セッショク地点


異性とのお付き合いは、今回が初めてではない。
一応私もそれなりに身なりに気を付けている女子だったため、それなりに恋愛をすることができた。最初は部活の先輩で、次に同級生の友達、そして現在の荒北くんである。そこまで経験豊富なわけではないので自慢もなにもできないけれど、数ミリの経験はある。
それなのに、何故か私は今ものすごく、初めて恋愛をしたような気持ちでいた。こんなにも彼ばかりを考えて、彼ともっと一緒に居たいと思うのは初めてで、じゃあ今まではなんだったのだろうかと頭を傾げる。これまでの経験が無意味というように、私はただ、その感情に戸惑っていた。

「ナマエチャン聞いてるゥ?」
「え!!あっ、うん、聞いてる…ない!」
「ハッ、どっちだヨ!」

今日はバイトのシフトが丁度合って、一緒に帰りがてら近くの居酒屋で夜食をとっていた。お互いビールを片手に、目の前の肴や焼き鳥をぽちぽちと食べる。そして荒北くんのことを考えるばかり、目の前の本人の話をなーなーに聞いてしまっていた。

「明日講義昼からなんだろ?」
「え、あ、うんそう」
「俺朝あっケドそのあとは14時からだからさァ、学食で昼飯食わねェ?」
「えっ」

突然のお誘いに、私は飲もうと口まで持って行ったビールをテーブルにおろしてしまった。

「ナニ、なんかあンの?」
「いや!ううん!なにもない!なにもないから!たべる!」

ハイ!と手を挙げて主張すると、注文と勘違いした店員さんがやってきて荒北くんは大きく笑った。そして呼んでしまった手前なにか頼まなくてはと思い、わたしは飲み物のおかわりを頼んだ。
こんな単純な約束に、普通はそんなに喜ぶものではないのかもしれない。けれどこの約束は、大学内で荒北くんに会う、初めての約束なんだ。

「そういえば荒北くん、研究室では白衣なの?」
「は?あー…まァ、そうだけどォ?」
「白衣の荒北くん、見てみたい」
「ンな面白くネーモン見てどォすんだよ」
「写真撮る!普段の荒北くんから白衣って想像できないし、見てみたいなァ」
「ぜってーーヤダ」
「えー!なんでー!」

荒北くんは学校内で研究をしているみたいで、課題が大変な時は研究所によく籠っているらしい。会えない理由はそこにあった。そして研究といえば白衣というイメージがあり、白衣の荒北くんなんて私にとってはレアものだ。これは是非見てみたい…けど、本人にはバッサリと断られてしまった。

「つーかナマエチャンだってサークルではエプロンなんだろォ?なんで家ではつけねーの?」
「えっ、だって家では軽くしか作らないから…」
「ナマエチャンのエプロン姿見てーンだケド」
「えー私のエプロン姿なんて見てもなんにもないよ?」
「そっくりそのまま返してやんよ」

そう言われてしまえば、私はぎゅっと口を噤んでしまった。私のエプロンなんてなんの面白味もないし見ても特にもならないだろうけど、荒北くんの白衣は絶対にカッコいい。口が悪くて乱暴に見える荒北くんが頭よさそうな白衣を着るところなんて、絶対イイに決まってる。

「つか、そんな見てーなら研究室くればァ?」
「え、いいの?」
「別にそんな堅苦しートコでもねーし、来たいなら来ればいいジャン」

思ったより簡単に、荒北くんはその言葉を出した。今まで何故か大学内では会えなくて、誘われることもなくて、もしかしたら私のこと彼女って思われたくないのかな…なんて不安に思っていたのに。

「お、お友達とかに私の事バレても…いいの?」
「ハァ?別に隠した覚えねーし、周りには彼女いんの知ってるヤツ多いしなァ」
「え、そうなの!?」
「なに、もしかしてナマエチャンは隠してェの?」
「そ、そんなことない!全然!荒北くんが彼氏とか自慢だよ!ばんざーい!」
「なんでそんな嘘クセェーんだよ」

嬉しすぎて反応がいまいちおかしい私に、荒北くんはまた笑った。告白してくれたのは荒北くんなのに、これじゃあ私の方が荒北くんを好きみたいだ。いや、多分そうだと思う。告白は向こうからだけど、私だって荒北くんのことが好きだった。荒北くんからしたら、もしかしたら「この女イケる」とか思って勝ち戦を確信して告白をしてきたのかもしれない。…と、ここまで考えてやめた。私は考え出すとネガティブな方へ方へといってしまうことがある。現に今荒北くんとの時間を過ごしているというのに、どうして私は不安だらけなのだろう。

「荒北くん、お手」
「ハァ!?」
「お手!」
「………」

突拍子もなくわけの分からないことを言い出す私に、荒北くんは目を見開いた。私はというと、テーブルの上で手のひらを上に向けて差出し、荒北くんのお手を待つ。荒北くんはものすごく眉を寄せながら、渋々と私の手に自分の手を乗せた。

「何がしてーの?」
「ごめんね、ちょっと触りたくなっただけ」
「ッ!!」

でへへと気持ち悪い声で笑い、私は乗せられた荒北くんの手をぎゅっと軽く握った。

「ナマエチャンさァー、マジ……あーーもう、なんなのォ!」
「ご、ごめんね!もう離すから…」
「そーゆー意味じゃなくてェ!!」

顔を真っ赤にした荒北くんを見て、さすがに今のは恥ずかしかっただろうか。無性に荒北くんに触れたくなったけど、テーブルをはさんだ私たちの距離は近くても触れられる距離ではなく、ほんと変なことをしてしまった。

「ほんと不思議チャンはよォ…」

そう言った荒北くんは、手にある残りのビールをグイっと飲み干した。






 

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