芽吹き

「田里弥、どう思う。」

「正直、本当にクソほどどうでもいい。」

「こっちの方が可愛いと思わない?でもやっぱりこれだと脱がしにくいかな。」

「……は?」

「亜光様、どっちの方が好みかな。ねえ、どう思う?田里弥。」

「知るか、阿保が!」

「香鈴、あんまりあいつを揶揄ってやるなよ。」

「いや真面目に相談してたんだけど。」

「酷過ぎるだろ…。」


今日から亜光様は練兵に励むとのことで仕方なく一人で町へ繰り出す。しばらく歩いた後にばったり出くわした田里弥と倉央。どうやら二人は今日は練兵ではないみたいで。わたしの姿を認めるや否や、ゲッ、と即座に踵を返そうとする田里弥の腕を掴み、倉央に向けてお茶でもどうかと誘ってみれば快く頷いてくれた。「おれは行かないからな!」と言う田里弥を二人でずるずると引き摺ってやってきたのは倉央の屋敷。今日は武具の買い付けのために行商を呼んでいるとのことで、一緒に見させてもらうことになった

田里弥はどうしてそう怒りんぼなんだろうか。

智将のくせに口は悪いし、すぐ頭に血が上るし。戦場では違うのだろうか?田里弥の機嫌が悪くなる一方なので行商の商品を見るのもそこそこにお茶の準備をしてもらい、整えられた庭園で淹れてもらったお茶を啜りながら田里弥を見つめる。わたしの視線に気付いた田里弥が「変な顔でこちらを見るな」なんて失礼にも程がある


「変な顔ってどういうこと!」

「その顔だ阿保。一度鏡で見てみるといい。そもそもなんでおれを見るんだ。」

「だって仕方ないじゃない。田里弥がわたしの目の前に座っているんだもの。」

「チッ。」

「舌打ちするほど嫌!?」

「香鈴、あまり気にするな。照れてるだけだから。」

「おい、倉央!適当なこと言うな!」

「大丈夫、いつものことだし気にしてないから。」

「それはそれで強いな…。気落ちするなよ、田里弥。」


田里弥が口が悪いことなどいつものことだもの。いちいち気にしていられない。変なことで倉央に感心されながら、茶器に注がれたお茶を啜る。香りを楽しみながらホッと息を吐き出す。なぜかそれをジッと見つめてくる田里弥。さっきのお返しか?なんて思っていたら田里弥がぽつりと口を開く


「香鈴。」

「うん?」

「どうした。」

「何が?」

「何かあったか。」

「何かって何?」

「おい、質問を質問で返すな。」

「田里弥、そういう察しの悪いところがモテないのよ。ね、倉央。」

「んー、まあ、そういうところの察しは悪いっていうところが可愛げがあっていいんじゃないかな。」

「何だと!」


がたりと椅子を鳴らして立ち上がる田里弥に、どうどうと言いながら落ち着かせようとする倉央。そんな二人のやり取りを見ながら、思わず上がる口角。ニヤニヤと笑うわたしに気付いた田里弥が「香鈴も何笑ってんだ!」と威嚇してきてそれすらもおかしくて仕方ない

この二人とこうして過ごせるのもまたしばらくお預けかあ。

茶器の中で揺れるお茶を見つめながら亜光様と過ごした昨日のことを思い出す。遠乗りをした先で伝えられたこと。次の戦は長く留守にするだろう、と。亜光様が出る戦には勿論王翦軍を構成する将軍である田里弥と倉央も行くことになる。だから、こうしてじゃれ合っている二人の姿を見られるのもしばらく先になるのだと思うと何だか少し寂しく感じて。そう思いながらお茶を啜るわたしの様子をおかしいと田里弥は感じたのだろう。いつもは口悪く、辛辣なことばかり言う口から飛び出してきた心配の声が照れ臭くて仕方ない

ついつい揶揄ってしまって怒られてしまうんだけれど、そうやってぷりぷり怒っている方がわたしの知っている田里弥らしくていいな、うん。そしてわたしと一緒になって田里弥を揶揄ったり仲裁に入ってくれる倉央。この時間が堪らなく好きだなと思える


「ねえ、田里弥。」

「あ?」

「お茶、おかわり。」

「は?……普通はお前が淹れるべきじゃないのか。なんでおれが。」

「田里弥の淹れるお茶が一番不味いからだよ。」

「何だと!誰が淹れるか!」

「いいじゃん。たまには飲みたくなるよ。田里弥の不味茶!」

「うむ…確かに田里弥の入れる茶は不味い。おれはできれば美味い茶がいいから、香鈴の淹れる茶がいいかな。」

「わたしのお茶は亜光様にしか淹れないから。」


にこりと笑って絶対に淹れないからと言い切れば倉央は肩を竦めてわたしに倣い田里弥に茶器を差し出す。目の前に出された二つの茶器を見つめ、ぐぐぐっと眉間に皺を寄せながら舌打ちを一つし、奪うようにして茶器をわたしと倉央から掠め取るとドスドスとけたたましい足音を響かせながらお茶を淹れに行ってくれる田里弥。「おれだって本気を出せば美味い茶ぐらい淹れられるんだよ!」なんてまるで負け犬の遠吠えのような言葉まで残して可笑しいったらない

お茶を淹れに庭園を後にする田里弥の背中を見送り、倉央と二人きりになった空間。察しの良い倉央はくるりとわたしを振り返り、その顔に笑みを湛えながら首を傾げて口を開く


「で、おれと二人きりになった理由は?」

「あ、バレちゃった?」

「バレバレだ。」

「まさかおれと…なんてことはないな、うん。」

「あるわけないよ、うん。」


それ以上言ったら、いくら倉央であっても許さないから、という圧を掛けた視線に気付いて口を噤む倉央。糸凌以外抱く気もないくせに思わせぶりなことばかり口にするんだから。それに今は倉央の軽口に付き合っている暇はない。早くしないと田里弥が戻ってきてしまう


「次の戦、著雍を足掛かりにして趙国のどこまで行くの。」

「…亜光に聞いたのか?」

「亜光様は絶対わたしにはそういう話はしないよ。ただ、次は長く留守にすると言っていたから…だから、倉央に聞いてるの。」

「なるほどな。香鈴には悪いがおれも次の行軍の全容を知っている訳じゃない。」

「でも、深部まで行軍する、のね。」

「そうなるな。」

「わかった。」

「フッ、やっぱりお前はいい女だな。」

「おい、人が茶を淹れている間に人妻を口説いてんじゃねえ、この色呆けが!」


倉央の返答に、小さく頷く。それ以上聞いても答えてくれないことはわかっている。それでも、心積もりができるほどの情報はもらった。倉央の口ぶりから趙国の深部まで行軍することが伺えて、口にした確信に満足そうに笑う倉央。それだけでいい。今はそれだけで

田里弥がお茶を手に戻ってくるのを視界の端で捉えた倉央がわざとらしくわたしの肩を寄せながら口説き文句を一つ。それを目にしてカッカッと怒る田里弥。二人で何を話していたんだなんて普段だったら追及するのに、まんまと倉央の手の平でころころ転がされている様に可笑しくって堪らなくなった


「田里弥の不味茶いただこーっと。」

「飲む前から不味いなんて決めつけるな。ていうか、さっきから思っていたんだがマズ茶ってなんだ、マズ茶って。」

「うーん、これは香りからして…うーん。」

「言いたいことがあるならはっきり言えよ!」

「不味いね!」

「不味いな。」

「茶など二度と淹れん!!」


はっきり言えと言われたから言ったのに!

二人揃って口を吐いて出た言葉にふるふる拳を握り締めて震える田里弥。次いで、卓をひっくり返す暴挙に出る。熱々のお茶が入った茶器は倉央と二人で死守をして、またごくりと一口口にする田里弥特製不味いお茶。どうやって淹れたらこんな渋み、苦味が最大限になるのか逆に知りたいくらいだ

また一口、口に含んだお茶の味はどこまでも渋くて、苦くて、忘れられそうになかった。


約束の芽吹き
いつか実のある約束となるように。


(いやー、不味い!もう一杯!)
(誰が淹れるか!)
(飲むと生きてるって感じがしていいね!)
(確かに癖になるな、うん。)
(お前たち…。)


人のことをおちょくっているのか!とまた怒り始める田里弥にまたどうどうと宥める倉央。それを特等席で見るわたし。同じことを繰り返すこんな時間がまた来るのだろうか。また、来てほしいと思う。それまで、わたしはこのひどくどこまでも渋くて苦くて不味いお茶の味を覚えているから。この味を繰り返し思い出して覚えているから、だから。「またこうしてお茶会しようね、田里弥のお茶で」とどうにかして希望を残してほしい、なんて切に願いながら言うわたしに田里弥が即座に「却下だ」なんて取りつく島もなく。いじめすぎちゃったか、と苦笑するわたしに「次はお前が茶を淹れる番だ」とか。だからわたしのお茶は亜光様だけに淹れるんだってと思いつつも、実になるならそれも仕方ないと小さく頷くわたしに満足そうに笑う二人の姿を目に焼き付けた。


あとがき


不味い、もう一杯!がやりたかっただけ。

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