寄り添って、守り合おう

ひーくんがバレー部に体験入部している間、図書室で今日の授業の復習をやったり、読書したりと、時間を潰していたけど、流石に19時半を回ると司書さんから帰るようにと注意されてしまった。ひーくんは部活が終わったら迎えに行くと言っていたけど、まだ終わっていないのかもしれない。初日なのに大変だなぁ。ひーくんは練習も好きだから、苦には思ってないだろうけど。

広げていたノートや教科書、本を片付けて、図書室を出る。バレー部がやっている第二体育館迄の行き方は入学初日にひーくんに教えてもらったから覚えてる。うん、一人で行ける。私が迎えに行ったら、ひーくん驚くだろうなぁ。びっくりしたひーくんの顔、見たいなぁ。と、るんるんの気持ちで第二体育館に行くと、何故か体育館の外に見知った背中が居た。

「ひーくん…?」

何で外にいるの?。小さな声で呟いた名前は彼に届いたみたいで、ぐるんと勢い良く振り向いた。その勢いに釣られてか、ひーくんの前に立っていた小さな男の子も、私に視線を写した。

「沙智、何でここに居る!。迎えに行くって言っただろ!」
「ご、ごめんなさい。図書室閉めるって言われたから…」

ひーくんに肩を掴まれ、グッと顔が近くなる。驚かせようと思ったのに怒られてしまった。だけど、迎えを待たずに私がここに居る理由が仕方ないものだと分かったのか、険しかったひーくんの眉間の皺が無くなっていった。

「怒鳴って悪い。……迎え、サンキュ」
「うん。ひーくん、練習まだ掛かりそう…?」
「いや、あ゛ー……終わった」

凄い言い淀んでる…。ひーくんは終わったと言うけど、体育館からはボールが跳ねる音と人の声が聞こえてくる。まだ練習やっている様に見えるのだけれど。其れに何でひーくんとこの男の子は、外にいるんだろう。ランニング?、でも汗の匂いとかはしないし、エナメルバッグも肩にかけてる。首を傾げるが、ひーくんは何も聞くなと言う感じで、帰るぞと私の右手を掴んで歩き出してしまった。

「え、ひーくん!」
「日向ァ!明日遅刻すんなよ!」
「うっせぇ!!!お前もな!!!。いや、つか、その子誰!?!?」

背後からあの男の子が私に声を掛けているのが分かる。でも、引っ張られる手足のせいで止まることが出来ない。一刻も早くここから離れたいって気持ちが伝わる。体育館から離れ、校門から出てもひーくんの足は止まらなくて、先に私の心臓が限界を迎えた。

「ひ、ひーくん、とま、止まって」
「っ!、悪い!早すぎたよな、大丈夫か!」
「はっ、はっ………だいじょうぶ」
「……悪い、無理させた」

ドクドクと高鳴る胸を抑える。少し早歩きしただけで、こんなにも疲れてしまう。本当不良品だ。ひーくんにこんな顔をさせたい訳じゃないのに。

「ごめ、なさい…ひーくん」
「沙智は悪くねェ。俺が……。チッ、おぶるから荷物寄越せ」

いいよ、頑張れるよと断る前にスクールバッグを奪われ、腕も掴まれて、其の儘おぶられてしまった。腑甲斐無い。ひーくんの隣を歩いて、帰りたかったのに。

「カヴァスの散歩、ロードワークがてら俺がやるから、沙智は早く休め」
「一緒に……」
「駄目だ。発作起きたら、明日一緒に学校行けねェだろ」
「…………んん」

ひーくんの言うことは正しい。これ以上無理したら、明日学校に行けないかもしれない。それは嫌だ。ひーくんと一緒に行きたい。なら、今日は早く休んだ方がいいって頭では分かってるけど、嫌だと思ってしまう。悔しくて、ひーくんの肩に額を擦り付けた。擽ってェから辞めろと怒られてしまった。
仕方ないから、今日は我慢しよう。明日ひーくんと一緒に過ごす為に我慢だ。

「……そう言えば、明日も部活…?」
「うっ」
「ひーくん?」

明日も部活なら図書室にいるねと言おうとしたのに、何故かひーくんは口を閉じ、足が止まった。何か合ったの?と声を掛けると、

「…ぶ、………な、た」
「え?」
「入部できなかった」
「………………え、なんで…?」
「………色々あって」

色々って。身内贔屓に聞こえるけれど、ひーくんはバレーボールが上手だ。セットアップは勿論、サーブもレシーブもスパイクも。白鳥沢からの推薦は貰えなかったけど、こんな有力選手の入部を断る方が少ないだろう。
なのに、入部出来なかったなんて、

「ひーくんの、バレー……もう見れないの…」
「そんな訳あるか!!」
「ふぇ、だって……うぅ」
「泣くな、沙智!大丈夫だ、土曜日の試合に勝てば入部出来る!」
「し、しあい……?」

誰とと聞けば、3対3の試合をするらしく、ひーくんと先程の男の子と2年の先輩チームと入部予定の1年生2人とキャプテンで試合をするみたいだ。勝てないと入部が出来ない……なんで、そんな試合をするの…。ひーくんのバレーが見れなくなるのは嫌だ。キュッとジャージを握り締める。

「勝って、ね。ひーくん」
「当たり前だ。とりあえず明日5時に練習する事になった」
「5時……」
「沙智、起きれるか?」

ひーくんがこちらを見る。その目は1人で登校すると思ってない瞳だった。でも、朝5時。何時もの薬を飲んだら、きっと起きれない。弱い薬だと寝れないし、量が増えるだけ。なら、今日は飲まないでおこうかな。1日くらい寝なくても死にはしないもの。だって、私も1人で登校するなんて考えられない。

「………頑張る」
「ちゃんと寝ろよ」
「寝たら起きれないよ。ひーくんと一緒に居たいから、薬飲むの辞めるの」
「竜胆さんに怒られるぞ」
「それは……ヤダなぁ」
「なら………」

試合の日まで一緒に寝るか。

その言葉の返事は決まってた。

「寝る迄抱き締めてやる。朝になったら、ちゃんと起こす」
「うん」
「薬、飲んでもちゃんと起きれてんだ。普通に寝たって起きれる」
「ひーくん……」
「なんだよ」
「寝るの、怖いから、一緒にいてね。やくそく」
「あぁ。ずっと一緒にいるって約束しただろ」

そうだね。そうだったね。約束、したもんね。まだ寝るのは怖い。目を閉じたら、もう二度と起きれないかもしれない。その恐怖に何時も苛まれて、泣いてしまう。だけど、隣にひーくんが居るなら、きっと怖くない。



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