無意識に伸ばす指

昨夜の盛り上がりのせいで沙智のパンツが死に、ぐちゃぐちゃになったやつを履かせる訳にもいかねェから、俺のさっきまで履いていたパンツを履かせてやったのに怒られた。俺、そんなに悪いことしたか?と首を傾げてしまう。写真だって可愛かったから撮っただけだし。まあ、沙智は余程の事じゃねェ限り、ずっと怒っていられないタイプだから、放っておいたら予想通りにパスに乗る頃には疲れたらしい。
よし、俺の勝ちだな。

俺の腕に乗っかかる沙智を見ながら、ニヤけそうになる。パンツを返せと言われたのは、残念だけど。貰っちゃ駄目か、あれ。結構好みだったんだが。まぁ、今度一緒に下着を選べばいいか。写真は消す気ねェけど、経験的にゴリ押せば沙智は折れる。

そんな事を考えているとバスの後部座席で田中さんの騒がしい声が響いた。見てみるとゲロった日向もいる。昨日澤村さんや菅原さんからヤバいんじゃないかと言われて、大丈夫だろと思っていたが、コレは想像以上にヤバい状況なんじゃ……。


青葉城西に着き、日向が田中さんに何度も頭を下げていた。

「すみません、田中さん!すみません!」
「いいっつってんだろうが!。そんな事よりおめーは大丈夫なのかよ?」
「ハイ…途中休んだし…バスも降りたら平気です」
「そうか!ならいい!。今日の試合はお前の働きにかかってるかんな!。3対3の時みたく俺にフリーで打たしてくれよ!?」

そうだ。今日は日向の囮が4強相手に何処まで通用するか試す絶好のチャンスだ。あの速攻も試してェし!。俺も日向に「ちゃんとやれよ」的なことを言おうとしたが、その前に日向はトイレに駆け込んで行ったらしい。緊張すんのは分かるが、ゲロの次は腹を下すって

「情けねえな!!1発気合い入れて!」
「何言ってんの影山!?バカじゃないの!?」

グイッと菅原さんにエナメルバッグを引っ張られる。なんで止めるんスか!?と握った拳を下ろせば、

「そういうのが効くタイプとそうじゃないのが居るでしょ!?」
「やってみないと分かりませんよ!」
「田中!この単細胞押さえろ!」
「オス!!」

と、田中さんからも抑え込まれて身動きが取れねェ。効く効かないとか分かんねェけど、日向なら殴れば効くだろ、やってみないと分からないっスよ!。
ジタバタ暴れていると清水さんの手伝いをしていた沙智がひょこひょこやって来て、田中さんに声をかけていた。

「田中先輩、ジャージお借りしてもいいですか?。早めに洗った方が、洗濯が楽になると思うので」
「え゛!?いいの!?ゲロ塗れだぞ!?」
「大丈夫です。私も良く風邪引くと吐いちゃうので、匂いとかは慣れてますし」
「うっ、天使ちゃん。本当ありがとな……」

男泣きのようなポーズをしながら、田中さんはビニールで3重に入れられたジャージを沙智に渡した。その頃には俺の拘束も解かれており、自由になった。沙智に近づき、洗剤はあんのか?と声を掛ければ、青葉城西の人に借りるから大丈夫〜とにへらと笑いながら、再び清水さんの元に戻って行った。
部活中だから仕方ねェけど、なんか

「寂しそうだな、影山」
「う゛っ」

図星を菅原さんにつつかれて、何も言い返せなかった。


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「ああ…"影山"っスか?」

曲がり角の先から聞き覚えのある声が聞こえた。しかも、俺の話題。きっと碌な話じゃねェから、沙智がここに居なくて良かった。月島のように馬鹿ににされているのなら腹が立つが、彼奴らにそう言われるのは俺への罰だと分かっているから、俺がとやかく言う資格は無い。

「別に大したことないっスよ?。確かに個人技は頭一つ抜けてましたけど、チームプレーっていうモンが根本的に向いてないんスよ。アイツ自己チューだから」
「へーっ。まぁ、行った先が烏野だしな。昔は強かったのか知らんけど……。烏野つったら、マネが美人てことくらいしか覚えてないし」
「マジっスか!?」
「そーなのよ!ちょっとエロい感じでさ〜」

いや、沙智の方がエロいだろ。昨日だって彼奴の可愛さがヤバかったんだぞ?。でも、コレは他のやつに広めたい訳じゃねェしな。俺だけが知ってればいい。
昨日の沙智の可愛かったところとエロかったところを思い出していると、話題がいつの間にか変わっていた。「頭が悪そうな顔」っておい、それは。

瞳孔が開いた目で壁からひょっこり顔を出す田中さん。話していた金田一と知らねェ奴の小さな悲鳴が聞こえた。まあ、喧嘩を売ったのはそっちからだから、止める必要は無いか。其れに続くように俺と月島、山口が歩く。

「あっ…えーーーーっと」
「…烏野ウチを…あんまナメってと……喰い散らかすぞ」
「「!!?」」

烏の羽ばたく音が響く。
隣に立っていた月島がニヤリと口を歪める。うわ、本当此奴、性格が悪い。

「そんな威嚇しちゃダメですよ〜、田中さ〜ん」
「?」
「ほらぁ、"エリートの方々"がびっくりしちゃって可哀想じゃないですかあ」
「べ、別にビビってねぇよ!!」
「おう。そうだな、イジめんのは試合中だけにしてやんねーとな」

なんかこの人たち、生き生きしてんな。と思っていると、俺たちを追いかけてきた澤村さんに見つかり、田中さんが怒られていた(月島はしれっと逃げやがった)。こういう時って久しぶりだなとかなんか話し掛けるべきなんだろうが、俺たちに出来た溝は浅いものじゃない。何て声を掛けるべきか、そもそも掛けるべきなのか分からず、俺は後者を選び、背を向けて足を進めようとしたら、

「…久しぶりじゃねーの、"王様"」

思わず足が止まった。

「そっちでどんな独裁政権敷いてんのか、楽しみにしてるわ」

『大丈夫だよ。ひーくん』
沙智の声が聞こえた。この場にいないから幻聴ってのは分かっている。だけど、彼女の声1つで、俺は前を向ける。大丈夫、俺はもう泣かないから。拳を握って、顔を上げる。視線の先には新しいチームの皆が揃っていた。

「………ああ」

再び歩を進める。皆に追いつくと、何故か田中さんと菅原さんに肩を叩かれた。俺、なにか変なこと言ったか?。
あ………そうだ。叩かれた衝撃で思い出したことがあり、振り返る。金田一がなぜか苦い顔をしていたが、まあ関係ないか。

「金田一、洗剤貸してくれねェか」
「…………は?」
「沙智が探してたから、借りられないか?」
「は?沙智?え、沙智が居るのか!?」
「?。おう」
「……お前また……。チッ、後で渡しとく」
「おう?」

そう言うと金田一は元来た道を戻って行った。
何かキレているように見えたが、洗剤を借りられそうだからいいか。これで沙智も困んねェだろ。と、再び前を向くと、

「え……なんスか?」
「いや、影山……お前はホント」
「王様、絶望的に空気読めないでしょ」
「はぁ??」




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