親愛なる君へ

『王様に囚われたお姫様』。
そんな名前が彼女に付いたのは飛雄ちゃんが、王様と呼ばれてすぐだった。元々彼女はお姫様と呼ばれるだけの容姿、言動、仕草、お家柄が有り、王様云々関係なく影でそう言われていたのは知っていた。
だけど、俺からしたら無邪気で砂糖菓子みたいな可愛い後輩であり、

『飛雄より俺を1番にしてって言ったらどうする?』
『?えっと、できないって言います…けど…?』

唯一自分から告白して振られた女の子だった。


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「ふんふ〜ん」

保健室帰り、何処からともなく聞こえてきたご機嫌な鼻歌。その声と歌には聞き覚えがあり、浮き足立ってしまう。歌声は外にある水場からで、覗いてみると緩く2つに結ばれた髪型の女の子が座りながら何かを洗っていた。
一世一代の告白を軽く流されたあの出来事(岩ちゃんから告白だとすら思われてねェぞ、うんこ野郎と言われたけど、俺としてはアレは告白なの!!)から会いたくないと思ってはいた。だけど、やっぱり目の前にするとそんな考えは吹っ飛んで行き、胸が高鳴ってしまう。本当男って単純ねっとオネェみたいな事を考えながら、ゆっくりそっと彼女に近づいて、

「だーれだ♡」
「ぴゃ!?」

突然視界を塞がれたせいで沙智ちゃんは、何!?と声を上げながら、俺の手を外そうと四苦八苦。残念、慌てる姿が可愛いから、絶対外しませ〜ん。もう一度誰だと声を掛ければ、ほぼ半泣きみたいな声で

「だ、誰…うぅ、えっと……」
「うんうん♡よぉく考えてね、沙智ちゃん」
「ひぇ……」

名前を呼ぶと更に沙智ちゃんは震え出した。まさか名前を知っているとは思っていなかったのだろうか。本当の不審者なら、口塞いでもう拉致してると思うし、こんな悪戯するの顔見知りじゃないとしないでしょ。偶にこの子は世間知らずというか、おバカさんな所を出してくる。因みに飛雄は本当の馬鹿で本物の馬鹿である。

「あの!…ち、違ったらごめんなさい、及か、わ先輩です、か?」
「!。せーかい♡」
「きゃあ!?」
「あ、ごめんね。思わず抱きついちゃった」
「いえ…濡れてないので大丈夫です」
「そ?。なら、よかった。沙智ちゃんはこんな所で何してんの?」

彼女が濡れてないか確認するために、此方を向かせると、小さい沙智ちゃんには大きすぎるジャージを来ており、胸元にはローマ字で烏野と書かれていた。……まぁ、予想はしてたから!。どうせこの子は飛雄と同じ高校に行くだろうなってさ!!。本当クソ、羨ましいな!飛雄の馬鹿!!!。俺も沙智ちゃんと一緒の学校生活送りたかった!中学は気持ちに気づいた時には終わってたんだもん!!!。

このジャージを着て、ここにいるってことは、バレー部のマネージャーになったのだろう。中学の時は迷惑かけるからって断ってたのに、何があったんだか。どうせ飛雄関連だろうけど。あの馬鹿はまだバレーと彼女の事を中心にしてるけど、この子は彼の為に考えて、生きてる様なものだ。好きな女の子が傷つくのは嫌だけど、互いを思いあって、毎日イチャイチャしてるこの2人を見るとクソくだらない事で大喧嘩して、飛雄に「大嫌い!!!!」って言って、破局すればいいと願ってしまう。というか、そう成れ!。

「色々合って先輩のジャージが汚れてしまったので、洗ってるんです。あ、水道お借りしてます」
「うん、いいよ〜。そう言えば、練習試合もう始まってるよね。どっちが勝ってる?こっちだよね?」
「うっ……1セットは青葉城西が取りました……」
「じゃあ、俺が戻る頃には決着着いてるかもね」
「そんな事ないです!。翔、烏野の秘密兵器が動き出したので、2セット目は私たちが勝ちます!」
「え〜?。…まぁ、俺も飛雄ちゃんとか気になるから、3セット目まで縺れ込んで欲しいけどさ」

よいしょと立ち上がれば、沙智ちゃんも立ち上がった。ジャージの洗濯は終わったらしく、洗剤も片し始めている。戻る場所は多分同じだから、一緒に行って飛雄を揶揄ってやろ〜。この後の展開を想像してニヤニヤしていると、沙智ちゃんから名前を呼ばれた。

「何で及川先輩は試合に出てないんですか?」
「あー……内緒♡」

好きで捻挫をした訳ではないけど、対戦相手のマネージャーで好きな女の子に言うのは恥ずかしくて、舌をペロッとお茶目に言い、話を流そうとしたが、

「…………」
「ごめんなさい!!!」

ジト目で睨まれ、反射で謝ってしまった。何も言っては来なかったけど、心の内は「は????」って言ってるような顔だった。

「おサボりなら岩泉先輩に言います」
「違う!岩ちゃん案件じゃないから!!。えっと、その……なんと言うか」
「…言いづらい事なら、言わなくて大丈夫ですよ」
「え゛っ」
「及川先輩のセットアップを久しぶりに見たかったのに、1セット目に居なくて残念だなぁって思って、聞いただけなので……」
「俺のプレー見たかったの?」
「?、はい?」
「飛雄じゃなく?」
「何でひーくん……?。んと、ひーくんのプレーも好きですけど、私は及川先輩のプレーも好きですよ」

きゅっと心臓を掴まれた。
この子は飛雄中心に生きてる子。そう思ってたから、飛雄以外のセッターのプレーなんて眼中に無いと思っていた。なのに、さも当然の様な顔で「俺のプレーも好き」と言っている。

「………何で?」

理由を聞くなんて意地悪だ思う。
だけど、聞きたくて仕方ない。
天才の飛雄。負けてないと思うけど、彼奴はセッターの天才だから。俺も凄いけど、きっと彼奴の方が凄いし、腹立つ時が多いから。彼奴に負けてないところを聞きたくて。いや、そんなんじゃなくて、もっとシンプルでダサい理由だ。

彼中心に生きている、俺の好きな子が、俺のどこが好きなのか気になってしまった。

「楽しそうだから…ですかね」
「楽しそう?」
「はい。最近のひーくんも楽しそうにバレーをやっていますけど、及川先輩の方が楽しそうです。仲間のいい所を引き出して、高めて、上手に使って。其れを仲間のみんなは嫌だって無理だって言わずに、"貴方の為なら"って応えてくれてる姿が良いなぁって。皆、及川先輩とバレーが出来るのを楽しいんだろうなぁ」

ふふっと笑う沙智ちゃん。
この時が止まればいいのにって本気で思った。

この子を初めて見た時は可愛い女の子だなくらいしか思わなかった。でも、飛雄を信頼し、肯定し、身に余るほどの愛を捧げて、羨ましいと思ったんだ。自分も彼女に肯定して欲しかった。愛が、好きだって言われたかった。それを今、俺は身に受けている。欲しかったものが手に入れている。

ああ、もう本当に、

「沙智ちゃん」
「はい?」
「前にも言ったけど、飛雄じゃなくて俺を1番にしてよ」
「え…えっと、それはでき」
「俺、本気だから」

そう言って、彼女の頬に口付けた。静かな水場にキスの音が響く。一瞬固まった沙智ちゃんだが、直ぐに爆発する様に顔が真っ赤に染る。苺みたいに可愛くて、其の儘食べてしまいたくなる。
まぁ、それをする前に目の前の試合だ。可愛い可愛いクソ生意気な後輩に宣戦布告しなくては。

「じゃ、行こっか♡」

彼女の手を取って歩き出す。これから先、この手が俺のものになればいいのにって願いながら。



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