ありがとう、傍に居てくれて

校門まで着いても、抱えている沙智の瞼は開かない。でも、そろそろ起きそうだなと思う。空きっ腹に薬を飲ませる訳にはいかねェから、何時ものように自販機で飲み物買って行かねェと。
ヒソヒソと俺らと同じように登校してきた奴等の視線と声が届く。うぜェ見るな、沙智が起きると視線を向けてきた奴等を睨みつけて散らす。それでも視線は届くから、早く此処を去った方が良さげだ。自販機に急ごう。

軽く走っても起きねェ沙智には白旗が上がる。薬のせいと分かってはいるが、安心して寝てくれてるって言うのは嬉しくもあり、早く声が聞きてェし、沙智の瞳に俺を移して欲しいとも思う。
自販機に着き、制服のポケットに事前に入れて置いた小銭で、何時も飲む俺用のぐんぐんヨーグルトと、沙智用のいちごみるくのパックと水のペットボトルを買う。早く飲ませて、目を覚まささねェと薬を飲む時間が無くなる。急げ。

片手は沙智に、脇にペットボトルを挟み、もう片手は2本のパックジュースで塞がっているから、足で教室の扉を開ける。マナー悪いと沙智に怒られそうだが、開いていない方が悪いのだ。
教室には既にクラスメイト達が居り、入学して3日経ち、毎日の様に沙智を抱えて登校してくる俺らに既に慣れたようで、「はよーす。今日も白崎さんはおやすみ中か、影山?」「沙智ちゃん、起きてっ!」と色々声を掛けられる。俺は返事をそこそこに、沙智を椅子に座らせる。

「沙智、起きろ。学校着いたぞ」
「………ん、んー………う?」

ふらふらと頭は揺れているが、ゆっくりと沙智の瞳が開いていく。良し、起きてきたな。むにゃむにゃとしている口にいちごみるくに刺したストローを咥えさせる。

「オラ、吸え」
「ん、んー?」

ストローにピンク色の液体が上がっていくのを見て、沙智にパックを持たせる。その間に竜胆さんに渡された薬の準備。白湯はさすがに用意出来ねェから、さっき買った水の蓋を開けておく。そこ迄来て、やっと俺もパックにストローを刺して飲み始める。あー、美味。喉が乾いていたらしく、勢い良く飲み尽くしてしまう。
ズルズルと俺が飲み終わる頃に沙智も飲み終わったらしく、ストローから口を離した。

「んっ。…ひーくん、おはよう」
「おう、はよ。目は覚めたか?」
「起きたぁ。……今日もありがと」
「ん。ほら、薬。ちゃんと飲めよ」
「……………やだ」
「我儘言うな。飲まねェと辛いのお前だぞ」

唸る沙智を無視して、空になったパックの代わりに水と薬を持たせる。小さな掌に白い錠剤とカプセルの薬が5個転がった。昔よりは減った方だが、この薬たちが0になる事は無いと竜胆さんから言われた。という事は、これらが合って沙智はやっとまともに普通に過ごせるということ。じゃないと、コイツは。

「ひーくん?」
「………………………何でもねェ」
「大丈夫だよ、ひーくん」
「………」
「最近元気だから、ずっと一緒に居るよ」
「………おう」

沙智は俺の返事に満足したのか、俺の好きな笑顔を浮かべて、一気に掌に転がる薬を呑んだ。苦いと顔を顰める沙智も好きだが、やっぱり笑ってて欲しい。

「沙智ちゃん、おはよう!。今日もラブラブだねっ」
「んー、おはよう」

そうこうしている内に沙智の周りにクラスのヤツらが集まりだした。沙智はいつの間にか貰ったチョコレートを食べていた。

「ひーくん、口開けて」
「あ」
「あーん。…水樹ちゃんから貰ったの」

みずき?そんな奴クラスに居たか?。沙智とバレー以外興味が無い俺にとって、まだ会って数日しか経っていないクラスのヤツらの顔は勿論のこと名前すら頭に入っていない。担任の顔すら怪しいかもしれない。俺にとっては知らねェ奴だけど、沙智にとってはクラスメイトだ。お礼を言っておいた方がいいか。
沙智は俺が誰かと仲良くすんのを望んでる。友達は多い方がいいって。多分沙智自身、小中とまともに学校に行けてなかったから、そう思い、良かれと俺にも勧めてくる。
俺としてはバレーが出来て、沙智が傍に居てくれるだけで十分で、それ以外はどうでもいいと思っているけど、沙智はそれを望まない。だから、俺は沙智が笑ってくれるように、人との繋がりを拒まないようにしている。沙智がいるから、俺の世界はギリギリ他人と繋がっていられる。

「ん、んー……美味いな。みずきさん?、サンキュ」
「ね、美味しいね!」
「良いよいいよ!沙智ちゃん、好きそうかなって思って買ったやつだから!」

思わず零れそうになった舌打ち。沙智の為に用意したと聞いて、ぞわりとした。いい事、優しい事をしてくれたみずきさんのご好意に、俺は嫌だと感じる。俺だって口直しの菓子くらい用意出来る。何なら沙智はこのミルクのチョコレートより、苺味のチョコレートの方が好きだ。俺の方が沙智をよく知っている。俺の方が沙智の事が好きなのに。俺があげた物で沙智が構成出来ればいいのに。俺の方が、俺が、俺が!。
どす黒いなにかが心を埋めつくされる。沙智以外どうでもいい、なのに何でお前らは俺の宝物に触れようとするんだ。触るな!、此奴は俺だけの、

「ひーくん」

繋がれた温もり。小さくてやわらかい白い手。
甘い匂いが鼻腔を擽った。

「今日も髪型、可愛くしてくれてありがと」
「…………ん」
「いちごみるくも美味しかったよ」
「……ん」
「優しいひーくん。今日もこれからもずっと大好きだよ」
「おう」

俺も沙智が好きだ。ずっと。
此奴だけは誰にもやらない。



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