バスケットマン桜木



 花道の勝利宣言により、湘北は勝つしかなくなった。
 さっきまで真っ暗とも見えていた視界に勝機が見えてくる。まだ湘北は死んでいない。あのおバカ天才ド素人がいる限り、湘北は最後の最後まで死なないだろう。
 こうして後半始まってはじめてのゴールを決めることに成功した湘北。だからといってそう上手く巻き返せるわけでもなく、特に赤木さんが立ち回れていない。けれどそれを目覚めさせてくれたのはまさかの魚住さんで、何故か板前の恰好してシャリシャリと大根の桂剥きをしてみせた。何を言っているか分からないと思うが、私も何を言っているのか分からない。――とまあこうして湘北は点を取り返していった。
 もう、ヘロヘロになりながらもシュートを打つ三井さん。そんなヘロヘロになりながらも打つ三井さんには、確実な信頼があった。外したとしても、花道がリバウンドを取るからだ。この試合には全て花道が勝利へ導く扉を開いていっている。そして皆は自分の最大の力を発揮させている。

「どうしよう……花道、めちゃくちゃかっこいいんだけど…惚れちゃいそう」
「何言ってんだよ、お前はとっくに……花道にベタ惚れだろ?」
「………うん、そうだった」

 私はずっとずっと、いつだって、花道が大好きだ。
 遂に日本の頂点と呼ばれるセンターの河田という選手が花道をマークした。その人がどれだけ凄い選手なのか私には分からない。けれど日本の頂点と呼ばれる選手にマークされる花道がどれだけ凄いのか、そんなのは容易に理解できる。
 だってあの、4か月前まではバスケットなんて触ったことないような花道が…そんな凄い選手を相手しているんだ。
 湘北は8点差まで山王に迫った。花道のリバウンド、そして……流川くん。けれどそれを阻止する栄治くん。ここからは完全に、湘北のエース対山王のエースだった。
 栄治くんの活躍により点差が開き、残り6分となってしまう。

「いいぞいいぞエイジ!いいぞいいぞエイジ!!」
「あ、栄治くんのお父さんだ……あっちは変わってないなぁ」

 向こう側の席にひと際明るく応援するおじさんに見覚えがあると思ったら、栄治くんのお父さんだった。後で挨拶とか行った方がいいんだろうか…。まあ、機会があったらにしよう。
 さすがの流川くんも日本一の高校バスケプレイヤーと呼ばれる栄治くんに勝つことはできないかと、そう思った。でもまだ試合は終わっていない。流川くんは確かにこのままでは栄治くんに勝てないかもしれない…でも、勝つ方法はある。
 湘北というチームが出来上がってきている。いや、もう出来上がっている。皆それぞれの個人プレイが目立つ湘北だったのに、パスを回して、お互いを信頼して、そしてそれを確実に点につなげていく。そしてその中には花道がいて、遂に湘北は8点差にまで追いついた。

ガシャァアンッ!!

 ここが勝負だというときにルーズボールが発生してしまい、このボールを取らなければ圧倒的に湘北の不利となってしまう。一番近くにいた三井さんがそれに食らいつこうとするも、もう間に合わない――そう思った時。
 花道がボールめがけてテーブル席に突っ込んでいき、そしてボールはコートの中へ、花道はテーブルに思い切り身体を打ち付けた。あまりに迫力のある音に思わず私たちは立ち上がり、花道の様態を柵に乗り上げながら見つめる。一瞬会場が静かになり……そして、元気よく花道が起き上がった。
 気づけば山王の応援ばかりだった声が、どんどんと…湘北のものに変わっていく。

「(…………花道?)」

 少しばかりだが、違和感を覚える。花道の表情にほんの少しの変化があった。けれどまだ些細で、確証はない。けれどプレイが再開され、再び花道のリバウンドが必要となった時……私の違和感は確実となった。

「……名前?」
「…………」

 私は隣にいる洋平の手をきゅっと握った。どうか花道が、無事でいてくれますように。大したものではありませんように…って。何も言わない私に、洋平は同じように手を握り返してくれる。思っていても口には出したくなかった。だからこの不安をどうか和らげてくださいと、そう願うように。
 あと2分。タイムアウト終了後、山王の選手に早速2点入れられてしまう。
 固いガードをなんとかリョータ先輩が抜けるも、完璧なまでのディフェンスで先が見えなくなってしまう。

「なぁ、名前……」
「……うん、やっぱり」

 洋平も、花道の異変に気づいたみたいだ。先ほどから花道から目が離せなくなった私は、どんどんと変わっていく花道の変化に冷や汗が流れた。やっぱり花道の様子がおかしい。そしてずっと、子供の頃から一緒だった私には分かる。
 あれは、痛みを我慢している時の顔だ…。

「花道!!!」

 ついに、花道が倒れた。
 赤木さんに支えられてベンチへと戻っていく花道を見て、私たちは急いでその場へと向かった。その時に彩子さんが“背中を痛めている”と言っていて、それを聞いたバスケ部のメンバーたちの顔がサーっと青くなる。
 どうしてそんなにも青ざめさせているのかと不思議に思えば、部員の一人が「背中は選手生命の危機…」と小さく呟くのが聞こえた。それを聞いて私は息をのむ。選手生命……って、もう、バスケが出来なくなるってこと?あんなにも楽しくプレイしてた花道が、見れなくなっちゃうって…こと?
 うつ伏せて顔も見せないで倒れる花道に、私は膝をついて近くに寄った。

「ねぇ……花道、」
「っ…………」

 花道にだけ聞こえるように、顔を伏せて私は話しかけた。ぴくりと花道の肩が震える。けれどこちらは向かなかった。でもそんな花道の今の表情が、なんとなくだが見えてくる。

「アンタ……ここで終わって、満足……出来ないでしょ…」
「……………できねえ」
「……でも、今出たら…バスケもう……できなくなるかもしれないんだよ…」
「………ッ…、」

 花道の拳に、ギュッと更に力が込められた。そっとその手に自分の手を重ね、私は言葉を続ける。

「できなくなるかもしれない可能性と、今ここで勝てるかもしれない可能性……あんたなら、どっちを取る…?」
「っ……?」
「私は分かるよ、だってずっと……花道のこと見てきたから」
「……名前、」

 本当はこんなこと言うの間違ってる。止めなきゃいけない…。でも、私は……ここで終わるあんたを見たくない。

「花道の思うようにやりな……そのあとのことは、私が全力でサポートするから。地獄の底まで」

 花道のギラリとした瞳が私を捕らえた。そしてゆっくり体を起こし、私の頭にその大きな手が乗った。

「おう、この天才はここじゃ終わらん…!」
「うん、そうだよ花道」

 ずっと喧嘩ばかりやってた、元気と頑丈さだけが取柄の桜木花道は…今日ここで、本当のバスケットマンになった。
 ただの素人だったクセに、その成長は目も追いつかないほど……たくさんの人を圧倒させた。けれど同時にその急成長は、ほんの少しのヒビであっという間に崩れていく恐れがある。だからってここで、花道が終わるなんてこと……私には考えられなかった。

「愛してんぞ、名前」
「うん、わたしも愛してるぞ!」

 さあ、行ってこい!


▼△



『大好きです。今度は嘘じゃないっす』

 桜木花道にとってバスケットボールは、心から楽しめるものとなっていた。たとえ選手生命に関わろうとも、花道にとって今が――そう、今が栄光時代なのだ。

 残り1分。
 湘北71点、山王工業76点。その差はなんと5点差にまで迫っていた。ここで終わるわけにはいかない。花道の再度加入により、試合はラストスパートを向かえた。
 ゴール下を取られてしまい山王の選手がゴールにボールを投げた時、背中を痛めているというのに花道はそれを叩き落とした。そしてそれをリョータ先輩が取り流川くんと共に相手側のゴールへ突っ込む。山王の選手がそうさせまいと止めるが、リョータ先輩のボールが三井先輩へとパスされ…そしてシュートを決めた。点差は、2点。そこから山王白6番によるプッシングファウルでワンスローとなり、三井先輩のフリースローで――その差は1点。

 残り40秒を切った。
 山王河田選手のダンクを赤木先輩が叩き落とす。そのボールを花道が取るも痛みのせいで栄治くんに渡ってしまうが花道が再び奪い返す。
 1秒、1秒がまるでスローモーションのように、目まぐるしい戦いが繰り広げられる。そして流川くんへ…花道へ…流川くんへ……私たちは今、奇跡を目の当たりにしている。あれだけいがみ合って、協力なんてものがなかった二人が今、必死に勝つために、手を取り合っている。

 残り20秒――。
 湘北が逆転を見せる。だが栄治くんのボールが見事ゴールに入り、その差はまた1点差。この土壇場での再びの追い越しに湘北の心は絶望した。
 ――だけどまだ、花道は諦めていない。ただ一人ひたすらに相手ゴールに向かって走る花道に、赤木さんはパスを回そうと手を振りかざす。そしてそのボールは流川くんへと回り、山王の選手が皆流川くんを阻止するために高くジャンプした。
 だが流川くんに見えたのはゴールではなく――花道だった。

「左手はそえるだけ…」

 ピーーーーーー!
 その最後の姿は、今までで一番綺麗な――フォームだった。






 

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