まだ頑張れる



「おはようございます」

 私のこの数日の日課は、毎朝学校へ行って花道たちへ朝ごはんの差し入れをし、その後バイトへ向かって夜まで仕事をする。幸い今は洋平も花道も学校に寝泊りしているので、私がバイトを始めたことはバレていない。別に隠さなければいけないことではないのだけど…、きっと彼らがそれを知ったら心配するだろう。そんな彼らへの心配事にだけはなりたくなかった。

「苗字さんおつかれさま」
「あ、おつかれさまです」

 夜9時を過ぎる頃、私は上がりとなったので、スタッフルームで着替えを済ませて帰ろうとしていた。その時、丁度私の30分あとに佐藤さんが上がりとなったみたいでスタッフルームへと入ってきた。

「少しは慣れてきた?」
「はい、皆さんいい方ばかりなので」
「そっか、よかった」
「佐藤さんには色々お世話になってます。ありがとうございます」
「いいよそんな、こっちこそ優秀な新人が入って助かってるよ」

 佐藤さんは本当にいい人だ。新人の私に色々教えてくれて、ちょっとしたミスも助けてくれる。高校生にはない、大人の落ち着きもあって、きっと今でもモテるのだろう。

「じゃあ…」
「あ、まって、すぐ着替えるから…良かったら一緒に帰ろうよ」
「え、あ…はい、是非」

 そう言われて、私は男女共有スペースで少し待つことにした。急いで男子ロッカールーム入った佐藤さんは、少しだけバタバタとして急いで着替えてくれているのがわかる。私が「ゆっくりでいいですよ」なんて言えば、「あははごめんね」と優しい声が返ってきた。

「よし、おまたせ!」
「あは、先輩…ボタンかけちがえてます」
「え!うそっ」
「ほら、ここですよ」
「あ、あはは…」

 無地の紺色のシャツのボタンが一段ずつズレていて、いつものしっかりとしたカッコイイ先輩とは少し違った印象が見えた。佐藤さんは恥ずかしそうに笑って、いそいそとボタンを再度付け直す。洋平だったらシャツのボタンなんてつけず、そのまま羽織るだけなんだろうなぁ…なんて、今いない人物のことを考えていた。

「さ、行こうか」
「はい」

 私の家の近所とは違って、中心街の店の明かりは遅くでも消えることなく賑わっている。駅まではそう遠くないので、一緒に帰ると言っても大した距離ではない。そんな短かな距離を、私たちは肩を並べて歩いていた。

「そこのドリンクショップ行ったことある?」
「いえ、ないです…」
「よかったらどう?」
「あ、はい…丁度喉渇いてたんで」

 佐藤さんが指さしたのは、最近オープンしたというドリンクショップ。様々なお洒落なドリンクが豊富に揃っていて、女子に人気だとか。私も少し気になっていたので、なんのためらいもなくついていった。

「どれにする?」
「わあ、チョコレートの美味しそう…」
「じゃあそれにする?」
「はい…って、あ、いや自分で払います…!」
「気にしないで、頑張ってる後輩にご褒美ってことで」
「あ……、ありがとうございます」

 スルリとスマートに財布を取り出して、佐藤さんは私の分と自分の分のドリンクを店員に頼んだ。しばらくしてドリンクが出てきて、佐藤さんはチョコレートフローズンのドリンクを私に渡してくれる。一口飲むと、あまりのおいしさに顔がふにゃっとしてしまった。

「あはは、顔が溶けてるよ」
「これすごく美味しいです!はぁ…仕事終わりの甘いものってこんなに幸せなんですね」
「確かに、働いたあとのって物凄く美味しく感じるよね」

 サラリーマンが仕事終わりにビール飲んで幸せそうな気持ちがわかります。なんて、外にあるテーブルとイスに座って会話をする。真夏の夜風は涼しくて、冷たい飲み物には丁度合った。
 その後少しだけ喋って、私は佐藤さんと駅で別れた。話すことはそう大したことでもないけれど、店に来る変わったお客さんだったり、過去に店であったおもしろ話だったりと、以外と話は弾んでくれる。別に嫌だとも思わなかったし、佐藤さんが本当にいい人だと分かって、なにも違和感を覚えることはなかった。だから今だって、普通に仕事が終わった達成感を持ちながら電車に揺られている。

「これなら、頑張れる…」

 夜遅くの電車は、もうほとんど人はいなかった。


▼△



「ただいまぁー……って、誰もいないのかー」

 帰宅する頃には23時を回っていた。当然部屋には誰もおらず、シーンと静まり返っている。確かに私は一人暮らしだけれど、帰るといつも何かしら騒がしいやつが居たりと、この家は賑やかだ。家の周りも静かになってしまったこの時刻、なんだかとても寂しく感じた。

「はぁー、明日は定休日だし、ゆっくり出来るかなぁー」

 バイトを始めてから1日も休んでいなかったから、始めたばかりとはいえ疲れは溜まっていた。夏休みということもあってフルタイムで数日ぶっ通しで働いていれば、そりゃ疲れるよね。
 幸い明日は定休日なので気兼ねなく休むことが出来る。明日はゆっくり寝て、ちょっと遅めの時間に学校へ行こう。差し入れは何にしようかな、冷たいものがいいかな……、

「んで……よーへぇに、…いっぱい……ぎゅーって……」

 ドっと疲れがきたのか、私の目は完全に閉じられた。まるで瞼に重りでもついているかのよう。体中疲れて、お風呂も入りたいのに、だめだ…睡魔やばい。

「はな…み……」

 すっかり眠りについてしまった私は、電話に何件もの着信歴があったことなんて知る由もなかった。
 おやすみなさいマイダーリン。






 

hanamichi


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