勉強会はまだ終わらない。 結局眠りこけながら流川くんはぱくぱくとおにぎりを食べていき、最後には私の指までぱっくり食べて三井さんとリョータ先輩に思い切り殴られていた。その衝撃でやっと目を開けた流川くんに、私はなんとか勉強を教えにかかるのだった。 リョータ先輩は彩子さんの教えとなると妙にはりきって意外と問題を解いていき、三井さんもゆっくりだがなんとかなっている。そして流川くんも、寝そうになりながらも私の説明を聞く姿勢はあり、問題は正解が増えてきていた。 「おー流川くん結構解けるようになったね!えらいえらい!」 「…うす」 わしゃわしゃと頭を撫でると、それはもう猫のように目を細めて……そのまま、――寝た。おい寝るな。いやまだ寝るには早いよ流川くん、問題溶けてきてるけどまだ不安だからね流川くん。 三井さんやリョータ先輩はもう大丈夫なのか彼らはいつの間にかソファで眠っていた。木暮先輩は家が近いからと言ってさっき帰ってしまい、彩子さんもリョータ先輩の勉強が終わったから少し寝ると言って小さなソファにもたれて眠っている。ハっと気づくと、このリビング内で起きているのは私だけだった。 「流川くん、まだ寝ちゃダメだってば」 「ん………」 「流川くん、インターハイ行くんでしょ?なら起きて…」 「んー…」 インターハイという言葉でなんとか薄く瞼を開いてくれた流川くんは、静かにまた上半身を起こしてゆっくり私を見下ろした。 「苗字…」 「うん、そうだよ?」 「苗字……名前…、」 「流川くん?」 これ、起きてるっていうのだろうか?完全に寝ぼけている流川くんは、細い目で私をじーっと見つめている。そんな流川くんの顔を覗き込むように見れば、流川くんは確かめるように、私の頬に手を添えて、掴むようにして見てきた。 「流川くん、顔…近い」 「ん……」 ん、じゃないよ。ど正面のドアップで見る流川くんの顔は、流石というかなんというか、整っている。この顔とあの天才的バスケプレイであれだけのファンを虜にしているんだから、そりゃそうだろう。そしてさっきからずっと見つめられるその視線に、そろそろ私もただならぬ空気を察した。 「キスしてぇ…」 「へ?」 流川くんがそう何かを言った瞬間、視界が真っ暗になった。そして同時に触れる――、唇の柔らかい感触。むにっとしたその柔らかさは、今までの誰よりも柔らかくて妙に気持ちが良かった。触れただけと思われたその唇は再度また重なり、次第に求めるように私の唇を覆う。私は今起こっていることが一体なんなのかと理解するのに完全に思考が停止してしまい、分かったときにはもう……遅かった。 「んっ…ふ、…」 るかわ…くん…! 空いた隙間からそう呼んでも、彼の手は弱まらない。そりゃそうだ、花道と喧嘩しても立っていられるほどの男だ。そう簡単に力でどうにかなるわけない。それになんだか力が入らなくて、私は微量なる力で必死にもがいた。入ってくる舌が私の口内すべてを探るように支配し、まったく違う彼との感触に、私は… 「すとっぷ!!」 ガタッ!ダッ!!! なんとか静止の言葉を出すことができた。そして私は流川くんの手を取ってリビングからそれはもう疾風のごとく出ていく。一瞬見ただけだけど、誰も起きている様子はなかったのでとりあず一安心。そして私は赤木家を飛び出した。 「るるる流川くん!」 「…いいとこだったのに」 「いくないよ!!ちょっと!な、なにしてんの!?」 「なにって、キス」 「ファーー!そうだけど!そうなんだけど!」 この温度差は一体何なのだろうか。わーわーと騒ぐ私に、流川くんは静かに答える。当然すぎることを答えているのだが、その当然がまず間違いだからね! 「なんでキスなんてしたの!?」 「したかったから」 「流川くん!こういうのは、好きな人にしかしちゃダメなんだよ!!」 「おれ、苗字、好きだけど」 いやいや、いやいやいやいや………え?え、ちょっと待って、流川くん、ちょっと待って……。 「…………は?」 「ねみー……寝る…」 バタン 彼は再び、家の中へと入っていった。 「はああああ!?」 わたし今、告白された!? その後、赤木家に再び戻ると、流川くんはさっきとまったく同じ場所で同じ体制で寝ていた。すると晴子ちゃんが降りてきて流川くんを見つけるなりポっと顔が赤くなる。なんだかとんでもない罪悪感が……。そして上からドタドタと花道が降りてきて、深夜で皆寝ているというのに大声で「あー!ルカワ寝てやがる!」と叫んで怒っていた。その声で目覚めた彩子さん、そして晴子ちゃんと私、花道の4人がリビングに集まる。 頑張っている花道へと、夜食と言って晴子ちゃんが焼きうどんを作ってくれた。花道はそれを大号泣しながら食べている。オイ、私が作ったやつより美味しそうに食べてるな…、とちょっと嫉妬。 「インターハイには桜木君がいなきゃだめだよ」と晴子ちゃんに言われ、花道は放棄してきた勉強を徹夜で頑張るのだった。それを私たちも全力でサポートした。 「…けど、やばい、さすがに眠い…」 「名前ちゃんも少しは寝なさい、桜木は見ててやるから」 「ありがとぉ…ござい…ま…」 ほぼ朝の4時を回る頃、一気にドっと眠気が襲ってきた。今からだと3時間は寝れそう…、そんなことをボヤーっと思いながら、私は寝心地の良さそうな場所を探して、そこで意識は途絶えた。 ▽ ▼ 「んぁ…?」 いつの間にか寝てしまっていたらしい。まどろむ意識の中で、ボーっと現実に引き戻されていくような感覚が襲ってくる。そしてゆっくりと目を開けると、食卓テーブルの方では桜木が必死に問題を解いている姿が見えた。勉強してるアイツとか、これは夢かもしれん。そう思うが、やっぱり現実のようなリアルな感覚。 自分はソファに横になっていた。足元にはなんか他のやつの感触がある。この硬い感触は男か、ってことは今自分の視界から見える男を排除して…小暮は帰ったから……ああ宮城か、と理解した。壁に掛かっている時計を薄ら目を開けて見ると、丁度朝の5時頃を指していた。なんだ、まだ寝れそうだな…。起きたからといって動く気にもなれず、俺は再び寝ることを決めた。そして少し体制を変えようと体をよじったその時、手元に何かが当たる感触があって… 「(、…名前!?)」 俺の寝ているソファにもたれかかるようにして寝る、名前の姿があった。机の上で伏せて寝る体制で俺のすぐ真下に居て、後頭部が見える。そのことに少し驚き、瞬間少しだけ身を引いた。けど俺の後ろはもうソファの背もたれしかない。これ以上後ろへ下がることはできず、意味のない動作をしてしまった。自分の手を枕にして、名前は静かな寝息を立てていた。 「(コイツ、ほんと…無防備だな)」 彼氏持ちの癖して、他の男がすぐそばに居るってところで寝るか普通。まあ、ここは赤木ん家だし、全然まだ起きてるやつも居るけどよ…。俺だって、この状況でどうこうしようとかは思ってねぇ。ただ、あまりに無防備なこの女に妙に苛立った。 サラリと、その髪に指を通してみた。いとも簡単にすり抜けて、またサラリと毛がソファに散らばる。…今度は、静かに頭に手を置いた。 「(あーなにやってんだオレ)」 すぐそこでは桜木たちが居るってのに。それでも、撫でるその手は止まらなかった。顔がこっち向いてねぇのが残念だな…。そう思った瞬間、名前がピクリと反応した。 「んぅ……よーへぇ…」 「っ…」 一瞬脈打ったが、コイツから出たのは当然ながらコイツの彼氏の名だ。この女はどうやら夢の中で水戸に撫でられているらしい。さっきのでこっちを向いた名前の顔は、それはもう幸せそうだった。 「バーカ、俺の手だっつの」 頬に手を添えても、コイツはまったく起きる気配がなかった。さっきまで起きてたんかな。だったらもう、遊んでやるのは可哀想か。俺にかかってた布団を宮城ごと剥ぎ取って、名前へとかけてやった。 「(なんで水戸なんだよ)」 |