| 本当に荒北くんは忙しかった。 あの日を境に、ぱったりと荒北くんに会う事がなくなった。大学では研究室にずっと籠っているみたいでほとんど会えないし、自転車部では走り回っていて運が良くなければ会えないし、バイトはシフトに入っていないのでもちろん会えない。荒北くんに会えない日々が続いて、いつの間にか2週間が過ぎていた。今まではなんだかんだと2日に1度は会えていたので、2週間空いただけでも結構寂しいものがあった。 荒北くんは好きに研究室に来てもいいと言ってくれたけど、課題が大変そうだし、なにより…あの人たちに会うことに気が進まなかった。この前私からラインを送ってみたけど全然既読にはならず、次の日の朝見たら既読になっていて返事はきていなかった。本当に、忙しいんだろうなぁ。 「ナマエー学食いこー!」 「あ、うんちょっと待ってー」 同じ学部で仲良くなった友達に呼ばれて、私はノートをカバンに仕舞って彼女の元へと小走りで向かった。 ラインはそれ以降送っていない。荒北くんからも返事は来ないままで、きっと忙しくて、部活に一生懸命なんだろう。 「彼氏とまだ会えてないの?」 「うん…忙しいみたい」 彼女は私に彼氏がいることを知っていて、よく相談にのってくれる。私の浮かない顔が分かってしまったみたいで、心配そうに声をかけてくれた。 「ナマエは我慢しすぎなんだよ、会いたいって言えばいいのに」 「だめだよ、荒北くん頑張ってるのに私のわがままで時間を奪いたくないよ…」 「会いたい、なんて彼女の可愛いわがままじゃん!普通に言えばいいのに」 でも、そんなことを言って”めんどくさい女”って思われたら嫌だ。今荒北くんにウゼェ、なんて言われてしまえば、死んでしまいそう。それだけ彼が好きで、彼に嫌われたくない…と思ってしまう自分がいた。 「おっ、今日の日替わりロコモコ丼だって!私それにしよ!」 「あ、私もそれにするっ」 二人で食券を買って、日替わりの列に並んでトレイを受け取る。お昼のピークを過ぎていたから結構すんなりとロコモコ丼を手にすることができて、私たちは席を探した。 「ナマエ、ここにしよー」 「うん」 「あはは!靖友おっかしー!」 「うっせー!笑うな!!」 先導して歩いていた友達が席を見つけたのでそこにトレイを置いた時、前方から楽しげな笑い声が聞こえた。その聞きなれた声と名前は、私の視線を向けるには十分なものだった。 私のテーブルの先の先あたりで賑わう、荒北くんとこの前会った荒北くんのお友達が数人。荒北くんの隣にはあの女の子が居て、どうやら口に食べかすを付けていた荒北くんを笑ってのあの台詞らしい。少し恥ずかしげに口元をゴシゴシと拭くけどそれは取れていなくて、笑ったあの子が荒北くんの口元に手を伸ばしてそれを取っていた。近い、距離が近くないですか。 「ナマエ、どうかした?」 「えっと…ねえ、他の席にしない?あ、あそこの窓側とかどう?」 「え?うん、別にいいけど…」 ここに居ては彼らに見つかってしまう。そう思って、私は咄嗟に窓側に空いていた席を見つけてそこへ移動するように友達に言った。席を立って移動する私のことなんて気づきもしない荒北くんたちは、楽しそうにガヤガヤとしていた。 それよりもふつふつと湧き上がる、以前と同じ醜い感情に、私は自分を心底嫌いに思う。違う、あれはただの友達で、荒北くんの彼女は私で、荒北くんが好きなのも……、 「ナマエ、大丈夫?」 「へ?」 「泣きそうな顔してるよ?」 私…だよね? 心配した友達が慌てて頭を撫でてくれる。その優しさが私の涙腺を崩壊させた。ポロリと落とした涙に私は驚いて、必死に顔を覆ってそれを受け止める。 なんでこんなことで泣いているんだろう。こんなの、泣くほどのことじゃないじゃない。荒北くんは今忙しくて私に連絡ができないだけで、あの人たちは同じ学部の研究グループだから一緒に居るだけで、あの子も仲がいいから距離が近いだけなんだよ。必死に必死に、自分へと言い聞かせる。 思った以上の自分の弱さに、私は今日何度目か分からない自己嫌悪に陥った。 その後は午後の授業に出てサークルに顔を出し、今日は季節に見合ったパンプキンミートパイを作った。今度はあの男子たちは訪れることなく、ミートパイは私のカバンの中に収められる。荒北くんに渡したい…けど、今はきっと迷惑だろう。そう思って、少し暗くなった空の下を歩いた。 「ナマエちゃん!」 丁度帰る為に大学の門を目指して歩いているところで、声をかけられた。振り返ると、この前の男子グループの勇太くんが居て、ニコニコと笑ってこちらへ駆け寄ってくる。 「ナマエちゃん今帰り?暗くなるし送ってくよ!」 「ええそんな悪いよ…」 「気にしないで!俺が送りたいだけだから…ね?」 「う、うん…」 勇太くんは人懐っこい笑顔を見せて、私の隣を歩いた。本当は断った方が良かったのだろうけど、お願いされるように言われるとどうも断りにくい。昔から、押しには弱いのだ。 「今日もなにか作ったの?」 「あ、うん、今秋だからパンプキンミートパイを…」 「なにそれスッゲーうまそう!ナマエちゃんのだったらぜってーうまい!」 「えと…よかったら、食べる?」 「え!いいの!?」 そんな輝かしい目で見られたらあげないわけにはいかない。この前と同じように、勇太くんはそうせざる終えない空気を出してくる。私は包んだミートパイを取り出して、勇太くんへと渡した。 「お家帰った時にでも食べてね」 「ありがとう!すっげー嬉しい!」 とりあえず喜んでもらえたみたいで、私もニッコリと笑い返した。 本当は、荒北くんにそう言ってもらいたかったなぁ…なんて、考えて。 勇太くんはいい人だ。顔もそこそこイケメンだし、優しいし、きっとモテるんだろうなぁと思う。 それでも私は、いま隣に居る彼よりも、今ここには居ない彼のことばかり考えてしまっていた。この道も、この空の下も、今日作ったミートパイだって、全部全部、荒北くんと分かち合いたい。こんなこと思うのは、わがままなのかな。 |