だから一緒に守ってね

誰もがひーくんが切れると思った。
私も同じだ。
澤村先輩はこれ以上チームの雰囲気が悪くならないようにと、真っ先にひーくんに声をかけたが、

「まだ…何も言ってませんけど」

ひゅっと背筋が冷たくなった。思わず潔子先輩の背中に隠れる。私に怒ってる訳じゃないって分かってるけど、ひーくんが怒っている姿は怖くて見れない!。

だけど、ここまで静かにキレているひーくんは久しぶりに見た。そもそも私と喧嘩した時にひーくんが怒鳴ったりはしない。ただ不機嫌ですって顔をする。だけど、にぃにからかわれた時とかよくこんな顔をしていた。最近はににから対処法を聞いたらしくて、怒ることは減ったけど。
にぃとの喧嘩で怒った時、ひーくんは何時もどうしてだっけ。殴ったり、怒鳴ったりはしなかったはず……ただ、淡々と…。

チラリと潔子先輩の背中からコートを除くと、ひーくんが翔くんを詰め寄っている姿が見えた。身長、雰囲気のせいでカツアゲにしか見えない…。
確かに頭にサーブが当たるのは痛いけど、そこまで怒らないでひーくん!。これ以上、翔くんを怖がらせたら、試合どころじゃないよ…!。

しかし、私の心配も裏腹に、ひーくんはコートを指さして、

「とっとと通常運転に戻れバカヤローッ!!!」
「……アレ?今のヘマはセーフ!?」
「は?何の話だ」

と、ひーくんはそれだけ言うとエンドラインに整列し始めた。………ひーくん、そんなに怒ってない…?。いや、頭にホームランが当たった瞬間は確かにブチ切れていたと思う。だけど、其れより早く翔くんが元に戻すことを優先したってこと…かな。

「ひーくん……」
「影山のこと、心配?」
「え、あ…はい。頭痛かっただろうから、きっとすごく怒ると思ったんですけど…。、ひーくんが翔くんのことをちょっとは気にかけているみたいで、安心しました…!」
「確かに言い方はキツいけど、普段の影山ならもっと罵倒してそうだよね、さっきプレーは」
「ふふっ、確かにそうですね」

潔子先輩とお話をしていると、コートからみんなが続々と戻ってきた。だが、その中でも小さくなっている翔くんが居た。落ち込むのもわかる。最後の点もそうだけど、彼処まで追い詰められたのは翔くんのグダグダプレーが大半だからだ。うーん、なんて声をかけよう。試合開始の時みたいに爆発させる訳にもいかないし……と、悩んでいると田中先輩が翔くんを呼びつけていた。

「お前」
「………ハイ」
「他の奴みたいに上手にやんなきゃとか思ってんのか、イッチョ前に」
「…ちゃ……ちゃんとやんないと……交替させられるから……おれ、最後まで試合……出たいから……」

翔くんにとって自分の代わりがいる試合ってのが初めてなんだろう。3対3も中学の時の試合も控えの選手がいないから、絶対試合を最後まで出来ると確約されていた。だけど、この練習試合は違う。菅原先輩に2年の先輩が2人、そして忠くんと控えの選手がいる。
失敗したり、下手くそだと変えられると思って、あんなに空回りしながらもボールを取りに行っていたのか。今までの不思議な行動にきちんと理由があったことで、少しスッキリした。
まぁ、でも翔くんが宝石になれる原石だとしても、スパイク以外

「舐めるなよ!!。お前が下手くそな事なんか分かりきってることだろうが!」

初心者だもんなぁと思っていると、まさかの田中先輩と考え方が被っていた。ちょっと恥ずかしい…。

「え゛っ…」
「分かってて入れてんだろ、大地さんは!!」
「??」
「交替させられた時のことはなぁ…………交替させられた時に考えろ!!」
「えっ………!?」
「いいから余計な心配はすんじゃねぇ!頭の容量少ない癖に!。良いかァ!バレーボールっつうのはなぁ!」

田中先輩がばっと腕を広げる。その後ろにはひーくん、澤村先輩に蛍くん、縁下先輩が居て、翔くんの味方が揃っていた。

「ネットの"こっち側"にいる全員、漏れなく"味方"なんだよ!!。下手くそ上等、迷惑かけろ!足を引っ張れ!!。それを補ってやるための、"チーム"であり"先輩"だ!!!」

どどーんとドヤ顔な田中先輩。澤村先輩と菅原先輩が、先輩って言われたいだけだろって突っ込んでいるけど、翔くんは今の言葉で目が覚めたみたいだ。

バレーは一人でやるスポーツじゃない。味方がちゃんといるスポーツ。1人で全部やろうとしたら駄目なのだ。コソコソとひーくんの背後に近づき、

「良く我慢出来ました、いい子いい子」
「あ゛?……って、沙智か」

ボールとぶつかった頭を労る様に優しく撫でる。最初は背伸びをしていたけど、撫でている人が私だと気づいたひーくんは少し屈んでくれて撫でやすくなった。

「あの時翔くんを怒鳴って、もっと怖がらせるんじゃないかってヒヤヒヤしたよ」
「……それじゃ、何時もの彼奴のプレーが出来ねェだろ、ボケ」
「!。…ふふっ。翔くんもひーくんの味方だもんね」
「チッ!!!」
「じゃあ、私少し抜けるけど、2セット目も頑張ってね」
「は?抜けるってどこに行くんだよ」
「田中先輩のジャージを洗いに行くの」

本当は1セット目に洗って、2セット目からはちゃんと見ようと思っていたけど、余りにも翔くんが心配で1セット目を丸々見てしまったのだった。早く洗わないと臭いが残るのもあるけど、3セット目に間に合わなくなってしまう。
ということなので!とひーくんに背を向けて歩き出そうとしたら、「沙智」と呼び止められた。

「ん?」
「あの人には気をつけろよ」
「………う、うん?」

頷いたのはいいものの、あの人って誰のことを指すんだろうか…?。

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