これなら寂しくないよね

「38.9℃。今日はお休みにしましょう」
「はっ……ふぅ……」
「沙智…」


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日が昇る前、腕の中から苦しげな声が聞こえた。沙智の頬は真っ赤に染まり、息が荒く、か細い音。この姿を見る度に背筋が冷たくなる。震える手で、沙智の首を触る。

「沙智、沙智……沙智…」

大丈夫。彼女の体温は熱いけど、息もちゃんとしてる。首から鼓動を感じる。大丈夫、俺の宝物は俺を置いていったりしない。竜胆さん呼んでくると聞こえて居ないだろうけど、沙智に伝えて、部屋を飛び出した。そして最初に戻る。

39℃近い熱。元々沙智は身体が弱く、直ぐに熱は出るし、流行病は絶対に掛かっていた。心臓も弱かったから、中学迄まともに学校に行けていない。中学3年生の時にやった手術のお陰で少しだけ普通の人と同じ様に過ごせるようになったけど、竜胆さん曰く入学式、新しいクラスメイト等環境が変わったせいで、知らぬ間に疲れを溜めていたんじゃないかと。
成る可く中学の頃のように同じルーティンを繰り返しては見たが、練習の手伝いで無理に早起きをさせてしまったことを思い出す。

「俺の……俺のせいです」
「………」

竜胆さんは何も言わない。沙智の荒い息が部屋に響く。

「俺がちゃんと部活に入れば、無理に早起きさせなくて済みました…。練習も手伝わなくて」
「飛雄様」
「………はい」
「お嬢様は暗い顔をされておられましたか」

竜胆さんはそう俺に微笑みながら質問をすると、沙智が寝ているベットのシーツを敷き直し始めた。
完全に俺に背を向け、暗にもう答えは出ていますよねと伝えてくる。

暗い顔はしてなかった。
何時も花が咲いたように笑っていた。

『ひーくん!』
『一緒に歩けるの、嬉しいの』
『ボール拾いくらいしか出来ないけど』
『練習のお手伝いできて嬉しい』

悲しそうだったか。辛そうだったか。
いいや。違う。そんな事はなかった。
沙智はずっと、

『大好きだよ、ひーくん』

「竜胆さん、すみません。俺も手伝います」
「はい、ありがとうございます。では、私は病院の方に連絡してきますので、いつも通りにお嬢様の手を握ってあげてください。……お嬢様も飛雄様をお待ちです」

スっと竜胆さんが避けると沙智が俺に向かって手を伸ばしていた。大きな鼈甲飴の瞳から大粒の涙を零して。

「沙智っ!」

駆け寄って、その手を握る。沙智の手は何時もより更に力が入っていなくて、簡単に振り解けてしまいそうだった。そんな事させるものかと、俺が強く握りしめる。大丈夫、温かさを感じる、沙智はまだここに居る。

「……ひ……………く」
「無理に喋らなくていい。分かるから」
「…けほ……」

分かる。お前が俺の為に謝ろうとしていることも、置いてかれる寂しさを我慢してることも。

「沙智が寝るまで、病院に行くまで、傍にいるから……早く寝ろ。そんで、早く元気になれ」
「はァ、……はァ……」
「試合見に来るんだろ?」

繋がれた手がキュッと力を込められる。今日は水曜日、試合は土曜日で、熱が下がれば観戦くらいはさせてやれるはず。……竜胆さんの許しが出れば良いが。

「ひぃく、ん」
「ん?どうした、水か?」
「れん、しゅ……がんば、て。ひな…くんと仲良く、ね」
「………………おう」

彼奴と仲良くね。想像してみたが、日向と笑いあってる姿を想像出来ない。沙智を心配させたくなくて、………無理だろと溢れそうになる言葉を飲み込んだ。




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「あれ?今日は白崎さんと一緒じゃないんだ?」

日向の言葉に、体育館の扉を開けようとしていた菅原さんがピクリと反応した。田中さんも何故か俺を煽る様に「振られたかァ?プーくすくす」と笑い始めた。

「熱出て、病院行ってる」
「熱!?大丈夫なの、白崎さん…」
「竜胆さんが傍に居るから大丈夫だろ。………というか、お前は沙智の心配より自分の心配をしろよ、このド下手が。沙智が昨日ああ言っても、お前が下手くそなのは変わりねェんだからな」
「ぐ、ぬぬぬ!!!分かってるよ!でも、心配くらいしてもいいじゃんか!!」
「チッ」

早速言い争いが始まり、頭の中で想像した沙智が「喧嘩はダメだよー!」とぴょんぴょん跳ねてる。可愛い。いや、違ェ。喧嘩はダメ、キャプテンからも仲良くしろ的なことを言われていたんだった。
怒りを沈めようと、昨日カヴァスとボールで遊んでいた沙智を思い出す。……よし、もう大丈夫。

「影山、竜胆さん?って誰?。もしかして、白崎さんのお父さんだったり…?」
「女の子のお父様を名前で呼び合えるとか!!、俺も潔子さんのお父様と親しくなりたいッ!!!!」
「いえ、沙智の執事ッス。あと、沙智の父親は白崎はじめさんです」
「「「執事っ!?!?!」」」

どういう事!?と3人が騒ぎ出すが、何がどういう事なのか分からない。首を傾げて、何がッスかと聞くと何故か日向が代表として「白崎さんってお嬢様なの!?」と聞いてきた。

「あぁ。竜胆さんからお嬢様って言われてるな」
「違う!おれが聞いてることとなんかズレてる!」
「はァ?質問にちゃんと答えてるだろうが、ボケッ!」
「影山ー、日向は白崎さんが何処かの財閥だったり、大企業の娘さんなのかって意味で聞いたんだと思うよ。つーか、俺も気になる」

そうそれ!流石菅原さん!と日向もぴょんぴょん跳ね出す。想像した沙智の方が可愛かったな。
"ざいばつ"が何を指すのか分かんねーけど、

「聞いた事ある会社の名前ですよ。俺もそうですけど、日向と田中さんもそこのシューズ使ってるみたいなんで」
「シューズ??」
「俺たちの、か?」
「他にもユニフォームとか練習着も此処の使ってるかもしんねースけど」

日向と田中さんが自分のシューズを至る所から見てロゴを探し、菅原さんがブツブツとユニフォーム等を注文した会社を思い出そうとしている。そして、先に見つけたのは

「オイ、待て。影山、マジで言ってんのか?」
「はい。マジです」

俺がそう返すと田中さんは持っていたシューズがポロリと地面に転がった。日向が分かったんですか!?とギャイギャイ騒ぎ出してうるせェ。殴って黙らせるかと拳を握ろうとしたら、菅原さんが小さな声で呟いた。

「シロサキ………。あの日本トップシェアを誇るスポーツブランド…世界各国の選手が使ってる………あの、シロサキなの、か。影山……」
「はい。沙智はそこの一人娘です」

3人の絶叫が木霊した。




因みに長男は日本バレーボール協会(JVA)で、次男は自社の跡継ぎな為、肇さんと働いてることも伝えると、もうおなかいっぱいです……と涙目で答えられた。
この3人は朝から何をそんなに食べてきたんだ?練習出来んのか、特に日向のボケ。



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