| 「オマエ、前より膨れたな」 それはある昼下がりのとある一言だった。 ここ最近ご飯が美味しくて、それはもうばくばくと食べては寝て食べては寝てを繰り返しての日々を送っていた。まあそんな生活を続けていれば当然結果は分かりきっていることであって……、言われた通り、私の体型はぽっちゃりしだしていた。正直分かってはいたのだが、認めたくないというのと、ごはんが美味しいので知らないふりを決め込んでいたかった…そう、いたかった。けれど自分以外の誰かに言われてしまえば、もう、目を背けることなんてできない。私はピキッと、それはもう硬直した。 「ンだよその顔」 全然怖くねーぞ。 渾身の睨みをきかせてみせたが横目で流された。プルプルと震えながら今まさに口に入れようとしていた肉まんを食べる手を止めた。しかも地味に傷ついたのは、一方通行のこの言葉のチョイスだった。いつもなら「おいデブ」や「デブるぞ」などと言ってくるのに、なぜさっきの一言はあえて直接言ってこなかったのだ。まるで少し気を利かせて言われたような気分だ。そういう言い方、ダイレクトに言われるよりもダメージでかいんだぞ…!! 「あ……あぁ………」 「ア?」 「言われたくなかったのにぃー!!一方通行のばかぁあああ!!!」 「うるせェ」 持っていた肉まんをグシャりと握りつぶして盛大に喚くと、もちろん返ってくるのは無慈悲な言葉。中身のお肉がぶりゅっと出てしまったけれど、捨てるわけにもいかないのでぱくりとそれは口に含んだ。「食うのかよ」なんて言葉は聞かないフリして、しっかりと美味しく頂きました。……けれど、ふと自分のお腹に手をあててみると、ぷにっという感触が伝わってくる。 「うっ……さすがにダイエット、しなきゃ…だめかな」 「オレに聞くな」 「よし決めた!!わたし、ダイエットする!!!」 立ち上がりグっと拳を掲げて決意を見せる私に、一方通行はどーでもいいというようにだらりとソファに寝転がった。今に見てろよ……とは思ったものの、ダイエットって実際なにをするのだろうか。今までそういったものをしてこなかったので、やり方がイマイチ分からない。とりあえずネットで調べてみようということで、早速自分の携帯を取り出してインターネットにアクセスした。 食事制限やエクササイズ、スリムになる肌着、ダイエットドリンクなんかもあったりしてそれは様々だ。まずはお金のかからない方法として、食事制限プラス運動を実行してみることにした。 ぐるぎゅるるるるる… 盛大に腹の虫が鳴り響き、私は今にも死にそうな顔でとある一点をじーっと見つめていた。 「……………」 「……………」 「……………」 「……………」 ぎゅるるるるる… 再びその音は鳴り響き、胃のなかが何もないのだというのを知らしてくれる。そんな主張いらないというのに、人間の体っていうのは不思議なものだ。そして先ほどから逸らされない私の目線の先には、某ファストフード店のハンバーガーを手に持つ一方通行の…姿。これは何の拷問なのだろうか。そして何故コイツは、こんなにも平然とした顔でそれを持ってこの家に来たのだろうか。 私はあれから一週間、食事制限を続けることに成功している。過度な食事制限はダメだと言われているので、ネットのダイエット情報を色々調べてあくまで健康的に頑張っている。けれども今までの食生活と比べれば歴然…月とスッポン、好き放題していたあの食生活に慣れてしまった私は、それはもう飢えに飢えていた。そんな時に高カロリー間違いなしなハンバーガーを目の前で食べようとしてきたら、それはもう精神が崩壊するどころの話ではない。今はまだ耐えているけど、お腹は正直すぎるほどに大暴れだった。 「…………ンなに食いてェなら食えばァ?」 「ひどい……私がダイエットしてるの知ってて…こんな……あんまりだ…!!」 「行きにあったから」 「だからってわざわざ持ち込まなくてもいいのにー!」 もう限界だ!と言うように怒鳴りつけてやれば、彼はものすごく面倒くさそうな顔をして片手で耳を塞いだ。 「じゃァ向こう行ってりゃイイだろ」 「もう無理!だめ!ガッツリ匂い嗅いじゃったからもうだめ!我慢できない〜〜!」 「ウゼェ…」 私だってそのつもりだった。だけど彼が部屋に入ってきた時点で私の空腹センサーは今まで以上に敏感に発動して、その紙袋から漂うジャンキーな匂いに完全に脳味噌はやられてしまった。つまりもう、ここから逃げられないのだ。 「つーか、いい加減諦めて食え」 「またそーゆーこと言って!!ていうか、一方通行が悪いんだからね!」 「ハァ?」 「一方通行がこの前、私に太ったって言ったから!だから!」 「アーーー……言ったかァ?」 「言ったよ!!!」 まさかの記憶にございません案件で、私は盛大に怒鳴った。私のダイエットのキッカケを作ったのは正しくこの男で、コイツの発言により私はこの一週間どんな気持ちで耐え抜いたことか…!それを「言ったかァ?」って、ハァ!?だよハァ!? 「何キレてンだよ…、カルシウム足りてますかァ?」 「なんかもう色々足りてない!きぃー!!」 「ハァ…………こっち来い」 「………なんでですか」 「いいから来い」 何故か若干イライラし始めた一方通行に指でクイっと招かれて、私は恐る恐る彼へと近づいた。どうやら食べようとしていたハンバーガーの包みは一旦テーブルに置かれて、ペーパーに包まれているというのにその匂いは食欲を今も刺激してくる。取り合えず彼の座るソファに近付いていけば、彼の手の届く範囲に入った瞬間にグッと腕を引いて引き寄せられた。一体なんなんだというのだ。体はそのまま一方通行の膝上を跨るようにして乗ってしまう。 「な、なにっ……」 「……………」 「ちょ、やめっ…ぐふっ…くすぐった…!!」 一方通行は何も言わないまま私の体に手を回し、そしてまさぐるようにして動かした。膝から太もも、腰から脇腹…くすぐったくて身をよじると小さく低い声で「暴れンな」と言われて体が強張る。彼の手はその華奢な体と相反して結構大きめな如何にも男性という手で、そういう雰囲気でないと分かっていてもドキっとしてしまう。それに手つきもいつものアレを思い出してしまい、こんな時だというのに体に電流が走った。 「んっ……も、やめっ…」 「ナニ感じてンだよ変態女、勝手に盛り上がってンじゃねーぞ」 「うっ…だって一方通行が変な触り方するから…!」 ていうか普通に胸も揉んでるじゃんバカ…!とは彼の瞳で睨まれるともう言えなかった。そもそも一体全体、この時間は何なのだというのだ。私は怒っているというアピール含めて彼をキッと睨んだ。 「怖くねェっての、つーか、別にダイエットなんざしなくていーだろォが」 「なっ…なにをいまさら…!」 「まァ確かに前より肉付きはよくなったケドよォ…こンくれェ普通なンじゃねェの?」 「へ?」 膝の上に乗ってるせいで少し目線の低い彼に、私は拍子抜けたように見下ろした。 「つーか、オレとしてはこれ位が丁度イイ」 ”なにが丁度いい”のかはあえて聞かないことにした。そしてなんだか彼のその言葉で、さっきから荒れに荒れていた自分の心は静々と浄化されていくようだった。 ぐるぎゅるるるるるるる… タイミングを見計らったかのように腹の音が鳴り、一方通行も私の視線も同じ一点を眺めた。 「食べても…いいかな」 「辛気臭せェ顔して見られてるよりマシだ」 もう無理だ。我慢できない。私は遂に諦めた。私の一週間の頑張りは、今日で全て終わりを告げる。 袋の中にはちゃんと二人分のバーガーセットが入っていて、どうやら彼は私に食べさす気満々だったらしい。この野郎…と思いつつも、買ってきてくれてありがとうという矛盾な気持ちを胸に抱えながら私はバーガーにかぶりついた。そして久々に食べるハイカロリーな食事の幸せさといったら……もう、昇天しそう。 「アホ面」 「幸せ噛みしめてるの!!!」 「噛みしめすぎてソースぶちまけてンぞ」 「え!?ああ本当だ!!ギャー!!私の白Tが!!!」 「うるせェ、黙って食えブタ」 「ブタって言うなー!!!」 その日は珍しく、にぎやかな食卓だった。 |