花道のシュート合宿も、もう一週間。 ついにシュート二万本を達成した花道はそれはもう盛大に喜んだ。それと同時に帰ってきた湘北高校バスケ部の皆。インターハイ向けてまた、全員での練習が始まる。 そして今日は――花道が帰ってくる日だ。 「あれ、花道…身長伸びた?」 一週間ぶりに家に帰ってきた花道は、なんだか前よりも逞しくなった気がした。なんだかんだほぼ毎日会ってたんだけど…ね。いつもの風景でいつものように並んでみると、変化が分かる気がした。 「ム?」 「なんか前よりおっきくなった気がする」 「ムム!?そうかぁ〜??」 「今度学校の計りで計ってみたら?」 そう言って私は台所、花道はいつものようにリビングのソファに我が物顔で座った。今日は奮発してお祝いごはんだ!生姜焼きにオムライスに焼きそばにハンバーグに……花道が好きなものをいっぱい作った。 もちろん、ものの一瞬で平らげてくれるのです。もう見てて気持ちがいいよね。 「明日からまた頑張るんだよ」 「まかせろ!この天才桜木が湘北を優勝へと導いてやる!ナーッハッハッハ!…………………ム?」 「え、な…なに?」 いつもみたいに大口空けて行儀悪く笑う花道だったのだけれど、何故かその笑いはピタリと止まって…ジーーーっと私を見つめた。理由がまったくもって分からない私はただ首をかしげて花道を見る。なに?なに?一体なんなの? 「名前おまえ……肉無くなったか?」 「はっ?」 「なんかよー、まえより細っこく見えんぞ、ちゃんと食ってんのかぁ?」 驚いた。花道にそんなことを言われるとは。 何故なら今までに私が髪を切ろうと化粧をしようと何しようと、花道はまったく気づかずスルーだったのだから。なのになんで、どうして、私でも分からないようなそんな変化を……気づくの? 「はぁ!?何言ってんの!だ、ダイエットだよダイエット!夏だし露出も増えるんだから当たり前でしょっ!」 「いでっ!なんで叩くんだよ!!」 「普段何も気づかないくせにこんな時だけ変なこと言うからでしょ!練習で疲れてるんじゃない!?さっさと食べて寝なさい!」 「オイ!なんで怒ってんだよ〜〜!?」 「怒ってないってば!」 油断した。まさか花道にそんな気づくなんて能力があったとは!なんだかこれ以上顔を合わせているとさらに何か言われる気がして、私はキッチンへと洗い物を済ませるふりをして駆け込んだ。といっても狭い部屋だからそんなに距離は離れていないけど、正面きって顔を合わすことはなくなった。 「(花道のばか)」 私の体重は、確かに減っていた。 でも、それはダイエットの成果でもなんでもない。正直私は自分の体形にはそれなりに満足している。確かにもう少し痩せてもいいかなとは思うけど、コンプレックスに思うほどではない。 けれど最近…食事がうまく出来ないのだ。理由は分かっている。そうなったのは……バイトを始めてからだった。 別にバイトが辛いわけでも、職場の人とうまくいってないわけではない。ただ、無性に辛いと思う時がある。 でもそんなのは今まで世間に出て働くということをしてなかった自分の弱さだと思っている。ただ、働くことに慣れてないだけ。そう、それだけ。だからきっと慣れてしまえば辛いことなんてなくなる。食事だって上手くとれるようになる。 今だけ、今だけ我慢すればいい。 インターハイ当日までもうすぐ。 あの後、花道は晴子ちゃんと出かけたらしく、新しいバッシュを手に嬉しそうに帰ってきた。そして私の言った通り身長も伸びていて189.2センチになっていたのだとか。 私は相変わらずバイトを続けている。今日も丸々1日バイトの日だった。花道の応援にはどうしても行きたかったから、それまではほぼ全日バイトを詰め込んでいる。 もう花道の特訓に付き合う日々は終わったので洋平にバレてしまうかもと思ったけど、洋平も埋め合わせとしてここ数日はバイトを詰めているらしい。それを聞いて嬉しくはない話だけど、私はホっとした。 「いらっしゃいませー」 カランカランと喫茶店のベルが鳴り、2人の女性が入って来た。一人は大人で、一人は私と同い年くらいの女の子だ。見た感じ親子だと思われる。丁度忙しいランチタイムが終わって、時計は3時を指そうとしていた。にこやかに席へと座ってメニューを見る2人は、とても仲のいい親子なのだろう。母親らしき人が視線をこちらに向けたので私は注文メモを手に持ってすぐに2人のテーブルへと向かった。 「このケーキセットを2つください、私はチーズケーキとホットコーヒーで、この子はフルーツタルトとアイスティーで」 「かしこまりました」 受けた注文を繰り返して確認し、その注文をキッチンへと伝えた。――とその時、先ほど注文を取ったお客様の母親らしき女性がこちらへと近づいてきて、声をひそめるように私に話しかけてくる。 「いかがなさいましたか?」 「あの、ここってケーキのプレートにメッセージとか描いてもらえますよね…?」 「あ、はい…なにかご希望ですか?」 「あの…娘が今日誕生日なので、よければこのメモのメッセージ描いてもらっても良いですか?」 なんとも微笑ましいお願いだった。ここの店はケーキを出す際にプレートにチョコソースなどで描いた絵を添えて出していて、それはもちろん誕生日メッセージを描くことも可能だ。だから誕生日の予約なんかにもよく使って頂いていて、こういったお願いは珍しくはない。私は笑顔で「勿論喜んで」と引き受け、そのプレートのことをキッチンへ伝えた。 「苗字さん、描いてみる?」 「え、私がですか?」 「前に描いてみたいって言ってたでしょ?」 キッチンの年配の女性がにこやかにそう言ってくれて、私の心臓は少しドキドキする。確かに描いているところをいつもこっそり見ては「素敵ですね」と言っていたのだけど、まさか自分が描くとは想像もしていなかった。自信はなかったけど私は思い切って「やってみたいです!」と伝えると、キッチンの女性はまたにっこりと笑った。 「うっ……結構難しいですね…」 けれどいざ描こうとしてみると結構難しくて、プルプルと震える手を必死に抑えながら私は慎重に“HappyBirthday”と描いていく。事前に描く時間をもらってはいたのでまだ時間は大丈夫だが、そう悠長もしていられない。 そして教えをもらいながら言われた通りに頑張って描いていき、なんとか誕生日プレートは完成した。何度か間違えたけど、これは我ながら傑作だ!カメラがあったら撮っておきたかった。 「お誕生日おめでとうございます!」 「えっ?」 「お誕生日おめでとう、いつも仕事で時間とれなくてごめんなさいね」 「お母さん…ありがとう!」 急いでケーキをプレートに乗せて、サービスでロウソクも立てて私は娘さんの前にフルーツタルトを置いた。そしてお母さんからのサプライズだと知り、娘さんはとても嬉しそうに笑ってみせる。この時私は、なんだか………胸が苦しくなった。 ああ、いいなぁ……って。 ついに明日はインターハイ。 花道たち湘北高校バスケ部は朝早くから新幹線で会場である広島へと向かっていて、今日はその開会式がある。私たちは明日の試合本番に観戦に行く予定で、今日の夜発つことになっていた。勿論お金があまりないので夜行バスでだ。 その日もバイトを入れていたのでひと仕事終えて家に帰って来た頃には日が落ちかけていた。横浜駅22時出発なのでまだ時間に余裕があり、一応念のため荷物のチェックをする。ちなみに洋平も同じくバイトを入れていて、私の家に迎えに来る約束の時間まではまだあった。荷物チェックも十分だし、約束の時間までは少し休憩することにしよう。 プルルルルルルル 静かになった自室でボーっとしていると、家の電話が鳴り響いた。誰からだろうと受話器を取ると、そこからは『名前?』という聞きなれた声。 「お母さん…」 そこまで久しぶりでもない、母の声だった。母との電話は以前のアレが最後で、元々数か月に1回の頻度でしか電話してこない母からしたら珍しく頻繁に入る数だ。そして今まであまり感じることなかったというのに、私は母の声に妙に安心してしまった。 「お母さんあのね、私バイト始めたんだよ」 『あらそうなの?ほんとアンタって良い子ねぇ〜苦労かけさせてごめんね』 「働くのって結構大変だね、楽しいんだけど」 『でしょー?私はもう働くのはパスだわ、体がもたないのよねぇー』 親子の会話にはきっと聞こえないだろう。でもこれが私のお母さんで、誰にも代えられない。そんな母の声はどこか前よりも上機嫌に聞こえた。 「お母さんいいことあった?」 『あ、そうなの聞いて聞いてぇ!名前あのね、お母さんイイ彼氏見つけたのよ〜!』 「え……、」 またか………、私はそう思った。 『今回も結構お金持ってるイイ男だから、名前もまた楽させてあげれるわよ〜』 「…………そう、」 別に母に彼氏ができることは悪いことではない。母もまだ若いのだし、一人の女性として生きていたいだろう。ただもう少しだけ…、 「その彼氏さんは……私がいること、知ってるの?」 『え?あー……』 「言ってないんだ」 『あははやぁーね、近々言うわよ?大丈夫大丈夫!そういうの受け入れてくれる人だから、心配しないで?……っていうか、アンタ今までそんなこと言わなかったじゃない、どうかしたの?』 「ううん、違うの…」 私は何を言っているんだろうかと思った。こんなお母さんを困らせる言葉、今まで言わなかったのに。というか、お母さんの言う通り…今まで気にしてなかったのに。 「ごめんね、お母さんを困らせるようなこと言って……いいよ私のことは気にしないで。私ももうあと数年したら大人になるんだから、お母さんの負担にならないよう頑張るよ」 『名前?アンタ、なに言って…』 「ごめんお母さん、今日からちょっと出かける用事あるからもう切るね」 『ちょっと、名前っ…?』 プツッ――ツ―ツ― 半ば無理やり切ってしまった。お母さんに変な風に思われたかな。でもこれ以上繋げていると余計なことを言ってしまいそうで…私は閉じた受話器をグっと再び押し込む。 「はぁ……私なに言ってんの、こんなのよくない…」 きっと慣れないことを始めたから色々と頭が追いついてないんだ。私のバイトもそうだけど花道はバスケばっかりして私のことなんて放っておくし、洋平もバイトをやたら詰めててあまりガッツリと遊べてないし、高校入ってから色々事件に巻き込まれたりもしてるし……そう、そうだ、そうなんだ。 「元はといえば花道が悪いんだ!!」 花道がバスケなんか始めて楽しそうで、色んな人と出会って喧嘩しそうになって巻き込まれて解決して、長かった髪も丸刈りにしちゃって、身長まで勝手に伸びちゃって、シュート練習のために合宿なんかもしちゃって、そしてそしていつの間にかインターハイなんか出るようになっちゃって……。 「花道が遠い」 おかしい。いつも近くにいたアイツが、凄く、凄く……遠く感じる。 「はなみちのばかやろう」 完全なる八つ当たりだった。 |