合宿が始まる。 海の家でのバイトは順調だった。給料日には十分働いた分のお給料をもらえて、私は大事にそれを家の貯金場所にしまったのだが、アイツ等はそうではなかった様子。 ある奴は食に、ある奴は玉に、そして愛する奴は…壊れたバイク修理に。こうして再び資金不足となった彼らは、台風の中バイトに出かけた。私は危ないからと来なくていいと言われ自宅待機となり、次の日に相当大変だったという後日談を聞く。皆で2つの海の家を台風から守り、協力し合ったお陰で犬猿の仲だったオーナー2人は仲良くなったとか。そしてその報酬は十分なもので、なんとか運賃を稼ぐことができたのだった。 一方、花道はついに訪れた合宿に意気揚々と出発時間きっちりに集合したのだが、花道だけ安西先生と学校待機となって不満を大声でぶちまけたのでした。 「はいもしもし」 花道のシュート合宿が始まって次の日のこと。 私は珍しく静かな朝を向かえ、ゆったりとした時間を過ごしていた。というのも、花道は昨日からの1週間、学校に泊まり込みでシュートの練習をしている。花道と安西先生のマンツーマン練習となるのだが、それには協力者がいる。 金髪リーゼントと、髭生やした高校生に見えない高校生と、肥満度がヤバイ男と、何してもかっこよすぎるパーフェクトな色男の、4人組。彼らも学校に泊まり込みで朝から晩まで練習に付き合うとのことで、大変そうだが楽しそうだった。 ということで学校に泊まることはできなかった私は、今日から毎日差し入れでもしようかとお米を沢山炊く準備をしていた。そんな時に、電話が一本。 『名前?』 「あ、お母さん?」 その電話の主は、私の母親からだった。滅多にかかってこないその電話に少し驚き、私は受話器により一層耳を傾けた。 『最近会えてないけど、元気にしてる?』 「…うん、元気だよ、とっても。…お母さんこそ元気?」 『ええ、なんとかね』 「なんとかって…なにかあったの?」 受話器の向こうから聞こえるその母の声は、少しだけ元気がない。言っておくが、私と母はそこまで仲が悪いわけではない。確かに普通の一般的な親子よりは少し距離があるかもしれないけど、それは昔からだ。母は若くして私を生んでいるので遊び足りず、離婚してからはよく家にいないことが多々あった。 それでも私には花道が居たし、母も悪い人ではないので嫌いではない。たまに母親じゃないなこの人って思うことはあるけど、それでもやっぱり私にとっては母親なのだ。 『あのね…お母さん、離婚することにしたの』 「……え?」 デジャヴを感じた。 まだ記憶も浅い小学2年生の頃、母に同じような言葉を言われた。その時父はおらず、最近顔を見ないなと思ったらどうやら別居していたらしい。たまに私がアパートの前で遊んでいると、父が悲しそうに私を見て笑い、そしてどこかへ行ってしまう。そんなことがあった。一瞬で蘇るその記憶に、私はハっと受話器を持つ手に力を込める。 「お母さん、どうするの?」 『どうするもなにも、家追い出してやったからとりあえずここに居るわ!……でも、今までみたいにアナタへの仕送りが多くは出来なくなるの』 「……うん、そうだよね」 『ごめんね名前、お母さんもなるべく送るようにするけど、アナタが生きるためのギリギリの額になりそうなの』 「ううん、大丈夫…今までがわがまま言ってたんだもん、私もちゃんと将来のために働くよ、気にしないで」 いい娘でお母さん幸せ者だわ〜。そんな台詞が聞こえて、母との電話は切れた。ガシャンと受話器が電話の上に落ち、部屋は外で大量に鳴く蝉の声に占領される。 「…そうだよね、こんなの永遠に続くわけが……ないよね」 私は、自分の恵まれた環境を改めて思い知った。そう、今までが恵まれすぎていたんだ。家も、食も、学校も、友達も、そして…恋人も。なにもかも恵まれていた。今だって、まだ恵まれている境地に立っている。 「よし!米炊こう!!」 まずは、腹ごしらえからだ。 「おつかれー」 夏休みでいつもより人が少ない学校へ、私は足を踏み入れた。体育館へ入ると、そこでは一生懸命シュートの練習をする花道と、それをサポートする彼らの姿が目に入る。入ってきた私には気づいている様子がなく、私は彼らの休憩の時間まで待つことにした。しばらく体育館の隅で彼らの練習をじーっと見てると、私に気づいた洋平がこちらへと近寄ってくる。 「居たなら声かけろよ」 「みんな真剣だったから、邪魔しちゃ悪いなって」 そう言ってにへらと笑えば、洋平は私のとなりへと腰掛けた。行かなくていいの?って言えば、アイツ等と交代でやってるから大丈夫、って返される。いつもの洋平の距離が、何故だか今だけは物凄く欲しく感じた。 「なんかあった?」 「えーなんもないよ、どうしたの?」 「いや、ああ…まあ、なんもないならいいけどよ」 驚いた。洋平はやっぱり鋭い。でも、今回ばかりはあまり悟られたくはなかったので、いつも以上に普通を装って返事した。幸い私の普通が効いたのか、洋平は少しだけホっとした表情でまた前を向く。よかった、気づかれてない。 「あ、差し入れ持ってきたからあとでみんなで食べて」 「おう、さんきゅ。…って、もう行くのか?」 「うん、洗濯機回して来たの忘れてて、帰んなきゃ」 「そっか…」 これ以上悟られたくなくて、私は腰を上げて、持ってきた差し入れを洋平に渡す。さすがの洋平も、家事のこととなると口出し出来ないみたいなのですんなりと受け入れてくれる。私は、体育館のドアへと手をかけた。 「お!名前じゃねーか!って、もう帰んのか!?」 「うん、また来るから!がんばってね!」 「おう!ぜってーシュート入れてやるんだ!」 手を振って、私は体育館を後にした。 でも洋平はギリギリまで送っていくと言って、今もまだ隣にいてくれている。真夏の太陽が照りつける炎天下、暑さも気にせず私たちはお互いの手を絡めた。 「インターハイ終わったらよ、皆で海にでも行こーかって話してんだ」 「いいね、花道とも最近遊べてないしね、久々にアイツの犬かき見てみたい!」 「はは、あれは傑作だよなぁ」 ほんの校門までの短い距離を、ゆっくりと歩いた。 それでもあっという間についてしまって、私は一度学校の方へ振り向いて、校舎を背にする洋平を見る。 「しばらくこっちだけどよ、ちょくちょく来んだろ?」 「…うん、差し入れ持ってくるよ」 「ならいーや、じゃあ気をつけてな」 「うん」 どうせまた明日会える。洋平のそんな顔に、私は少しだけ胸がチクリとした。 「あっ…、まって!」 ヒラリと手を上げて体育館へと戻ろうとする洋平に、私は思わずそう言って引き止めた。すぐに止まった洋平はこちらを振り返り、首をかしげる。そしてまた、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくれた。 「どうした?」 「あー…えっと、」 「ん?」 ジっと上から覗き込んでくる洋平の視線を直視できず、私は言葉にならない声を漏らす。久々のこの湧き上がる熱い感覚に、中学生じゃないんだから…と、言い聞かせた。 「あのさ…、ちゅーしたい」 「は?ここでか?」 私は何を言っているんだ。そして洋平も、何を言っているんだといった反応だ。だってここは遮るものは何もない校門で、すぐそこは学校、そして一般道だ。今は誰もいないけど、いつどこでだれが見てるかなど分からない場所。いつもみたいに、隠すところはない。 「あー!やっぱいいや!うん!ごめんね、変なこと言った!じゃ!」 「ちょ、待てって!」 あまりの恥ずかしさにすぐ背を向けて帰ろうとすると、洋平にグっと手を掴まれた。そしてさらに力を込められ、下に引っ張られる。 「わっ、ようへ…」 「しゃがめって」 「え?」 「うらよ」 ちゅっ 私がしゃがんだと同時に、唇にやんわりとした感触がした。でもそれは一瞬で、キス…されたのだと気づくのには数秒かかった。 「あんま可愛いーこと言わねぇでくれる?俺も帰りたくなるだろ」 「……うん、可愛くてごめんね?」 「まったくだよ」 お願いしたのはこっちだけど、不意のキスに、私の返しがなんだかおかしい。それでも洋平は笑って、今度こそ「じゃあな」と言って体育館へと戻っていった。 「いや、かっこよすぎてこっちが謝ってほしい」 私の声は、誰も聞いてくれなかった。 |