ゴウリュウ地点


次の日、私は約束通り13時頃に学食へと着いた。学食の入り口で待ち合わせしていたのだけど、荒北くんは既に待っていたみたいで、私はあわてて駆け足で彼に近寄る。「んな焦んなくてイーヨ」って言われたけど、待たせるのはやっぱり申し訳ない。しかも、初めて大学内で会うっていうのに。
大学内の荒北くんは、当然だけど普段となんの変りもなかった。私服だって知ってるし見てるし、明るい所で会うのだっていつものことだし、本当に普段と変わらない。でも、何故かやっぱり私は、緊張していた。

「ナマエチャンいつもナニ食べてんのォ?」
「えっとね、よくサラダランチとか食べてるよ」
「そんなんじゃ腹膨れねーだろ、肉食え肉をよォ」
「荒北くんは普段なに食べるの?」
「あー俺は、生姜焼き定食か豚カツ定食とかだなァ」
「じゃあ生姜焼き定食にしようかな」

そう言って並んでいた食券の列の順番がきたので財布を取り出せば、今日は俺の奢りだ、なんて言って荒北くんが真っ先にお金を入れて生姜焼き定食を押してしまった。荒北くんはそういっていつもお金を出してくれる。たまに割り勘をする時もあるけど、全額私が払うことはまったくなかった。幸いなのは、私がクッキングサークルなのでそこで作ったものを荒北くんに差し入れるのができること。

「あ、あそこ空いてるよ」
「おー」

私は生姜焼き定食で、荒北くんは豚カツ定食にした。それぞれのトレイを持って賑わう学食内で席を探していると、丁度空いている2名席を見つけた。席に座ってパっと前を見ると、当然だが荒北くんが居て、目が合った。

「食うかァ」
「う、うん!」

なぜだか妙に緊張している私がいる。そして荒北くんの台詞で私たちは手を合わせて、いただきますと声をそろえた。

「なんか、緊張しちゃった」
「は?なんで?」
「だって、学内で荒北くんと会うのはじめてなんだもん」
「あー…そういえばそうだっけかァ」

やっぱり、荒北くんはそんなの意識してもなかったみたい。いつものようにご飯をバクバクと食べて、私はちまちまとそれを口に運ぶ。

「学内で会う約束も今までしてなかったから、友達とかにバレるのいやなのかなーって思ってた」
「なんだよそれが理由だったのかヨ、んなこと気にすんナ」
「うん、気にしない!」

とにかく、私が不甲斐ないせいでって理由ではなかったみたいなので安心した。

「生姜焼きちょっとチョーダイ」
「うん、いいよー」

はい!って口元に生姜焼きを持っていけば、荒北くんは少しだけ目を開いて、少しためらうようにしてからそれを口に含んだ。そしたら荒北くんが自分の豚カツの一切れを私のお皿に乗せてくれて、私はありがとうとお礼を言った。

「ナマエチャンってさ、恥ずかしいこととかあんのォ?」
「え?そりゃあるよ私にだって、ふつうに」
「フツーって、今のとかフツー抵抗あんじゃナァイ?」
「いまの…って、食べさせるの?えーでもよく友達としない?」
「男はフツーしねーんだヨ!」

そ、そうなのか…、なんて驚いていると、荒北くんは「別に嫌じゃねーケドよォ」と付け加えるように言った。

「つかそれ、他の男にもしたりすんのォ?」
「え?う、うん…ないことは、ないかなぁ?」
「……ナマエチャンさァ」
「は、はいっ」
「………アー、なんでもねェ」
「?」

荒北くんの顔はどこか不機嫌そうで、ガシガシと自分のあたまを掻きだす。なにか気に障ることを言ってしまっただろうか。それさえもわからなくて、私はただ目の前の生姜焼きに手を付けた。

「あ!靖友だー!」

少しだけ気まずい空気が流れると、私の背後でそんな明るい声が聞こえた。女の人の声だ。

「あ、ほんとだ荒北じゃん」
「なになに一人でー…って、アレ、靖友が女の子といる!」
「もしかして荒北の彼女!?」
「え!靖友彼女いたの!?」
「うっせーんだよ前らァ!!」

いつの間にか私たちの周りには数人の男女がやってきて、荒北くんへと次々に言葉を振りかける。その中に一際明るい女の子が荒北くんに近づき、私を見るなり茶化すように笑った。きっと仲がいいんだろう、下の名前で…呼んでいる。

「彼女さんはじめましてー!靖友がいつもお世話になってます!」
「なんだよ荒北の彼女かわいいじゃん!名前なんて言うの?」
「おいおい彼氏目の前に口説くなよ…で、名前は?」
「えっと、佐倉…」
「いい加減にしろお前ら!ナマエチャンも答えなくてイイからァ!」

グイグイと迫ってくる荒北くんのお友達に押されていると、荒北くんが声を荒げてお友達を追い払った。お友達の中の男の子が「ナマエちゃんばいばーい」なんて言うものだから、私はとりあえずにっこり笑って手を振り返す。女の子は「靖友またあとでね〜」と言って元気良く去って行った。

「荒北くんの研究室のお友達?」
「あーウン、アイツ等煩くてゴメンネ」
「ううん、楽しそうなお友達だね」

私は、必死に笑顔を向けた。
今自分の中で煮えたぎる醜い感情を、必死に隠して。

「でもびっくりした、荒北くんにあんな賑やかなお友達がいるなんて」
「友達できなさそーってェ?」
「ち、ちがうよ!友達と一緒のところなんて初めてみたから、ちょっと新鮮だなぁーって」

感情を悟られないように、いい彼女でいられるように、あえてお友達についての話題を掘り下げてみる。

「まあ研究系って課題をグループでクリアしねーといけなかったりするからなァ、自然と話すようになるっつーか」
「そっか、仲いいんだね」
「言うほどでもねェーよ?」

だって、あの子は下の名前で呼んでいたし…と言いそうになり、私は咄嗟に口を噤んだ。そんな言い方したら、嫉妬してるってバレてしまう。私はただ、笑うだけだった。
話している間に食事は終わり、荒北くんとのランチタイムが終わってしまう。あの子、荒北くんにまた後でって言っていたから、これからまた会うのだろうか…。

「そういえば荒北くん、今日からあまりシフト入ってなかったね?」
「あーそうそう、今やってる教授の課題がすっげー量でよォ、しばらく籠んなきゃいけねーんだわ」
「研究系って課題とか大変って言うもんね…」
「しかもそのあとレース控えてっから練習も結構あるんだよねェ」
「秋の大会だっけ?応援しに行くね」

申し訳なさそうに言う荒北くんに、少しでもそんな気持ちがなくなるよう明るく返事をする。学校の課題は仕方ないし、部活の方はもっと仕方がない。だって荒北くんはロードの為にこの大学を選んで入ってきたんだもん。私のせいで、その時間を奪う事はできないし、荒北くんだって私のために減らすことはしないだろう。

「でも終わったら時間けっこーできるからよォ、そんときゃどっか遊びにでも行かナァイ?」
「い、いく!いきたい!」
「じゃあ、その間行きたいとこ考えといてヨ」
「うん!」

少し微笑んだ荒北くんに軽く頭に手を置かれて、じゃあ、と言って私たちは学食前で別れた。今までギリギリのタイミングで会う約束をすることが多いから、前もって出かける約束はしたことがなかった。これは世に言う、デートというやつが…出来るってことだ。
さっきまでの辛い気持ちが薄らと晴れていくようで、学内の廊下を歩く私の表情はどこか緩んでいた。






 

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