花道がいがぐり頭になった。 試合の次の日の夜、突然雨が降った。夜遅くになっても花道は帰ってこず、連絡のしようもないので私はただ夕飯だけを用意して普段通りの時間を過ごす。すると、ずぶ濡れで顔中傷だらけにした花道が帰ってきた。理由を聞いてもむっすーとしているばかりでなにも答えてくれない。代わりに、右手に持っていたバリカンを私に差し出し、私の前に座って頭を差し出した。ああ、つまり、そういうこと…。 ――ということで、今まで築き上げた見事なまでのツッパリヘアーは、小学生の頃のようないがぐり頭へと大変身したのでした。 「名前ちゃーん!俺らバスケ部見に行くけど、名前ちゃんもどー?」 「あ、いくいく!まって!」 大楠の誘いに私は自分の席から立ち上がって自分の鞄を肩にかける。 丸坊主にしてからの花道は、それはもう動物園の猿かのように見物客が大量に現れた。しばらくはその頭が話題となって更に有名人となった花道。どこでも注目されるのは、昔からほんと変わってない。 そんなとある日の放課後、私達はいつものようにバスケ部の見学に行くことにした。洋平も今日はバイトがないのか、はたまたこの後にあるのか、どっちにしろ今は一緒に居ることが出来る。それよりも、今日は元々バスケ部には行く予定だったから、私は彼らを追いかけた。 「名前、その紙袋なんだ?」 「え?ああ、うん、まあねー」 「なんだよ?」 「まあまあ」 洋平の隣を確保して体育館まで歩いていると、私の手元にある“いつもはない”紙袋について指摘された。紙袋の中身については、まあ、後々分かることなので軽くスルーする。濁して答えると、洋平は特にこれ以上突っ込むことなく再び前を向いて歩いた。 「おっ、なんか試合やってるみたいだぜ!」 「なになにー!おもしろそーなことしてんじゃん!」 たかみんと大楠がそう言って、チラリと見えた体育館まで駆けて行った。体育館入口付近には既に晴子ちゃんとそのお友達という安定のメンバー。何をやっているのかと聞けば、2,3年対1年生で試合をするのだと教えてくれた。 ハンデとして赤木さんは不参加、三井さんは審判をしていた。――のだけど、花道の活躍で上級生が苦しい状況となり、三井さんがメンバーへと加わる。 「ガンバレ1年〜〜!」 「1年チームファイトー!!」 「ミッチー先輩がんばれーー!」 「だれがミッチーだ!…って、あ、お前……」 たかみんや晴子ちゃんたちが1年を応援する中、私は三井先輩を応援した。以前と同じような反応をした三井さんがこちらを振り返ると、私と目が合って一瞬だけ驚いたような表情をする。私はニッコリと笑って手を振ると、三井さんは小さくフンと鼻を鳴らし、試合へと集中した。 「なんで三井さんの応援?」 「うん、今日はね、なんかそんな気分なの」 「へー…」 そう、今日はなんといっても三井さんのために来たのだから。なんて言ってる間に三井さんがゴールを決めて、私も喜ぶように拍手をした。ただ、なぜか途中で花道と流川くんの戦いになってしまって、私たちは安定の二人に笑うしかない。 あの二人、ほんといいコンビだなぁなんて思う。 「三井さん、おつかれさまでしたー!」 「お、おう…」 結局、26対18で2,3年の勝ちとなった。生徒みんながハァハァと肩で息をする中、三井さんの方へ私は歩みを寄せる。今日はどうやらこれで練習は終了みたいなので、気兼ねなく体育館へと足を踏み入れられた。駆け寄る私に、三井さんはなぜか引き気味だ。 「どーしたんだよお前、やけに愛想いいな」 「なに言ってるんですか、私はいつも愛想が良くてとびきり可愛い後輩ですよ」 「自分で言うなよ…」 「それより、はい!差し入れです!」 「あ?」 そう言って、私は手に持っていた紙袋を三井さんの前へと差し出した。 「なにキョトンとしてるんですか、差し入れくれって言ったの三井さんじゃないですか、この前のお礼に」 「あ、ああ…アレな、覚えてたのか…」 そう、差し入れ。以前三井さんにスーパーの帰りでばったり会って、荷物を持ってもらった上に送ってくれた。だからそれのお礼をさせてくださいと言えば、三井さんから「うまい差し入れでもくれ」と言われたので、タイミングを見計らっていた。そのタイミングとして大きな試合をした後の今だと、私は空気を読んだのです。 「うお、これゼリー?うまそー」 「はい、結構上手に作れたと思うんですよ、凍らして持ってきたから今なら丁度冷たくて美味しいと思います」 「ってこれ、お前が作ったのか?」 「愛情込めましたよー」 「やべぇな、うん、いただくわ」 三井さんの反応は私が思ったよりも好評で、不意を食らった私はちょっと驚きつつも嬉しさで頬が緩む。紙袋の中は保冷バッグが入っていて、その中にはいくつかのゼリーが並んでいる。風通しのいい体育館の裏出入り口のところに腰掛けて、三井さんはさっそくゼリーを手にとった。私はその場にしゃがみこんで、三井さんの様子を伺う。 「………うめー」 「やったー!」 「お前、すげーな」 私より断然大きな体で小さな器に入ったゼリーをパクパクと食べる三井さんの姿はちょっと可愛いとさえ思える。初めて会ったあの時を思えば、別人と言われても頷けるほど丸くなった。きっと本来の三井さんはこっちなんだろうな。 「あー!三井さん!なにしてんスか!」 「あ、リョータ先輩」 体育館を背にしていると、背後からそんな声が聞こえた。わなわなとリョータ先輩は口を大きく開けて、三井さんをめちゃくちゃ指さしてる。こら、だめだよ人に指さしちゃ。 「それ名前ちゃんの手作り!?三井さんだけずりーッスよ!俺にも!」 「うるせぇ!これは俺ンだよ!…って、流川!なにテメー勝手に袋漁ってんだコラ!」 「俺も」 まあ、なんとなくこうなることは予想していた。だから1つだけじゃなく何個か多めにゼリー作ってきたんだよね、良かった。騒ぐリョータ先輩に気を取られていると、いつの間にか紙袋を漁る流川くんがいてゼリーを1つかっ攫っていった。なんという早業。 「ナヌ!ミッチーだけずるいぞ!名前!俺のは!?」 「花道のは家にこーんなボウルで作った特大ゼリーがあるから、今は我慢しなさい!」 「なんだと!!じゃあさっさと帰るぞ!!」 「ぎゃっ!ちょっと!担がないでよ!パンツ見える!!」 「気にするな!!」 気にするわ!!! 大体アンタ着替えも終わってないんだからすぐ帰れるわけないだろーが!と叫べば、確かに!!…なんてバカ丸出しで部室へとかけていった。 「で、名前サン、俺のはどこかな?」 「洋平のもうちの冷蔵庫で冷やしてあるよ。今日、家来る?」 「そーゆーわけなら、行くっきゃないだろ」 「やったー!」 目の前でギャーギャーと騒ぐバスケ部員たちを見ていると、背後から洋平に肩を抱かれて耳元でそう言われた。当たり前のごとく、私が洋平の分を作っていないわけがない。まあ、今回の目的はあくまで三井さんなので、スペシャルなのは三井さんのゼリーなんだけど。 「名前ー!!!帰るぞー!!!」 「着替えるの早!あーもうはいはい!」 よほどゼリーが食べたいのか物凄いスピードで着替えてきた花道の格好は、子供のパジャマ着替えのようにぐちゃぐちゃだった。せめてズボンのチャックは締めようよ。 私達は先輩に一度挨拶をして、そのまま体育館を後にした。 ――この時、帰り際に私の肩を抱いた洋平が、後ろにいた三井さんとしばし睨み合っていたことなんて、知る由もない。 |