ…」 「……ったく、しょーがねぇな」 両手いっぱい広げて、私は涙を流しながら彼を待つ。千空は静かに笑い、私を抱きしめた。そう、千空は泣いている私を慰める為に、仕方なく私を抱きしめるのだ。泣いているのは私だ。千空はただ、私を抱きしめてくれればいい。 私は石神千空という少年の幼馴染だ。 彼のことは、それなりに分かっているつもり。 千空は弱さを見せない。寂しさを見せない。そういった感情は非合理的だって言って、他人には見せようとしないのだ。でも彼は見せないだけで、”持っている”。非合理的な温かく優しいその感情は、きっと深い奥底に仕舞い込まれてしまっているのだろう。 あなたは私を抱きしめる。 私はあなたを、包み込む。 |