歌うように囁かれる日常

澤村さん、菅原さんと火曜日の練習試合の際の日向のポジションを決め終えた後。
俺たちの邪魔をしないように静かに座っていた沙智だったが、いつの間にか眠っていたらしい。器用に座ったまま、微動だにしないせいで、俺たち3人は話に夢中になっていたこともあり、沙智が寝ていることに気づいたのは、話し終えた時だった。
まぁ、元々微熱ではあるが、体温は熱かったし、はしゃいで考えて跳んで走って泣いて……寝てしまうのも無理なかった。先輩たちも沙智が興奮気味だった事、泣いていた事を知っていた為、沙智が寝てしまったことについて、とやかく言わず、「いいよ。待たせたこっちが悪い」と笑っていた。

「すみません」
「いいよ、気にすんな!」

もう一度謝罪とお礼を言って、沙智を抱き上げる。おぶるより、横抱きにした方が寝やすそうだからだ。沙智も満足そうに俺の胸に擦り寄ってきた。可愛い。
話も終え、先輩たちも帰り支度をしているのを見守ると、大地さんに名前を呼ばれた。

「影山さ」
「はい?」
「白崎さんと付き合ってはないけど結婚はするって、部活の時言ってただろ?」
「はい。言いました」
「菅原から白崎さんは大企業の娘さんって聞いたんだが、2人は家同士が決めた許嫁ってことなのか?」

………どういう意味だ??。
俺が困惑していることが伝わったのか、菅原さんがさらに続けて言う。

「影山と白崎さんのご両親が決めた結婚相手なのかってこと!」
「成程。違います」
「違うんかい!」

バシッと菅原さんがツッコミをしてきた。ボケたつもりは無かったんだが。其れよりこの人たちは何を聞きたいのか全く分からない。結婚を約束するってそんなにおかしい事なのだろうか。

「俺が沙智に初めて会った時にプロポーズしました。其れだけですけど…?」
「え!?初対面でプロポーズしたの、お前!」
「はい」
「ひぇ〜すげぇ……」
「因みに、初めて会ったのは何時なんだ?」

初めて会ったあの日のことは、今でも鮮明に思い出せる。一与さんと一緒にテレビで録画しておいたバレーの試合を見ようとしていた時だった。母さんに声を掛けられ、玄関に行ってみると、小さくて脆い此奴が居たんだ。

「幼稚園の年少です」
「そんな歳でプロポーズ…いや、マジ凄いな…」
「本当な。初対面でプロポーズって…度胸が凄い。まぁ、受けた白崎さんも凄いけど、良く言えたな?。普通なら断られる可能性の方が高いだろ」

確かに大地さんが言うように、初対面の知らねェ奴にプロポーズなんかされたら、怪しんで断るだろう。あの時は断られるなんて想像もしてなかった気がするが、きっと断られても同じ事を俺は言っていた。それは例え今初めて会ったって同じことをする。

「俺、一番好きな物はバレーボールなんスけど」
「おう」
「知ってる」
「沙智はそうじゃないんです」

え、嫌いってことなのかこれ?と小さな声が届いた。そんな訳無いだろと思わず笑ってしまう。

「俺だけの宝物なんです、沙智は。だから、断られても何度だって俺はプロポーズをすると思います」

一番好きなバレーボール。好きだからこそ長くやりたかった。一与さんから言われた言葉。『強くなれば絶っっっ対に、目の前にはもっと強い誰かが現れるから』。勝って勝って、沢山勝って、俺はバレーボールをやっていたい。
だけど、沙智は違う。大好きだからこそ、自分だけのものしたかった。誰かと勝負なんかしたくない。負けてしまうからとか、そんな理由じゃない。他の人のことを知って欲しくない、必要以上に仲良くして欲しくない。沙智には俺だけでいい。だって、俺が1番沙智のことが好きだから。必要としているから。バレーを愛する気持ちとは違う、どす黒い感情。
多分この汚いものに澤村さんも菅原さんも気づいてない。それを表すように2人は手を叩いて、「漢だ」「恋愛マスター影山!!」とはしゃいでいる。
コレに気づいているのは沙智の2人の兄だけだ。あの2人も同じものを抱えているから、同族嫌悪で分かってしまう。別に普通の時は嫌いでもなんでもないが、沙智が関わるとあの2人は元々性格の悪さが顕著になるから苦手だ。あの人たちは月島、及川さんよりも性格が悪い。

「本当、影山は白崎さんのこと好きなんだな!」
「好きです」
「もし白崎さんがマネージャーとかで入部しても、あんまりイチャつくなよ……??」
「?、はい」
「駄目だ、大地。多分此奴、部活内でイチャついてたっけとか思ってるぞ、この顔」

部活内でそんなにイチャついていただろうか。つーか、イチャつくってなんだ。何処から何処までを表すんだ??。2人がため息をついている横で、うーんと考えてみたが、答えは浮かばない。明日部活に行く前に、沙智に教えてもらおう。


店を出ながら、3人並んで帰る。その間恋バナというものを話した(菅原さんからの質問を答えただけ)。
中学の時は沙智は殆ど学校に来てなかったから、1人で帰ることが多かった。だから、何だかこの空間は久しぶりに感じる。部活帰り、先輩と、下校…。たったそれだけ。だけど、心に残る大切な何かにそれはなった。

「影山は白崎さんと付き合う気はないのか?」
「考えたこと無かったっスね。沙智とはずっと一緒にいる気だったし、プロになったら結婚しようと思ってたんで」
「プロ………。ま、まぁ、毎日あんな感じだと、周りからは恋人同士って思われてそうだよなぁ。俺もそー思ってたし」
「確かに」
「?、普通だと思うんスけど」
「「いやいやいや」」



prev back next
top