(このお話は一方通行と出会う前の垣根帝督相手のお話です)




垣根帝督と一緒に住むようになってまだ浅い日のこと。
彼の家はとある高級マンションの上層階に位置する部屋で、夜は街のネオンで外の方が明るいと感じるくらいに眩しさを放っている。一体彼のどこにそんな財力があるのかと思わせるが、彼は学園都市の第2位だ。金銭なんてどうとでもできるだろう。

「買い物でも行くか」

研究所を抜け出したはいいが自分の身以外なにもない私にまず帝督が言った台詞だった。上から下まで私のことを一度見るなり、少し面倒くさそうに眉を顰めて言い放つ。病人のような服に、伸びきって切り揃えられていない真っ黒な髪、大した手入れもしていない肌はあまり綺麗と言えないだろう。
その日は遅いので就寝となるのだが、彼はベッドで私はソファで眠った。それに関しては全然文句もなかったし、むしろ彼がそういった気を遣うような人でなくて良かったとも思った。それに私は連れ出してもらった身だから、ソファで眠れるだけ有難いとも思った。

「元は悪くねぇと思ってたが、想像以上に化けたな」

帝督に連れられるまま学園都市の街へと出歩けば、適当に彼の選んだ洋服店に連れていかれて「好きなもの選べ」と言い放つ。だが今までにお洒落なんてものをしてこなかった私に、今すぐこの無数にある服を選べなんていうのは酷すぎた。結局帝督に適当に選ばれたのを購入することとなり、よく見るとほとんどがワンピースだった。理由は「1枚で完結すっから楽だろ」とのこと。まあ、確かに。
そして美容院に連れていかれ、黒かった髪はクリームに近い茶髪に、髪型ももっさりとただ長いだけだったのが、ふんわりとしたお洒落な髪型に変わった。これに関しては身を隠すためだと言われ、私も納得する。こうして大変身を遂げた私は、確かに”化ける”と言われても否定できないほど違う人物だった。

「表情は変わんねーな、でも」
「そう、変わらないよ…」
「バレたくなきゃ可愛げある表情の練習でもしとけ」
「いひゃい」

ぐにっ、と頬をつねられて嫌味な笑みを向けられた。確かに格好も髪も変わったけれど、私の表情は無に近い固い顔のままだった。ずっと目元は隠されていたし、誰かに笑いかけることなんてしなかったし、誰かを思って話すことだってほとんどなかった。だから今すぐに表情を豊かにしろと言われても無理があり、私は隣を歩く彼の顔をぼーっと見上げる。そういう彼も、あまり表情豊かというほどではなかった。

「なんか食うか」

出かけたのは夕方だったので、辺りはすっかり暗くなっていた。帝督の生活時間は基本夜で、起きてくるのも昼過ぎ頃だったりする。食事に関してはマンションに隣接してコンビニがあるので、いつも自分で調達していた。お金は帝督から貰っているけど。コンビニは色々な食べ物があるから結構好きだったので特に文句はない。ずっと研究所で過ごしていた私にとって、見るもの食べるもの全てが新鮮だった。
連れていかれたのは”レストラン”という所で、綺麗で上質な絨毯の上を靴のまま歩くのはなんだか申し訳なく感じた。店員に案内されたテーブルにつき、そして帝督に「好きなモン食え」とリードを放すように言われる。好きなもの…といっても、メニューに書かれているものは知らない言葉が並べられていて、正直ピンとこない。

「この”ぱふぇ”…っての、どんなの?」
「あぁ?そりゃ今食うモンじゃねーな、飯の後に食うヤツだぞ」
「ふーん、そうなんだ………おいしい?」
「そりゃお前次第だ。気になるなら後で食えよ」

メニューの最後の方に書かれていたその”パフェ”という食べ物が気になり、それ以外はなんでもいいと言って、あとは帝督が適当に決めた。食事の最後に食べるものだなんて、食事に順番があるのも初めて知ったので不思議だった。
待っている間は特に会話という会話はしなかった。帝督はずっと携帯を弄っていて、私はただ座ってじっと待っている。レストランの中は優雅な音楽が流れていて、給仕の人が歩く音、食事を楽しみながら談笑している人たちの音、色々な音であふれていた。そしてふと、奥のソファ席に居る女性が私たちに向けて言っている声が聞こえる。

「ねえ見て、あそこのカップル、男の方がずっと携帯弄ってるわよ」
「顔はいいけど、そういう男性ってやーねぇ」

それは帝督に対しての言葉だった。どうやら彼女たちは私と帝督をカップルだと勘違いしているらしい。ヒソヒソと会話をする彼女たちの声は、きっと帝督には聞こえていない。現に今も彼はずっと携帯の画面を見ていてこちらには目線一つ寄こさなかった。

「携帯ばっか弄ってる男はダメだって」
「…………あぁ?」
「って、向こうのお姉さんたちが言ってるよ」
「んなの聞こえねーぞ……ああ、能力か」

チッと舌打ちをして、帝督は携帯をポケットへと入れ直した。そしてテーブルに肘をつき、私へと視線を向けてくる。機嫌はあまり良く無さそうだ。

「で、お前は俺に構ってほしーのか?あ?」
「いや全然」
「ぶち殺すぞテメェ」

そうこうしているうちに料理が数点運ばれてきて、私たちはそれを黙々と食べた。ただ口に入れた料理はどれも美味しくて、研究所で食べていたものとは全然違うことに感動する。
そして最後に、先ほど言っていた”ぱふぇ”という食べ物が私の前に置かれた。まるでドレスのような器と色をしていて、これが本当に食べ物なのかとしばらく観察してしまう。けれど帝督に「さっさと食え」と言われてしまい、私は恐る恐る細長いスプーンを使ってそれを口に含んだ。

「!」

その瞬間、口のなかに広がる甘く溶けるような味に、今まで食べたどの食べ物よりも衝撃的で美味しくて……驚いた。

「おいしい……すごい、おいしい…」
「おい、言語がバカになってんぞ」
「帝督…これ、すごくおいしい」
「……、そりゃよかったな」

思わず伝えずにはいられなかった。きっと自分の今の表情は、誰にも見せたことのないものになっているだろう。そもそも、自分でも見たことのないものになっているだろう。そんな私を正面で見つめる彼の顔もまた、見たことのない衝撃を受けた表情だった。

店を出て、タクシーに乗り込み、私たちは再びあの家へと帰る。こんなに外を歩いたのは初めてだったので疲れたらしく、気づいた時には眠ってしまっていた。

「帝督、ありがとう」
「礼なんていらねーよ、この分はキッチリ体で払ってもらうからな」
「うん、がんばるよ…」
「眠いんだろ、もう寝ろ」
「うん……帝督に買ってもらったパジャマ着て…ねる」

部屋へ戻ると再びうとうととしてしまい、落ちる瞼を必死に持ち上がらせて早速今日買ってもらったパジャマの入った袋を取り出す。そしていそいそとそれに着替えて、寝床であるソファに足をかけた。

「今日はあっちで寝んぞ」
「え?」
「ほら、早くしろ」

そのまま眠りにつこうと思ったら、帝督がそう言って私の手を取った。意味が分からずでも付いて行けば、彼の寝室に連れていかれた。今日彼が起きてそのままなのか、シーツは皺だらけになっている。そしてそんなベッドを目の前にして、私は彼へと視線を向けた。

「俺も寝るから、お前も寝ろ」
「……いっしょに?」
「あ?嫌なのか?」
「……ううん、いやじゃない」

嫌かと聞かれたので、正直に答えた。「ならいいじゃねーか」と言われ、彼は上着を脱ぎ捨てて私の手を引きそのままベッドへと雪崩れ込んだ。誰かと一緒に寝るなんて今までになかったから、なんだかとても変な感じがする。でも誰かと一緒に寝るということは…とても、温かいのだなと、思った。

「おやすみなさい」





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