| 帰宅すると、家には誰もいなかった。 制服を脱いで、クローゼットから適当な服を選んで着替える。基本バイトをする時はラフな格好と決めていて、今もただのTシャツにパーカーを羽織って、レギンスに短パン、靴はスニーカーだ。髪も束ねて、キャップ帽を被って顔があまり見えないように。正直あまり可愛くない格好になってしまうので好きではないが、これが一番動き安い。今回の呼び出しは特に任務ってほどではなかったみたいだけど…なんだか胸騒ぎがしたので、普段通りの格好で行くことにした。 鏡の前で見つめた自分の顔は、なんだか…あの時の自分のように見えた。何も映さない、真っ暗闇にいる自分の様―。…と、その時、家に近づく足音が聞こえる。今日は来ないと思っていたのに、なんというタイミングだろう。私は、彼が来るのを待った。 「おかえり」 ドアが開くのと同時に、私は一方通行へそう言った。顔を合わせるなり「地獄耳」と言われ、彼はそのまま部屋へと入ってくる。片手には同じメーカーのコーヒー缶がいくつも入ったビニール袋が持たれていて、そういえば冷蔵庫のストックもそろそろ尽きる頃か…なんて思い出す。 「…ア?出かけンのかァ?」 「うん、なんかバイトで急遽人が足りないとかで…ちょっと行ってくるね」 「あっそォ」 私の服装を見て気づいた一方通行は、別に引き返すわけでもなくいつものようにソファに我が物で座った。まあ私が居ようと居なかろうと、彼は勝手に入って勝手に出ていくような勝手なヤツなのだ。私も安心して、出ていける…。 それに彼にはバイトは適当なモノと誤魔化していて、本来のバイトのことは言っていない。そこまで深く彼も聞いてこないので、簡単に誤魔化すことができた。 「じゃあ、行って―……」 行ってきます。そう言おうとして、ふと、少しばかりの――欲がでた。ほんの些細なものだ。ちょっとした、バカみたいな、 「行ってきますのちゅー!」 バチッ それはもう勢いよく反射された。 「いったぁー!!!」 「バカな事言ってねェでさっさと行け」 うん、いつものことだ。 変わりない。 「行ってきます!」 第一七学区の、とある場所。 丁度約束の22時を過ぎる頃、そこには”彼女たち”がいた。どこか雰囲気はいつもと違い、なんだか不穏な空気が流れている。やっぱり私の読みは―…間違っていなかったのかもしれない。 「待ってたわよ」 「こんなとこに呼び出して、どんな用なの?」 「いやね、人探しの依頼があってねぇ……――この子、なんだけど」 「ッ!?」 麦野に見せられた一枚の写真、それは――、数年前の…研究所での私の写真だ。 「……なるほど、アイテムを使ってまで、私を引き戻したいんだ…あの人たち……」 「まさかアンタを捕まえてこいって言われる依頼が来るなんてね…でも悪いけど、依頼は依頼なんでさぁ、大人しく捕まってくれない?アタシ等もアンタと戦いたいなんて思ってないわけよ…でも上からの命だから仕方ないじゃない?ねぇ、分かってくれるでしょ?」 麦野沈利という女は、とても残忍だ。例え仲間だろうと、それが任務であれば彼女は絶対にやる。慈悲なんてものはない。だから私がこう言えば――どうなることかなんて、 「ごめん麦野、私は応えられない」 「ああそう、じゃあ――…力ずくで止めるまでよッ!」 ブォオンッ その瞬間、彼女の能力である” 麦野の周りに居るアイテムのメンバー、滝壺、フレンダ、最愛はその場から動く事はなく、私から目を背けて申し訳なさそうに立っている。…どうやら、彼女たちは私を狙うのに少し躊躇いがあるみたいだ。 「ったく、アンタ等ときたら…しょーがないわねぇ……。まあ、名前一人捕まえるだけならアタシだけで十分だわ。ただし…任務放棄は許さないわよ。」 「分かってるわよ!」 「超分かってます」 「……うん」 フレンダも最愛も滝壺も、いざって時は私を捕まえに来るだろう。けれど今すぐに来ないのは――…彼女、麦野が相手だからだ。学園第4位の麦野がいれば、私なんて余裕で捕まえられるだろう。そう思われている。私だって第4位に敵うなんて思ってもいないけど…ここで捕まるわけにはいかないのだ。それに、私は麦野の能力について事前情報を持っている。対して私が彼女たちに見せて来た能力は――…全てではない。 「逃げても無駄だってのは分かってるでしょ?滝壺の能力でアンタの位置は例え地球の裏だろうと追いかけられんのよ」 「分かってる……だから、麦野に勝って追いかけるのを諦めさせる。どうせここの監視カメラでアイツ等も見てるんでしょ?だったら無理だって思わせればいい」 「あは……あはははは!!名前アンタなに言ってんのぉ?アンタが、アタシを、負かすって?あはははは!!!ふざけんじゃないわよッ!!!!」 再び麦野の原子崩しによるビームが放たれた。けれどそれは私に当たることはなく、折れ曲がるようにして私の後ろにあったコンテナへと激突する。今は使われていないコンテナには大きな穴が空き、真っ黒に焦げている。何度見ても、とんでもない能力だ。 「アタシの攻撃が曲げられた…?アンタ、一体何したの?」 「言ってなかったけど…私の能力、”聴く”だけじゃないの。”操作”も……できるのよ。原子崩しの根っこの力は電子、超音波なら電子の向きを変えることだってできる…知ってた?」 「へぇ…なるほどね、アンタを見くびってたようだわ。だけどアンタとアタシのレベルの違い…分かってんの?それもいつまで持つのかしらねぇ!!」 そう、ここで問題になるのは圧倒的な力の差。麦野の攻撃を一度防げたからって、それがそう何度も出来るとは限らない。ただ私も何も策なしでやっているわけではない。私の能力は音を自在に操ることが出来るが、何もないところから音を組み立てるのは能力を多くつかって効率が悪く疲れてしまう。だから予め自分で生成した音を録音したレコーダーを仕込ませておいて、その音を調整することによって超音波をより簡単に生成している。 再び麦野の攻撃が向かってくるも超音波で向きを変え、そして私はコンテナに隠れるようにして逃げた。もちろん逃げても、滝壺の能力AIMストーカーからは一生逃れることはできない。ここへ来るときに聞こえた声は彼女たち以外に更に5人の男性。いつも任務の雑用をしている男達なのは間違いない。場所も大体は把握できている。 まずは周りから、潰そう。 キィイイイイイイインンン! 「はぁ……はぁ…はぁ…ッ…」 最初の超音波攻撃で5人は意識不明に、滝壺とフレンダの動きは不能にすることが出来たけど、麦野と最愛にはギリギリで防がれてしまった。特に最愛の能力” 「アハ…ハハハ!!名前、アンタ面白いわ!正直ナメてたけど……ようやく分かったわ。なんでアンタなんかを捕まえろなんて依頼があったか…」 もう麦野達を倒すには真っ向勝負しかない。そう思って私が姿を現した――その時だった。声高らかに笑う麦野の恐怖の混じった声、そしてあの目…、いつも私はあの横で”味方でよかった”と思っていた。それが今、私に向けられている。 「サシで勝負といこうじゃないの、ねえ?」 「ちょ、麦野!?なんで!?」 「うるさいフレンダ、アンタも戦いたくないって言ってたじゃない」 「そうっ…だけどぉ!」 「アンタ達は手出すんじゃないわよ、いいわね」 どういう風の吹き回しか、私にとっては好都合だった。さっきから交えていて分かったが、麦野の原子崩しを曲げるのはそう大層な力を使うほどではない。それに、アレを曲げる演算はもう出来上がっている。あとは……能力の威力勝負だ。 麦野一人が前にゆっくりと踏みよってきて、私との差は30メートルほどに縮まった。この距離、そして回りに何もないこの環境なら、私の攻撃もフルで出すことができるだろう。 無謀だとは分かっているけど――やるしかなかった。 「麦野はサシでって言ってたけど、私の力を最大限出すには敵の人数は関係ないの……」 「あ?なんか言ったぁー?」 「もう……」 “アレ”を、やるしかないーー。 音というモノは私たちの生活において欠かせない、当たり前にあるモノ。音のない世界なんてのはありえない。世界の果てだって、どこだって、必ず――“音”はあるのだ。 「ここに、敵しか居なくてよかった」 音は無差別に人の耳に届く。 「なんか…変な音が聴こえてくるんだけどぉ…?」 「超…やな音ですね……」 「地面が…震えてる?」 「オイオイ、マジかよ…」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ… 地鳴りのような音。音は波となっていて、触れることだってできる。上げろ、上げろ、上げろ…周りにある音全てが私の掌で進化を遂げるのだ。まだまだいける。私の力はこんなものではない。もっと、もっと、最大限に…。 音の範囲は大きいもので10キロ以上先にも届くことはできる。離れれば離れるほど威力は小さくなっていくが、届きはするのだ。私の音響操作の範囲は半径40メートル。その範囲であれば、自在に音を操作することができる。例えば何もないこの空間でさえ存在する風や草木の音などの音を上げ、人の耳や脳に影響を及ぼすほどの爆音に仕立て上げることだって…私には可能だ。それは麦野の電子光線のような線を引いたものではなく、広範囲にからだ全体を囲み込む攻撃となる。ただ最大の弱点は、無差別に攻撃をしてしまうこと。 「レベル4なんてウソだろ――」 その音は――、兵器だ。 |