またきた意地悪日和

帰りのHRが終わるや否や、ひーくんに引っ張られて体育館に向かった。何でも今日は早めに体育館に行ってサーブの練習をしたいらしい。昨日の及川先輩のサーブを見て、負けず嫌いの火が着いたのか。ひーくんのサーブは威力はあるけど、コントロールはまだまだだもんねって言うと、「だから、特訓すンだよボケ」と怒られてしまった。急いで、まだひーくんから借りているジャージに着替える。
早く体操着買わないとなぁ。何故かジャージを脱ごうとすると潔子先輩と蛍くん、忠くんに凄い勢いで止められるし。一応りんちゃんには買いたいって伝えてあるけど、自分で買いに行きたいなぁ。土日の部活終わりに着いてきて貰おうかな。
女子の部室棟を出ると、既にひーくんが待っていた。早すぎる……早く練習したいんだろうな。

「ごめんね、お待たせ」
「そんなに待ってねェよ」

そう言うとひーくんは、私が持っていた空のボトルを入れた籠を取った。

「ありがと。でも、私も持てるよ?」
「なら、俺と手を繋げ」

ぱちくりと瞬き。ん、と空いている片手を目の前に伸ばされる。それが少し面白くて、くすくすと笑ってしまう。籠を持てるって言ったのに、手を繋げって意味がわからない。でも、ひーくんは本気で言ってるみたいで、可愛くて仕方ない。

「ふふっ、仕方ないなぁ。ひーくんは甘えん坊さんだもんねぇ」
「あ?甘えん坊は沙智だろ」

睨みつけられたけど、可愛いものを見れたから怖くないもんね。でも、確かに私の方がひーくんに甘えてる気がする。……あ、そうだ。

「ひーくん、あのね。体操着買いに行きたいの」

早速1つ甘えてみる。ひーくんは特に嫌がる感じではなく、まだ持ってなかったなと小さく呟いた。そして、

「…竜胆さんには?」
「欲しいって伝えてあるけど、自分で買いたい事も言ってあるの。りんちゃん、特にダメって言わなかったから、日にちさえ決まれば許してくれるかなって」
「其れなら今度の土曜日な。日曜は店閉まってる可能性が高い」
「分かった!。ありがと」
「おう。ま、もう既に竜胆さんが買ってるだろうけどな」
「…………確かに」

あの時の笑顔はもしかしたらそういう意味だったのだろうか。買いに行ってくれたのは嬉しいけど、何時まで経ってもお買い物が出来ないなぁ。うーん、やっぱり私は甘やかされてる。でも、きっと私のためにやってくれた事だから、文句は言えないか。
そんな事を考えている内に体育館に着いた。鍵はひーくんが借りてきていたようで、すんなり空いた。朝練で使用したままの為、ネットを貼り直すだけで済そうだ。

「俺がネット張るから、沙智はボールとアンテナ頼む」
「はーい」

荷物を体育館のステージの上に置いて、二手に分かれる。ボトルの準備はみんなが集まってからにしよう。今から作っても常温に戻ってしまいそうだし。
倉庫からボールが入った籠とアンテナを持って行く。サーブ練習をするって言ってたから、ステージとは反対側のエンドラインに籠をセットして置いて、アンテナを持ってひーくんのところに行けば、既にネットを貼り直し終わっていた。

「はやーい」
「そんなに緩んで無かったからな。片方やる」
「ありがと。私はあっち側やるね」
「おう」

レフト側のサイドラインに立ち、アンテナをネットに引っ掛け………引っ掛け?。

「む、引っ掛からない」

カッカッ!とアンテナのフックにネットが引っ掛からない。何時もならすんなり行くのに。今日はアンテナがご機嫌ななめみたいだ。
うーん?と首を傾げながら、再び挑戦してみたが、カッカッと音が響くだけで引っ掛からない。もう何なの!。

「おいバカ。壊す気か」
「ひーくん!アンテナのご機嫌ななめなの!」
「はぁ?貸せ」

ひーくんにアンテナを渡す。今日その子ご機嫌ななめだから、引っ掛からないよって野次を飛ばそうとおもったが、

「わ、ひーくん1発……」
「沙智が下手なだけだろ」
「そんな事ないもん、何回かやった事あるもん」
「俺は沙智よりやってる」
「むー……今日からひーくんはアンテナ係……」
「自分が出来なくて悔しいのは分かるが、意味分かんねェ係にすんな、ボケ」
「ふーんだ」

正論やだ!と逃げ出して、ひーくんのエナメルバッグから水の入ったペットボトルを取り出す。そして、エンドラインの真ん中にペットボトルを置いた。

「これを倒したら、今日からひーくんはアンテナ係ね」
「其れどっちがつーと罰ゲームだろ。褒美に変えろ」
「もー、我儘だなぁ」
「あ゛ぁ?」

チッと大きな舌打ちと共にボールが跳ねる音が響く。変えろって言われても何にすればいいんだろう。ご褒美、ご褒美……うーん。
悩んでいるのが伝わったのか、おいっとひーくんから声を掛けられる。

「倒したら、今度下着を買う時俺を呼ぶでいい」
「え゛っ」
「良し。沙智、そこは危ねェから退いてろ」
「へっ!?いや、ちょっと!」

待ったを掛けたが、もうひーくんには私の声が届いて居ないみたいで、ボールに精神統一を始めてしまった。あわわ、邪魔をしたら怒られる!だけど、勝手にご褒美にされてしまった!。嫌でもここに居たら、ひーくんの豪速球サーブが飛んでくる!。と、とりあえずコートから出るのが先!。
慌ててコートから出るが、ひーくんに待ったを掛けるタイミングは完全に逃している。ペットボトルを倒すかっこいいサーブを見たかったのに、倒されてしまうと困ってしまう!。うぅ、こんなにも応援出来ないひーくんのプレーは初めてだよ!!。お願い神様、何かいい感じにグダグダって有耶無耶になって!。ぎゅっとお祈りをしながら、ひーくんのサーブを見守る。
そして、ひーくんはボールを投げた。シューズが床を鳴らし、『ドッ』といい音を鳴らしてボールが飛ぶ。そのサーブは一直線にペットボトルを向かっていく。や、だ、ダメだって!!神様!。コートの外で慌てていると、ひーくんのものでは無い、キュッと床を鳴らす音が響き、私の横から

「っ!、翔くん!」
「!!?」

いつの間にかやって来ていた翔くんが、ペットボトルの前に立ち、ひーくんのサーブを真正面で受ける。だが、

「うい゛っ!!」

不思議な悲鳴と共にボールは何処かへ飛んでいってしまった。私にとってはナイス!という感じ何だけど、レシーブとして見たら……うん。反射神経と見極めは良いのに、本当どうしてと首を傾げてしまう。

「おい、邪魔すんなボケ!!日向ボゲェッ!!!。今、当たったかもしんねえのに!!」
「…私としては助かったんだけど…、翔くん大丈夫?」

ひーくんのサーブの威力に負けて転がっていた翔くんに駆け寄る。だけど、翔くんは直ぐに立ち直り、

「取った!?おれ、取れてた!?沙智ちゃん!」
「えっ……えっと、ある意味取れてはいたけど」
「取れてねえよボゲェ!!ホームランだアホ!!!沙智もこんなド下手くそのフォローすんなボケ!!」

お怒りが此方にも飛び火してきた。折角のチャンスを邪魔されたから怒ってるのは分かるけど、私としては助かったんだもん。翔くんをフォローしたっていいと思うのに。むーと膨れていると、翔くんはしょんぼりした背中で「ボール、取ってくる…」と、キャットウォークへ登っていった。

とりあえず、これでご褒美はなしだよねとひーくんに確認しようとしたが、またこの人はサーブを打つ準備をし始めていた。
さっき迄の可愛かったひーくんはどこ!全然人の話を聞こうとしてくれない!!。

でも、ひーくんのサーブは8割狙い通りのコースに来ない。さっきは残りの2割を引いていただけで、次は引けるとは限らない。……うん、多分当たらないはず……たぶん。またしても神頼みにお祈りをしていると、ひーくんは再びボールを投げ、

『ドギュッ!』

いい音をたてて打たれたサーブ。コースはまたしてもペットボトルに向いている。ひいい、今日のひーくんは絶好調すぎる!。
ペットボトルが倒れるところを見たくなくて、キュッと目を閉じた瞬間、隣から誰かが駆け抜けた。だ、誰?と目を開けると一騎当千と書かれた背中が見えた。その人は翔くんと同じように、サーブの真正面に立ち、

『ドッ…』

翔くんの時とは違う小さなレシーブ音。ふんわり上がったレシーブは、ゆっくり回転してセッターのいる位置に落ちた。凄い、完璧なサーブレシーブ…!。見蕩れてしまうくらいに綺麗。こんな綺麗なものを出来るなんて、この人もしかして、

「守護神さん………?」




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