その言葉を信じているよ

早朝練習の時に比べて、当たり前だけどたくさんの男の人が居た。綺麗な女性も居て、マネージャーの人だろうか。キョロキョロと見渡していると、そのマネージャーらしき綺麗な人と男の人たちの中で1番体格がしっかりしている人と目が合った。びっくりして悲鳴が零れそうになるけど、唇を噛んで我慢する。そうだった、応援に来たのはいいけど、初めて会う方ばかりだった。挨拶はちゃんとしないと。
ひーくんに手を離してもらい、少し早歩きしながら2人に近づく。近づくと女の人はすごい綺麗だし、男の人は大きくてちょっと怖い。

「はじ、初めまして。1年3組の白崎沙智です!。今日はあの、ひー…じゃなくて影山くんと日向くんの応援をしたくて、隅の方で構いませんのでお邪魔させて頂いてもよろしいでしょうか……?」
「お、おう!俺は3年の澤村大地。この部活のキャプテンをやってる。よろしくな、白崎さん」
「清水潔子。3年」
「!。ありがとうございます、よろしくお願いします!。澤村先輩、清水先輩!」

良かった!。応援できる!。これでダメだって言われたら、泣きながら帰るところだった。日向くんにも応援するねって言ってしまっている手前、約束を破らなくて済んだ。よかったぁと胸をなで下ろしていると、ポンと両肩を掴まれる。掴んだ人は清水先輩で、

「沙智ちゃん。マネージャーに興味あったりする?」
「……ふぇ?」
「お!。まだマネージャー志望の女子が来てなかったもんなぁ、清水」
「うん」

思わず首を傾げてしまう。マネージャー……??。
いや、マネージャーの意味とか仕事内容なら分かる。にぃの手伝いでマネージャーっぽい事をしていたから、経験も少しだけある。だけど、中学の時も誘われたけど、体の弱さあまりに断ったことがある。実際入部してても部活に参加出来たかと言われたら、殆ど参加できなかった思もう。名前だけ部員と言うやつだ。
でも、マネージャーはいいなって思う。近くで応援も手伝いも出来る。だけど、絶対迷惑をかけてしまうのが目に見えているせいで、簡単には頷けない。どうしようと言い淀んでいると、清水先輩は「急いでないから、ゆっくり考えて」と言ってくれた。清水先輩は3年生って言ってたから、今年で終わり。なら、早く引き継ぎができる人を見つけたいと思っているはず。うう、どうしよう。ぐるぐる考えているといつの間にか試合開始のホイッスルが鳴った。

ひーくん側のコートの隅に立つ。
こちら側は聞いていた通りにひーくん、日向くん、田中先輩。相手は蛍くんと忠くん。そして澤村先輩。キャプテンが敵なの?。大丈夫かな、ひーくん…。澤村先輩は、田中先輩の様にパワースパイカーという感じには見えないけど、どっしり構えた柱のような…守備力が高そうに見える。うぅ、負けないで。頑張れ、皆!。


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「そォォオらァァァ!!!」

ドガガッと大きな音が蛍くんのブロックから鳴る。凄い、田中先輩!。蛍くんのブロックを弾き飛ばしてる!。初日の練習時に比べて、パワーが出ている!。
服を脱いで喜んでいる田中先輩を見ながら、クスクス笑ってしまう。田中先輩がいるだけで、その場が明るくなっている気がする。凄いなぁ。

その後も点を取ったり、取られたりを繰り返す。そう言えば日向くんのスパイクをまだ見てないなと思っていると、田中先輩がチャンスボールを上げた。あ、これは日向くんにトスを上げるかも。そう思っていると、ひーくんは予想通りに日向くんに声をかける。

「頑張れ、日向くん……!」

きゅっと両手を握り、応援すると、日向くんは翼が生えたかのように飛んだ。自身の身長よりも高く飛んでいるように見える。あの身長でもスパイクを打ちたいと言っていたから、跳躍力が高いんだろうと思ってはいたけど、こんなにも綺麗に飛ぶなんて。
やっぱり宝石になれる人だと見蕩れていると、

『バチッ!』

「あっ………」

蛍くんの高い高い壁に拒まれる。蛍くんのブロック技術は高い。技術があって身長が高い蛍くんと、跳躍力があるが身長は低い日向くん。日向くんが先に頂上迄飛ばないと、蛍くんのブロックはそう簡単に抜くことは出来ないと思う。あのふんわりトスでは、日向くんが頂上に上がる前に蛍くんのブロックは完成してしまう。田中先輩の様にパワーで崩す事も出来るけど、日向くんの身体を見る感じ、パワーはあまり無さそうだ。そうなると、速さで勝負するしかない。速さ、速攻で抜くことが出来れば。
考えている間にも日向くんのスパイクは蛍くんによりどシャットされ続けていた。うぅ、言いたい!。でも速攻を練習していた形跡はないし、ぶっつけ本番で失敗した方が総崩れになりそう。だが、ネット近くにいた蛍くんがにこやかに笑いながら話し出す。

「ほらほらブロックに掛かりっぱなしだよ?。"王様のトス"やればいいじゃん。敵を置き去りにするトス!序に仲間も置き去りにしちゃう奴ね」
「………うるせェんだよ」

「ひーくん……」

傷ついているのが分かる。
胸が痛い、苦しくて堪らない。

「速い攻撃なんか使わなくても……勝ってやるよ」

忠くんのサーブがネットに当たり、転がってきたボールをひーくんが拾う。確かにサーブは1人で戦う唯一の武器。あの強烈なジャンプサーブを拾える人は中々居ないとは思う。だけど……。

バチンと打たれた強烈なジャンプサーブ。
勢いよく蛍くんのコートに入っていくが、

「やっぱり」

真正面で丁寧に優しく上げられたボール。
流石キャプテンと一言で表すのが勿体ないくらい、安定したレシーブだった。
スパイクは田中先輩頼み。レシーブ力はそこまで高くなく、ひーくんのサーブも速度優先の為命中率は悪いから、澤村先輩に拾われる可能性がある。このまま言ったら、ひーくんたち……負けちゃうんじゃ……。
そんな考えが頭を過る。嫌だ、ひーくんのバレーが観れなくなるのはもう嫌だ。

「ホラ、王様!。そろそろ本気出した方がいいんじゃない?」
「ム!。何なんだ、お前!。昨日から突っかかりやがって!。王様のトスって何だ!」
「君、此奴が何で"王様"って呼ばれるのか知らないの?」
「ん?。此奴が何かスゲェ上手いから……他の学校の奴にビビってそう呼んだとかじゃないの?」
「ハハッ。そう思ってる奴も結構居ると思うけどね」

やめて。駄目。もう傷つけないで。
私が幾らそう願っても、蛍くんは楽しそうに口を開く。

「噂じゃ"コート上の王様"って異名。北川第一の連中が付けたらしいじゃん。"王様"のチームメイトがさ。意味は自己中の王様!。横暴な独裁者!」

俯くひーくんを見つめる。あの時みたいだ。
私はあの時も遠くから彼を見つめて、謝って、泣いている彼を慰めることが出来なくて。

「噂だけは聞いた事あったけど、あの試合を見て納得したよ。横暴が行き過ぎて、あの決勝。ベンチに下げられてたもんね」

また私はあの時と一緒に観てるだけなのか。
ううん、違う。
あの時の私と今の私は変わったのだ。
歩けるようになった足。少しなら走っても耐えれる心臓。傍にいるって約束したんだから。

「もう辞めて、蛍くん」
「…沙智。また、王様を庇うつもり?。庇う価値ないでしょ、本質は中々変えられないんだし。今は大人しくしてるけど、時間が経てば正体が露になるだけだよ?。なら、今の内に暴いといた方が良いでしょ?」

ひー君を庇うように前に立つ。初めて見る蛍くんの苛立った顔。だけど、私は此処を簡単に退く気はない。

中学最初で最後に見たひーくんの試合。
ひーくんはずっとバレーボールが上手だった。誰よりも高い所に彼は居た。だから、彼は何時も彼が心のどこかで思っていたのだろう。レシーブもトスもスパイクも全部俺一人でやればいい。俺なら拾える。俺なら上げられる。俺なら打てるって。
バレーボールは1人で2回連続して触れない、6人で繋ぐスポーツ。1人でも『僕は特別だ』と思った時点で、もうダメなのに。知っている筈なのに。
私が再びひーくんのバレーを見た時には、もうその事を忘れてしまっていたようで。無茶苦茶なトスに彼の仲間は……。

だけど、

「変えられるよ。ひーくんはちゃんと変わるよ」
「はァ?自己中が簡単に変わる訳ないでしょ、馬鹿なの沙智は?」
「蛍くんも私を見て驚いてたじゃない。あの時は車椅子でまともに歩けも走れもしなくて、毎日無菌室で寝てるばかりだった。だけど、今は自分の足でたって、外の世界にいる」
「…………」
「私はひーくんの為に頑張ったの。一緒に居たいって思ったから、私は変わったよ。……人は誰かの為になら頑張れるもの」
「……ホント君の献身は気持ち悪い」
「えへへ。褒め言葉として受け取っておくね。ひーくんは最高のセッターになるって私と約束してるの。このままじゃ、最高とは程遠いって彼が1番分かってるから、そんなに虐めなくても、ひーくんは変わるよ」

ね?と後ろを振り返れば、ひーくんはパチクリと1つ瞬きをして、フッと笑った。
あ、もう大丈夫そう。
私の肩を押して、今度はひーくんが前に立つ。

「トスが上げた先に誰も居ないっつうのは、心底怖ェよ。…………だけど、約束したからな」
「チッ」
「最高のセッターになる。…スパイカーの前の壁を切り開く、その為のセッターだ」

舌打ちをする蛍くんににっこり微笑む。ほらね、変われるでしょって意味を込めて。
くるりとひーくんは振り返って、主審の人に「タイム貰えますか」と依頼した。タイム取るならボトルとか持ってきた方がいいかなと、コートから出ようとしていると、

「沙智、知恵貸せ」
「へ?」




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