「お前が好き、ずっと好き」

次の日の朝。
昨日ノートにも書いたが、俺のサーブは威力は合ってもコントロールは下の下だ。極稀に狙った所に入るが、リベロやレシーブが上手い奴の方に行ってしまったり、狙った場所の反対に入る方が多い。
今日の部活は早めに行って、サーブの練習をしよう。居残り練習出きっかな……、出来るんならサーブをやりてェ。沙智を抱えながら登校する間、そんな事を考える。
昨日沙智は俺と一緒に寝たから、睡眠薬を飲んでいなかった筈だが、薬を飲んだ時みたいに全然起きなかった。昨日無理させたから、仕方ないと言えば仕方ねェけど。俺がロードワークに行ってる間に、俺を探して1回起きていたと竜胆さんが言っていたが、俺が帰ってくる前に再び寝てしまったらしい。まぁ、その時に沙智の身支度を済ませている竜胆さん、流石としか言い様がない。そういう事なので、俺が沙智の髪を結び、いつもの如く抱えて登校している。未だに学生の視線が集まっている気がするが、コレじゃ沙智は起きねェとわかってる今、無視を決め込む。だが、

「うわ……」
「あ゛?」
「あ、影山おはよ………え、沙智ちゃん……?」

不快な声が聞こえ、その声がする方に振り向くと月島と山口が居た。同じ学校なのだから、向かう先は同じであり、何時かはこうなると思ってはいたが今かよ……。月島は眉間に皺を寄せ、"引いてます"と顔に書いてあり、山口も何故か「うわ…」と言いながら、月島と一緒に引いている。なんなんだよ、コイツら。その態度にムカついて、俺も顔が歪む。

「何だよ。言いてェ事あんならはっきり言えよ」
「王様の独占欲が気持ち悪い。不愉快、最悪」
「あ゛ぁ!?」
「ツッキーも影山も落ち着いて!。えっーーと、何で影山は沙智ちゃんを抱えて、登校してるの…?」
「は?寝てるから?」
「いや、沙智を起こしなよ」
「此奴、朝弱ェんだよ。だから、抱えて学校に行って、学校で起こしてる」
「……沙智を甘やかしすぎでしょ」
「え゛っ!。まさか何時もソレで来てるの…?」

山口の質問に先週はどうだったか考えたが、水曜日から沙智は休んでたから、抱えての登校は1回だった気がする。歩いて登校したのも1回あるから、

「半々くらいだ」
「半分"も"、抱えて登校してるの!?!?」
「お、おう?」

山口はめちゃくちゃデカい声を出して驚いている。その声にも反応をしない沙智。寧ろ俺の首に擦り寄って来てて可愛い。ネコ、みてェだ。

「…もしかして王様、沙智の着替えとか王様がやってたりしないよね」
「うぇ!か、かか影山、流石にそれは……!!」
「やってねェよ!。竜胆さんが身支度してくれてる。俺がやるのは沙智の髪を結ぶ事だけだ。というか、王様って呼ぶの辞めろ」
「そ。ならよかっ…………え」
「嘘……影山が、沙智ちゃんの………え、ウソ」
「何だよ」

2人の視線が沙智に集まる。そんなに変な髪型にはしてない筈。竜胆さんから今日もお墨付きを貰ったのに、なんなんだよ。編み込みでカチューシャを作り、後ろ髪を団子にしたアップヘアー……うん、何度見ても上手くできてると思うし、沙智が可愛い。ジト目で月島と山口を見てると、

「か、影山って手先……器用なんだね……」
「お、おう?」
「髪型も王様好みで抱えて登校……」
「……なんだよ」
「別に。傍から見たら、"そういう関係"にしか見えないけど。実際は違うから、王様の牽制が気持ち悪いなァってさ」

にっこり笑いながら言う月島。俺からしたら、その笑みの方が気持ち悪い。

そういう関係が、最近よく先輩達からも言われる"恋人関係‪‪"を指すことは俺でも分かった。恋人になったらなったで、きっと此奴はムカつくとか不愉快とか文句を垂れてきそうだが、今のふわふわした名前が付かない関係でいる俺らを見る方が月島にとって気持ち悪いのだろう。だけど、俺はその関係になる気は更々ない。

中学の時から金田一、国見、及川さんとかバレー部の奴ら以外からも、「恋人じゃないのか」と聞かれていた。その度違うと言い、聞いてきた奴の態度は3つに別れる。大多数が烏野の先輩たちみてェに「付き合えよ!」と言い出す奴。月島の様に不愉快と顔に書く奴。そして、及川さんみてェに沙智を狙い出す奴。
多分恋人になれば、及川さんの様な奴らを蹴散らす事が出来るんだろうな。


だけど、姉貴に彼氏が出来て、バレーを辞めると言ったあの日に、沙智との関係を恋人と名付けるのは辞めようと思った。彼氏という恋人が出来た姉貴に長年気になっていた「恋人って何」という疑問を尋ねたのだ。

『お互いに好きってを思ってて、相思相愛の関係にある存在のこと、かな』
『そーしそーあい……?』
『両想いってこと。飛雄も沙智ちゃんが好きで、沙智ちゃんも飛雄の事好きでしょ?』
『好きじゃねェ。大好きなんだ』
『あー、はいはい。まぁ、そうやってお互い大好きな事を相思相愛って言うの。……そう思うと飛雄たちも恋人なのかも』
『ふーん。……其れって結婚と同じなのか?』
『違うわよ、馬鹿。恋人は結婚の前段階。恋人同士が、この人となら将来ずっと一緒に居てもいいかな、幸せになれるかなって思って、"家族"になる為に結婚すんの。家族になったら、一緒にご飯を食べたり、眠ったり、生活を共にするのよ?。私は彼氏と一緒に生活してないでしょ?』

確かにと思った。母さんと父さんは結婚して、家族になったから一緒に居るけど、姉貴は相思相愛の彼氏が居るのに一緒にいない。
姉貴の言う通り、俺と沙智は相思相愛で傍から見たら恋人に見えるが、俺と沙智は生活を共にしていない。週の半分はどっちかの家に泊まったりしてるが、其れでは俺の両親のように家族とは言えない。まぁ、沙智の兄、2人の了承ないし、金も仕事も年齢も足りないから、結婚出来るのはずっと先だが。なら、当分は相思相愛の恋人でいい。恋人になれば、周りからも沙智と俺は相思相愛だと分かるんだからな。そうしたら、沙智にちょっかいを掛ける奴がいなくなる。よく分かった、沙智に恋人になろうと言いに行ってくると姉貴に言おうとしたら、

『其れに恋人は簡単に別れる事が出来るけど、結婚したら難しいんだから、沙智ちゃんと結婚するならちゃんと覚悟しなさいよ、飛雄』
『…………………は?』
『ん?』
『こ、恋人は簡単に別れんのか………』
『ま、まぁ人によってはね?。私たちは別れるつもり無いけど、喧嘩したりすれ違ったり?とかして、別れたって言う友達多いから。何なら付き合って1日も経たない内に別れた子もいるわよ?。2時間とか』
『にっ!?!?』

2時間!?!?。1日も経ってねェ!!!!!。
それじゃ駄目だ!。俺は沙智とずっと一緒に居たいんだ、別れるなんて嫌だ!!!!。

『俺、沙智と恋人になるの辞める!嫌だ!』
『え』
『別れちまう関係なら要らない。俺は沙智と一緒にいる、結婚して、ずっと一緒に居るんだ』
『いや、あの、飛雄?。別に恋人になっても』
『姉貴、ありがとう。危なかった、沙智に恋人になろうって言う所だった』
『えっ、言っても…飛雄?待って、お姉ちゃんの話ちゃんと聞いて』
『よし。俺、もう1回沙智にプロポーズしてくる』

ずっと一緒に居ようって。爺さん、婆さんになっても、死んじまう最期の瞬間までって。
部屋を飛び出して行く俺の背中に姉貴が何か言っていたが、足は止まらない。
だって、

「恋人になったら別れるんだろ?」
「は?」
「え?」
「俺は沙智とずっと一緒に居たいんだよ。なら、別れるような関係になったら、意味ねェだろうが」

姉貴との出来事を思い出しながら、ポカーンと口を開けて呆ける2人に更に続けて言う。

「結婚したらそう簡単に別れられない。……絶対無いと思うが、もし沙智が俺の事を嫌いになっても、縛りつけること出来るから、俺は此奴と結婚すンだよ」

さよならなんて許さない。
俺から離れるなんて絶対に。
沙智はずっと俺の傍に居なきゃダメなんだ。

それを最後に俺は足を進めた。早く行かねェと沙智を起こす時間が無くなるからな。
だから、去っていく俺の背中に向けて言った2人の声は俺には届いてこなかった。
















「「怖っ!!」」







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