起きたらそこは新幹線でした。 私はしばらく、何度も何度も目をぱちぱちとさせた。それでもやっぱり状況は変わらず――あ、富士山おっき〜、なんて言って窓を眺める。 「………え?」 「起きたか」 その渋みのある声に、私はハっと横を見た。するとそこには、何故か何故だか本気で分からないけど、海南大付属の牧紳一が居た。私のあまりに理解が出来ないという呆け顔に、牧さんは小さく笑う。 「いや、驚くのも無理はない」 「え?は?え?」 誰だって驚くに決まっている。だって家の布団でぐっすり眠っていたと思ったら、起きたときには新幹線の中って、本気でどういうこと?なに?誘拐?ドッキリ? 「あー!テメ、俺の唐揚げ取んじゃねーよ!!」 「男なんだからちいせぇこと言うんじゃねーよ野ザル!」 「花道!?と、信長くん?」 新幹線であるまじきギャーギャーと騒ぐその隣を見れば、通路を挟んで2名席に座っている花道と信長くんが居た。そしてそれはもう激しすぎる野生の戦いというか、弁当片手に二人は傷だらけだ。 「あのー…えっと、これはどういう…」 「まあ、そうだな…」 そう言って、牧さんはこれまでの流れを丁寧に話してくれた。パチンコ前で偶然花道たちに会って、この猿二人が喧嘩して、これから名古屋の決勝戦を見に行くということで花道を誘ったらついてきた……と。そして花道は私を背負っていることをすっかり忘れて、私まで連れてきてしまった……と。 「でも新幹線って…アレ?花道こんなの乗るお金なんて持ってないんじゃ…」 「ああ、清田が立て替えた」 「えっ!!」 それを聞いて、私はすぐさま信長くんの元へと行った。すると二人は私が起きたことに気づいて「名前!」「名前ちゃん!」と私の名を呼ぶ。あ、この二人ほんとソックリ。 「信長くん、花道のだけじゃなく私の新幹線代も出してくれたってほんと!?ご、ごめんね!さすがにちょっと今はないんだけど、今度改めて二人分返すから!」 「いや!名前ちゃんの為なら全然いいよ!気にすんなって!!」 「そーだ名前!野ザルがせっかくいいって言ってんだ、オコトバに甘えてだなぁー」 「赤毛ザル!テメーは払え!!」 「花道!アンタはちょっと黙ってなさい!」 まったく、新幹線代なんて安いものじゃないっていうのに、それを全部立て替えてくれた信長くんが神に見えるよ。そして花道のこれほどまでに外道すぎる無神経さに、一発私はその頭を殴ってやった。 とりあえずお金に関してはまた後日ちゃんと改めて信長くんに払うとして、私はさっきまで居た牧さんの隣へと腰掛ける。 「桜木とは仲がいいのか?」 「え、ああまあ、幼馴染ってやつです。家が隣同士で…今は私が花道の面倒見てるんですよ」 「桜木の?……苦労してるんだな」 「はい、とっても」 そんな同情するような目で見ないでください。 そういえば、どうして信長くんと花道が隣同士で、牧さんと私で座っているのだろう。普通なら私と花道だろう。不思議に思っていると、牧さんが説明してくれた。 「アイツ等が騒がしいモンでな、寝ているのを起こすのは悪いから俺の隣にしたんだ」 「あはは……お気遣いありがとうございます」 「移動するか?」 「あ、いいえ!別に牧さんがイヤとかではないので…!むしろ、こっちの方が落ち着くので居させてください…」 目が覚めたことで信長くんが物凄くこっちに来たそうにしていたけど、しばらく花道と遊んでもらうことにした。でも静かにね、ほんと。 「なにか飲むか?」 「え、いやそんな悪いです…」 「年上が年下に奢るのは当然だ、気にするな」 「えと…じゃあ……りんごジュースで」 ワゴン販売のお姉さんが通路にやってきて、牧さんはその渋い声で「りんごジュース」と言うとお姉さんはニッコリ笑ってそれを差し出した。キンキンに冷えたりんごジュースを先に私にくれて、牧さんは自分の財布を取り出してお代を払ってくれる。大人だ…。 「ありがとうございます、おいしいです」 ジュースを一口飲んで隣にいる大きな色黒の彼を見上げると、静かに口元を緩ませて頭をポンと撫でられた。私今、物凄く失礼なことを思ってしまった…。 「(お父さんって、こんな感じなのかな)」 なんて言ったら、牧さん怒るかな。 ついに名古屋へと到着した。 真っ先に向かうは県大会が開かれているバスケットボール会場。ここに入った途端、牧さんを見るなり「海南の牧だ!」という声が次々と上がって、“牧紳一”という人がどれほどの存在なのかを知った。県外でもこの知名度って、かなりすごい人なんじゃ…。私はなんて人からジュースを貰ってたんだろう。 牧さんの言う“愛知の星”と呼ばれる男に会いに来たのだが、来て早々担架で運ばれるその――彼。今年は何か違うものがうごめいていそうだ。 観客席に行ってその試合を見ると、どうやらその愛知の星と言われる諸星さんを倒したであろう男が見える。その圧倒的な迫力とパワーに、花道と信長くんはゴクリと生唾を飲み込んだ。私もその光景を見ていたのだが…、 「すいません、私ちょっと…外で待ってるんで」 「大丈夫か?」 「暑さにやられたみたいです…涼しい所で待ってるので、私のことは気にしないでください!」 「無理するなよ」 「はい!」 真夏の太陽と会場の熱気に少しやられたみたいだ。私は少しフラつく足をなんとか持ちこたえてその場から離れた。すぐに見つけてもらえるよう、入口付近の風通しがいい場所を選んでそこに座る。さっき自販機で買った水をぐびぐびと飲んで、ふぅと小さくため息を吐いた。 牧さんはすごく心配してくれていたけど、この大会はお遊びできているわけではない。私のせいで試合が見れなくなってしまうのはどうしても避けたかったから、私はこうして避難することにした。それに、花道と信長くんは私のことなんて気づかないくらい試合を見ていたし。 「名古屋かぁー…あとで観光出来るかな…」 せっかく来たのだから、ちょっとくらい遊んでいきたいかも。ボーっと大きな入口から見える青い空を眺めて、私は静かにベンチで目を閉じた。こうやって目を閉じると、ガヤガヤとした人々の声が逆に心地よく感じる。あ、また眠りそー… 「ねえ君、ひとり?」 「………」 「ねーえ、ねえってば」 「…え、わたし?」 ボーっとしていると、誰かが私に話しかけていた。目を開けると、まったく知らない男の人がひとり。ニコニコと私を見下ろしていて、私は首をかしげた。 「そうそう君!どうしたの?夏バテ?」 「え、っとー…なんですか?」 「いやかわいい子が一人でいるからさ、気になって声かけちゃった」 なんだ、ナンパか。 こんな神聖なるバスケットボール会場でも、こういう輩はいるのか。それに気づいて、私はハァと小さくため息を吐いて男から目をそらした。 「ちょっとちょっと、怪しいモンじゃないって、ただ君とお話したいだけじゃん」 「お茶とかしないですよー」 「冷たいなぁー」 「ちょっと、隣座らないでよ…」 食い下がらないその男は、距離を詰めて私の隣へと座ってきた。近いその距離に、私は物凄く眉を寄せて嫌な顔をしてやった。なんだ、名古屋の男チャラいぞ、オイ。 「君かわいいね、彼氏とかいるの?」 「いる」 「マジかー!」 「そう、残念だったねー」 「まあ、たまにはいいじゃん!」 よくねえ。 なんだこの男、強い…強いぞ。彼氏いるって言ってんのにまだ引き下がらないこの男に、私はもうどうしようかと空を眺めた。そして彼が強引に私の手を掴んだとき、 「おい、何してる」 「え?」 「あ…牧さん」 それはもう塗り壁の如く、色黒の壁が登場した。そのあまりの迫力に、男は口をぱっくりと開いて掴んでいた私の腕をパっと離した。 「なんだァ?このちっこいの」 「ひっ!」 そしてまたも後ろから出てきた、真っ赤な猿。黒壁には劣るけど、コイツもかなりの迫力がある。私に距離を詰めていた男はバっと立ち上がって私から離れた。 「す、すいませんでした!!」 そして泣きそうな顔で謝って、男は猛ダッシュ消えていったのでした。 「体調は大丈夫か?」 「はい、丁度今スッキリしました」 じゃあちょっと、観光でもしませんか? |