ツンツン頭の釣り人

 休日の朝は早めに起きるようにしている。
 バスケ部に戻った花道は、あれから毎日のように部活を頑張っていた。中学の頃では考えられないそのスポーツマンっぷりに、遊ぶ時間が減ってちょっと寂しいような嬉しいような複雑な気持ちの私。
 今日も朝から部活だと聞いていたので花道の朝ごはんを大量に作って丁度食べさせているところだった。ガブガブと野獣のように食べる花道を背に台所で洗い物をしている私の姿は、母親だと言われても否定できないほどその役割を果たしすぎている。こんなバカでかいバカは産んだ覚えがありません。
 そんな時、小さな部屋に固定電話が鳴り響いた。

「はい苗字です」
『はよ』
「あ、洋平おはよー、どうしたの?」
『今から釣り行くけど、来るか?』
「行く」

 休日の朝は、こういったお誘いが稀にあるから早めに起きるようにしている。二つ返事で即答した私は残りの洗い物を猛スピードで済ませて出かける準備をした。

「どっか行くのか?」
「洋平と釣り行ってくる!」
「おお、今夜は魚かぁ!マグロがいいぞ名前!」
「バカか!さっさと部活行けバカ!」
「二回もバカって言った!!」

 洋平は結構釣り好きなところがある。私と付き合う前からしょっちゅう休みの日に堤防に出かけては釣りをしていたと聞く。
 釣りは女子人気が低いので洋平自身も誘うのを躊躇っていたみたいだけど、私は普通に釣りというものに興味があったので喜んで付いて行っていた。釣りをしている洋平の姿を見てみたいっていう下心付きで。
 出かける準備をしている間に花道は意気揚々と家を飛び出し、丁度私の準備が終わった時に洋平が家まで迎えに来てくれた。愛用の原付と一緒に。
 私たちは海へと向かう。


▼△



 季節は春の終わり目、肌寒い日と温かい日が入れ交じるこの季節だが、今日は温かい方だった。夜はさすがに長袖じゃないと寒いが、太陽が出ている時は着込んでいると少し暑いくらい。釣り人にはかかせないキャップ帽をかぶって、私と洋平は行き慣れたとある海の堤防に来ていた。
 既に朝イチで釣りをしているのであろう休日のサラリーマンらしき人影がずらりと堤防に並んでいた。私たちもいい感じの場所を決めて、洋平は真っ先に私用に買ってくれたアウトドア用折り畳みイスを設置してくれる。こういう気遣いコンテストをさせたら洋平は絶対に1位間違いなしってくらい、本当にできたダーリンだ。

「何が釣れるかなー」
「いいの釣れたら今日の晩飯だな」
「花道はマグロって言ってたよ」
「さすが花道だな」

 堤防に腰を下ろし、洋平は釣り糸を海へと投げた。ここからはただひたすら待つのみなので、私と洋平は海を眺めながら他愛もない話をする。語尾がいつも伸びる先生がこの前5秒くらい伸ばしてて笑っちゃったよ、とか。最近できた美味しいと評判の喫茶店に今度行こう、とか。本当に大したことは話してないけど、洋平とならなんでも楽しい。
 いつも一緒に居る私たちだから自然と会話が途切れたりすることもある。でもそれは別に嫌なことでもなかった。ただ寄り添って一緒に居ることだけで、私は十分満足だから。

「なかなか釣れないねー」
「だなー」

 今日はあまり釣れない感じだった。でも釣りはほとんどが忍耐で、むしろこの時間が楽しいと思う人も釣り人には結構居る。洋平も釣り好きとして、この何もない時間は嫌いではないらしい。

「飽きたか?」
「ううん」

 洋平と一緒に居るから全然そんなことは思わない。即答する私に、洋平は「お前ってほんといい女だな」と小さく笑って言った。私はドヤ顔で「まあね」と返す。

「よし!ちょっと偵察いってくるよ!」
「おー、変な男に捕まんなよ」
「だいじょーぶー、釣り好きに悪いやつはいないってハマちゃんが言ってた」
「はは、そりゃ間違いねぇ」

 よっこいしょと立ち上がり、私はキリっとキャップを整えて偵察へと向かうことにした。偵察…というのは、周りの釣りをしている人たちがどれほど釣れているのかを見るという簡単なお仕事。良さそうな場所があればそれを洋平に教えて場面チェンジだ。
 そうとなればと、私は近くの堤防を歩き回った。釣りをしているのは大抵が中年のおじさんばかりで、貴重な休日を使って釣りを楽しんでいるのが分かる。
 そんな中、一人だけ若い男性がいるのを見つけた。しかも格好はどう見ても学ランで、同じ高校生っぽい。

「わ、お魚がたくさん!」
「ん?」

 気になったので近づいてチラリとそのクーラーボックスの中を覗くと、そこには沢山の魚が入っていた。思わず声を出してしまった私に気づいたその青年は、不思議そうに私を見つめる。咄嗟に私は「あ、すいません」と小さく言った。
 振り向いた彼の姿はやっぱり学生服で、ツンツンとした黒髪が特徴的な人。結構ガタイもよく、立ったら花道よりも大きいかもしれない。その大きさの男子には最近は随分慣れてしまったので怖くは無かったが、余計怖く無かったのはその人柄の良さそうな顔つきだった。

「君も釣りするの?」
「え、あー…まあ、ちょっとだけですが」
「女の子が居るなんて珍しいなぁ」

 彼はそう言ってニッコリ笑う。基本的に洋平に付き合って釣りを見るだけだが、たまに私も一緒に釣りをすることがあった。だから一応、嘘は言ってない。

「凄いですね、大漁」
「ああ、今日は調子が良くてね」
「チヌにメバル…あ、カサゴまでいる!」
「へぇ、君くらいの女子が見ただけで魚の種類が分かるなんて、結構慣れてるんだね」
「あ、いえ、釣り好きな人が近くに居て、よく釣った魚で料理するんです…だから」

 なんだかとても優しそうな…というかまんま優しい人で、思わず会話が弾んでいた。

「そっか、じゃあ今日も食料調達?」
「半々ですかね」
「じゃあ、この中の魚、好きなだけ持ってっていいよ」
「え!?いやそんな、悪いです…せっかく釣ったのに」
「俺は釣るのが好きなだけだから、この魚も君みたいな人に料理してもらった方がきっといいよ」

 なんていい人なんだろうか…。申し訳ないと思いながらも、私はそのクーラーボックスに入っている美味しそうな魚たちを見つめてゴクリと生唾を飲んだ。これだけあれば、食費もかからないし花道もお腹いっぱいになる…。

「ははは!」
「え、え?」
「君って嘘つけない顔してるね、いいよ遠慮なく持ってって」

 明らかに“欲しい”と顔に出ていたらしく、盛大に笑われてしまった。恥ずかしくて顔が赤くなっていくのが分かり少し俯けると、上の方から「ごめんね」と彼が言う。フォローまで優しい…これはまごう事なき好青年。

「じゃあ俺はそろそろ行くかな」
「え、もういいんですか?」

 よいしょと立ち上がり、彼は帰る仕度をしだした。持って帰っていいよと言われた魚は丁寧に氷の入った袋に入れられて手渡され、あまりに自然だったので普通に受け取ってしまった。

「行かなきゃ煩いんでね」
「なにがですか?」
「部活」
「あ、やっぱ学生なんですね…」
「君も学生?何年生?」
「1年生です」
「じゃあ俺のが先輩だ、俺は2年」

 あまりに大人すぎる風格についつい社会人と喋っている気になってしまったけれど、やっぱり学生さんだった。学校は?と聞かれたので湘北だと答えると、彼は「残念、俺は洋南だ」と爽やかに返す。洋南っていえば電車で数本のわりとご近所さんな高校だ。
 立ち上がると思った通り背が高くて、これは花道よりも大きい。部活と言っていたけど、一体なんの部活なのだろうか。

「そうだ、きみ名前は?」
「苗字名前です…」
「俺は仙道彰」
「仙道さん…ありがとうございます」
「うん、じゃあね名前ちゃん」

 仙道彰と名乗った彼は、そう言ってまたも春の陽気に似合う爽やかな笑顔で堤防から姿を消した。なんだか全体的にサラっとしていていつの間にか話が進んでて終わっている、そんな感じだった。とりあえず良い人だったなぁなんて、私は手にあるビニール袋を見ながらその優しさを再確認。

「お、ここ空いたし洋平呼んでこよ!」

 今日はお魚パーティーだね。






 

hanamichi


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