何処にも行かないでくれ

「県内一の強豪つったら、やっぱ白鳥沢だろ」

田中さんの言う通り宮城県一の強豪は白鳥沢で、烏野の併願で試験を受けたところだ。半年前くらいから沙智にめちゃくちゃ勉強を見てもらった思い出が蘇る。殆ど沙智は入院してたから、面会時間ギリギリまで病室で勉強をしてたんだった。病院の先生や看護師とかから、凄ェ暖かく見守られていた。時には「頑張れ」とか「押せ押せ!」とかよく分からない応援もされたな。あれは一体何だったんだろうか。

隣でやっとパンを食べ終わった日向が、「しらとり?」と初めて名前を聞いたかのような態度で頭を傾げている。此奴、バレーやってんのに白鳥沢も知らねぇとか、『小さな巨人』にしか興味がねぇのか此奴は。何も知らない日向に田中さんは親切に白鳥沢の説明を始めた。

「白鳥沢学園っつう県ではダントツ、全国でも必ず8強に食い込む強豪校があんだよ」
「ほーーっ!」

一与さんの言う通りに沢山試合をするには強くなるしかない。そして、強くなるには強い奴が集まる所に行くのが1番の近道だと思った。だけど、

「落ちました。白鳥沢」
「落ちた!?」
「白鳥沢から推薦来なかったんで、沙智と一緒に一般で受けて落ちたんです。な?」

隣に立つ沙智に同意を求めると、何故か彼女は真っ青な顔で立っていた。急にどうしたと「おい」と声をかけると、

「…あの地獄の勉強会を思い出して絶望してた」
「うぐっ………悪かったな」
「もういいよ。あの勉強会が合ったから、少なくとも烏野の試験は受かったんだって思ってるから…うん」

ふふっと力なく笑う沙智に心が痛む。
毎日勉強を教えてもらったのに、試験問題が意味不明だった。あれは日本語だったんだろうかと今でも疑問に思う。沙智の想いも時間も労力も全て無に帰した白鳥沢の試験。俺が100悪いって分かってるから、謝ることしか出来ない。聖さんや雅さんからも未だにネチネチ言われているし。

「彼処は普通に入ろうとしたら超難関だもんな」
「へぇっ!"王様"、勉強は大した事無いんだネ」
「キシシっ」

月島と山口が笑いながら俺たちの真横を通り過ぎる。事実を言われてるから反論出来ねェけど、腹立つなクソ!。澤村さんの言う通り、彼処の試験は意味が分からなかった。でも、アレを受けてから馬鹿にしろよな!。

「えっと白崎さんも白鳥沢を受けたんだっけ?」
「あ、はい。一応恥ずかしながら…」
「やっぱり推薦が無いと難しいよな」
「えっと…その」
「沙智は白鳥沢、受かってますよ」
「「「えっ!!!!!」」」

沙智は先輩たちの反応に恥ずかしそうに頬を掻いた。菅原さんがいち早く元に戻り、「え、じゃあ白鳥沢を蹴ったってこと……??」と問い掛ける。
普通なら菅原さんみたいに勿体ねェって思うよな。バレーが強豪ってだけでなく、県一の進学校でもある為、名門大学への推薦枠が多く、彼処に入れば将来は安定なんて言われてたりする。入学する奴も沙智の家ほどではねェが、名家だったり、親が医者とか何かの社長とか。それなりの権力者が集まったりしてるらしいし。でも、沙智は絶対に白鳥沢に行かないって思った。行かないというか、"1人では"絶対行かないって。

「はい。ひーくんが受けるって言ったから、受けただけで……。其れに白鳥沢はお家から通えないから、寮生活になるので……」
「此奴、コレでもお嬢様なんで。基本執事の竜胆さんが居ないと生活がままならないんスよ」
「料理とお裁縫は出来るもん!」
「買い物、洗濯、掃除も1人でした事ねェだろ」
「うぅ〜……でも、私はひーくんと一緒の高校なら何処でも良かったんだよ?。もし白鳥沢にひーくんが受かっていたら、白鳥沢に行く予定だったもん」
「悪かったな!受からなくてよ!!」

悪態を着きながらも、沙智の言葉に改めて安心していた。1人では絶対に行かない、"俺が"居ないなら行く意味がないから。沙智の将来への選択をひとつ潰してるのは分かってる。聖さんたちに散々言われたから。でも、俺は此奴のその選択に心底安堵したんだ。高校受験という、大きな分岐点を沙智は俺の為に一緒に進んでくれたんだと。本当、責任取らないとな。一生食うにも寝るにも困らない生活環境を整えてやる。

図星を突かれて唸る沙智を宥めながら、念押しの様に先輩たちに伝える。

「こんなんですし、体も弱いんで一人暮らしは出来ないんスよ、沙智は。なんで、元々此奴の志望校は家から通える範囲の学校で」
「そんで烏野?。でも、烏野以外にもこの辺なら近い高校あるだろ?」
「……私はひーくんが行く高校を選んだので…」

チラリと沙智が俺に視線を寄越してきた。

「引退した"烏養監督"が戻ってくるって聞いたから」
「うかい?」

またしても日向が初めて聞いた言葉のように首を傾げる。本当、此奴は何も知らないのかよ。そして、再び田中さんが日向のために烏養監督の説明をした。

「無名だった烏野を春高の全国大会まで導いた名将!……だったはず」
「へ〜〜」
「お前、"小さな巨人"は知ってて、何で烏養監督は知らないんだよ。その頃は監督目当てに県外から来る生徒も居たって言うぞ」
「ほーっ!!!」
「"烏野の烏養"って名前がもう有名だったよな。凶暴な烏を飼っている監督だっつって」

田中さんの言う通り、"バレーの強豪は白鳥沢"とバレーをやってる奴が知っている常識のように、烏野の烏養もバレーをやっている奴には常識の様なものだった(ド下手くそな日向は除く)。
俺もそんな凄ェ監督の指導を受けたくて、数ある高校から烏野を選んだ。

「2、3年生は去年少しだけ指導を受けたけど、すげえスパルタだったぞ……」

その時を思い出したのか菅原さんは震えながら話し出す。でも、菅原さん達にとっては酷なものだったかもしんねーけど、羨ましくて仕方ねェ。

「烏養監督は本格的な復帰が決まってたんだけど、復帰後少しして倒れちゃったんだよ。歳が歳だし……若い頃、無茶したらしいし…」

そうなのだ。烏野に受かって、入学前に見学出来ねェかと体育館を訪れた時にそう言われたのだ。しかも、復帰の予定は無いとも。
かなりショックでは合ったが、実際烏養監督の様な名将がいようがいまいがどちらでもいい。

「どの学校に入ったって、戦う相手は同じ高校生。勝てない理由なんてない」

俺が、チームが強くなれば、
それでいいんだから。



prev back next
top