貴方はずるい



「…………すんごい」

そう言って力が抜ける様にパイプ椅子に座る武田先生。私も気を抜いたら、座り込んでしまいそうだった。4強に勝ったのもあるけれど、ひーくんの試合をちゃんと見れたのが久しぶりで。
翔くんの輝きも綺麗で眩しかったけど、やっぱり私には彼の輝きが1番尊いものだった。忘れない様に何時でも思い出せる様に、目をキュッと瞑って脳裏に焼き付ける。

パチりと目を開けると、いつの間にか試合に出ていたひーくん達が、武田先生の周りに集まっていた。講評とか話すのかな。私は邪魔だよねと1歩下がろうとしたが、

「ひゃっ!…って、ひーくん?どうかしたの?」
「沙智、隣にいろ」

肩を掴まれて、振り返ればひーくんが居た。しかも、隣にいろって。でも、試合には私は出てないし、潔子先輩だって輪から外れてるのに。

「潔子先輩のとこに、」
「うるせェ」
「わっ!」

肩から腰に手が回り、動けなくなった。こういう所が我儘で自分勝手だなと思う。でも、今日はバスの時以外余りひーくんと話せなかったし、あまり一緒に居られなかったもんなぁ。部活中って分かっては居るけど、少しだけ充電してもいいかな……。だって、さっきの試合のひーくんがかっこよくて、本当だったら「凄かった!かっこよかった!好き!!!」って本能のまま言って、抱きついていた。其れを我慢してるんだもの、ちょっとくらい許して欲しい。
ひーくんの身体にぴとっとくっつく。ちょっと汗臭いけど、これは頑張った証拠。お疲れ様、ひーくん。ふふっと小さく笑っていると、

「えーと、僕はまだバレーボールに関しては素人だけど……」

武田先生の講評が始まった。ひーくんも皆さんも真面目な顔で武田先生を見詰めた。

「何か凄いことが起こるんだってことは分かったよ」
「「「??」」」

凄いこと…?と、皆が首を傾げていた。うーん、翔くんとひーくんの速攻のことだろうか。確かに初めて見た3対3の時は、武田先生みたいに何かすごいことが起きたって思ったことを思い出した。

「新年度になって…凄い1年生が入ってきて……。でも、一筋縄ではいかなくて…だけど、澤村君がちゃんと力を合わせられたら凄いことになる気がするって言ってて……あの時はよく分からなかったけど、今日わかった気がする」

ひーくんも翔くんも個々で特化した何かを持っている。だけど、1人ではその力が100%発揮出来る場には恵まれなかった2人。そんな2人が此処で出会って、

「一人と一人が出会うことで化学変化を起こす」

武田先生の言葉に胸が苦しくなった。分かる、そうなのって言いたくなった。1人でも2人は強く、輝く物を持っている。だけど、2人が出会ったことで、その輝きは更に増すのだ。其れを武田先生的には化学変化と言うのだろう。

「今、この瞬間も何処かで世界を変えるような出会いが生まれていて、其れは遠い遠い国の何処かかもしれない。地球の裏側かもしれない。もしかしたら…東の小さな島国の北の片田舎の、ごく普通の高校の、ごく普通のバレーボール部かもしれない。そんな出会いがここで、烏野であったんだと思った。大袈裟とかオメデタイとか言われるかもしれない。でも、信じないよりはずっといい。根拠なんか無いけど、きっと、これから」

武田先生はこくりと喉を震わせて紡いだ。

「君らは強く、強くなるんだな」

素敵な言葉の数々に思わず拍手したが、何故か私以外の皆は『しーん』と静まり、何人かは首を傾げている。武田先生もこの反応に「ポエミーだった!?」とあたふたしている。
ポエミーだったかな……?。素敵な講評だったと思うけどなぁと、ぱちぱちと拍手を続けていると「なぁ」と声をかけられた。

「今のどういう意味だ?」
「……ひーくん」

未だに首を傾げているひーくんが居た。
武田先生のお話、かなり分かりやすかったと思うんだけど…。うーん、なんて伝えれば……。

「1人でも強い皆が、烏野に集まったことで、更に強くなれるんじゃないかってこと……かな」
「なるほど……6人で強い方が強いって奴か」
「……ちゃんと力を合わせたらねって話だからね??」

念を押すように言ったけど、流される様に「おー」と一言。本当に大丈夫かな…。まぁ、コレから烏野はもっと強くなれるって事だけ頭に入ってくれればいいか、うん。

武田先生の講評も終わり、後は片付けをして帰るだけだ。青城はまだ練習をするみたいだから、コートの片付けは不要って試合が始まる前に潔子先輩から言われたことを思い出す。とりあえず、時間がかかりそうなボトル洗いを先にやってしまおう。

「ひーくん。私、ボトルを洗いに行ってくるね」
「手伝う」
「有難いけど、ストレッチは?」
「……………なら、先にビブス集めやってろ」
「1人でも洗いに行けるよ?」
「…………沙智は」
「?」
「俺と一緒に居んのイヤなのかよ」

ムスッと口を曲げて言うひーくん。
…………ズルい。さっきとは違う意味で胸を締め付けられた。臍まげているひーくんが可愛い。私と同じで、彼も私と一緒に居たいって思っていてくれたことが嬉しい。顔が熱い、気がする。

「イヤじゃない、です……」
「です?」
「先にビブス、片付けてきま、す」
「?、おう?」
「ひーくん……」
「おう」
「好き………」

突然の私の告白にひーくんはぱちくりと瞳を丸めた。だが、直ぐに口角を上げて

「わっ」

後頭部に手を回された。一瞬ひーくんの顔が近くなったが、彼は私の耳元にゆっくりと唇を近づけて、



「俺は沙智の好きより、もっと好きだから」



彼の言葉の後に甘い音が耳を擽った。
供給過多だ。今度こそ私の顔は真っ赤に染まり、完全敗北の旗があがった。







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