「んぅ…」 ひぐらしがカナカナキーキーと鳴いている。開けっ放しの窓からは、遠くの海風がそよそよとカーテンを揺らしていた。薄く開いた瞼からはオレンジ色の光が部屋を照らして、一瞬別世界にいるかのような錯覚を起こす。風が吹くたびにじんわりと汗ばんだ部分がひんやりと涼しかった。 朦朧とする意識のなか静かに瞼を開いて、横になった世界をボーっと見つめる。世界が横になったのではない、私が横になっているのだ。ボヤボヤとした視界に見えるその“横の世界”は、いつも見慣れた生活感あふれる部屋だった。そしてようやく、自分が寝ていたという事実に気づく。なんだか、長い夢を見ていたようで、未だに現実を感じられない。それでも一度目覚めてしまえば、意識は段々と現実を理解していく。一際大きな風が吹いて、カーテンがすぐ頭上まで風に揺られた。 そして聞こえる、ひぐらしと…カラスの声。 「え………いま、なんじ…?」 起き上がる気もしなくて、目線だけで時計を探す。幸いすぐ目の前の壁に引っかかっていたのだが、寝起きで目が霞んでうまく見えない。手で目をぐりぐりとすれば、微妙にハッキリと見えてきたので針の位置を必死に目を細めて見つめた。えーっと……、 「げっ!もう4時じゃん…!」 その瞬間、色々とボヤボヤしていたものがハッキリと頭の中に蘇ってきて、私は完璧に目覚めました。そうだよ、今日はお昼頃に起きて花道たちに差し入れに行って、そのまま洋平にぎゅーってしてもらってラブラブな一日でも過ごそうかという計画をこっそりしていたのよ。なのに今の時間は、まさかの4時!朝じゃなくて、16時の方の!完全なる遅刻で、私の中の計画が崩れ落ちていく音がした。そうとなれば今更動く気になるわけなく、私は結局寝ていたときと同じ体制で一瞬頭の中が無になった。 「うぅ…よーへぇ……」 「はいなんでしょーか?」 「わあ、ショックのあまり洋平の声が聞こえ…………え?」 「おはよーさん」 !??!?!? 思わずベッドを蹴飛ばす勢いだった。私が悲しんで愛するマイダーリンの名を呟けば、すぐ後ろ耳元に甘い声が聞こえてくる。地味にショックすぎて幻聴が聞こえるのかと思ったけど、いや、そうではない。確実に後ろに何かが――“いる”!! そして振り向いてみれば、大好きすぎるマイダーリンの顔がドアップで、登場。 「え!いつの間に!?忍者!?」 「いやさっきからずっと居たっつの…、お前ぜんぜん気づかねーんだからよォ」 「え、うそ!」 「嘘ついてどーすんだよ」 「確かに!」 全然まったく気づきませんでしたが、洋平は私の後ろに寝転がっていた。通りで、背中がじんわりと汗ばんでいるわけだ。しかも腰には洋平の手がずっと回されていて、あまりの違和感のなさに気づいていなかった。上半身を起き上がらせて口をぱくぱくする私だが、目の前の洋平は右腕で頭を支えてくつろぎのポーズ。 「そんなに俺が恋しかった?」 「へ?」 「寝てる間もずっと俺の名前呼んでたから」 「え!まじで!はずかしい!」 きゃっ!と手で顔を覆って恥ずかしいポーズ。 聞けば、今日は近所の神社で縁日のお祭りがあるらしく、練習の息抜きで皆で行くことになったらしい。私を誘うために洋平が家に来てくれたらしいのだが、私は爆睡状態。あまりに気持ちよさそうに眠っていたので、時間まで洋平も一緒に寝ていた…らしい。なるほど、そういうことか。 「つか名前、お前昨日どこ行ってたんだ?」 「えっ?な、なんで?」 「昨日あんだけ電話したっつーのに、全然出ねぇから心配したんだぞ」 「え、あ…電話くれてたんだ…あー、ごめんね?気づかなくて…」 「なに、隠してんだ?」 ベッドの上で洋平にグっと迫られ、私はいつの間にやら壁に追い込まれていた。電話なんて全然気にもしてなかった。多分かけてきたのはバイトに行ってる間だろうし、そんな時間に家にいないとあったらそりゃ気になるよね。 「昨日はね、ちょっと中心街まで買い物に行ってて…それで家帰るの遅くなっちゃったの。帰ってきたら疲れてそのまま寝ちゃって…だから、ごめんね?」 「……本当、なんだな?」 「うん、本当だよ」 本当のことは、まだ言えなかった。 目の前で私を見つめる洋平の目は、疑いというよりも、不安が見えた。私は心の中で「ごめん」と何度も伝え、いつもと変わらぬ“嘘を吐いていない”表情でハッキリと答える。 追い込まれた体は静かに開放され、上がっていた私の肩はホっと下りた。洋平は完全に納得したようではなかったけど、とりあえずは信じてくれたようだ。 「そういや、お祭り行くんでしょ?」 「ん…おう、後で現地に集合だ」 「何時から?」 「18時過ぎかな…まあ、アイツ等なら好き好きに来るだろ」 「じゃあ…少しだけ時間あるね?」 そうやって言えば、洋平は少し首を傾けた。でも説明する間もなく、私は勢いよく洋平へと飛びつくのだった。不意打ちになってしまって洋平は私と一緒に倒れ、また2人してベッドに寝転がる。 「なに、どーしたんだよ?」 「洋平!会いたかった…!」 毎日会ってるだろ? そう言われるけど、私の体は今最大級に洋平を欲している。驚いたり嘘ついたり色々あってすっかり忘れていたけど、そうだよそうだよ、洋平がいる。私の目の前に!無防備な格好で! 「はぁー…幸せ、洋平がいる…幸せぇ…」 「ったく、こんなくっついて…どーなっても知らねぇぞ?」 「いいよ、洋平になら何されても幸せ」 「………、あーもう、煽んないでくれる?」 ガオーって、さっきまで下にいた彼は、余裕のない笑みで私を見下ろしていた。仕度しなきゃいけないけど、とりあえずちょっとくらいは、ね。 |