20対24。
及川先輩が戻ってくる前に、烏野のマッチポイントを迎えた。あの人が来る前に勝てたらラッキーではあるけど、青城の本当の姿を見れないのは些か残念だなと思う。さっき及川先輩に言った言葉は本心で。ひーくんのセットアップが1番好きだけど、及川先輩のセットアップも久しぶりに見たかった。ひーくんにいい刺激になるかもしれないし。
まぁ、私の我儘が叶うより、チームの勝利の方が大事だ。
だが、事は簡単に進まないらしい。
「このっ…!調子に乗るな!!」
「チッ!」
勇太郎くんのスパイクを蛍くんが弾いてしまう。1、3セットと練習見てて分かるけど、此方のレシーブは良いとは言えない。リベロも居ないから、尚更レシーブの弱さが目に見えてしまう。まだ弱い所を狙らえるほどのサーブを打てる人が青城にいなかったのが、せめてもの救いである。
あと1点で勝てる。あの4強に勝てるのだ。
頑張れ、頑張れ!と祈っていると、
「アララ〜、ピンチじゃないですか」
「……アップは?」
「バッチリです!」
青城の監督さんと話す及川先輩が居た。
まさか、このタイミング出戻ってくるなんて…!。
ピーっと副審が笛を鳴らした。青城の選手交代だ。セッターの矢巾先輩と代わるのかと思ったけど、何故か英くんだ。
「セッター同士じゃないって事は……」
「うん、ピンチサーバーだと思う。丁度青城の7番がサーバーだったはず…」
潔子先輩がスコア等を書いているノートを捲りながら呟いた。中学の時から及川先輩のサーブはかなり威力があった。あれから3年は経っているとなると、更に威力はあがっているはず。多分、ひーくんより強いサーブ……。だけど、それだけなのか。あの及川先輩がそれだけで満足するとは思えない。となると、
エンドラインに立つ及川先輩がゆっくりと蛍くんを指差す。突然指を差された蛍くんは意味がわからないようで首を傾げているが、私にはあの人が何をしようとしているかが分かってしまった。
「蛍くん、気をつけて!狙わ『ピーー』」
「沙智?」
私の言葉は笛の音に掻き消される。蛍くんも、私が何かを言ったのは分かったみたいだけど、伝えたい言葉は伝わっていないみたいだ。改めて言おうと口を開いた瞬間に、及川先輩はボールを投げた。
キュキュッと靴が体育館に響く音の後に、『ドッ!』とボールから鳴った。いい音、そんな事を思っている間に蛍くんはボールを弾いてしまう。
宣言通りのコース。そして、狙っているにも関わらず、ひーくんのサーブより高い威力。
流石とそんな一言で表すのが勿体ないくらいの、積み重ねてきた努力がそこにはあった。
「…うん。やっぱり、途中見てたけど……6番の君と5番の君。レシーブ苦手でしょ?1年生かな?」
「うっ!!」
流石、よく見てる…。今出ているメンバーでレシーブが弱いのは1番は翔くんだけど、そつ無く熟す蛍くんもここまでの威力があるサーブは取れないだろう。
勝つ為にはこういう事をするのもひとつの戦略ではあるけど、"弱い1年生を狙ってやる"って辺りが、及川先輩は性格が悪い。本当にぃを見ている気分になる。
上がれば攻撃に繋げられる。
だけど、上がらないと何も出来ない。
2本目のサーブも宣言通り蛍くんへ届き、上手に上へと上がらない。忠くんの叫び声が響く。
どうしたらいい、折角あった点差もあっという間に1点差になってしまった。蛍くんから誰かに交代するってのもあるけど、チラリと控え選手の顔を見るが青ざめていたり、怖いと表情がありありと出ている。
どうしたらいいの。たかがマネージャーの癖に頭をグルグルと回して、解決策を考えてしまう。
その時だった。
「おい!コラ!大王様!!。おれも狙えっ、取ってやる!!。狙えよ!!」
じたばたと暴れる翔くんが居た。
「みっともないから喚くなよ!」
「何だとっ!?。……バレーボールはなぁ、ネットの"こっち側"居る全員!!もれなく"味方"なんだぞ!!」
1セット目の時に田中先輩が言っていた言葉だ。
全員、味方。そうだ、そうなのだ。
蛍くんだけで獲る必要はない!。
このチームで1番のレシーブ力があるのは澤村先輩。負担を掛けてしまうのは申し訳ないけど、
「蛍くん!サイドラインに寄って!。それで、」
澤村先輩と目が合った。先輩も同じ事を考えていたのか、ニィッと笑うと
「月島は白崎さんの言う通りにサイドラインに寄れ。そんで、全体的に後ろに下がるぞ」
「…ハイ」
全体的に下がり、蛍くんをサイドラインに寄せることで、澤村先輩の守備範囲を広げる。
多分及川先輩なら威力を弱めて、前に落とすことは無いだろう。今彼は蛍くんを狙う事を楽しんでいるはずだから、真っ直ぐ蛍くんを狙うはず。出来ればそのままアウトになって欲しいけど、1番の狙いはそれじゃない。
及川先輩も私と澤村先輩の狙いを分かった様で、不敵に笑う。様になってて悔しい…!!。
「でもさ、1人で全部は守れないよ!!」
ダキュと鳴らして飛んでくるサーブ。
完全に蛍くんの真正面。あんなに端っこに寄せたのに、ピンポイントで狙えるなんて!!。
だけど、貴方にそれが出来るのは予想済み!。
コントロール重視になったサーブは威力は弱まる!。
そして、真っ直ぐ向かってきているのであれば、此方も其の儘真っ直ぐ腕に当たれば、力を加えなくても上には上がる。
「そのまま迎え打って、蛍くん!」
「っ!!」
ドンッと普段なら聞きなれない音が蛍くんの腕から鳴る。そして、綺麗に上にあがった!。
「ナイス、レシーブ!蛍くん!」
「上がった…!ナイス月島!!」
「ツ゛ッキ゛ーナ゛イ゛ス゛っ…!!」
「おっ、取ったね。えら〜い。ちょっと取り易すぎたかな………でも、こっちのチャンスボールなんだよね」
蛍くんの上げたボールは確かに上にはあがった。だが、勢いを上手く殺しきれなかったボールは青城のコートに返ってしまっている。
うぅ、蛍くんが頑張ってあげたのに…!!。
「ほら、美味しいおいしいチャンスボールだ。きっちり決めろよ、お前ら」
見た感じ青城の武器はコンビネーションによる速攻だ。多分この攻撃も速攻で獲りに来るはず。
それに対して、烏野の前衛は1番は高さが無いローテーション。せめて、触れさえすれば…!。きゅっと両手を握ってしまう。
しかし予想通りの速攻、勇太郎くんは完全にブロックを振り切って、叩き下ろすその瞬間、
「翔くん……!!」
振り切ってられていた筈なのに、勇太郎くんの目の前に手を伸ばす翔くんがいた。そして、パチンとボールは翔くんの手に当たり、
「よしっ!」
「ナイス、ワンタッチ日向!!」
ふんわりと上がるレシーブ。そして、ブロックから地面に降りた翔くんが、
前、ひーくんが言っていた。
どんなに神経を尖らしていても、日向のスピードに追いつけるのはボールだけだって。
あぁ、本当に翔くんって、
『ドゴッ』
そんな音を鳴らして打たれた彼のスパイクは、及川先輩の真横を通ってコートに落ちた。
「宝石のような男の子だなぁ……」
試合終了。セットカウント:2-1。
勝者、烏野高校。
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