小さな試食会

「オラ、早く乗れ」
「帰りもなの……、私歩けるよ…?」

目の前で背中を向けてしゃがむひーくん。日向くん達や先輩たちがまだ居る目の前で。心配してくれてるのは有難いけど、ひーくんに羞恥心とかないのだろうかって思ってしまう。
みんな、特に何も言わないけど、じっと注目されてるのは肌で感じる。そして、早くしろよと睨んでくるひーくん。私が全く動く気配がないと分かったのか、先に痺れを切らした。

「選択肢をやる」
「へ?」

ひーくんは人差し指を立てた。

「ここで歩いて帰るなら、俺は沙智が観戦中に興奮して走ってはしゃいだ事を竜胆さんに言い付ける」
「え!それは駄目!」

りんちゃんが怒ると怖いのは、身に染みて分かっている。唯でさえ今日は無理を言って、応援に行くのを許して貰ったのに、りんちゃんとの約束破ったなんてバレたら………ひぃいい!。
私が震えているのを見ながら、次に薬指を立てた。

「おぶって帰るなら、竜胆さんに黙っててやる」
「2でお願いします…!」

背に腹はかえられぬってこういう事を言うんだ。りんちゃんに怒られるくらいなら、恥ずかしいのを我慢した方が断然マシなのである。
ひーくんの背中に抱きつけば、いつも通りの流れでおんぶされる。背中に視線が集まっているが我慢、我慢。でも、やっぱり恥ずかしいから、ひーくんの肩に顔を埋めて隠れよう。
モゾモゾしていると、ひーくんが「あ」と声を漏らすと、

「沙智、走るから捕まってろよ」
「う、うん?」

言われた通りにひーくんの首に腕を回すと、ひーくんも私の足を掴み直し、走り出した。朝と違って、一言言ってくれたので、そんなに怖くない。またあんな事されたら、今度こそ怒ってたかもしれない。
ペースを落とさず校門を抜け、坂道を下ると、菅原先輩の背中が見えた。

「菅原さん!」

ひーくんの声掛けに菅原先輩は振り向いた。少しぎょっと驚いていたのは気の所為、かな。
なんか菅原先輩と大事な話をするっぽいから、小さく隠れていようとひーくんの大きな背中に隠れる様に身体を縮こませる。

「今回は俺、自動的にスタメンですけど…つぎはちゃんと実力でレギュラー取ります!」
「えっ!?」
「え??」
「あ、いや…影山は俺なんか眼中に無いと思ってたから意外で……」
「??。何でですか??」
「体格も実力も断然お前の方が上だろ?」

菅原先輩の言うことは何となく分かる。ひーくんは凄い。青葉城西からご指名を受けるくらいだ。菅原先輩は、自分よりひーくんの方が凄いから選ばれて当然とか思ったのだろう。
だけど、意外とひーくんは運動部らしく、経験を重視し、先輩を立てる人であり、

「ほ……他のメンバーからの…し……しん、信頼とか…」

今絶対ひーくん苦い顔してる。
思わず、クスクスと笑ってしまう。
背後から追いかけてきた日向くん、澤村先輩に田中先輩と菅原先輩の名前を呼ぶ声が響く。その中にひーくんの名前を呼ぶ人が居なくて、更に面白い。まだ、ひーくんは菅原先輩の様な信頼関係が築き上げられてないことをありありと見せ付けられる。技術と経験は、努力と時間で積み重なるけれど、信頼関係は簡単に積み重ならない。
ひーくんが持って無いものを菅原先輩は持っている。それだけで、ひーくんにとっては負けられない相手なのだ。それを菅原先輩にも伝わったのか、さっき迄の"負けている意識"が消え、

「俺、負けません」
「うん。俺も負けない」

ふふっ。やっぱり仲間内で好敵手がいるのはいいなぁ。頑張れ、ひーくん。興奮の余り、背中にぐりぐりと額を擦り付けた。
そして、私たちに追いついた田中先輩が「スガさ〜ん。大地さんが肉まん奢ってくれるって…」と声を掛けてきた。肉まん…奢り……これって、噂に聞く"寄り道"というものなんじゃ…!。わ、私も買ってみたい肉まん!。ひーくんに買ってもいいか聞こうとしたら、菅原先輩と話をしていて口を挟めない。

「でもさ、影山。青葉城西って北川第一の選手の大部分が進む高校だよな」
「あぁ。まぁ、そうっスね」
「いや、その〜やり辛くないかなと思ってさ」
「?…同じチームだったら考えるかもしれないけど……戦うなら、唯全力でやるだけです」
「……そうか、そうだよな」

元同じチーム…。金田一くんや国見くんが居るんだった。元気かな、2人とも。うーん、でも3年にあの人が居るから、大丈夫かな…。最後ひーくんと仲違いしてから、話しかけるの怖くてお別れも言えなかった。でも、ずっと「影山は自己中」とか何とかひーくんを馬鹿にするのは納得いかない!。ひーくんが10割悪いけど!。悶々としてると、田中先輩が2人の会話に口を挟んだ。

「でも、良いんスか、スガさん!。俺は…俺は納得いかないっつうかっ!」
「そりゃあ悔しいけど…。でも、影山が中学ん時と同じだと思ったら大間違いだって見してやりたいじゃん!」

パチリと瞬き1つ。この人にもひーくんが前と違うこと分かってくれてる。会ってまだ少しなのに。中学の時の悪い噂も、もしかしたらひーくんのプレーを見た事あるかもしれないのに。今日は涙腺が弱い。また泣きそうになる。ひーくんが変わったこと、良いところ、みんなが知ってくれることが嬉しい。
金田一くん達にもひーくんが前と違うってこと分かったら、仲直りしてくれるかな…。

「そうだな。怖いのは影山"単品"じゃないってとこ、見してやろう」

澤村先輩がいつの間にか買ってきた中華まんの紙袋を掲げていた。あ、肉まん!。

「ひーくん!」
「あ?」

ひーくんの肩に顎を乗せて話しかける。もう大事な話し終わったっぽいから大丈夫だよね。皆さん、今から澤村先輩が買ってくれた肉まんを食べるだろうし。

「私もお買い物したい!」
「……はァ?財布持ってきてねェだろ」
「えへへ〜、ひーくんのバックに内緒で入れといたから、持ってるよ!」

ひーくんに下ろしてもらって、エナメルバッグの前のポケットを開ける。前に何かあった時の為に入れておいたのだ。ふふーんと胸を張って、ひーくんに見せる。

「じゃーん!」
「…………カード、多分あの店使えねェぞ」
「……………え」
「つーか、そんなヤベェもの、剥き出しのまま俺のバックに入れんなボケ!!」
「いっ!?」

パチンと何故かデコピンをされた、とても痛い。額が割れたと思う……。
でも、ひーくんに見せた、にぃがくれた黒いカード。コレがあれば何でも買えるよ♡って言ってたのに、使えないなんて……。
愕然としていると、

「そ、それ、うわ、噂に聞く、ブラックカード魔法のカードっ!?!?」
「うっひょーー!!、すっげぇーー!初めて見た!!」
「なっ!?はっ!!え゛っ!?!?」
「あ、そうか。大地には言ってなかったか」

日向くんと田中先輩は凄い!見せて!と言うので、其の儘カードを渡していると、菅原先輩から何か聞いた澤村先輩が「はっ!?!?」と大きな声で叫んだ。
何か怖い事でも聞いたのかな……。その時だった。お店の扉が開いて、金髪の男性が叩きを片手に出てきた。

「おい、お前らバレー部だな!?。店の前で騒ぐな!!」

確かにお店の人が言うように騒ぎすぎてしまった。ぺこりと謝っていると、澤村先輩に声を掛けられた。

「し、白崎さんってさ……」
「はい?」
「あの白崎グループの娘さん……なのか?」
「?。はい。お父さんとにに、次男の会社です」

そう言うと澤村先輩は口を大きく開けて、ゆっくりと菅原先輩へと振り返る。そして、小さく頷いた。何で突然お父さん達の会社のことを聞くのか分からないけど、解決したのかな。でも、残念だなぁ。このカードを使えないなら、財布は持っていない。お買い物失敗だ。ずーんと落ち込んでいると、ひーくんが半分に割ってくれた中華まんを差し出してきた。

「今度な。今日は諦めろ」
「うぅ………うん、諦める…」
「ほら、ピザまん」
「ぴざまん……??何それ、美味しいの?」
「ピザ味だ。美味い」

半分に割ったことで、中からトマトソースと蕩けたチーズが見える。初めて食べる……。マルゲリータみたいな感じなのかな……。恐る恐るとはむっと食べると、口の中に広がるピザの味っ!。

「ひーくん、ピザだ!すごーい!」
「ピザまんだからな」
「白崎さん、ピザまん初めて食べたの?。じゃあ、おれのカレーまんとか食べた事ある?」
「………かれーまん???」
「半分あげるからさ、食べてみてよ!」
「いいの?。日向くんの分減っちゃうよ…?」
「いいよ!おれ、さっき肉まん食べたから!」

まさかの2個目。日向くんもかれーまんというものを半分に割って渡してくれた。私も何かお返しをしたくて、ぴざまんを更に半分にして、口をつけてない方を日向くんに渡した。交換ね!と言うと、ありがと!とニカッと笑ってくれた。
頂きますと小さく言って、はむっとかれーまんに口をつける。此方も名前の言う通り、カレーの味がする。ちょっと辛くて慣れてない味だ。お家だと何時も甘口だもんなぁ。でも、もちもちの生地がナンみたいで、本格的なカレーを食べてる気分になる。コレもおいしい!。美味しさをひーくんにも共有したくて、かれーまんを半分にして、ひーくんに渡した。

「かれーまんも美味しいね、ひーくん」
「おう。サンキュ」
「日向くんもありがとう」
「おう!」

日向くんとえへへ〜とわらっていると、蛍くんと忠くんも合流して、田中先輩が中華まんを配っていた。
そう言えば、名前……。

「日向くんの名前って翔陽だよね?」
「ん?そーだよ?」
「あのね、翔くんって呼んだら怒る……?」
「へ!?おこ、怒らないけどなんで!?」
「んと、バレー部1年生で日向くん以外のこと、私、名前で呼んでるから、日向くんと名前で呼びたいなぁって思って……。駄目、かな……?」

こてんと首を傾げると、何故か日向くんは顔が急に真っ赤になった。何で!。急に熱でも出たのかと思って、大丈夫!?と声を掛けようとする前に

「いいよ!!呼んで!」
「っ!ありがとう、翔くん!。私の事も名前で呼んでいいからね!」
「うん、沙智ちゃん!!」

2人でまた笑いあっていると、何処か不機嫌な顔をしたひーくんが、店を指差しながら

「沙智。澤村さんたちに呼ばれたから行くぞ」
「えっ。私も一緒に居てもいいの?外で待ってるよ?」
「危ねェだろ、ボケ。澤村さんたちには言ってある」

そう言うやいなや、ひーくんは私の手を掴んで、ズルズルとお店へと歩き出す。あわわ、本当にいいのかなと思う反面、1人で待つのは寂しいし、誰かと一緒に待っててもらうのは迷惑かけてしまう。ひーくんに着いていくのが一番いいと一瞬で考えて、ポカーンとしている翔くんに、またね!と声を掛けて、ひーくんの隣を歩き出す。

「………何で日向はあだ名なんだよ」
「え?」

隣に立つひーくんが小さく呟いた。
あだ名……?。翔くんって呼び名のことだろうか。んー、なんでって言われても、

「名前が長いから……??」
「何だそれ」
「だって、あんまりあだ名で呼んでいる気がしてなかったんだもん。感覚で言うと蛍くんや忠くんと同じ気持ち。……あだ名で呼んでるのはひーくんだけだよ」
「意味…わかんねェ」
「うぅ。ごめんなさい……」
「……まァ、沙智がそう思ってんならいい」
「…う?」
「特別は、俺だけでいい」

そう言うとひーくんはお店の扉を開けた。
特別。ひーくんと呼ぶのは、私の特別だ。ひーくんが私の特別だもの。でも、伝わっているなら、私からも言うことはないや。
大好きだよ、そんな想いを込めて、私は握った手をキュッと力を込めた。


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