不安とともにあるもの


「練習試合っ!相手は県のベスト4、"青葉城西高校"!」

突然体育館に入ってきた眼鏡を掛けた男性。入学式の時見かけた気がするから先生かな。そして、その先生が練習試合の報告をするってことは顧問なんだろう。と、予想していると答え合わせのように先生は「今年からバレー部顧問の武田一鉄です!」とひーくん達に名乗った。

「バレーの経験は無いから技術的な指導は出来ないけど、それ以外の所は全力で頑張るから宜しく!」
「「オス!!」」

知識や技術がないけど、職員の人数とかのせいで、やったことも無いスポーツの部活の顧問を任される事はよくあると思う。指導が出来ないから、後は入部している生徒に任せる名ばかり顧問になってもおかしくないのに、武田先生は技術面以外からこの部活をちゃんと支えようとしている。
だって、県の4強と練習試合する機会を作るんだもの!。2、3年の反応から元々仲がいい、縁がある高校同士って訳でもないのに凄い!。入部して早速新しいメンバーを入れての試合を試せるなんて!。ひーくんは勿論、日向くんも嬉しそうな顔してる。
私も嬉しくて、ふふっと笑っていると武田先生が申し訳なさそうな顔で4強と練習試合を組めた理由を話し始めた。

「ただ…条件があってね」
「条件?」
「"影山君をセッターとしてフルで出すこと"」

全員が「え」という驚きの感情に包まれる。
其れは私もだった。何でひーくんを指名…?。
青葉城西高校と何かひーくんあったっけ。んー、元々ひーくんが狙ってたのは白鳥沢だったはず………あ。

『青葉城西からの推薦蹴っちゃったの!?』
『おう。白鳥沢に行くつもりだし』
『も、勿体ない……』
『良いんだよ。彼処にはあの人居るし…』
『あの人?』
『何でもねェ。それよりここの解き方教えろ』
『………そこ教えるの今日で5回目なんだけど……』
『う゛』


過去の出来事を思い出す。そうだ、ひーくんがスポーツ推薦貰ったところだ。元々北川第一の生徒の殆どが行くようなところだったけど、それでも形だけの受験はある。ひーくんはおバカさんだから推薦を受ければ、勉強しなくて済むのに勿体ないと思ったんだった。……まぁ、普段全く勉強しない、授業は寝てばかりのひーくんが、真面目に勉強してる姿は新鮮だったし、彼にもいい経験だったと思うから、蹴って正解だったと今なら思う。ひーくんに勉強教えるの中々骨が折れたけど………大変、だったなぁ。

でも、青葉城西とひーくんの関係は思い出したけど、何で指名までするのだろう。しかもフルで出せなんて。烏野の正セッターの技量を見る機会だと言うのに。インターハイで戦うかもしれないのに!。ひーくんしか興味ありません!って言われてる様で嫌な気持ちになる。ひーくんだけでなく、烏野バレー部の全員凄いのに!。むぅと膨れていると、田中先輩も怒ってるようで舌打ちをしながら、

「なんスかそれ。烏野自体に興味は無いけど、影山だけはとりあえず警戒しときたいってことですか。なんスか、ナメてんスか、ペロペロですか」
「い…いや、そういう嫌な感じじゃなくててね…!」

武田先生は田中先輩の苛立ちを宥める様に言うが、田中先輩が怒るのは無理もない。どう聞いたってひーくん以外眼中に無い感じだもの。
田中先輩は仲間思いの人だと思う。青葉城西からの条件だと正セッターを蔑ろ、馬鹿にされていると思っても仕方ない。だから、あんなに怒るのだ。……そう言えば、烏野の正セッターって誰なのだろうと思っていると、

「い、良いじゃないか。こんなチャンスそう無いだろ」

菅原先輩が前に出た。菅原先輩がここの正セッターなんだ……。確かに日向くんとレシーブ練習してた時のオーバーパスは綺麗な放物線を描いてた気がする。

「良いんスか、スガさん!。烏野の正セッターはスガさんじゃないスか!!」
「…俺は…俺は日向と影山のあの攻撃が、4強相手にどのくらい通用するか見てみたい」

そう、菅原先輩は言うと澤村先輩に小さく頷いた。その思いを汲んだ澤村先輩は武田先生に話の続きを催促する。正セッターの菅原先輩がそれでいいと言うなら、他のメンバーはその意志を否定する事は無粋だからだ。……私はここのメンバーでも無いから、1番口を出しちゃいけないもんなぁ。ひーくんが注目されるのは、嬉しいし自慢だけど、みんなちゃんと凄いのに。
武田先生が練習試合の詳細を話し始める。

「日程は急なんだけど、来週の火曜。土日はもう他の練習試合で埋まってるんだって。短い時間だから1試合だけ」

来週の火曜日。放課後に行くのだろうか。
なら、私は1人で帰るのか……初めて1人で下校するかもしれない。寄り道ってものに挑戦しようかと思ったけど、やっぱりひーくんの試合を見てみたい。着いていくのは駄目だよなぁ…部外者だもの。

……………マネージャーなら、一緒に行けるのかな。清水先輩の言葉を思い出す。
やってみたいな。折角普通のこと出来るようになった。ひーくんと少しでも長く一緒にいたい。優しくしてくれた素敵な人たちを沢山応援してたい。
でも、普通のことが出来ると言っても制約だらけだ。迷惑しか掛けれない。やりたいって言って入っても、力になれなかったらどうしよう。そんな事しないだろうと思うけど、邪魔者扱い、冷たい目で見られるのはもう嫌だった。ひーくんにも私のせいで嫌な思いをさせるかもしれない。だから、後一歩が踏み出せない。

ひーくんに相談しても、自分で決めろとしか言わないだろう。これは人に決められてやるものじゃないもの。それは分かってる。どうしようと悩んだ時に浮かんだ2人の顔。こういう時ばかり頼るのは卑怯だと分かってはいたけど、甘えてしまうのは小さい頃からの癖だった。

「……にぃたちにお話してみよう……」

ねぇ、にぃとにに。
私、やってみたい事ができたのって。



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